第 3 章 d次元フーリエ級数

第 3 章 d 次元フーリエ級数
本章においては, d ≥ 1 であるとするとき, d 次元フーリエ級数展
開について考察する. d 次元フーリエ級数を略式に多重フーリエ級
数ということがある.
3.1 指数関数系
本節においては, 指数関数系について考察する.
いま, d ≥ 1 であるとするとき, Rd は d 次元ユークリッド空間で
あるとする.
ここで, Rd の中の開立方体を
Q = (−π, π)d = {x = t (x1 , x2 , · · · , xd );
−π < xi < π, (i = 1, 2, · · · , d)}
であるとする. ここで, (−π, π)d は開区間 (−π, π) の d 個の直積集
合を表す. 開区間 Q = (−π, π)d においてルベーグ測度が定義され
ているとする.
このとき, L2 = L2 (Q) は Q 上の複素数値 2 乗可積分関数の全体
のつくるヒルベルト空間であるとする.
1
1 変数関数の場合と同様に, Q = [−π, π]d に対し, L2 (Q) の関数
とそれを Q に制限して得られる L2 (Q) の関数を同一視することが
できるから, ここでは L2 (Q) を考えることにする.
Rd の開区間 Q = (−π, π)d 上のヒルベルト空間 L2 (Q) の関数 f
の多重フーリエ級数展開について考察する.
これは, 有限次元計量ベクトル空間の任意のベクトルをその一つ
の完全正規直交系の 1 次結合として表すことの一般化である. 同時
に, これは 1 次元フーリエ級数展開の高次元への一般化である.
いま, Z を整数全体のつくる集合であるとし, Z d は Z の d 個の
直積集合を表すとする.
このとき, p = t (p1 , p2 , · · · , pd ) ∈ Z d は整数の d 組を表す. こ
こで, p ∈ Z d に対し,
√
|p| = p21 + p22 + · · · + p2d
と表す.
p ∈ Z d に対し, Q 上定義された d 変数の指数関数 φp (x) を, 関
係式
1
φp (x) = √
eipx ,
( 2π)d
x = t (x1 , x2 , · · · , xd ), p = t (p1 , p2 , · · · , pd ),
px = (p, x) = p1 x1 + p2 x2 + · · · + pd xd
によって定義する.
このとき, 次の定理が成り立つ.
定理 3.1.1 L2 (Q) において, 指数関数系 {φp (x); p ∈ Z} は正
規直交系である. すなわち, 等式
(φp , φq ) = δpq , (p, q ∈ Z d )
2
が成り立つ. ここで, 記号 δpq は次の条件によって定義する. すなわ
ち, p, q ∈ Z d に対し,

 1, (p = q),
δpq =
 0, (p ̸= q)
であると定義する.
定理 3.1.2 L2 = L2 (Q) において指数関数系 {φp (x); p ∈ Z d }
は完全である. すなわち, この指数関数系 {φp (x)} は L2 の正規直交
基底である.
定理 3.1.2 の証明は, 3.2 節において与える.
1
系 3.1.1 指数関数系 { √
eπipx/A } は L2 ((−A, A)d ) にお
d
( 2A)
いて完全正規直交系である. ただし, A > 0 であるとし, (−A, A)d
は開区間 (−A, A) の d 個の直積集合を表す.
3.2 完全性の証明
本節においては, 定理 3.1.2 の証明を行う. すなわち, L2 = L2 (Q)
において指数関数系 {φp (x); p ∈ Z d } の完全性を証明する.
定理 3.2.1(完全性条件) 次の条件 (1)∼(6) は同値である:
(1) L2 (Q) において指数関数系 {φp (x); p ∈ Z} は完全である.
(2) 指数関数系 {φp (x); p ∈ Z} の生成する閉部分空間を H とす
ると, H = L2 (Q) が成り立つ.
3
(3) 任意の f ∈ L2 (Q) に対して, 次の展開式
∑
f=
(f, φn )φn
p∈Z
d
が成り立つ.
(4) 任意の f ∈ L2 (Q) に対し, 次のパーセヴァルの等式
∑
∥f ∥2 =
|(f, φp )|2
p∈Z
d
が成り立つ.
(5) 任意の f, g ∈ L2 (Q) に対し, 等式
∑
(f, g) =
(f, φp )(g, φp )
p∈Z
d
が成り立つ. ここで, 右辺の級数は絶対収束する.
(6) f ∈ L2 (Q) であるとするとき, 任意の p ∈ Z d に対し, (f, φp ) =
0 ならば, f = 0 である.
ここでは, 黒田 [1], 4.8 節の証明法によって証明を行う.
