書道Ⅰにおける授業展開の報告ならびに考察

研究題目
書道Ⅰにおける授業展開の報告ならびに考察
目
次
1
はじめに
2
硬筆学習
3
学習プリントの活用と教師直筆の手本
4
創作活動と学習発表会
5
行書における導入時の展開
6
今後の目標と課題
岡山県立津山高等学校
教諭
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研山
勇人
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はじめに
学習指導要領に示されている芸術科の目標は、次のように示されている。「芸術の幅
広い活動を通して、生涯にわたり芸術を愛好する心情を育てるとともに、感性を高め、
芸術の諸能力を伸ばし、芸術文化についての理解を深め、豊かな情操を養う」となって
おり、書道ではさらに書の文化の継承と創造への関心を一層高めることが改善の基本方
針にも挙げられている。書道の教員は、大概の場合勤務している学校に一人だけが専任
として勤務していることが多い。専任ではなく近隣校との兼務であったり、国語との兼
任であったりする場合も少なくない。教科指導、進路指導などを一手に引き受ける場合
が多く、その意味で孤独な部分があるのが、芸術科教員の特徴といえる。
このような状況の中で、ある作品を教える場合、つまり幅広い活動を通してどう捉え
どう表現させるかは担当者の判断に委ねられている部分が多い。字形を中心に進めるの
か、線質に注目するのか、あるいは鑑賞を重視した展開にするのかでは進め方の幅が大
きくなる。だからこそ、常に授業展開に関して貪欲なまでにも創意工夫と技術習得が大
切になってくる。「十を知って一を教える」ということばがあるが、書に関する資料の
読破、研修への積極的な参加、他校の書道教員との緊密な関わり合いなどが大切となる。
「十を知る」ということは、自ら高い意識を持ち各方面にアンテナを向けるということ
である。特に教員生活が浅い時期は、天狗にならず多くのものを吸収する機会をもって
ほしいと思う。
ここに示した授業の一例は、普段私が行っていることをまとめたものである。この形
になるまでには何度となく改良を重ね、より良いものを目指して行ってきたものである。
だが完璧というものではない。対象となる生徒個々が異なる以上、百人の教員がおれば
百通りの授業展開があるはずだ。書道教員は、技術者であると私は思っている。毛筆・
硬筆、あるいは漢字・仮名の別関係なく、参考手本を示すことのできる力量が求められ
ている。これから示した実践例は、私が普段行っている授業の一面だが、これを参考に
各学校において実情に即した形のものへ改良する一助となれば幸いである。参考までに、
年間指導計画の概略を示しておく。
【年間指導計画】
一年
一学期
書写と書道 文房四宝
二年
一学期
仮名の学習(短冊・散らし書き)
書道史(中国・日本)
楷書の学習(九成宮醴泉銘など六作品)
二学期
二学期 行書の学習(蘭亭序など三作品)
漢字の学習(篆書・隷書・草書)
作品の制作(刻字または半切作品)
漢字仮名交じり書 仮名(単体)
三学期 作品の制作(刻字または半切作品)
三学期 仮名(変体仮名と連綿)
仮名(高野切など)
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硬筆学習
教員になって間もないころ、
「マンガ文字」
「少女文字」と呼ばれた文字が、中学生・
高校生に流行した。広告用に開発されたPOP文字(ポップ文字)を、目にする機会が
多くなったころなのだが、その形に似ている文字が若者の間にはやり「マンガ文字」な
どと呼ばれた。大学入試や就職試験、各種エントリーシート、小論文、履歴書など高校
生においても、公的な場面で文字を正しく体裁よく書くことは必要なことである。この
考えに沿って、一年次で、毎時間硬筆の学習を取り入れていくことにした。最初は生徒
の希望により授業に取り入れたものだが、十数年実施してみて各方面で成果を残してい
るように感じている。巻末に綴じ込んでいる資料1(実物大)を参考にしていただきた
い。詳細なことは次のとおりである。
〔目的〕
①実用的な分野の学習として
②文字を丁寧に書く習慣の育成
③集中力の喚起
〔実施方法〕
一年次で毎時間、授業の最初の十分間を充てる。筆記具は太めのボールペンを使
用し、黒色としている。一辺二センチの正方形の枠を縦三段組みとし、一番上の枠
に参考手本を指導者が手書きをする。それを参考にボールペンで二段目に生徒が書
いていく。一枚の紙に二十字書くようにしており、書き損ねた場合は、一番下の枠
に最大五文字までの手直しができるという規定で行っている。
〔効果〕
