エゾシカ地域個体群に与える積雪の影響(2014

全道 25 ヵ所の積雪パターンを公開
NPO 法人
北海道自然資源活用機構
専務理事
北原
理作
2014-2015 シーズンのエゾシカ越冬期における積雪パターンを公開します。
エゾシカの個体数管理や資源利用において、狩猟圧だけでなく積雪による自然淘汰の影
響を評価することは極めて重要です。乱獲防止や被害発生リスクの評価に応用可能です。
ここでは、気象庁が公開しているエゾシカの主要な越冬地に近い観測所における積雪情
報を用いて、エゾシカによる樹皮食い発生リスクの高さを棒グラフで、最深積雪深を赤の
折れ線で示しました。
長期間越冬期の主食であるササ(そのほか草や落ち葉)を十分に採食出来ない可能性が
あり、大規模な樹皮食い発生リスクが高い期間に相当する棒グラフ 100 日以上(青線以上)
の年は、子シカの大量死(高い自然死亡率)(=地域個体群増加にブレーキ)や成獣の餓死
(=地域個体群の減少)も予想されます。棒グラフは、樹皮や枝に依存している日数で、
栄養価の低い樹皮などを長期間食べ続けることで体脂肪が減少し、死に至ると考えられま
す。赤の折れ線は、あまり重要ではありません。
イメージ図
140
220
200
成獣も 死亡
180
大量死の危険性高
160
100
140
最深積雪深
80
急激な 増加の危険性
120
100
60
80
40
最深積雪深(cm)
一定レベル以上の積雪深連続期間(日)
120
60
40
20
20
釧路管内阿寒湖畔の例(気象庁発表データ改変)
平年値
2008-2009
2007-2008
2006-2007
2005-2006
2004-2005
2003-2004
2002-2003
2001-2002
2000-2001
1999-2000
1998-1999
1997-1998
1996-1997
1995-1996
1994-1995
1993-1994
1992-1993
1990-1991
*1991-1992
*1989-1990
*1988-1989
1986-1987
*1987-1988
1985-1986
1984-1985
1983-1984
1982-1983
1981-1982
1980-1981
0
*1979-1980
0
高い子鹿の生存率
ただし、積雪以外にも、越冬地のササの種類(チシマザサか、もしくはミヤコザサおよ
びクマイザサか)、越冬期の主食であるササのバイオマス(資源量)はもちろんのこと、地
形、植生、風速、方位などにより、餌の利用のしやすさは変化しますので、あくまで大ま
かな目安とお考え下さい。
例えば、傾斜地が多い知床ウトロのデータは、現場の状況とかなりギャップがあります。
2010 年 3 月 10 日時点で、データでは積雪深約 70cm となっていましたが、現場では、海
岸部の傾斜地に全く積雪がない場所が、かなりありました。
さらに自然死亡率は、積雪期間以外にも、越冬前の栄養状態、体重、性別、越冬地の餌
の資源量や生息密度などにより影響を受けると考えられるので、大まかな予測とお考え下
さい。例えば、知床半島では、エゾシカによる長期間に及ぶ採食圧が原因でクマイザサや
チシマザサが消失してしまった場所が海岸部低標高域に多く見られ、冬季間ササではなく
落ち葉に依存する個体も増えていると考えられます。ササが広葉樹落ち葉に置き換わって
もどちらも似たような栄養価や消化性なので、さらに低栄養価の樹皮に依存する場合とは
異なりますが、やはりササと落ち葉が両方得られる環境と落ち葉しか得られない環境では、
自然死するリスクも変化していくと思われます。
一例を挙げると、阿寒湖側と屈斜路湖側で越冬する双方の個体群が春から秋まで集結し
ていると考えられる牧場個体群の子の推定自然死亡率(主要因:越冬期の餓死の可能性大)
は、以下に掲載した阿寒湖畔のデータ(棒グラフ)と川湯のデータ(棒グラフ)を合算し
子ジカの推定死亡率(%)
た値と正の相関が見られます(p<0.01)。
70
60
50
40
y = 0.225x + 10.627
R2 = 0.737
30
20
10
0
0
50
100
150
200
阿寒湖畔および川湯の合計日数(1998春-2011春のうち10シーズン)
250
本年(2014-2015)の概況
