品川労働基準監督署⻑(納会での急性アルコール中毒を原因とする死亡の業務起因 性)事件(東京地裁 平27.1.21判決) 会社の納会において、納会の⽬的を逸脱して過度の飲酒⾏為をした場合の急性アル コール中毒を原因とする死亡について業務起因性が否定された事例 掲載誌:労経速2241号3ページ ※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください 1 事案の概要 本件は、亡Aが、Y社主催の納会で飲酒し、急性アルコール中毒を発症するなどして死 亡したことについて、亡Aの妻であるXが品川労働基準監督署⻑に対して、労災保険法に 基づく遺族補償給付(遺族補償年⾦)および葬祭料の各給付を請求したところ、労基署⻑ がいずれも⽀給しない旨の処分(以下「本件各不⽀給処分」という)をしたことから、そ の取り消しを求めた事案である。 [1]本判決で認定された時系列 年⽉⽇ H23.12.28 事 実 社内清掃 午前中 H23.12.28 Y社、納会を開催 午後0時45 分頃から H23.12.28 亡A、Yの⽀店の従業員と電話をした際、ろれつが回っていない状態。 午後2時30 分過ぎ頃 H23.12.28 Y、納会を終了。 午後3時頃 従業員らは順次帰宅。 亡A、Y社内の荷物⽤エレベーター付近で体を横たえ、若⼲嘔吐(おうと)した状 態でいびきをかいていた。 H23.12.28 亡Aのいびきが聞こえなくなり、嘔吐物の吸引による窒息等により呼吸をしてい 午後3時30 ない様⼦がみられたので、Y社従業員Bの通報により亡Aが病院に救急搬送され 分頃 る。 亡A、救急搬送時において⼼肺停⽌状態。 病院における⼼肺蘇⽣の結果、⼀時的に⼼拍再開。 H23.12.29 亡A、病院において、急性アルコール中毒を原因とする蘇⽣後脳症により死亡。 午前6時30 分頃 [2]主な争点 本件の争点は、亡Aの死亡が業務上の事由によるか否か、労働者災害補償保険法(以下 「労災保険法」という)の「労働者が業務上死亡した場合」(労災保険法12条の8第1項 4号、同5号)に当たるか否か、である。 2 判断 [1]法的判断の枠組み まず、裁判所は、従来の最⾼裁判決(熊本地裁⼋代⽀部公務災害事件 最⾼裁⼆⼩ 昭 51.11.12判決)に基づき、「労災保険法にいう『労働者が業務上死亡した場合』とは、 労働者が業務上の負傷⼜は疾病に起因して死亡した場合を含むものであるが、被災労働者 の負傷⼜は疾病が業務上の事由によるものと認められるためには、業務と当該負傷⼜は疾 病との間に条件関係のみならず、相当因果関係があることが必要である」と判断した。 その上で、同じくこれまでの最⾼裁判決(地公災基⾦東京都⽀部⻑〔町⽥⾼校〕事件 最⾼裁三⼩ 平8.1.23判決、地公災基⾦愛知県⽀部⻑(瑞鳳⼩学校教員)事件 最⾼裁 三⼩ 平8.3.5判決)を基に「上記の業務と当該負傷⼜は疾病との間に相当関係を認める ためには、被災労働者が労働契約に基づき事業主の⽀配下にあること(業務遂⾏性)を前 提として、当該負傷⼜は疾病が被災労働者の従事していた業務に内在する危険性が現実化 したことによるものと評価されること(業務起因性)が必要である」とした。 [2]業務遂⾏性について 裁判所は、業務遂⾏性について、「労働者が現に業務ないしはこれに付随する⼀定の⾏ 為に従事している場合のみならず、現にこれらに従事していなくとも、労働関係上、事業 主の⽀配下にあるものと認められる場合を含むものと解するのが相当である」と指摘し た。 その上で、裁判所は、納会が従業員の任意参加であること、散会後における従業員の業 務は免除されており、適宜帰宅することが許されていたことを指摘しつつも、①本件納会 はY社内においてY社が主催し、Y社の費⽤全額負担の下、提供される飲⾷物を⽤意した上 で、所定労働⽇における所定労働時間を含む時間帯に開催されたものであること、②Y社 代表者を含め従業員全員が参加し、当⽇は所定終業時間である午後5時までの所定労働時 間における勤務を前提とした賃⾦⽀払いが⾏われている点の事実を認定した。 そして、これらの事実関係を総合考慮すれば、納会をもってY社の本来の業務やこれに 付随する⼀定の⾏為に属するとはいい難いが、その延⻑線上において、労働関係上、本件 会社の⽀配下にあったものと認められるのが相当であると判断し、納会への参加について の業務遂⾏性を認めた。 [3]業務起因性について 裁判所は、業務起因性について、「労働者の負傷⼜は疾病が当該労働者の従事していた 業務に内在する危険性の現実化によるものと評価されることをいう」とした上で、亡A が、⾃らの意思で⽸ビール(350mℓ)2、3本を飲んだ後、⽇本酒(1.8ℓ)1本につ き、上司とBにそれぞれ若⼲量を分け与えたほかは、ほぼ⼀⼈で独占的に飲みきったもの であること、納会の開始後1時間が経過した頃には、上司から飲酒の速さを指摘されて⾃ 制を促されていたことなどの事実を認定した。 