イヌを超える匂いセンサシステムの実現 - 九州大学 味覚・嗅覚センサ

イヌを超える匂いセンサシステムの実現
九州大学
小野寺
武
私は学部時代,人文学部の所属でしたが卒論で複数の半
導体式ガスセンサを用いた室内空気汚染ガス種の判別に関
する研究を行いました。それから,金沢大学大学院への進
学で理系にシフトし,博士課程では,ガスセンサを用いた
植物の室内空気汚染物の浄化能力の評価や人の振る舞い認
知に関する研究を行いました。私と化学センサとの接点,
電気学会の E 部門との接点はこの頃にできました。
博士の学位を取得した 2001 年に縁あって九州大学の都
図 1 パーソナル SPR センサ RANA(九州計測器)
甲潔教授の研究室に助手として着任しました。都甲先生は,
当時すでに味を測る味覚センサを実用化されていました。
2002 年,研究室では表面プラズモン共鳴(SPR)センサと
と舌で味わったりすることができます。したがって,その
抗原抗体反応で何か検出できないか,と考えていたところ
感覚を人工的に表現する味覚センサや嗅覚(匂い)センサ
に JST の人道的地雷探知プロジェクトの公募がありました。
は安全・安心に貢献し,さらに快適な生活,楽しいひとと
地雷探知犬はどうやら地雷から漏れ出る爆薬の匂いを嗅ぎ
きの共有を提供できる可能性を秘めています。最近では,
つけているらしい。地雷探知の背景調査を終えた後,都甲
IBM の 2012 年 NEXT 5 in 5 や 2013 年の Google NoseBETA
先生から「(爆薬相手だけど)どうする?」と聞かれ,正直
(今のところエイプリルフールのジョーク)で,それぞれ
なところ少し怖かったのですが覚悟を決めて,
「科学技術を
“味覚や嗅覚情報のデジタル化”,
“匂いの記録,伝送,再生”
正しいことに使うのだから,やっていいと思います」と答
について触れられています。世界的にもモバイルデバイス
え,応募採択までこぎ着けることができました。
に搭載されるほど身近な化学センサの登場が待ち望まれて
それ以来,主に SPR センサと抗原抗体反応を組み合わせ
いるように思います。実は E 部門では,発足時から味と匂
たセンサを現場で活用することを目標に,匂い物質として
いのセンシングについて活発に成果が報告されており,味
の爆薬を超高感度に検出する技術の研究開発を行ってきま
覚センサについては現在,世界中で使われています。E 部門
した。現在,爆薬に対してはイヌと同等かそれ以上の感度
でこの分野を先導し続けたいところです。
を実現しています。装置本体,独自の抗体,非特異吸着の
さて,最後に夢の話です。10 年ほど前に井上夢人著「オ
起こらないセンサ表面,サンプリング方法,測定プロトコ
ルファクトグラム」
(講談社文庫)という SF ミステリー小
ルの開発を行いました。トータルで考えないと現場に持っ
説を夢中になって読みました。とある事件をきっかけに主
ては行けません。様々なプロジェクト研究を経て,持ち運
人公がイヌ並の嗅覚を持ってしまい,
“匂いを見る”能力で
び可能な SPR センサを開発し,企業により製品化・事業化
その事件の犯人を追跡するというストーリーです。匂いの
されるに至りました(図 1)
。もちろん,筆者 1 人の成果で
空間を可視化した世界が表現されています。これまで私は
はなく,都甲先生をはじめ,専門の異なる多くの先生方,
イヌの爆薬に対する感度を目標に研究開発してきましたが,
研究員や学生の皆さん,企業の方々との協力によるもので
その感度以外はまだまだイヌに及びません。本書を読んだ
す。この装置は,防衛省技術研究本部陸上装備研究所に納
ときのビジュアルイメージがずっと頭に残っていて,濃度
入されています。即製爆発装置除去の現場に持って行くた
勾配や匂い分子種の存在比率といった匂いの世界をとらえ
めにはまだまだクリアしなければならない課題があり,そ
るセンサシステム,さらにはイヌを超える匂いセンサシス
の解決に向けて同所と共同研究開発を遂行中です。イヌは
テムを実現したいと思っています。
クンクンと匂いを嗅ぐことができますが,システムとして,
その部分にあたるサンプリング部をどう作り込むかが一つ
小野寺
の課題となっています。
おのでら・たけし
2001 年金沢大学大学院自然科学研究科究科修了。現在,九州
大学味覚・嗅覚センサ研究開発センター准教授。匂いセンサ
の研究開発に従事。博士(工学)。
味覚や嗅覚は化学物質とヒトとの相互作用によって引き
起こされる感覚です。匂いで危険を察知したり,美味しい
© 2015 The Institute of Electrical Engineers of Japan.
武
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