ニュースにも頻繁にとりあげられましたが、道東地域では爆弾低気圧が 10 回以上発生し、
太平洋側やオホーツク海側にドカ雪をもたらしました。低気圧の通り道と海水温の上昇(水
蒸気量の増加)が関係していると思われますが、来年以降も頻発する可能性が高いと思わ
れます。特に知床半島では降雪量が多く、ウトロでは最大積雪深が 2m に達しました。また、
平年は積雪量が多いとは言えない中標津や釧路湿原周辺で多く、最深積雪深は過去 30 年間
で最大となりました。ウトロの反対側の羅臼の場合は、年変動が激しく、個体群が受ける
影響も変動しやすいでしょう。
一方、積雪量が平年以下の地域もあり、今年の特徴として地域差が非常に大きい傾向が
ありました。例えば旭川以南の富良野周辺を含む上川管内南部、宗谷管内稚内周辺は少な
い傾向でした。
全体としては、1 回目のドカ雪が 12 月中旬にありエゾシカの越冬には不利な条件になっ
た地域が多かったのですが、その後 1 月中旬まではドカ雪がほとんどなく、それ以降道東
中心にドカ雪に度々見舞われました。この中休みがあったおかげで、脂肪の消耗を防げた
個体も多いと思われます。また、全体的に 3 月中旬以降気温が高く順調に雪どけが進みま
した。このことから、成獣も淘汰される可能性が高い観測地点は、音威子府、層雲峡付近。
夕張、ウトロ、阿寒湖、羅臼、大滝付近は、子ジカには厳しい条件であったと思われます
が、成獣については、栄養状態の悪い個体の淘汰に留まりそうな傾向でした。いずれにし
ても、これらの地域は、シカが増える条件にはありません。特にウトロ周辺では、最近 4
年間条件の悪い年が続いております。
一方、十勝、日高、胆振、石狩南部は一時的にドカ雪が降ってもシーズン全体としては
条件が良く、個体数の増える条件が今年も続いております。
新千歳空港の滑走路にエゾシカが侵入したというような報道もありました。
阿寒湖畔において冬期間給餌によって生体捕獲を実施した場合、過去と同レベルの捕獲
努力量であれば、理論的には 500 頭前後の捕獲(誘引)が可能な積雪条件でしたが、実際
の捕獲数が大きく下回るようであれば、生息密度は既に相当低いと考えて良いでしょう。
過去の捕獲数の推移と近年の森林植生の回復状況を考慮すれば、仮に今年の捕獲数も低
い場合は、捕獲は一時休猟にすべきです。これは持続的資源管理の観点からみても必要な
ことです。阿寒湖の広葉樹林では、クマイザサが繁茂し広葉樹林床の天然更新は殆ど進ん
でいないと思います。場所によっては、15 年前の 2 倍の高さまでササが密生繁茂していま
す。本当に天然更新が順調であれば、15 年も前とは見違えるほど幼樹が成長していなけれ
ばおかしいでしょう。これは、明るくなった森で、ササを食べ林床を攪乱するシカが減れ
ば当然のことで、適度な攪乱(シカによる採食)は必要です。森を守るためにシカを減ら
す主張はよく耳にします。しかし、植生など様々な条件を考慮してどのレベルのシカの生
息密度で維持するのかを決めずに、目標が曖昧なまま捕獲許可だけ出し続けるとすれば管
理と共生の失敗を意味します。
昨年(2013-2014)の動き
本題の前に 2013-2014 年の新たな動きを列記します。
1.北海道がエゾシカに関する条例を策定したこと、2.エゾシカを捕獲するための大
規模な補助金が全道の市町村に交付されたこと、3。北海道内に生息するマダニ類からも
SFTS ウイルスが検出されたことなどが挙げられます。まず、1については、鉛弾を道外ハ
ンターが持ち込み違法に使うことで猛禽類の中毒死が散発的に起きておりましたが、所持
すらも禁止すると規制強化したことは評価すべきものだと思います。それ以外は、エゾシ
カの管理計画にこれまでも書かれていたことが大半です。有効活用を積極的にするという
点も盛り込まれておりますが、条例が施行されたら活用が劇的に変化するとは限りません。
駆除に関する補助金は、国からの交付で北海道だけでなく全国的なものです。エゾシカ
に限定されたものではなく鳥獣被害対策全般のものです。この補助金は、市町村や農協の
負担を減らすものですが、市町村によっては駆除に従事したハンターにこれまで支払って
いた謝礼に上乗せしており、当然ですがハンターの駆除意欲は非常に高まったと言えます。
