平成 23 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ 論文題目 位に多重結合置換基を有する-ジカルボニル化合物を 基質とした触媒反応の検討 Studies on Catalytic Reaction of -Dicarbonyl Compounds Having Substituents with Multiple Bonds at the -Position 薬化学研究室 6 年 06P178 本間 太郎 (指導教員:杉原 多公通) 要 旨 位にアルキンやアレン部を有する-ジカルボニル化合物を基質として新規遷移金属 反応の探索研究を行った.その結果,未だ十分に確認が取れていないものの,位にアレ ニルメチル基を導入した-ジカルボニル化合物が銅触媒の存在下で効率的に分子内環 化する反応を見出した.また,収率や位置選択性に関しては問題があるものの,位にプロ パルギル基およびアレニルメチル基を導入した-ジカルボニル化合物がモリブデン触媒 存在下に 2 分子の臭化プロパルギルと共環化する反応も見出した. キーワード 1.-ジカルボニル化合物 2.触媒的環化反応 3.アルキン 4.アレン 5.銅 6.モリブデン 目 次 1.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2.分子内環化反応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 3.分子間環化反応 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 4.おわりに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 謝 辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 引用文献 論 文 1.はじめに アルキンやアルケンのような多重結合を構成する原子は sp や sp2 混成をとり,sp3 混成 の原子よりも大きな歪みを持つ.この歪みの解消を原動として,新たな炭素-炭素,炭素 -水素,および炭素-ヘテロ原子結合を構築する試みが行われてきた.古くはアルキン やアルケンに対するハロゲンやハロゲン化水素の求電子付加反応であり 1,また最近で は遷移金属を利用したアルケンやアルキンのオリゴマー化反応や付加反応がこの範疇 にあたる 2.これらの反応では,Lewis 酸としての機能をもった遷移金属 1 がアルケンやア ルキンを配位子として受け入れ,多重結合部の電子密度を下げる.この求電子性が上昇 したアルケンやアルキンに対して,反応系内にある他のアルケンやアルキンが反応すれ ば 3 や 4 を経由してオリゴマー化が,また,求核剤が反応すれば付加体 6 や 7 が生成す る (Scheme 1). これまで開発されてきた遷移金属錯体を活用する有機合成反応の多くは,多重結合を有 する化合物と求核性を有する反応試剤との組み合わせによる反応といっても過言ではな い. sp 混成をとる原子は非常に高い歪エネルギーをもち,また,-ジカルボニル化合 物は求核剤として優れていることから,これら二つの部位を分子内に配置した化合物が 新規遷移金属反応を探索する際の基質として優れていると予想される.このような考えか 1 ら,分子内にアルキンやアレン部を有する-ジカルボニル化合物 8 および 9 を基質とし て想定し,新規遷移金属反応の探索研究に着手した. 2 2.分子内環化反応 分子内にアルキンやアレン部を有する-ジカルボニル化合物は,これまでにも新規 遷移金属反応の探索研究における基質として利用されている 3.しかし,その多くは,位 (6,7 位)に不飽和結合をもつカルボニル化合物であり,分子内環化反応を標的反応とし て探索研究を行っている場合が多い.その典型的な例が,10 を用いた反応である (Eq. 1) 4. 分子内反応は分子間反応に比べ 102~105 倍程度反応が進行しやすく,それ故,10 の ような基質を用いた場合には分子内環化反応以外の反応を探索することは難しい.そこ で,分子内反応の可能性を残しながらも反応性は低く,相対的に分子間反応が進行しや すくなるような,,位(4,5 位)に不飽和結合をもつカルボニル化合物 8 および 9 を基質と して選び,反応を探索することにした.これらの基質を合成するのに際し,8 は-ジカル ボニル化合物における活性メチレン部のプロパルギル化によって容易に得られ,さらに, この 8 を基質として Mannich 型の炭素鎖伸長続く還元によりアレンを形成する反応 5 を 適用すれば,容易に 9 が得られると考えられる.そこで,このアレン生成反応から検討を 開始した (Scheme 1). 3 4 マロン酸ジメチルのモノプロパルギル化によって得られた 8a を臭化銅の存在下にパラ ホルムアルデヒドとジイソプロピルアミンとを反応させたところ 5,系内で発生した Mannich 試薬に対する銅アセチリドの付加,続く Mannich 塩基の還元によって所望する 9a が得 られることがわかった.