①授業導入時の集中力をつけること(精神的な切り替え)と、さらには文字を丁
寧に書くことの育成ができる。
②この時間を利用して、板書や資料の配布に充てることができる。
資料を見ていただくとわかるが、市販されているものではなく、教員自らが作っ
た手製のプリントを使用している。市販されているものは、その筆者の書き方に沿
って採点しなければならないし、購入費用もかかる。楷書重視で進めたいと思って
も、途中から行書や漢字仮名交じり文になったりして、教員の思いとは異なること
になったりする。さらには、手製にすることで教員の技術力向上を図ることにもな
るので、このことにこだわり続けている。
参考手本を書く上で心がけていることは、書写体で書くこと、同じ字は二度と使
用しないこと、二十字の中で同じ部首などの漢字は避けることなどである。生徒に
書かすうえで注意することは、ボールペンで書くこと、書き直しができるのは五文
字までとしていることである。それではなぜボールペンなのか。ボールペンは消す
ことができないので、集中して書こうとすることになる。それでも失敗したときの
書き直したいという欲求を叶えるために、全体で五文字までの書き直しを許可して
いる。
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横長の形式に編集し、参考手本の下に生徒が書き込む箇所を作っている。このこ
とは、左利きの生徒も手本を見て書くことができるからである。手本が左側でその
右側に書くようにすると、左利きの場合手本が自分の手で隠れるようになってしま
うのである。縦向きにこだわるのであれば、手本を中央に書いてその両側に書き込
みの欄を作っておくこともできる。ただしこの場合、書き直しをする欄を全ての文
字に対して作ることは不可能になる。紙面を多くとってしまうことになるからだ。
横向きであっても縦絵向きであっても、教員が目的をしっかり定めて生徒に取り組
ませることが肝要である。
3
学習プリントの活用と教師直筆の手本
書道Ⅰの目標には、
「書道の幅広い活動を通して、
・・・感性を高め、書写能力の向上
を図り、表現と鑑賞の基礎的な能力を伸ばし、書の伝統と文化についての理解を深める」
と書かれている。「幅広い活動を通して」とは、教室での活動だけではなく、美術館や
資料館など校外の公的施設を利用しての活動を模索してもよいことを示している。しか
し、これは地域差がかなり現実にはある。学校の隣に美術館があることが必要になるの
だが、県内の高校を考えてもこの条件にあてはまるのは数少ないはずである。仮に放課
後を利用して美術館に行くように指示しても、生徒の登下校の範囲内で美術館などが存
在することが必要条件となる。県北には、美術館や展覧会場そのものがなかったりする
こともある。それだけに、授業の中で効率的に教える内容を検討し構築していくことが
求められている。
「表現と鑑賞の基礎的な能力を伸ばし」とは、臨書や創作(注 1)活動を通して技術の習
得をめざし、一方で先人の書に触れたり仲間の書に触れたりすること、つまり鑑賞する
ことで感性を伸ばすことにつなげていきたい。ここでは古典を臨書する学習を主体とす
るときの、授業展開をまとめてみた。
巻末に貼付している資料2のような、学習内容に沿ったノートに匹敵するプリントを
用意して授業をしている。プリントを作るには時間と手間がかかるが、授業の効率化と
学習目標を定めるために効果的と思い、学習内容に沿って作っている。
〔目的〕
①学習内容を精選し目標を押さえる。
(教える内容の明確化)
②復習を兼ねた定期考査への対応。
①の「教える内容の明確化」とはどういうことか。たとえば、中唐の顔真卿が書
いた「顔氏家廟碑」を教材として取り扱うとしよう。顔真卿は世界史にも登場する
(注 1)
中国や日本の先人が書いた筆文字のうち、ある程度一定の評価を得ているものを古典といい、古典
の中にある文字を手本にして(主に字形をまねることが多い)書くことを臨書という。臨書して習
得した技術で作品を創ることを創作という。
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人物だが、今までの保守的な価値観を大切にしながらも革新的な書風を打ち立てた
人物である。安禄山の乱を平定した人物の一人でもある。顔真卿という人物を理解
させることにおいても、どこまで取り上げるのか。「革新的な書風を打ち立てた」
ことを理解させるにも、今までのものとどう違うのか。時間と学習する生徒との関
係で、これらの取り扱い方も違ってくる。だからプリントにすることで、内容の明
確化がなされるし時間の無駄も少なく展開され効率化が図れる。人物のことだけで