定理 3.2.2 L2 (Q) において指数関数系 {φp (x); p ∈ Z d } は完
全である.
証明 フビニの定理を用いて証明する. 簡単のために, d = 2 の場
合を証明する.
Q = (−π, π)2 = {x = t (x1 , x2 ); −π < x1 , x2 < π}
であるとする. さらに,
Q = Q1 × Q2 , Q1 = Q2 = (−π, π)
4
であるとする.
このとき, (x1 , x2 ) を (x, y) と表し, p = (p1 , p2 ) の p1 , p2 を
l, m と表す. さらに,
1
φl (x) = √ eilx , (x ∈ Q1 ; l ∈ Z),
2π
1
ψm (y) = √ eimy , (y ∈ Q2 ; m ∈ Z)
2π
であるとし,
ϕlm (x, y) = φl (x)ψm (y), ((x, y) ∈ Q; l, m ∈ Z)
と表す. このとき, 指数関数系 {ϕlm ; l, m ∈ Z} は L2 (Q) において
正規直交系である.
次に, 指数関数系 {ϕlm ; l, m ∈ Z} が L2 (Q) において完全である
ことを証明する.
いま, f ∈ L2 (Q) に対し,
(f, ϕlm ) = 0, (l, m ∈ Z)
が成り立っていると仮定して, f = 0 であることを証明すればよい.
f ∈ L2 (Q) であるから,フビニの定理によって, 零集合 N0 ⊂ Q1
が存在して,
∫ π
2
g(x) =
|f (x, y)|2 dy < ∞, x ∈
/ N0 ,
∫
−π
∫
π
∫
π
π
g(x)2 dx =
−π
−π
−π
|f (x, y)|2 dxdy
が成り立つ. ここで, g(x) ≥ 0 であるとしておく. 仮定によって,
(f, ϕlm ) = 0
5
であるから,
∫
π
−π
f (x, y)φl (x) ψm (y)dxdy = 0
が成り立つ.
∫
hm (x) =
π
−π
f (x, y)ψm (y)dy
とおくと, x ∈
/ N0 のとき, 右辺の積分は絶対収束して,
|hm (x)| ≤ g(x)
が成り立つ. ゆえに hm ∈ L2 (Q1 ) である. フビニの定理によって,
∫ π∫ π
f (x, y)φl (x) ψm (y)dxdy
−π
−π
= (hm , φl )L2 (Q1 ) = 0
であることが従う. ここで, l ∈ Z は任意であるから, L2 (Q1 ) に
おいて hm = 0 である. したがって, 零集合 Nm ⊂ Q1 が存在して,
x ∈
/ Nm ならば, hm (x) = 0 となる. m ∈ Z は可算であるから,
∪
N = N0 ∪ ( Nm ) は Q1 の零集合である. したがって, x ∈
/ N なら
m
ば, f (x, ·) は, y の関数として,
f (x, ·) ∈ L2 (Q2 ),
であって, 任意の m ∈ Z に対し,
hm (x) = (f (x, ·), ψm )L2 (Q2 ) = 0
ゆえに, {ψm } の完全性によって, ほとんどいたるところの y ∈ Q2
に対して, f (x, y) = が成り立つ. したがって, g(x) = 0 が成り立つ.
ゆえに, x ∈ Q1 \N は任意であるから, g(x) = 0, (a.e. x in Q1 ) が成
り立つ.
6
したがって, ∫ π
∫
2
g(x) dx =
−π
π
∫
−π
π
−π
|f (x, y)|2 dxdy = 0
が成り立つから, f (x, y) = 0, (a.e. (x, y) in Q) が従う.
ゆえに, 指数関数系 {ϕlm ; l, m ∈ Z} は L2 (Q) において完全であ
る. //
3.3 d 次元フーリエ級数展開
本節において, 関数 f ∈ L2 を指数関数系 {φp (x); p ∈ Z d } によっ
て多重フーリエ級数に展開することを考える. 3.1 節と 3.2 節の考
察によって次のことが分かる.
指数関数系 {φp (x)} は, L2 (Q) の正規直交基底である. このとき,
f ∈ L2 (Q) を {φp } の 1 次結合として表すことは, f を無限級数の和
f=
∑
p∈Z
(f, φp )φp
d
として表すことである. したがって, ヒルベルト空間 L2 (Q) は無限
次元完備計量ベクトル空間である.
定理 3.3.1(ベッセルの不等式) L2 = L2 (Q) において一つの正
規直交系 {ϕn ; n = 1, 2, 3, · · · } が与えられていて, 必ずしも完
全ではないとする. このとき, 任意の f ∈ L2 に対し, ベッセルの不
等式
∞
∑
|(f, ϕn )|2 ≤ ∥f ∥2
n=1
が成り立つ.