薄層クロマトグラフィー(Thin-Layer Chromatography:以下, TLC と略す)をもちいて反応の進行状況を随時モニターしたところ,開始 10 分後から 9a の生成が見られ,経時とともに原料の消失と生成量が増加しているようだったが,20 分後 に原料が消失した後は 9a の生成量に大きな変化が見られず,結果的に低収率でしか 9a が得られなかった。反応中間体である Mannich 塩基 8d は極性が高く,TLC を用い てモニターしきれていない可能性があることから,反応時間を延長したところ,生成したア レン 9a が二次的に環化したと考えられる 12 が得られることがわかった.さらに,この時の 反応生成物を詳細に追跡した結果,アレン 9a のほか,これが異性化して得られた 8e や, 長時間の反応のために生成したと考えられるアミド 8f および 9c が得られることもわかっ た. また,ビスプロパルギルマロン酸ジメチル 8b に対して同様にアレン生成反応を適用したと ころ,8a の場合と同様に中程度の収率で 9b が得られ,さらに,プロパルギルアセト酢酸メ チル 8c からはフラン 13 が得られることがわかった.このアレン生成反応は,単純な構造 を有する末端アルキンに対して良好な収率で進行することが知られているが 5,カルボニ ル基のように求核剤の攻撃を受けやすい官能基が共存すると,反応は思うように進行し ないようである.また,8a から 9a の生成過程の収率と長時間の反応により得られた環化 生成物 12 の収率を比較すると大きな差がないことから,環化過程自身は比較的好収率 で進行しているものと考えられる.またパラジウム触媒を用いて同様な環化反応が最近報 告されている 6.さらに,8c からのアレン生成過程がどの程度の収率で進行しているかは わからないが,9e の互変異性体であるエノール体は環化に不利な 9g の配座の方が優先 的に存在していると考えられ,環化の過程で環化に有利なように異性化しているものと考 えられる.9a や 9e を用いた環化反応段階の条件を詳細に検討する必要はあるが,アレ ン体 9a や 9e が手に入りさえすれば,臭化銅を用いる反応条件下において好収率で環 化反応が進行すると期待される. 5 4.分子間環化反応 当研究室では,モリブデン触媒反応の探索研究を精力的に行っている.キサンチンオ キシダーゼの活性部位において見られるように,高い酸化状態のモリブデンが酸化反応 の触媒としいて機能することは知られているが,酸化状態の低いモリブデンを触媒として 利用する試みはほとんど報告されていない.このような背景のもと,冨澤および清水らは, モリブデンヘキサカルボニルと臭化プロパルギルを混合することにより,アレニルメチルエ ーテルおよびエステルの臭素による SN2’ 型置換反応や 1,6-ヘプタジインと臭化プロパ ルギルとの共環化反応が好収率で進行することを見出している. これらの反応では,反応系内に適当な求核剤が存在せず,それ故,求核性が低い臭素 による置換反応やアルキンのオリゴマー化が進行したのではないかと考えられる.そこで まず,アルキン部と求核部位とを併せ持つ-ジカルボニル化合物 8a を基質として用い, 触媒量のモリブデンヘキサカルボニルと過剰量の臭化プロパルギルとの反応を試みたと ころ,臭化プロパルギル自身の環化三量化体 21 および 22 の生成と同時に 2 分子の臭 化プロパルギルと 8a のアルキン部が共環化した生成物 19 および 20 が得られることがわ かった (Scheme 3).さらに,アレン部を有する 9a を用いて反応を行った場合では,2 つ 6 あるアルケンのうち内部アルケン部とだけ反応した生成物 23 および 24 が得られることも わかった. Scheme 3 それぞれの反応で得られた生成物は,各種スペクトルデータから Scheme 3 に図示した ものであると確認した.本反応の詳細な反応機構は不明だが,加熱直後に反応液が濃 緑色に変色していることから,反応系内で 2 価のモリブデン錯体が生成していることが示 7 唆され,それ故,反応の最初の段階は 0 価モリブデンヘキサカルボニルと臭化プロパル ギルとの反応によるプロパルギルモリブデン錯体 23 の生成から反応が進行していると考 えられる (Scheme 4).モリブデンの原子半径がそれほど大きくないことから,錯体 23 は 型ではなく型構造を優先的にとっていると考えられ,それ故,電子密度の低下したモリ ブデンがより電子密度の高い 8a の配位を受け入れ,挿入反応,続く臭素配位子の転位 (あるいは還元的脱離)によって,モリブデナシクロペンタジエン 32 を生成したと考えられ る.このモリブデナシクロペンタジエン 24 に対し,もう 1 分子の臭化プロパルギルが酸化 的付加を行い,側鎖アルキン部の挿入を経てモリブデナシクロヘプタトリエン構造 25 へと 変化し,側鎖シクロプロペン部の歪を解消するように臭素配位子の還元的脱離反応が進 行して 19 が得られ,さらにモリブデン部が還元的に脱離してベンゼン誘導体を生成した ものと考えられる.