カメムシタケの性状に関する研究 森林資源科学講座 森林資源生物学分野 佐々木史 【はじめに】 冬 虫 夏 草 菌 は 寄 主 と な る 昆 虫 体 内 に 寄 生 し 、死 に 至 ら し め た 後 に 子 実 体 を 形 成 す る 昆 虫 病 原 菌 で あ る が 、幾 つ か の 種 類 に お い て は 漢 方 薬 と し て 利 用 さ れ る こ と も あ る 。冬 虫 夏 草 菌 は 特 定 の 昆 虫 に 選 択 的 に 寄 生 を 行 う 場 合 が 多 い 上 、目 的 と す る 昆 虫 へ の 病 原 力 が 強 く 、目 的 外 の 昆 虫 へ の 影 響 が 少 な い こ と か ら 害 虫 防 除 へ の 使 用 が 期 待できる。 カ メ ム シ タ ケ ( Cordyceps nutans Pat.)は カ メ ム シ 類 に の み 寄 生 を 行 う 子 嚢 菌 で あ る 。寄 主 で あ る カ メ ム シ 類 は 農 林 業 で 主 要 な 害 虫 と な っ て い る 種 も 多 く 含 ま れ る 。 本研究ではカメムシタケの性状を明らかにすることを目的として分離法の検討 を行い、さらに得られた分離株を用いて生理的性状を検討した。また、寄主となる カメムシ類の種、子実体の形態、塩基配列の比較により種特性の検討を行った。 【材料および方法】 <菌株分離法の検討> カ メ ム シ タ ケ は 北 海 道 大 学 苫 小 牧 研 究 林 に お い て 2002 年 7~9 月 に 採 取 し た 。 1 子 実 体 か ら ス ト ロ ー マ を 5~6 片 、虫 体 を 2 片 に 分 断 し 、得 ら れ た 各 部 位 の 切 片 を 約 半 数 ず つ 30 秒 あ る い は 5 分 で 30 % H 2 O 2 に よ り 表 面 殺 菌 を 行 っ た 。 滅 菌 水 に て 十 分 洗 浄 の 後 、 ろ 紙 上 で 乾 燥 さ せ 、 Saboulaud-glucose 寒 天 培 地 に 植 菌 し た 。 子 嚢 胞 子 は 射 出 さ れ た 胞 子 を 培 地 上 に 画 線 培 養 す る こ と に よ り 分 離 し た 。分 離 菌 株 の 同 定 は 子 嚢 胞 子 由 来 菌 株 の 菌 叢 と の 比 較 に よ る 判 別 の 後 、 PCR-RFLP に よ り 確 認 し た 。 <培養特性の検討> 分 離 菌 株 3 系 統 を 供 試 菌 と し て 使 用 し た 。温 度 試 験 は 5~35 ℃ ま で 5 ℃ 刻 み に イ ン キ ュ ベ ー タ ー 内 の 温 度 を 設 定 し 、 pH 6.5 で 培 養 を 行 っ た 。 pH 試 験 は 初 発 pH を 5.0~11.0 ま で 1.0 刻 み に 設 定 し 25 ℃ で 培 養 を 行 っ た 。 基 本 培 地 と し て Saboulaud-glucose 寒 天 培 地 を 用 い 、 各 系 統 に つ い て 6 反 復 、 暗 条 件 で 3 ヶ 月 間 培 養 し た 。 菌 糸 成 長 量 (mm)は 縦 方 向 と 横 方 向 の 平 均 値 に よ っ て 算 出 し た 。 <寄主特異性と種内変異の検討> 2002 年 7~9 月 に 採 取 し た 52 子 実 体 の 寄 主 の 同 定 を 行 い 、 寄 主 の 種 ご と に 52 子 実 体 の う ち 3 系 統 ず つ を 供 試 菌 と し た 。 供 試 さ れ た 子 実 体 は 60 ℃ で 乾 燥 標 本 に し た も の で あ る 。子 実 体 が 3 系 統 得 ら れ な か っ た 場 合 は 、得 ら れ た 子 実 体 の 最 大 系 統 数を使用した。形態の比較のために各子実体について、子嚢果、子嚢、二次胞子の 長 さ お よ び 幅 を 測 定 し た 。 子 嚢 果 と 子 嚢 は 20 反 復 、 二 次 胞 子 は 30 反 復 計 測 し た 。 塩 基 配 列 の 比 較 に は 、各 供 試 菌 の DNA を 抽 出 し 、PCR に よ っ て ITS 領 域 を 増 幅 の 後 、 5.8s rDNA の 配 列 を オ ー ト シ ー ケ ン サ ー で 決 定 し た 。 【結果および考察】 <菌株分離法の検討> 子嚢胞子から分離した菌株のコロニーは白色∼赤茶色と幅があり、1 ヶ月の伸長 が 10 mm 以 下 で あ っ た 。 