これがあと 2 年間続く予定です。当然北海道では、エゾシカの駆除数が伸びるでしょうし、
現在は駆除は許可の範囲内であれば年中可能ですので、春先の早い段階から積極的な駆除
が行われることになります。これまでは狩猟による捕獲数と駆除による捕獲数の比率は、
6:4 くらいでしたが、このような補助金をまくと 5:5 もしくは比率が逆転するでしょう。
狩猟期間でも駆除が出来ますから、駆除の名目で捕獲した方が、補助金もらえますから。
この補助金の導入の影響だけではありませんが、狩猟を楽しもうとしたらシカの姿がほと
んど見られなくなったという声もちらほら聞こえてきます。
この補助金を導入したからといって有効活用が促進されるかと言えば、むしろ逆効果で
しょう。なぜなら、秋から初冬の狩猟期のようにシカの資源的な利用価値が高い時期に捕
獲せずに、早春の痩せた個体を捕獲しているのですから当然です。さらに、これまでのよ
うに少額の謝礼であれば、捕獲個体を処理場に持ち込んで換金しようという意識も働くと
思いますが、十分満足する額をもらえれば、多少のお金を払っても一番楽な焼却や埋め立
てをしてしまう可能性が高まるためです。要するに、捕獲数、特に駆除数が伸びても活用
数や活用資源量は伸びないということです。私が、補助金を出す立場であれば、支給額に
大きな強弱をつけます。例えば、捕獲後に廃棄してしまうような駆除に対しては少ない補
助、春よりも資源的価値が高い秋の捕獲に対して最も高い補助を出すだけで、劇的に活用
率は伸びるでしょう。ただ一定額を漠然とばらまく補助金は、捕獲数が伸びて、一時的に
被害が減るだけで、それ以外の大きな変化は生まれません。まして、無駄死する動物たち
が可哀そうです。このように有効活用を条例で積極的に取り組むと明記しておきながら、
有効活用率を伸ばすような補助の出し方を工夫しないのであれば、評価に値しないでしょ
う。1で条例が施行されたら活用が劇的に変化するとは限りませんと書いたのは、こうい
うことです。エゾシカと共存するということは、少なくとも被害対策と個体数管理と有効
活用を連動させる仕組みを作ることでしょう。
マダニ類は野生動物全般に寄生しておりますが、今回のウイルス調査は西日本の高齢者
を中心に死者が出ていることから、国立感染症研究所が全国的にサンプルを集めて調べて
いるものです。ハンター、林業関係者、釣りなどのアウトドア、犬の散歩などリスクはあ
ちこちに存在します。
http://www.nih.go.jp/niid/ja/2014-02-19-09-27-24/2242-disease-based/sa/sfts/idsc/iasr-ne
ws/4428-pr4094.html
昨年(2013-2014)の概況
大きな傾向として、道北から日本海側は、年末から 3 月にかけて降雪、積雪が多かった
です。2 月以降オホーツク海側でも暴風雪に見舞われ、知床半島ウトロ地区の最深積雪深は
過去 25 年間で最高の 186 ㎝に達しましたが、道東地域では、平年よりも積雪が少ない場所
が目立ちました。前年との大きな違いは、年末の大雪(積雪)がやや遅かったことです。
このような些細な違いでも、エゾシカにとっては非常に大きな意味を持ちます。前年の積
雪の影響により 2013 年春に知床半島から阿寒湖畔一帯の越冬地で、子に限らず成獣個体を
含む餓死が見られ、私の調査地の生息数も 2012 年の春と比べると、子ジカや成獣オスの目
撃数は非常に少なく、さらに生息数は 30~50%減と極端に減っていました。それ以外にも、
ハンターが口を揃えてシカが少ない、獲れないと話していたり、農家酪農家も被害や目撃
が少ないと話しており、全道の中で特に減少傾向が強い地域と考えられました。
本年は、稚内、浦河、函館の 3 地域の観測データを追加致しました。稚内は、過去 55 年
間のデータを表示致しましたので、およそ 1990 年前後で前後半に区分すると、道北の海岸
部低標高域における気象条件でみた越冬しやすさの変化を垣間見れます。
評価地点のうち、成獣においても自然淘汰(餓死)のリスクが高い地域は、音威子府お
よび層雲峡、子ジカを中心に淘汰されやすい地域は、大滝および夕張でした。これらの地
域は、昨年も同様の傾向でしたので、地域個体群の増加はかなり抑制されていると思われ
