清酒と乳酸菌 (PDF: 303.3 KB)

あいち産業科学技術総合センターニュース
2015 年 7 月号
清酒と乳酸菌
casei、Lactobacillus hilgardii などの火落性乳
1.はじめに
昨今、栄養価や機能性の観点から、発酵食品
酸菌が混入、増殖すると、清酒の酸度(乳酸)
が注目されています。その中でも乳酸菌を利用
が上昇し、ジアセチル等のオフフレーバーが生
した食品が市場に広く流通し、消費者に認知さ
成され、酒質を劣化させる原因となります。
れています。清酒は、麹菌(Aspergillus oryzae)
4.清酒へのマロラクチック発酵の導入
と酵母(Saccharomyces cerevisiae)を主要微生
赤ワインの製造では、積極的に乳酸発酵を行
物として製造される発酵食品ですが、乳酸菌も
うマロラクチック発酵(MLF)と呼ばれる工程
清酒製造に関わっています。清酒製造工程上、
があります。ワイン中のリンゴ酸(原料ブドウ
乳酸菌は正負両面で品質に影響を及ぼします。
由来)をMLF乳酸菌Oenococcus oeniにより乳
本稿では清酒に関与する乳酸菌とその作用につ
酸に変換させ、酸味をまろやかにする工程です。
いて解説します。
この技術に着目し、当センターの雑酒製造免許
2.生もと系酒母と乳酸菌の利用
を活用して、清酒のMLFを検討しました。清酒
清酒製造のスターターである酒母は、雑菌を
の原料である米はリンゴ酸を含んでいません。
淘汰する理由で乳酸発酵を導く生もと系と醸造
そこで、リンゴ酸高生産酵母を育種し、リンゴ
用乳酸を添加する速醸系の2つに大別されます。
酸濃度の高い清酒を製成しました。次いで清酒
生もと系酒母の製造に関与する乳酸菌は主に、
に乳酸菌を添加し、MLFを行いました。その結
球状乳酸菌 Leuconostoc mesenteroides 及び桿
果、図1に示すように、米原料から赤ワイン様
状乳酸菌 Lactobacillus sakei です。これらの乳
の新規酒類を開発することができました。なお、
酸菌は酒母もろみ中でブドウ糖から乳酸を生成
赤い色調は、原料米である愛知県産紫黒糯米「峰
し、自身が生成した乳酸により死滅するため、
のむらさき」(2010年品種登録)に含まれるア
以後の工程では存在しません。生もと系酒母で
ントシアニン色素に由来します。
作られた清酒は酸味が強く、味のりに優れ、様々
な温度帯で飲酒可能な酒質となります。有用乳
酸菌の実施例の紹介として、藤市酒造株式会社
(稲沢市)では、当センターの遺伝子解析及び
微生物利用技術を活用して、自社の生もと系酒
母から属の異なる 2 種類の有用乳酸菌を分離し、
乳酸菌添加酒母による新製品開発を行った事例
があります。
3.乳酸菌による弊害
清酒製造に関わる乳酸菌は有用なものだけで
図1
MLFによる有機酸変換と製成酒の外観
はありません。酒母やもろみ管理において、ア
ルコール耐性を獲得したLactobacillus casei、
5.おわりに
Lactobacillus plantarum、Leuconostoc
mesenteroidesなどの乳酸菌が混入すると、も
酸菌など各種微生物の同定試験や培養、微生物
ろみ中で異常増殖し、
酸度の上昇や酵母の死滅、
技術に関する技術相談等を随時お受けしており
アルコール発酵の停滞が引き起こされ、腐造し
ます。お気軽にご利用下さい。
食品工業技術センターでは本稿で紹介した乳
ます。また、清酒の貯蔵中にアルコール耐性が
高 い Lactobacillus hiochii や Lactobacillus
参考文献
fructivorans などの真性火落菌や Lactobacillus
1) 日本醸造協会:増補改訂清酒製造技術(1998)
食品工業技術センター 発酵バイオ技術室 伊藤彰敏 (052-325-8092)
研 究 テ ー マ :糖化酵素高生産麹菌の育種造成
担当分野 :清酒製造技術
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