なく、「顔氏家廟碑」についての解説、運筆(筆の動かし方など)の解説なども取
り上げることになるのだから、学習内容の精選と時間の効率化が求められるのであ
る。効果については次の通りである。
〔効果〕
①ノートに代わるものなので学習内容が整然とまとめられる。(定期考査の学習
にも役立つ)
②時間的無駄が少ない。
なお、プリントの内容は二年をめどに改定している。同じ内容を教えるにしても、
惰性で行ってしまい浅い授業をすることにならないようにするためである。常に程
よい緊張感を持ちたいし、新しいものを作ることにより効率化を進めていくことに
なる。安住ということはぜひ避けたい。
次に、教師の手書きによる手本について解説する。楷書・行書の学習では、半紙
版による教師の手書きの手本を用意し生徒はそれを見て臨書している。このことは、
「教師の手本を臨書しているのであって、古典を臨書しているのではない」という
意見の方もおられるだろう。「古典が全てである」という考え方がある書道の世界
で、指導者の手本を見て書くというやり方に疑問点を感じないわけではない。それ
ではなぜ、教師による手書きの手本をもとに書かせるのか。理由は次に示したこと
による。
〔理由〕
①古典の中には風雪にさらされ、字の部分が摩耗して見にくい部分があること。
行書作品では、筆順が明確でないものや通常のものとはことなるものがあること。
②作品によっては、旧字体・異体字・俗字など現代とは異なる形の文字が多く理
解できないことがある。
③教師が書くことにより、教師の技術の向上につながる。
北魏の作品に「牛橛造像記」や「鄭羲下碑」がある。書道Ⅰで扱う教材の定番と
もいうべき作品だが、この時代の作品には異体字が多い。つまりこの時代にしか見
られないような字が存在するのであり、手本を示すことにより理解しやすくなる。
さらには次のような理由による部分もある。前記の理由のところでは示していない
が、教師の手書きの手本は各作品ことに四~五種類用意している。手本になる文字
を複数用意することで、苦手な文字をはずして選ぶこともできるという利点が生じ
てくる。また、画数の少ない箇所を教科書から選び書くという行動が防げることに
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もなる。この場合、次の二点はしっかりと教師の基本的な大原則として押さえてお
くことが大切である。その第一は、手本の程度に差を生じさせないこと。第二に、
評価基準にぶれが生じないこと。
教師が手本を書くということの利点は、こんなところにも存在する。中学校の先
生は手本を書くことが少なく、「教科書の参考手本を見て書きなさい」という形で
授業を進める。したがって「先生は手本を書く技術がない」という判断をする生徒
もいる。現に教師が書いた手本だというと、「先生上手!」という反応もあるよう
に、尊敬の目で見られだす。
このことは、大きな問題点を指摘していることでもある。中学校の国語の先生が
手本を書く技術がないことは、中学校で書写をしなくなる、高校入試に出ないから
しなくてもよいという風潮につながっている。本来書写能力を伸ばすのは義務教育
の範疇であり、高校の芸術の領域でするべきことではない。学習指導要領には、
「書
写能力の向上を図り」となっているが、書写との接続というよりは中学校の書写教
育の現状を踏まえて、書道Ⅰの初期の段階で中学校の復習もすることと捉えて行う
べきことかもしれない。なお、誤解があってはいけないので示しておくが、手本を
書くか書かないかに関係なく書道教員という専門家である以上、常に筆を持つ時間
を確保し技術向上に努めることは大切であり、教材研究の一部なのである。
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創作活動と学習発表会
ここでは、創作活動の内容を紹介していく。今年度初めての試みとして楷書の学習を
したあと、三~四人を一組として「青春」という題材で創作活動をしてみた。「青春」
ということばは意味合いもいいし、高校生の年代にもあっている。さらには各作品の特
徴が出しやすい題材でもあると思う。次のページに、私が書いたものであるが資料3と
して一例を示しておく。
各自が「青春」という題材で半紙に創作するということもよいが、少し刺激を持たせ
るためにもグループ学習にしてみた。講座の生徒を抽選で六組に分け、それぞれ担当す
る作品をさらに抽選で決定する。各グループの中で、次に示したア~ウまでの担当者を
決めさせ活動した。
【活動内容】
ア・・・「青春」の創作作品を書く
イ・・・教師が用意した発表用の原稿を清書(作成)する
ウ・・・イの担当者に協力し、生徒の前で発表する
(発表の時、イは「青春」の筆文字を黒板にはり、説明の補助をする)