ます。こういう地域では、急斜面や針葉樹林の中で何とか飢えをしのぎますが、特定の場
所の植生が集中的に採食圧を受けやすくなります。一方、阿寒では昨年とは正反対の結果、
ウトロでは後半積雪が多くなり雪どけが遅れましたが、昨年よりは悪いとは言えないと思
います。ただウトロ周辺の場合は、傾斜地が多く落葉の採食などプラスに作用する一方で、
ササや小径木の消失など慢性的な餌不足に雪どけの遅さが加わり、子ジカの死亡率を増加
させる可能性があるかもしれません。また、尾根を挟んだ反対側に位置する羅臼との違い
も見られました。
阿寒湖畔では、昨年の概況の補足になりますが、昨年の捕獲数が約250頭という報告
でしたので、それ以前までの捕獲数を基に算出した理論値の半分しか捕獲できなかったこ
とになります。つまり、捕獲効率を大きく左右する積雪条件や捕獲努力量が同じ程度なの
に、捕獲数が半減しているということは、生息数が相当減少した可能性が高いと考えるの
が妥当です。一方、今年は、積雪が多い期間が昨年より短かく、捕獲効率は低下したと思
われます。それを加味しても、過去の同じような条件の年と比較しても10分の1程度の
捕獲数(36 頭)ですので、これは明らかにシカの越冬密度が低下した可能性が非常に高い
と推察されます。現在の越冬密度が k ㎡あたり何頭なのかはわかりませんが、被害が許容
レベルであれば、捕獲は休猟すべきです。シカが全く越冬しない森では、被害も減ります
が樹木の更新を妨げるササの採食もありませんから、低密度であればシカは適度に越冬し
ていた方が良いのです。また、大幅に母集団が縮小したとすると、今後の持続的な資源利
用は当面論外でしょう。
阿寒の場合は、給餌を行いながら捕獲する生体捕獲ですが、銃による積雪期の捕獲効率
も基本的には同じです。端的に言えば、積雪が多ければ狩猟効率が高まり、少なければ低
下します。この効率を、ある地域で1人の狩猟者が1日当たり何頭捕獲出来たかアンケー
ト で 集 計 し て 、 CPUE
と い う 指 標 で 表 示 し て お り ま す
(http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/grp/02/HPCPUE-chosa0708.pdf)。同一地域で5
年、10年単位の大きな生息数の変化を捉える指標としては有効な指標と思われますが
(http://www.ies.hro.or.jp/center/Book/Report/H23/38_35_40.pdf)、地域個体群において、
生息数が減ったのか、積雪が少なく減ったように見えるだけなのか?(逆に、捕獲効率が
高かったが、生息数が増えたのか、積雪が多く捕獲しやすかっただけなのか?)という評
価は CPUE だけ見ていてもわからないでしょう。積雪条件に応じて補正するか何かをしな
ければ、積雪条件の年変動が激しい地域では、CPUE 単体では不正確な指標だと思われま
す。
積雪が多いにもかかわらず、捕獲効率が悪いようであれば、シカの生息密度は低下した
と考えるのが妥当だと思われますが、個体数管理(密度管理)においては、積雪が少ない
年や少ない地域において(言い換えるとシカが増えやすい条件下)、捕獲効率を下げない技
術開発が重要であり、特に資源管理という観点からみると積雪が多い年や地域において乱
獲しない規制システムが最も重要です。このような順応性が、狩猟者や市町村などに浸透
しない限り、個体数管理や持続的な資源利用は成功しないでしょう。理想的な管理は、科
学性、順応性、技術、システム、資源利用がすべて上手く連動し機能するものであり、現
状は理想には程遠いレベルです。
一昨年(2012-2013)の概況
2012-2013 年シーズンの最大の特徴は、年末の大雪が例年よりも早く訪れたことです。
その後も寒気が断続的に流れ込み、日本海側、道北地域の積雪量は年末には 1m 前後に達し
ました。太平洋側においても、突風を伴う大雪に度々見舞われました。全体的には、記録
的な厳しい冬となりました。
では、エゾシカにとって、どのような影響が考えられるでしょうか?過去の傾向(阿寒
湖畔の事例)からも、12 月の大雪は子ジカだけでなく、成獣の死亡率を引き上げる可能性
