肺がん

5大がん
(胃・大腸・肺・肝臓・乳)
の標準治療をマスター
肺がん
■肺がん治療法の「四本の矢」は,手術
療法,放射線療法,がん薬物療法,緩
和治療である。
19 8 9年広島大学医学部卒業。岡山大学第二内
科,四国がんセンターなどでの実践を経て,1997
年現病院に赴任,肺がんや悪性中皮腫のがん薬
物療法に従事。日本呼吸器学会専門医,日本臨
床腫瘍学会がん薬物療法専門医を取得。呼吸器悪性腫瘍を中心に,
呼吸器診療に携わっている。『胸膜中皮腫診療ハンドブック』
(共
著,中外医学社,2007年)などを執筆。
■「標準治療」はまず最初に考える治療法
で,それから患者の特性に合わせて「実
地治療」を決定する。
■Ⅳ期非小細胞肺がんにおける治療選択
は,組織型,遺伝子異常の有無,全身状
態,年齢の順で考える。
楔状切除:がんのある部分を含めて,がんよ
がんは日本人の死亡原因の1位であり,中
区域切除:がんのある部分を含めて区域を取
でも肺がんは難治がんの一つです。さまざま
取り除く
り1~2cm離れた正常と思われる肺を楔
状に取り除く
り除く
な治療法の開発が行われ,それに応じて治療
いずれの場合も,完全切除が可能と思われ
法選択の考え方も少しずつ変化しています。
る臨床病期に対して行われます。
特に薬物療法においては,新規薬剤の特性に
最も標準的な治療は「肺葉切除+リンパ節
よって治療選択を考える手順が大きく変わっ
郭清」です。肺がんはほかのがんに比べて進
てきています。今までに行われた臨床試験を
行が速く,明らかな取り残しがあると,生存
基に,より効果の得られる確率が高い治療法
期間の延長が得られないばかりでなく,患者
をまとめたものがガイドラインです。
の体力とQOLを損ねてしまうためです。
本稿では,
「ガイドラインを読んでみたけ
■放射線療法
どよく分からない」という看護師に向けて,
肺がんに対する放射線療法では,身体の外
Stage別の治療方針について,なるべくかみ
側から体内の病巣に対して放射線照射を行う
くだいて解説したいと思います。
肺がん治療の種類
18
山口宇部医療センター
内科系診療部長 青江啓介
「外部照射法」が行われます。治癒を目的と
した治療(根治的放射線療法)と,症状緩和
を目的とした治療(緩和的放射線療法)に大
肺がんの治療には,手術療法,放射線療法,
別されます。通常の根治的放射線療法では,
がん薬物療法,緩和治療があります。まず,
1回あたり1.8 ~2Gyの照射を1日1回,週
それぞれについて説明します。
5回行い,総線量60Gy程度が施行されます。
■手術療法
■がん薬物療法
肺がんに対する外科治療として,次の4つ
がん薬物療法は,殺細胞薬,分子標的治療
が行われています。
薬,ホルモン剤を用いた治療の総称で,肺が
肺葉切除:がんのある肺葉を取り除く
んでは,殺細胞薬や分子標的治療薬が用いら
一側肺全摘:がんが発生した側の肺をすべて
れます。臨床的位置づけで大別すると,「進
オンコロジーナース Vol.8 No.3
行肺がんに対する薬物療法」「術後補助化学
いることが分かります。
療法」
「術前補助化学療法」として行われま
そこでまず,Stage分類について解説しま
す。
す。Stageとは大まかに言えば,「病気の広が
殺細胞薬は,がん細胞の細胞分裂阻害や,
り具合」のことです。原発巣の状態(T因
細胞死の誘導により作用を発揮しますが,正
子),リンパ節転移の状態(N因子),転移の
常組織や臓器への副作用が問題となります。
有無(M因子)によって決定するTNM分類
分子標的治療薬は,がん細胞に特異的な分子
で表現されます。治療開始前の胸腹部CT,
を同定し,これを阻害して細胞増殖抑制を導
頭部MRI,骨シンチグラフィー,PET-CTな
きます。殺細胞薬と分子標的治療薬では,毒
どの検査によって,臨床病期を確かめ治療方
性のプロファイルが異なります。当然のこと
針を決定します。術後の治療方針を決定する
ながら,治療薬の選択はStageのみではなく,
場合には,手術標本で病気の広がりを病理学
薬剤の毒性プロファイルをよく理解した上で
的に再確認しますが,これを術後病理病期と
行う必要があります。
言います。
■緩和治療
Stageは時々改訂されますが,その基本的
緩和治療とは,がんに伴う体と心の痛みを
な考え方は,ある「治療法」が適応できるか
和らげ,生活やその人らしさを保つためのケ
どうか,同じStageで予後が同等か,という
アです。肺がんの療養中は,疼痛や嘔気,食
ことです。「手術」できるかどうかで,気管
欲低下,呼吸困難,倦怠感などの体の不調,
分岐部からの距離が問題になるのはそのため
抑うつ状態や絶望感などの心の問題が,日常
です。また,以前は非小細胞肺がんの悪性胸
生活を妨げることがあります。疼痛に対する
水をT4としていましたが,治療法がⅣ期と
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やオピ
同様でかつ予後もほかのⅢB期よりもⅣ期に
オイド,倦怠感に対するステロイドホルモン