また,アレン部を有する基質 9a を用いた場合には,2 つあるアルケン のうちより電子密度の高い内部アルケン部を配位子として好み,さらに置換基間の立体 反発が軽減されるような 26 を経て反応が進行しているものと考えられる.この 26 に対して もう 1 分子の臭化プロパルギルが酸化的付加し,さらに挿入反応,臭素の還元的脱離反 応が連続的に進行して 23 が生成していると考えられるが,27 を生成する経路は進行せ ず,何らかの異性化段階を経て 24 が生成しているものと考えられる.13C NMR でベンゼ ン環付近のピークが 4 本しかなく,1H NMR でベンゼン環付近に 2H 分のシングレットピ ークがあることから対称性の構造をしていて,NOE の相関が-ジカルボニルの位とプ ロパルジルブロマイドのメチレンとの間,ベンゼン環の 1H ピークとメチル基との間にみら れたので 24 の構造と同定した. 8 9 生成物の収率が低い点には難があるが,さらなる官能基化が容易な臭化ベンジル誘導 体が一段階で簡単に得られることは有機合成上大きな価値があり,それ故,今後,反応 の至適化と本反応を活用した機能性分子合成法の確立が強く望まれる. 10 5.おわりに 位にアルキンやアレン部を有する-ジカルボニル化合物を基質として新規遷移金 属反応の探索研究を行い,未だ十分に確認が取れていないものの,位にアレニルメチ ル基を導入した-ジカルボニル化合物 9 が銅触媒の存在下で効率的に分子内環化す る反応を見出した.本反応は既に報告されているが,銅という安価な金属を用いて反応 が進行する点はこれまでの報告を凌駕しうる可能性を秘めており,今後,後輩による詳細 な検討を期待したい.また,位にプロパルギル基およびアレニルメチル基を導入した -ジカルボニル化合物 8 および 9 がモリブデン触媒存在下に 2 分子の臭化プロパルギ ルと共環化する反応を見出した.本反応は収率や位置選択性に問題を残すものの,これ までに報告されていない,直ちに分子変換反応に適用できる基質を生成する方法の一 つであり,更なる至適条件の検討が望まれる.実質 1 年弱の時間は研究を進める上では 短いが,もっと真摯に,積極的に研究に取り組んでいれば自分でまとめられた研究であ ったように思う.他のことに多くの気をとられ,自分自身の集中力の無さが悔やまれるが, 今となっては続きを後輩に託すしかない.後輩の今後の検討に期待する. 11 謝 辞 本文を遂行するにあたりご指導頂きました杉原多公通教授と北川幸己教授および本澤 忍准教授にこの場を借りて陳謝致します. 12 引 用 文 献 1. a) Patai, S., “The Chemistry of double-bonded functional groups Part1,” JOHN WILEY & SONS, 1997, pp. 1135-1222. b) Patai, S., “The Chemistry of triple-bonded functional groups,” JOHN WILEY & SONS, 1994, pp. 873-916. 2. a) Patai, S., “The Chemistry of Alkenes,” JOHN WILEY & SONS, 1964, pp. 335-584. b) Reppe, W.; Schweckendiek, W. J., Justus Liebigs Ann. Chem., 1948, 560, 104-116. 3. a) Kuninobu, Y., Kawata, A., Takai, K. Org. Lett., 2005, 7, 4823. b) Corkey, B. K., Toste, F. D. J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 17168. c) Gao, Q., Zheng, B.-F., Li, J.-H., Yang, D. Org. Lett., 2005, 7, 2185. 4. Cruciani, P.; Stammler, R.; Aubert, C.; Malacria, M. J. Org. Chem. 1996, 61, 2699. 5. a) Crabbe, P.; Fillion D.; Andre, D.; Luche, J.-L., J. Chem. Soc., 1979, 859. b) Nakamura, H.; Sugiishi, T.; Tanaka, Y. Tetrahedron Lett., 2008, 49, 7230. 6. Ma, S.; Zheng, Z.; Jiang, X., Org. Lett., 2007, 9, 529. 13
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