があります。ただし、春の雪解けが早い場合は結果が変わってきます。今年、子ジカの大
半に加え、成獣にとってもダメージがありそうな地域は、知床半島ウトロ側、阿寒湖周辺、
支笏湖周辺、夕張周辺、道北内陸部、大雪山系北部層雲峡周辺です。ウトロは、上述した
ように地形の恩恵を受けている可能性もあり緩和される場合もあります。ただし、春の融
雪が急速に進んだ場所もあり、成獣が半数以上死んでしまうような大量死には至っていな
いと思われます。一方、上記の地域では、昨年も同じようなパターンを示しており、子ジ
カの死亡率が 2 年連続高いと考えられ、増加には間違いなくブレーキがかかるでしょう。
さらに捕獲圧を高めているため、減少に転じている地域もあると思われます。このように
今年どうだったかも重要ですが、その前後の年がどうなのかということの評価が、個体数
変動の評価や個体数管理に不可欠です。一方、これらの地域も含め各地の越冬地では、樹
皮食い被害も目立っている可能性が高いです。特に昨年まで 5 年以上の間ほとんど樹皮食
いが見られなかった屈斜路湖周辺などの変化が注目されます。樹皮食い痕が突然増えたか
ら鹿が増えたと騒ぐのは間違いです(正しくは、樹皮食いが目立たない年が続いている間
に、鹿は増えていきます)。
昨年同様、今年の冬も温暖化を感じさせないドカ雪、暴風雪に度々見舞われました。偏
西風の蛇行による寒気流入などが関わっていると思われますが、一方春の訪れは、早くな
っている傾向も感じられます。来年以降も注視したいと思います。
個体数管理と被害対策、有効活用との両立は可能か?
エゾシカの保護管理計画がスタートして、15 年経ちますがこれまでの結果を見ると当初
から想定していた通り、乱獲したものの被害は減っていないという結果に陥っています。
昨年までの 14 年間で 112 万頭以上捕獲しています。これを乱獲と言わずに何というのかと
いう数です。その代わりに被害が減ったのであれば、被害を減らすために実施したと言え
ると思いますが、被害はどうかというと一昨年の農林業被害額が過去最高を記録したとか、
衝突事故が多発しているとか、効果が得られていません。一方、10 年以上前とは劇的に変
化してきたのは、シカの有効活用です。需要や資源的評価は、食肉やペットフードなど確
実に上向いていると思われます。一方で、現在も社会的にはシカは宝ではなく、害獣とい
う評価です。
では、現時点で何が不十分で、今後何が求められるのでしょうか?まず、目先のシカを
減らすことばかりを目標にしているのであれば評価に値しません。シカの個体数を地域個
体群ごとにコントロールするシステム構築や技術開発を最初から重視すべきです。減らし
てからシステム構築を考えるというは遅すぎます。シカを減らす代償として、社会的に用
意すべきものがコントロール出来る仕組み(システム)です。これは、保護管理をスター
トさせた行政や研究者の責務です。
一方、被害を減らすことを目標にすることは間違いではありませんが、過去 15 年の結果
から明らかなように、シカの全体数を減らしたら期待通りに個々の被害が減るという思い
込みは消すべきです。どこでどのような被害がどのようなメカニズムで発生しているのか
も評価せずに、どんどん撃ち殺してまだ殺し足りないという主張を繰り返すのであれば、
共生は出来ません。これでは単なる乱獲で、科学的な根拠に基づき管理を行うと明記して
いることに反しています。
被害のうち、森林生態系に悪影響を及ぼす樹皮食いなどが最も目立つのは、保護区や中
雪エリア(少雪地と多雪地の中間エリア)です。例えば、知床、阿寒、摩周、屈斜路、大
雪山系、日高山脈、支笏湖などが該当します。それ以外の太平洋側など少雪エリアは狩猟
圧を高めにして、シカが減りすぎていないかどうか注視し、道北地域など多雪エリアは狩
猟圧を弱めにし増えすぎていないか注視していれば被害は抑制されます。中間エリアは保
護区故に、捕獲方法に工夫が必要なことと、ここで述べているような積雪による自然淘汰
の変動を注視する必要があります。個体数管理というよりも保護区の中の密度管理という
表現が適切だと思います。これらの中間エリアに隣接する農耕地では、当然越冬地におけ
る個体数変動の影響を受けやすくなります。逆に越冬地は、農耕地における駆除数の変動
を受けやすくなります。