7
定理 3.3.2(リース・フィッシャーの定理) 複素数列 {ap ; p ∈ Z d }
が, 条件
∑
|ap |2 < ∞
p∈Z
d
を満たすならば, ある f ∈ L2 (Q) が存在して, L2 収束の意味におい
て, 次の (1), (2) が成り立つ.
(1) ap = (f, φp ), (p ∈ Z d ) が成り立つ.
(2) L2 収束の意味で級数展開
∑
f (x) =
p∈Z
ap φp (x)
d
が成り立つ.
定理 3.3.3 f ∈ L2 (Q) であるとし, ap = (f, φp ), (p ∈ Z d ) は
f の多重フーリエ係数であるとする. このとき, f の多重フーリエ級
数は L2 のノルムに関して f に収束する. すなわち, 等式
∫ π
∑
lim
|f (x) −
ap φp (x)|2 dx = 0
|M |, |N |→∞ −π
−M ≤p≤N
が成り立つ. いいかえれば, L2 収束の意味において, 等式
∑
f (x) =
ap φp (x)
p∈Z
d
が成り立つ.
定理 3.3.3 において, 多重級数の和は, 等式
∑
−M ≤p≤N
ap φp (x) =
N1
∑
N2
∑
p1 =−M1 p2 =−M2
8
···
Nd
∑
pd =−Md
ap φp (x)
の右辺を左辺のように略式に表現したものである. ここで,
p = t (p1 , p2 , · · · , pd ),
M = t (M1 , M2 , · · · , Md ),
N = t (N1 , N2 , · · · , Nd )
は Z d の元であるとし, −M ≤ p ≤ N は成分毎の不等式
−M1 ≤ p1 ≤ N1 , −M2 ≤ p2 ≤ N2 , · · · , −Md ≤ pd ≤ Nd
が成り立つことを表す. さらに,
√
√
|M | = M12 + M22 + · · · + Md2 , |N | = N12 + N22 + · · · + Nd2
と表す.
したがって, 定理 3.3.3 によって, f ∈ L2 (Q) に対し, L2 収束の意
味において, 多重フーリエ級数展開
∫
∑
1
ipx
f (x) =
e
f (t)e−ipt dt
(2π)d
Q
d
p∈Z
が成り立つ. すなわち, f ∈ L2 (Q) を正規直交基底 {φp (x); p ∈ Z d }
の 1 次結合として表すことができる.
条件
∑
|ap |2 < ∞
p∈Z
d
を満たす複素数列 {ap ; p ∈ Z d } の全体をつくるヒルベルト空間を
l2 (Z d ) と表す.
l2 (Z d ) における内積とノルムは, 次の関係式 (1), (2) によって定
義されているとする:
9
(1) a = {ap } と b = {bp } の内積 (a, b) は, 関係式
∑
(a, b) =
ap bp
p∈Z
d
によって定義する.
(2) a = {ap } のノルム ∥a∥ は, 関係式
∑
|ap |2 )1/2
∥a∥ = (
p∈Z
d
によって定義する.
このとき, 次の定理が成り立つ.
定理 3.3.4 ヒルベルト空間としての同型
L2 (Q) ∼
= l2 (Z d )
が成り立つ.
定理 3.3.4 の同型写像 φ : L2 (Q) → l2 (Z d ) は f ∈ L2 (Q) に対し,
そのフーリエ係数のつくる複素数列 a = {ap } を対応させる写像で
ある.
定理 3.3.5 α = (α1 , α2 , · · · , αd ) は多重指数であるとし,
f (x) ∈ L2 (Q), Dα f (x) ∈ L2 (Q) であるとすると, 等式
∫
1
α
(ip) ap = √
Dα f (x)e−ipx dx
( 2π)d Q
が成り立つ. さらに, 条件
∑
p∈Z
p2α |ap |2 < ∞
d
10
が成り立つ.
ここで, 偏導関数は L2 偏導関数であるとし, 記号 pα , Dα f は
pα = pα1 1 pα2 2 · · · pαd d , Dα f =
∂ |α| f
,
∂xα1 1 ∂xα2 2 · · · ∂xαd d
であるとする. ただし,
|α| = α1 + α2 + · · · + αd
と表す.
系 3.3.1 α = (α1 , α2 , · · · , αd ) は多重指数であるとし,
f (x) ∈ L2 (Q), Dα f (x) ∈ L2 (Q)
であるとする. このとき, ap = (f, φp ), (p ∈ Z d ) であるとすると,
L2 収束の意味で, 等式
(Dα f )(x) =
∑
p∈Z
が成り立つ.
11
d
(ip)α ap φp (x)