乳がんの案内 ~ 病 気と治 療 法 に つ い て 知 ろう~ 乳がん薬物療法ハンドブック 監修:帝京大学医学部 外科学講座 教授 神野 浩光 先生 乳 がんってどんな病 気 ? 乳がんとは? にゅうじゅうぶんぴつ にゅうせんそしき 乳房は、乳 汁分泌を行う乳 腺組織とその周りの脂肪からできています。 しゅよう しょうよう 乳がんは乳腺組織にできる悪性の腫瘍です。乳腺組織は乳汁をつくる小葉と、 にゅうかん 乳汁を運ぶ乳管から構成されますが、乳がんの90%は乳管から発生します。 乳房の構造 乳腺組織 乳頭 乳輪 小葉 乳管 肋骨 大胸筋 脂肪 乳がんの患者数は年々増え続けています。年齢別では、30代後半から患者 数が増えはじめ、40代後半~50代前半でピークになります。 1 ? 乳がんの種類 乳がんの中には、女性ホルモン (エストロゲン)の働きを利用して増える 「ホルモン受容体陽性乳がん」 があります。 ホルモン受容体陽性乳がんは、乳がんの約70%を占めています。 エストロゲン ホルモン受容体陽性乳がん ホルモン受容体 ホルモン受容体陽性乳がんでは、 エストロゲンと結合する 「ホルモン受容体」 が、 乳がん細胞に存在しています。 エストロゲンが受容体と結合すると、細胞を増やすシグナルが生じて、がん 細胞が増えていきます。 2 乳がんの治療法につい 乳がん治療法の種類 乳がんの治療法には、治療した場所にのみ効果がある 「局所療法」 と、全身に 効果が及ぶ 「全身療法」 があります。 局所療法 全身療法 ①手術療法 ③薬物療法 乳房温存術 乳房切除術 化学療法 (抗がん剤) 内分泌療法 (ホルモン剤) 分子標的療法 ②放射線療法 具体的な治療法としては、①手術療法、②放射線療法、そして③薬物療法の3 つに大きく分けられます。手術療法と放射線療法は局所療法に分類され、薬物 療法は全身療法に分類されます。 乳がんの性質や進み具合に合わせて、手術療法、放射線療法、薬物療法を組 み合わせて治療が行われます。 3 て ①手術療法 がんの手術療法には、大きく分けて乳房温存術 (乳房部分切除) と乳房 切除術 (乳房全摘) があります。どちらの手術を行うかは、病状に合わせて 医師と相談して決めます。 ②放射線療法 高いエネルギーのX線 (放射線) をがん細胞にあてて、がん細胞の遺伝子 に傷をつけることで増えるのを抑えたり、がん細胞を死滅させたりする治療 です。主に、手術後に体に残っているかもしれないがん細胞を治療するため に行われます。 ③薬物療法 乳がんの薬物療法には、化学療法 (抗がん剤) 、内分泌療法 (ホルモン剤) 、 分子標的療法があります。手術の前後に、体にひそんでいる可能性がある 乳がん細胞を抑えて、再発・転移を予防するために行われます。 手術の前に行う場合は、 しこりが小さくなれば手術でとる範囲を小さくす ることも可能になります。 ホルモン療法については5ページから、抗がん剤療法、分子標的療法については 9ページ、10ページでご紹介します。 4 乳がん薬物療法のホル 女性ホルモン (エストロゲン) の 働きを抑える治療法です ホルモン受容体陽性乳がん(2ページ)が増えないように、お薬によってエ ストロゲンの量を減らしたり、受容体の働きを抑えたりする治療法です。 体内の女性ホルモンの量が減る閉経後の患者さんでは、効果が高いこと が知られています。 ホルモン療法は化学療法と比較すると、比較的副作用の少ない治療法です。 エストロゲンの量を 減らすお薬 ホルモン受容体の 働きを抑えるお薬 ホルモン受容体 ホルモン受容体 陽性乳がん エストロゲンが 受容体に結合しないため、 がん細胞が増えるのを抑えます。 5 モン療法とは? ホルモン療法のタイミング ホルモン療法は基本的に、手術後に体に残っているかもしれないがん細胞を 。