かつて恐れられた病魔 「結核」の復活(5)

B.J.A Column
かつて恐れられた病魔 「結核」の復活 ⑤
― 新型結核の集団感染と薬の使い方―
※古くからある、抗生物質で殺せる結核を「旧型結核」または単に「結核」と表記し、抗生
物質に耐性を持つ結核を「新型結核」または「多剤耐性結核」と表記しますが、新型、旧型
という呼び方は一般的なものではなく、本文中で区別するための表現です。
抗生物質はほとんどの旧型結核菌を殺しますが、生き残る菌もいます。
菌が死滅する前に薬の服用をやめると より強い耐性を持つ型へと変異するのです。そして、
より悪質な新型結核「多剤耐性結核」となって周囲へと広がります。
1929 年 ペニシリンが初めて登場してから、様々な感染症向けの抗生物質が開発されまし
た。当初は 細菌が耐性化する前に新たな薬が作られました。
しかし、いまでは 人類は彼ら微生物に先手を取られ、対抗策も減少してしまいました。
現在では、すべての抗生物質に耐性を持つ細菌もあり、多剤耐性結核などもほとんどの薬に
耐性を示します。近年、この多剤耐性結核の集団発生が急増しています。
最初の出現は 1990 年代初めで、前触れもなくアメリカ ニューヨークを襲いました。世界
経済の中心であり、医療設備も最高水準の都市で発生したことに世界の感染症対策に携わる
人々は驚きを隠せませんでした。なぜか…
当時、結核対策は大幅に縮小されていました。政府が結核はすでに解決したと判断し資金を
他にまわしたため、結核患者の治療計画が打ち切られ、多剤耐性結核の発生率が大幅に増加
したのです。
80 年代後半から 90 年代初頭にニューヨークで発生した結核の2割は恐ろしい多剤耐性結
核だったのです。この時には、皮肉にも病院が感染拡大に一役かってしまいました。
病院では 薬剤耐性を持つ多数の結核患者たちが締め切った部屋で共に長期間を過ごしまし
た。これが原因で患者や医師、看護師なども多数感染したのです。各国の保険当局にとって
この例は脅威でした。そこで医師たちは思い切った対策に着手します。
多剤耐性結核を治療するのは困難です。そのため 結核が薬剤耐性を獲得 ( 旧型から新型に
変異 ) する前に抑止すべく、感染者に 確実に薬を飲ませることにしたのです。
とはいえ、ちょっと体調が回復すると薬を飲み忘れるのは人間の性のようなもの。そこで、
通称 DOTS と呼ばれる「直接監視下療法」が行われるようになりました。これは、結核患
者が6か月間毎日、医療スタッフの目前で薬を服用するというもので、自己申告や問答は許
されず、従わなければ隔離される…というものです。
1993 年の集団発生後、アメリカで結核の標準療法に指定、現在は世界中で採用され 近年
中国の農村地域でも大規模に実施されました。 ⑥へ続く
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