気管支洗浄液の遺伝子検査が迅速診断に有用であった肺カンサシ症の1

Kekkaku Vol. 90, No. 8 : 619_623, 2015
619
気管支洗浄液の遺伝子検査が迅速診断に有用で
あった肺カンサシ症の 1 例
1
森 雅秀 1 揚塩 文崇 1 香川 浩之 1 押谷 洋平
1
藤川 健弥 2 斎藤 晴子 2 佐子 肇 1 矢野 幸洋
1
北田 清悟 1 前倉 亮治
要旨:症例は 59 歳男性。近医で慢性閉塞性肺疾患,気管支喘息で加療中,検診で胸部異常陰影を指
摘された。胸部 X 線写真では右上肺野に結節陰影 2 カ所,胸部 CT では右上葉に長径 29 mm と 10 mm
の結節を認めた。経気管支肺生検組織で肉芽腫形成性疾患が疑われたが,気管支洗浄液では抗酸菌塗
抹陰性,結核菌とMycobacterium avium complex(MAC)の遺伝子検査(transcription reverse transcription
concerted reaction : TRC 法)も陰性であった。検査 3 日後に遺伝子検査(TRC 法)で Mycobacterium
kansasii が陽性と判明し,肺カンサシ症と診断した。約 2 週後には培養陽性となり,DNA プローブ法
で再確認した。isoniazid, rifampicin, ethambutol による 3 剤治療を行い軽快した。カンサシ症はわが国
では非結核性抗酸菌症の中で MAC 症に次いで症例が多く,また結核との鑑別がしばしば問題となる。
kansasii-TRC 法は迅速な診断が可能で,抗酸菌感染症の実地診療において有用な検査法である。
キーワーズ:非結核性抗酸菌,M. kansasii,TRC 法,気管支洗浄,結節陰影
はじめに
既往歴:13 歳時から気管支喘息。34 歳時,右自然気胸。
家族歴:特記事項なし。
肺抗酸菌症の診断には,結核菌 Mycobacterium tuber-
喫煙歴: 1 日 20 本 ×40 年(20 ∼ 59 歳)。
culosis(TB)と Mycobacterium avium complex(MAC)の遺
現病歴:近医で慢性閉塞性肺疾患,気管支喘息の治療
伝子検査がきわめて有用である1) 2) が,MAC 菌以外の非
を受けていた。X 年 4 月の検診で胸部異常陰影を指摘さ
結核性抗酸菌(Nontuberculous mycobacteria : NTM)では
れたため,5 月下旬に当院へ紹介され検査入院となった。
菌種同定のために培養検査の結果を待たなくてはならな
入院時現症:身長 165.3 cm,体重 44.2 kg,体温 36.6 度,
い。なかでも,頻度が MAC に次ぐ肺カンサシ症では病
SpO2 96%(室内気),心拍数 90 ⁄分,血圧 111/68 mmHg。
状が結核に類似することが多く3) ∼ 5),結核菌の遺伝子検
胸部では心音異常なし,異常呼吸音は聴取せず。腹部異
査が陰性の場合には患者対応に苦慮することが多い。
常所見なし。
今回,われわれは孤立結節陰影に対し,経気管支肺生
μL,CRP <0.10
入院時検査所見(Table):WBC 9110/μ
検組織像で抗酸菌感染症が疑われ,気管支洗浄液の遺伝
mg/dL,ESR 11 mm/hr。喀痰・胃液の抗酸菌検査は塗抹・
子検査で M. kansasii と同定して早期に治療を開始できた
培養・遺伝子検査ともすべて陰性であった。
症例を経験したので報告する。
画像所見:胸部 X 線写真では右上肺野に 2 個の結節陰
症 例
影があった(Fig. 1A)
。胸部 CT では右上葉 S 3a に胸膜ま
でつながる長径 29 mm の結節とその内側に 10 mm 大の
患 者:59 歳,男性。
結節を認めた(Fig. 2)。
主 訴:労作時息切れ。
臨床経過:臨床所見・画像所見から腫瘍あるいは感染
国立病院機構刀根山病院 1 呼吸器内科,2 臨床検査科
連絡先 : 森 雅秀,国立病院機構刀根山病院呼吸器内科,〒
560 _ 8552 大阪府豊中市刀根山 5 _ 1 _ 1
(E-mail : [email protected])
(Received 20 Feb. 2015 / Accepted 15 May 2015)