この活動の目的と効果は次のようにまとめられる。
〔目的〕
①クラス・性別に関係なく協力することの大切さ
②学習してきた内容の再確認
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①に関して補足説明しておくと、字の表現は苦手だが人前で話すことは苦手では
ない人は、ウの担当をすればよい。全員が苦手ならば、自分がそれをすることによ
り勇気や自信を持つきっかけにもなる。
〔効果〕
各グループとも、協力体制が整い目的の達成を果たすことはできた。時間的なこ
ともあるのだが、発表内容が乏しいもであったり特徴があまり示されていないもの
があったりした。反省点として、時間の取り方を中心に計画の練り直しも必要と感
じられた。
資料3
顔氏家廟碑を参考にした作品
5
牛橛造像記を参考にした作品
行書における導入時の展開
入学時のアンケートでは、中学校で行書を学習していない生徒も見受けられる。それ
は、書写を学習していない生徒もいるからである。そんな現実の中で、高校で行書体を
扱う場合には、
「気脈」
(筆脈ともいう(注 2))をいかに習得できるかが、作品の出来具合
の鍵を握ることになる。筆の動かし方は、根本的に楷書体とは大きく異なる。そこで、
気脈を習得する基礎的運動の一環として、左のようなもの(文字でもなく図でもないよ
うなもの)を書かせている。これは、行書の特徴である点画の抑揚や連続した動きを習
得するために実施している。
Aは筆が紙に接触する角度の練習(筆が静止した状態で接触していない)
Bはある程度速く筆を動かしている箇所で、Cは完全に停止している箇所
Dは左回転の練習、Eは右回転の練習
全体を墨継ぎなしで書く(筆に墨を含ませる加減を学ぶ)=にじみやかすれも可
(注 2)
気脈とは点画を連続で書く場合、実線でつながっていてもいなくても、筆の滑らかな動きのこと
(気持ちのつながった状態)をいう。
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〔効果〕
ここ数年同じようなことをしているが、この学習の時には生徒はこちらの意図と
する結果を残すが、文字になると目立つような成果が残せていない。この図での動
きを、文字の中に取り入れて表現すればよいのだが別物のように考えているのかも
しれない。今後とも検討していかなければならない。
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今後の目標と課題
仮名や漢字仮名交じり書での取り組みなど、紹介したいものはあるのだが紙面の都合
で次回に委ねたいと思う。
今後の目標として、私個人のことではなく組織としての目標を挙げておきたい。最初
に述べたように、「十を知って一を教える」ために、各書道教員が専門性を生かし教育
しているという自覚で研鑽していくことは大切だが、組織(書道教員の集団)として動
くことも今後は大切なのではないかと考える。具体的には、今回私が示した活動のよう
なものを、お互いが発表したり吸収したりして、研究していける情報交換会のような機
会を持つことである。特に、教員になって日の浅い先生には有効なことではないかと思
っている。研究授業とは別に、授業研修会のような場で経験豊かな教員が新人を、仮名
を専門とする教員が漢字のことを、普通科高校勤務の教員が実業高校の授業のことを知
ったりする場が必要なのではないかと考えている。
この目標を達成するのに、課題も山積している。一つは、他校との兼務や国語との兼
任が増えていることで、研修会に参加しにくい現状があること。また、非常勤の先生も
多く出張そのものができないこともある。生徒側からみれば、教諭も非常勤講師も関係
なく先生(指導者)であり、書道の授業をしている先生なのである。二つ目に、教員の
意識や感じ方が違うこと。教員の中には「人から教わるものでなく、自分で開拓するも
のだ」とか、一つの作品に関して解釈の違いや取り上げる視点の違いなどがあり、研修
会に参加しても有益でないという思いをもっている教員もいる。かつて「読み書き、そ
ろばん」と言われていた時代は筆文字が主流であったが、今はそのような時代ではない。
文字は「打つ」ことで姿を現すことが多くなっている。そんな時だからこそ、お互いが
研修を重ね切磋琢磨して技術や知識を蓄え、生徒に還元することが求められている。こ
れらのことは、一教員だけではなく教育委員会や学校なども含め、社会全体で取り組ま
なければならないことでもある。幅広い協力体制の構築が、必要不可欠なのである。
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