2013 年 4 月 13 日の讀賣新聞北海道版の記事に、北海道東部別海町の走古丹地区では、
10 年ほど前からシカの越冬密度が高まり被害が深刻であると書かれていました。ここは、
風連湖に面する鳥獣保護区で、森林というよりは湿原に近い環境です。こういう状況が何
故に引き起こされたのでしょうか?これは天災ではなく人災だと思います。人間の作り出
した狩猟区と保護区の境界をシカが学習した結果です。別の見方をすれば、銃を用いた狩
猟の弊害に他なりません。保護区の周りで狩猟圧をかければかけるほど保護区の植生はシ
カに破壊されていきます。元々日本の現在の保護区制度を作った時には、まだシカは回復
途上期にあり問題視されていなかったため、シカの影響を考慮せずに保護区が出来たので
す。保護区の外は開発、保護区の中はシカが定住もしくは過密、これでは植生は保全でき
ません。
一方、保護区の中の密度管理と被害対策を両立した場所があります。阿寒湖周辺におけ
る財団法人前田一歩園財団の取り組みです(詳細は財団の HP 参照)。まず、2000 年以降積
雪による餌不足で起きる樹皮食いを阻止するために、給餌ステーションを森林に設置し、
樹皮食いを防止したのです。最初は樹皮食い防止が達成できて良かったのですが、給餌に
よりシカが自然淘汰されず増えたり、それに伴い給餌コストが負担になってきたこともあ
り、間引きの一環で 2005 年から生体捕獲をするようになりました。それ以前は、銃による
間引きもしましたが、上記の走古丹地区同様上手くいきませんでした。同時に、捕獲後有
効活用をするようになりました。現在の食肉を中心とした有効活用の大きな動きは、ここ
からスタートしているといっても過言ではありません。この結果、越冬地の密度は低下し
ていきましたが、給餌を必要としないレベルにまで冬季の生息密度を落とすと、有効活用
はほとんど難しくなっていきます。被害対策と有効活用の両立は、相反する部分もありま
すので両立は容易ではありません。北海道における個体数の管理目標は、有効活用も考慮
に入れることになっています。では、どのように現象を捉え、持続的利用をしていくため
には何をすればいいのでしょうか?
阿寒湖畔の山林における 2006 年以降 2012 年までの生体捕獲数と積雪の関係をみると、
積雪条件が厳しい年ほど、捕獲数が多い傾向があります。当然ながら、捕獲努力量が一定
であるという前提が必要ですが、阿寒湖畔の場合 2 年目以降はほぼ一定です。シカの越冬
密度が高くても、積雪が少ないと冬季の主食であるササの葉を食べることが容易になりま
すので、樹皮だけでなく給餌場の餌に対する依存度が低下するので捕獲数は伸びません。
生体捕獲頭数(頭)
700
600
500
400
y = 90.011Ln(x) + 145.95
R2 = 0.7536
300
200
100
0
0
20
40
60
80
100
70cm以上の積雪深を観測した日数
120
140
阿寒湖畔における積雪深と生体捕獲実績の関係
では、雪が多くても給餌場にシカが集まってこない場合は、何を意味するのでしょうか?
この場合、越冬密度が毎年の捕獲圧により低下してきたと考えるのが妥当でしょう。生体
捕獲数の多少だけでは、積雪の影響により元々変動するものなので、生息密度の変動はわ
かりませんが、積雪条件、捕獲努力量もほぼ同じにもかかわらず、捕獲数が理論値よりも
低下している兆候がある場合、特に連続して減ってきた場合はその可能性が強いと思いま
す。そのほか目視による目撃頻度情報や給餌場における餌の消費量の低下がサインとなる
でしょう。今年の捕獲数は現時点で把握しておりませんが、今年は楕円形で囲んだ積雪条
件(X=109 日)ですので、捕獲数は例年通りであれば理論的には多いはずです。理論値と
実数値(Y データ)とのギャップに注目したいです。
阿寒湖畔の越冬個体群は、東西南北あらゆる方向から冬に移動してきます。それ故に、
これだけ捕獲してきても、なかなか密度の低下が見られないと思われます。一方、阿寒越
冬個体群が減少している兆候が明瞭になると、周辺の農耕地における被害も連動して減少
する兆候が見られる可能性があります。
Yデータ
回帰分析
700
600
500
400
300
200
100
0
2012
2013は?