そして、裁判所は、上記のような短時間における多量の飲酒⾏為については、仕事納め の⽇の社内清掃後における1時間ないし2時間程度の懇親、慰労の趣旨で⾏われた本件納 会の⽬的から明らかに逸脱した過度の飲酒⾏為であると認めるのが相当であるから、亡A の急性アルコール中毒の発症については、業務に内在する危険性が現実化したものとはい えず、業務起因性は認めることができないと判断した。 3 実務上のポイント [1]本件は、労災保険法における「労働者が業務上死亡した場合」の該当性が争点と なっているが、この判断は裁判所が指摘する最⾼裁判例により業務遂⾏性および業務起因 性をもって⾏うということが確⽴している。したがって、判断⽅法に関していえば、本件 は従前の判断⽅法に沿ったものであるといえる。 [2]その上で、本件は、従業員の業務に関係する酒席(歓送迎会、納会など)における 飲酒を発端とする事故について、具体的な事実を引⽤した上で業務起因性を判断した点で 特徴がある。具体的には、本件の納会が1時間ないし2時間程度の時間であったこと、納 会の⽬的が懇親や慰労の趣旨であったことなどを基にして、このような納会において短時 間で⽇本酒1.8ℓのほとんどを⼀⼈で飲むことは納会の⽬的を逸脱した過度の飲酒⾏為で あり、業務起因性はないと判断した点である。 [3]酒席における過度の飲酒について、全て業務起因性がないと判断されるか、という 点について、本件の裁判所が指摘するとおり、その酒席の⽬的によって結論が異なる可能 性がある。 例えば、本件と同様の飲酒による死亡事故の事案として、国・渋⾕労基署⻑(ホットス タッフ)事件(東京地裁 平26.3.19判決)があるが、この事件は結果として被災者の死 亡が労災として認定されている。その理由は、中国ロケに⾏った被災者たちが、取材対象 の中国⼈と2度の会合を持ち、被災者はビールやアルコール度数の⾼い⽩酒を複数杯飲ん だことは、中国ロケにおける業務の遂⾏に必要不可⽋なものと裁判所が判断したからであ る。 また、⼤分労基署⻑(⼤分放送)事件(福岡⾼裁 平5.4.28判決)では、被災者が宿 泊を伴う業務出張の際の宿泊施設内での⼣⾷における飲酒⾏為により酩酊(めいてい) し、宿泊施設の階段における転倒事故により死亡した事案において、同事故は飲酒による 酩酊により発⽣したと推定され、結果として、裁判所は被災者の飲酒⾏為は出張のような 場合には通常随伴する⾏為として、転倒による死亡を労災として認定している。 このように飲酒による事故の労災認定の有無は事案によりさまざまであるので、使⽤者 としては従業員の飲酒についても、必要に応じて過度な飲酒にならないように配慮をする 必要がある。 【著者紹介】 ⽶倉圭⼀郎 よねくら けいいちろう ⾼井・岡芹法律事務所 弁護⼠ 2003年明治⼤学法学部卒業。2008年第⼀東京弁護⼠会登録、髙井伸夫法律事務所 ⼊所(2010年⾼井・岡芹法律事務所に改称)。経営法曹会議会員。第⼀東京弁護⼠ 会労働法制委員会委員。共著として、『現代型問題社員対策の⼿引(第4版)-⽣産 性向上のための⼈事措置の実務-』(⺠事法研究会)がある。 ◆⾼井・岡芹法律事務所 http://www.law-pro.jp/ ■裁判例と掲載誌 ①本⽂中で引⽤した裁判例の表記⽅法は、次のとおり 事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは⽀部名(3)判決・決定⾔渡⽇(4)判決・決定の別 (5)掲載誌名および通巻番号(6) (例)⼩倉電話局事件(1)最⾼裁(2)三⼩(3)昭43.3.12(4)判決(5)⺠集22巻3号(6) ②裁判所名は、次のとおり略称した 最⾼裁 → 最⾼裁判所(後ろに続く「⼀⼩」「⼆⼩」「三⼩」および「⼤」とは、 それぞれ第⼀・第⼆・第三の各⼩法廷、および⼤法廷における⾔い渡しであること を⽰す) ⾼裁 → ⾼等裁判所 地裁 → 地⽅裁判所(⽀部については、「○○地裁△△⽀部」のように続けて記 載) ③掲載誌の略称は次のとおり(五⼗⾳順) 刑集:『最⾼裁判所刑事判例集』(最⾼裁判所) 判時:『判例時報』(判例時報社) 判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社) ⺠集:『最⾼裁判所⺠事判例集』(最⾼裁判所) 労経速:『労働経済判例速報』(経団連) 労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社) 労判:『労働判例』(産労総合研究所) 労⺠集:『労働関係⺠事裁判例集』(最⾼裁判所)
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