手術前に行う場合 抑えて再発・転移を予防するために行われます (術後療法) は、 乳がんを小さくして乳房温存術を目指すために行われます (術前療法) 。 また、再発・転移したがんを小さくするためにも、ホルモン療法が行われ ます。 お薬を使って、 がんを小さくします。 術前療法 手術 手術後に体に残っているかもしれない がんを、お薬で取り除きます。 術後療法 再発・転移 再発・転移したがんを 小さくします。 ホルモン受容体陽性乳がんの場合、手術後のホルモ ン療法は5~10年間行われます。 6 ホルモン療法で使われ 閉経前と閉経後では 異なるお薬が使われます 閉経前は卵巣からエストロゲンが分泌されます。一方閉経後は、脂肪組織 や乳腺組織の中にあるアロマターゼという酵素によってエストロゲンがつく られます。 そのため、体内のエストロゲンの量を減らすために、閉経前と閉経後で異 なる作用を持つお薬が使われます。 また、エストロゲンの量を減らすお薬の他に、乳がん細胞がエストロゲンを 取り込むのをじゃまするお薬 (抗エストロゲン剤) が使われることもあります。 ホルモン療法で使われる主なお薬の種類 7 使用のタイミング お薬の種類 お薬の名前 (一般名) 閉経前 LH-RHアゴニスト製剤 ゴセレリン リュープロレリン 閉経前・閉経後 抗エストロゲン剤 タモキシフェン トレミフェン 閉経後 アロマターゼ阻害剤 レトロゾール アナストロゾール エキセメスタン るお薬について お薬を使うタイミングと期間 閉経前 閉経後 視床下部 LH-RHアゴニスト製剤 脳の下垂体から分泌される 卵巣刺激ホルモンを抑えて 卵巣からのエストロゲンの 分泌を減らします。 2~5年間使用します。 視床下部 副腎 下垂体 アンドロゲン アロマターゼ阻害剤 アンドロゲンからエストロゲンが つくられるのを抑えます。 約5年間服用します。 卵巣 エストロゲン 抗エストロゲン剤 ホルモン受容体陽性乳がんがエストロゲンを取り 込めないようにするお薬です。乳がん細胞に直接 働きかけるため、 閉経前でも後でも有効です。 5~10年間服用します。 8 乳がん薬物療法で使わ 抗がん剤 抗がん剤はがん細胞を死滅させたり、増えるのを抑えたりします。抗がん 剤は種類によって作用が異なります。がんを抑える効果をより高めるために、 複数の抗がん剤を組み合わせて使うこともあります。 抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常な細胞も傷つけてしまうため、副作 用をともなうと考えられています。副作用については12ページをご参照くだ さい。 分子標的薬 分子標的薬によって、がん細胞が持っている特定の遺伝子やタンパク質を 狙い撃ちして、がん細胞が増えるのを抑えます。 ハーツー 乳がんの約20%は、がん細胞を増やす働きを持つH ER2というタンパク質 を細胞の表面にたくさん持つ 「HER2陽性乳がん」 です。HER2陽性乳がんに は、HER2の働きを抑える分子標的療法が有効です。 また、新しい血管をつくるのに必要な分子の働きを抑える分子標的療法も あります。 9 れる他のお薬 乳がん治療で使われる主な分子標的薬 お薬の名前 (一般名) トラスツズマブ ペルツズマブ お薬の作用 HER2陽性乳がんで、HER2の働きを抑えます ハーワン ラパチニブ HER2陽性乳がんで、HER2とHER1両方の働きを抑えます トラスツズマブエムタンシン (T-DM1) HER2陽性乳がん細胞の中に抗がん剤 (エムタンシン) を運 び込んで、がん細胞が増えるのを抑えます ベバシズマブ がん細胞の周りに新しい血管がつくられるのを抑えます トラスツズマブなど HER2 HER2陽性乳がん HER2タンパク質の働きを抑えて HER2陽性乳がんが増えるのを抑えます。 