2011
0
50
100
Yデータ
理論値
150
Xデータ
では、今後も資源利用したい場合、どうすれば良いのでしょうか?阿寒湖の例は、元々
被害対策としてスタートしておりますので、持続的資源利用を前提としておりません。持
続的資源利用が可能な密度は、森林被害許容密度より通常高く設定する必要があります。
特に雪が多い年に、捕獲し過ぎない配慮が必要となります。仮に生息密度目標を高く設定
した場合、森林被害抑制に必要な給餌コストを、資源利用による収益から補填出来るのか
どうかということになります。恐らく現時点ではそれは不可能と思われます。そのため、
阿寒湖畔以外に捕獲場所を複数設ける必要性が出てくるでしょう。
これは、阿寒の例に限った話ではなく、基本的には全道すべて同じです。現在は、母集
団サイズが大きいので、シカが減らない、また増えたとか話題に挙がりますが、一度母集
団サイズが小さくなりすぎると、回復までにかなりの時間を要します。シカは、1 産 1 子が
基本で、出産は年 1 回しかしません。妊娠率が高く、自然死亡率も低く、メスジカも捕獲
しない場合、4,5年で 2 倍になると言われますが、10 万頭が 20 万頭になるのも、10 頭
が 20 頭になるのも同じ4,5年かかるということです。持続的に利用しながら共生してい
きたいと考えるのであれば、母集団を小さくし過ぎない配慮が最初から必要です。
それ以上に減らした状態で、需要が供給を上回る場合、ニュージーランドのような養鹿
(つまりシカの家畜化)が必要になってきます。ただし、ニュージーランドは養鹿産業の
構築を、国策で行い、さらに分業体制がしっかりしていること、飼育シカは外来種を導入
し養鹿に最適なエルクなど大型の種類を選んでいること、欧州やアジアへの輸出という大
きな需要を確保していることから成立しました。北海道のエゾシカでそれを真似るといっ
ても、万一逃げた場合の生態系に対する悪影響を考えると外来種の導入は出来ませんし、
養鹿コストを下げられるのかという課題が出てきます。養鹿は出来ても、コストが商品価
格に反映されて、高すぎて売れなければ産業として成立しません。
しかし、母集団サイズが、例えば現在の半分になった場合、有効活用や資源利用に支障
が出るのでしょうか?例えば、現在の年間捕獲数を 12 万頭とした場合、現在の需要は部位
によっても異なりますが、自家消費 4 万頭、市場消費 2 万頭くらいでしょう。仮に、生息
数が減少したり、捕獲規制がかかり近い将来捕獲数が 6 万頭になったとします。その時点
の需要が、市場における評価が高まり 2 倍の 4 万頭になったとします。自家消費はハンタ
ーの高齢化や減少も想定され、2 万頭になったとします。もしくは、自家消費よりも高く売
れる市場に流れることも考えられます。これで、理屈だけなら成立します。ただし、この
場合利用効率は 100%に近い前提で成立する計算です。
被害が許容出来ない場所のシカの生息密度は低く抑えたいが、一方でシカの資源利用も
地域資源として促進したいという要望も今後出てくるでしょう。そのために必要なことは、
利用効率の向上です。現在は、捕獲してもゴミ扱いで焼却、埋め立てされている個体が半
数はいると試算されています。皮であれば、90%以上が廃棄されています。つまり利用効
率平均 50%未満の現状を、段階的にどんどん引き上げる必要があります。
現在北海道が取り組んでいる活用は、どちらかと言えば有効活用というよりも残滓活用
です。特に食肉以外はほぼ残滓活用で、食肉についてはジビエ活用から有効活用にシフト
しつつある移行期です。有効活用というのは、捕獲、解体、加工、物流、販売に至るまで
の分業体制の構築、コストの軽減、消費者ニーズに対応したシステムが揃う必要がありま
す。現在、なかなか残滓活用から抜け出せない要因は、狩猟者の有効活用意識が低いこと、
需給バランスが不安定なこと、捕獲方法に問題があること、資源的価値が低い時期(3 月、