ス ト ロ ー マ ま た は 虫 体 由 来 の 分 離 菌 株 で 、 子 嚢 胞 子 分 離 株 と 同 様 な 菌 叢 形 態 を 持 ち 、成 長 の 遅 い コ ロ ニ ー を 形 成 し た 菌 株 を 選 び 、子 実 体 お よ び 子 嚢 胞 子 分 離 菌 株 と 共 に PCR-RFLP 解 析 し た 結 果 、 す べ て 同 一 の パ タ ー ン が 見 ら れ 、 分 離 の 成 功 が 確 認 さ れ た 。 分 離 菌 株 は ス ト ロ ー マ 30 秒 殺 菌 処 理 区 と ス ト ロ ー マ 5 分 殺 菌 処 理 区 な ら び に 虫 体 処 理 区 の 間 に 有 意 差 が 見 ら れ ( p <0.008)、 ス ト ロ ー マ か ら の 分 離 に お い て は 十 分 な 殺 菌 時 間 で あ る 5 分 間 が 必 要 と さ れ た 。ま た ス トローマよりも虫体からの方が分離に適していることが示された。 <培養特性の検討> 温 度 試 験 で は 20 ℃ お よ び 25 ℃ に お い て 成 長 量 が 大 き く 、 5 ℃ 、 30 ℃ お よ び 35 ℃ で 伸 長 は 見 ら れ な か っ た 。 カ メ ム シ タ ケ の 菌 糸 は 低 温 下 に お い て 伸 長 を 行 う こ と は で き な い よ う で あ る が 、5 ℃ で 培 養 し た 供 試 菌 は 試 験 後 、室 温 に 放 置 し た 所 、 菌 糸 の 伸 長 が 見 ら れ た こ と か ら 、低 温 下 で は 本 菌 は 死 滅 し な い が 著 し く 活 性 が 下 が る よ う で あ る 。 pH 試 験 で は pH 7.0~9.0 に お い て 成 長 量 が 大 き く 、 pH 5.0 で 伸 長 は 見 ら れ な か っ た 。 pH 10.0 と pH 11.0 で は ご く わ ず か に 伸 長 が 確 認 さ れ た 。 一 般 的に菌類は弱酸性を好み、サナギタケやシネンシス冬虫夏草などの冬虫夏草も低 pH で 伸 長 を 行 う こ と が 可 能 で あ る 。 そ の 理 由 に つ い て 、 菌 の 生 息 環 境 の 土 壌 が 酸 性 で あ る こ と が 挙 げ ら れ て い る が 、カ メ ム シ タ ケ に お い て も 生 息 環 境 調 査 の 必 要 性 が示唆された。 <寄主特異性と種内変異の検討> 寄 主 は 、 カ メ ム シ 9 種 が 同 定 さ れ た (表 )。 1 子 実 体 の 子 嚢 果 、 子 嚢 、 二 次 胞 子 の 長 さ お よ び 幅 に つ い て 、 寄 主 に 対 す る 特 徴 的 な 傾 向 は 認 め ら れ な か っ た 。 ITS1 お よ び ITS2 の 領 域 に は 数 塩 基 配 列 が 異 な っ た 系 統 が 見 ら れ た が 、 こ れ は 個 体 変 異 で あ る と 考 え ら れ 、5.8s rDNA の 配 列 は 供 試 し た 全 て が 同 一 の 配 列 と な っ た 。こ の 配 列 は GenBank に 登 録 さ れ て い る 中 国 で 採 取 さ れ た カ メ ム シ タ ケ 1 系 統 と も 100 % の 相 同 で あ っ た 。し か し な が ら 、登 録 さ れ て い る 他 の い く つ か の 系 統 と は か な り 低 い相同性を示した。従って、今回供試したカメムシタケは、寄主となるカメムシの 種に因る特異性は確認されなかった。 表. 同定された寄主と子実体数 寄主 採取子実体数 Acanthosoma denticaudum Jakovlev(セアカツノカメムシ) 6 Acanthosoma forficula Jakovlev(ヒメハサミツノカメムシ) 21 Acanthosoma haemorrhoidale angulatum Jakovlev(ツノアカツノカメムシ) 1 Acanthosoma labiduroides Jakovlev(ハサミツノカメムシ) 11 Elasmucha putoni Scott(ヒメツノカメムシ) 1 Lelia decempunctata Motschulsky(トホシカメムシ) 6 Pentatoma japonica Distant(ツノアオカメムシ) Pentatoma rufipes Linnaeus(アシアカカメムシ) 1 Urostylis annulicornis Scott(ヘラクヌギカメムシ) 1 4
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