10 乳がん薬物療法中の副 乳がんの薬物療法中に、以下のような症状があらわれることがあります。 症状のあらわれ方には個人差がありますので、つらいと感じることがあれば、 担当の医師、看護師、薬剤師にご相談ください。 ホルモン療法による主な副作用 ほてり 体温調節がうまくできなくなることがあります。 顔や体が急に熱く感じる、 汗をかきやすくなる、 などの症状があらわれることがあります。 関節痛 朝起きると体の節々が痛んだり、 こわばったりすることがあります。 これらの症状は時間の経過とともに 次第におさまっていくことが多いです。 骨粗しょう症 骨がもろくなる可能性があります。 お薬を飲んでいる間は、 定期的に検査を受けて骨の状態を 確認することが大切です。 そのほか、性器からのおりものや出血、手足の腫れ・むくみ、不眠などの 症状があらわれることがあります。 11 作用について 抗がん剤療法による主な副作用 吐き気・嘔吐 お薬により消化器粘膜や脳の一部が 刺激されるために起こると考えられています。 吐き気止めやステロイドが有効です。 感染症 治療を始めて1週間ごろから白血球が減ってくるため、 感染症にかかりやすくなることがあります。 発熱、のどの痛みなどが続く場合は、 抗菌薬が有効です。 脱毛 使う抗がん剤によりますが、治療を始めて 2~3週間くらいで毛が抜けることがあります。 その場合は、かつらや帽子などを利用しましょう。 分子標的療法による主な副作用 下痢・嘔吐 発疹・かゆみ 下痢が続くと脱水症状を起こすことがあるので、 早めに医師に相談しましょう。 保湿またはビタミン剤が有効です。 そのほか、お薬の種類によって、頭痛、倦怠感、発熱、口内炎などがあらわれることがあ ります。症状がつらい場合は、医師、看護師、薬剤師に相談しましょう。 12 乳がん手術後に気をつ 定期検診をきちんと受けましょう 検診では、視触診、血液検査、X線検査などを行います。手術後の体調管理の ため、 そして、 再発・転移のチェックのために、定期検診をきちんと受けましょう。 定期検診を受ける目安 3~6ヵ月ごと 手術 1 2 3 4 6ヵ月~1年ごと 5 6 7 8 9 10 手術後の年数 自分でできる体調管理について ● ひと月に1回、日を決めてセルフチェックを行いましょう 手術しなかった方の乳房や周囲のリンパ節などにも、 しこりや腫れ、ひきつれ などがないかどうか確認しましょう。 薬物療法の副作用がつらい場合は、医師・看護師・薬剤師に相談しましょう。 13 けること 食事について ● 太り過ぎないようにしましょう 肥満の患者さんの乳がん発症リスクは高いといわれています。 栄養バランスの良い食事、適切なカロリー摂取を心がけて、肥満を避けること が大切です。 ● 骨を強く保ちましょう ホルモン療法の種類によっては骨密度が低下して骨折 を起こすことがあります。カルシウム、 ビタミンDなど の摂取に加えて、 適度な運動を行いましょう。 運動について ● 適度な運動を心がけましょう 乳がんの再発リスクを低くするには、適度な運動を 生活に取り入れるとよいといわれています。 無理なく、少しずつ運動を続けるようにしましょう。 ● 関節痛には、ストレッチなどの運動を ホルモン療法によって関節のこわばりなどが出ることがあります。ストレッチ などの軽い運動を生活に取り入れてみましょう。 14 注意事項 他 にも お 薬 を 服 用して い る患 者 様 へ お薬の相互作用により、効果を強めたり、 弱めたりする可能性があります。 必ず主治医、薬剤師に相談してください。 医療機関名/連絡先 BREAS-A01-1506CO03
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