4 月)にも捕獲していること、捕獲後の回収を含む物流と保管体制が不十分なこと、焼却や
埋め立て処分に補助金を出していること、結果としてコストがかかりすぎて商品が高いこ
とです。商品価格が下がれば、十分な需要が見込めるほど潜在的なニーズは上昇していま
す。
よって、北海道はこれまで需要の喚起に労力を割いてきましたが、今後は利用効率を上
げるために必要不可欠な捕獲方法(銃捕獲やくくりわなから生体捕獲へのシフト)、生体捕
獲時期の分散、資源的価値が高い時期における捕獲の実施、回収効率の向上、保管施設の
拡充に重点をおいていただきたいです。そのためには、国がフェンスや駆除などに補助金
を出す時に、被害を減らすため、生息数を減らすためにお金をばら撒いている傾向があり
ますが、実際は使ったお金ほど効果が出ているとは思えません。今後は、特に北海道に対
する補助金は有効活用を促進するように内容を精査する必要があると思います。例えば、
捕獲後に焼却や埋め立てをする場合は補助金を減額するが、有効活用する場合は増額する
といった強弱を付けた政策誘導が必要でしょう。特に許可捕獲は、エゾシカ条例にそった
形で実行すべきで、有効活用に非協力的な捕獲(場所)に対しては、捕獲コストも含めて
有効活用に協力的な捕獲の参入を促し競争させた方が良いと思います。
一方消費者は、無駄死を減らすために利活用に協力しつつも、乱獲していないかどうか、
無駄死させていないかどうかの監視役にもなるでしょう。
一昨年以前(2011-2012)の概況
2011-2012 年シーズンは、寒気が断続的に入り込みやすく、日本海側(特に空知地方)に
おいて年末以降連日ドカ雪が降り記録更新などが伝えられました。シーズン全体を評価す
ると、過去 5 年の中では、エゾシカにとっても厳しい年と言えます。ただし、地域差が大
きく、主に空知地方、道北方面、日本海側ならびに知床半島、胆振地方北西部で積雪量が
多く、子シカの餓死が見られているはずです。また、夕張周辺や道北地域などでは、成獣
の餓死も散見される可能性が高いと思われます。これらの地域では、狩猟圧が低くても増
加速度にブレーキがかかると考えられます。一方、太平洋側一帯では、エゾシカの大量死
を招くような積雪パターンではありませんでした(例:阿寒湖畔 5 年連続、川湯周辺 7 年
連続)。こちらは捕獲圧が低いと増加すると考えられます。そのほか、夕張市と日高町は隣
接しておりますが、積雪パターンは全く異なります。自然淘汰されやすい積雪パターンを
示した夕張越冬個体群は減少する可能性があり、春以降の農業被害や交通事故も減る可能
性がありますが、日高町側の越冬個体群は増加し、春以降も農業被害の増加や日勝峠の国
道における目撃頻度は増加する可能性があります(高速道路開通で交通量は変化)。
さらに、冬期間の樹皮食いなどの森林被害は、太平洋側以外は、全体的に前年より多い
と予想されます。特に知床半島や十勝北部(大雪山系南部)は昨年とは異なる可能性があ
ります。
網走や留萌のように長期に及ぶ観測データがある地点を見ると、オホーツク海側の網走
においては、50 年間大きな変化は見られませんが、日本海側の留萌においては、1970~1989
年と 1990 年~2012 年の比較をすると、平均最深積雪深が、99.7cm から 86.9cm へ、当基
準の平均積雪期間が 41.2 日から 21.1 日へと減少しました。これは日本海側でも越冬しやす
くなったこと(増加しやすいこと)を示唆しています。
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宗谷管内
1960 年から 1989 年までの平均値が 94.7 ㎝、31.6 日、1990 年から 2014 年までの平均値
が 76.3cm、12.4 日となっております。
渡島管内
上川管内
空知管内
日高管内
網走管内
釧路管内
根室管内
胆振管内
十勝管内
留萌管内