近いことから,Ⅳ期として扱われるようにな
などの薬物療法のほかにも,コンサルテー
りました。
ション,リハビリテーションなどがありま
2010年の改訂のポイントは,T因子が腫
す。早期からの緩和的介入が,患者のQOLの
瘍径(2cm,3cm,5cm,7cm)により
改善だけでなく生存期間の延長にもつながる
細分化(T1a,T1b,T2a,T2b,T3)され,
可能性があると報告されています1)。
同一肺葉内転移は従来T4だったのがT3へ,
Stage別の治療方針と
その組み合わせ
同側他肺葉転移は従来M1だったのがT4へ変
■Stage(臨床病期・病理病期)とは
分化され,対側肺転移,胸膜,心膜播種(悪
日本肺癌学会のホームページを見ると,
性 胸 水, 心 嚢 液 ) はM1aへ, 遠 隔 転 移 は
更となりました。M因子がM1aとM1bへ細
「外科治療」
「Ⅳ期非小細胞肺癌の1次治療」
M1bへと分類されました(表1)。
「Ⅳ期非小細胞肺癌の2次治療以降」「病理病
■非小細胞がんの治療(表2)
期Ⅰ・Ⅱ・ⅢA期術後補助化学療法」など,
肺がんは組織型によって,小細胞がん,腺
Stage別に治療のガイドラインが作成されて
がん,扁平上皮がん,大細胞がんの4つに大
オンコロジーナース Vol.8 No.3
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表1:肺がんの病期分類
第6版
合併症のリスクを検討した上で行います。
第7版 N0 N1 N2 N3
1990年代半ばから2000年代前半にかけて
T1(≦2cm)
T1a
ⅠA ⅡA ⅢA ⅢB
T1(>2∼3cm)
T1b
ⅠA ⅡA ⅢA ⅢB
T2(≦5cm)
T2a
ⅠB ⅡA ⅢA ⅢB
T2(>5∼7cm)
T2b
ⅡA ⅡB ⅢA ⅢB
T2(>7cm)
T3
ⅡB ⅢA ⅢA ⅢB
(UFT®)の内服,術後病理病期Ⅱ~Ⅲ期では
T3(壁浸潤)
T3
ⅡB ⅢA ⅢA ⅢB
シスプラチン(ランダ®・ブリプラチン®な
T4(同一肺葉pm)
T3
ⅡB ⅢA ⅢA ⅢB
ど)を用いた2剤併用療法(シスプラチン+
T4(extension)
T4
ⅢA ⅢA ⅢB ⅢB
M1(同一側pm)
T4
ⅢA ⅢA ⅢB ⅢB
ビノレルビン〈ナベルビン®〉など)が,術
T4(悪性胸水,心嚢液) M1a
Ⅳ
Ⅳ
Ⅳ
Ⅳ
M1(対側肺転移)
M1a
Ⅳ
Ⅳ
Ⅳ
Ⅳ
M1(遠隔転移)
M1b
Ⅳ
Ⅳ
Ⅳ
Ⅳ
行われた大規模臨床試験により,術後補助薬
物療法の有効性が示されたため,術後病理病
期ⅠB期腺がんではテガフール・ウラシル
後薬物療法として推奨されます。
根治的外科的切除不能な局所進行Ⅲ期肺が
んでは,根治を目指した化学放射線療法が考
えられます。根治照射が可能か否かは,原発
表2:非小細胞肺がんの治療
進展 臨床病期
限局
巣の大きさや部位,肺機能や既存肺の状態か
治療法
局所
ⅢA,ⅢB
進展
放射線療法
±化学療法
遠隔
Ⅳ
転移
化学療法
または緩和ケア
治癒
緩和ケア
ⅠA,ⅠB, 手術
ⅡA,ⅡB ±化学療法
治療の目的
延命
QOLの改善
(一部治癒)
延命
QOLの改善
ら,放射線腫瘍医と共に総合的に判断する必
要があります。
根治放射線照射不能ⅢB,Ⅳ期
①1次治療
根治放射線照射不能なⅢB,Ⅳ期非小細胞
肺がんは,現状では根治させることはできま
せんので,生存期間の延長とQOL改善を目的
20
別されます。抗がん剤や放射線に感受性の高
とした薬物療法が治療の中心となります。薬
い小細胞がんのみが治療法を別に考えるた
物療法を行うべきか否かは,全身状態,臓器
め,腺がん,扁平上皮がん,大細胞がんをま
機能,併存合併症,各薬剤の毒性の特徴から
とめて非小細胞がんとして取り扱います。薬
判断する必要があります。さらに,現在のガ
物療法の際には,さらに扁平上皮がんと非扁
イドラインで治療選択の上で重視されている
平上皮がんに分けて考えますが,これについ
のが,組織型(非扁平上皮がんか扁平上皮が
ては後述します。
んか)と分子プロファイル(EGFR遺伝子変
臨床病期Ⅰ~Ⅲ期
異,EML4-ALK融合遺伝子の有無など)
,全身
完全切除が可能と考えられる臨床病期Ⅰ~
状態(Performance Status:PS),年齢です。
Ⅲ期は,手術療法が第一選択となります。
「完
EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(ゲフィチ
全切除可能」とは,切除断端が腫瘍から十分
ニブ〈イレッサ®〉・エルロチニブ〈タルセ
離れている,リンパ節転移が確実に郭清でき
バ®〉など)などの分子標的治療薬が導入さ
そうだ,ということです。手術適応の判断は,
れるまでの標準的薬物療法は,プラチナ製剤
肺切除後の心肺予備能の評価と共に,周術期
(シスプラチンまたはカルボプラチン〈パラ
オンコロジーナース Vol.8 No.3
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