バソプレシン阻害剤 Vasopressin Antagonists N Engl J Med 2015; 372: 2207-16 低 Na 血症 低 Na 血症(低浸透圧性)は、日常診療で最もよく遭遇する電解質異常であ る。入院患者の約 20%に軽度の低 Na 血症(130~135mEq/L)が見られ、 7%に重度の低 Na 血症(<130 mEq/L)が発生する。特に ICU 患者におい て低 Na 血症は 30〜40%と高頻度に認められる。ICU では重篤な感染症、肺 炎や他の肺損傷、及び疼痛による、SIAD#1を介した低 Na 血症が多い。 軽度の慢性低 Na 血症でも歩行障害、転倒リスク、注意欠陥、骨折、および 骨粗しょう症など、健康状態を悪化させる可能性があることが、過去数年の研 究で判明した。低 Na 血症は、医療費の増加や医療資源の浪費、入院期間の延 長につながり、院内死亡の独立した危険因子となる。SIAD のラットモデルに おいて低 Na 血症が持続すると、心筋症、骨格筋の筋肉減少症、体脂肪の減少、 及び性腺機能低下症など、複数の老化症状を引き起こす。 低 Na 血症の3型 低 Na 血症は、細胞外液量減少、細胞外液量正常、および細胞外液量増加の 3型に分類される。 細胞外液量の状態 細胞外液量は欠乏 細胞外液量は正常 体内総水分量↓ 体内総 Na 量↓↓ 体内総水分量↑ 体内総 Na 量は正常 細胞外液量は過剰 SIAD 体内総水分量↑↑ 体内総 Na 量↑ 肝硬変、ネフローゼ、心不全 細胞外液量の多寡による低 Na 血症の分類 下段のボックスは、体内の Na 量と水分量の相対的な割合を示している。 #1 Syndrome of Inappropriate Antidiuresis 抗利尿ホルモン(ADH)不適切分泌症候群 1 低 Na 血症の治療 1. 細胞外液量減少性低 Na 血症には、生理食塩水(0.9%NaCl)の投与 が有効である。 2.細胞外液量正常/増加性低 Na 血症に対する従来の治療選択肢は、水分制 限、高張食塩水(3%NaCl)、ループ利尿薬である。 a)高張食塩水の投与は、症状の見られる急性低 Na 血症の治療に使用される。 低 Na 血症を急速に補正すると、浸透圧性脱髄症候群などの脳損傷を引き起 こす危険性があるため、十分な注意が必要である。 b)水分制限は細胞外液量正常/増加性低 Na 血症のうち、無症候の症例の治 療の主体であり、安全な治療法である。しかし水分制限による血清 Na の増 加は僅かであり、口渇感のためにコンプライアンスが低下する欠点がある。 また、自由水の排泄が不十分な患者では効果が見られない。 c)他の治療オプション(デメクロサイクリン、尿素、リチウムなど)は、有 効性が不確実であり、反応が遅く、重篤な副作用があるため、あまり良い選 択肢とは考えられない。 自由水クリアランス 尿K+、尿Na+および血清Na+を用いた尿と血漿の電解質比を算出することによ り、推定できる。 下表のように、U/ P比>1では自由水が排泄されていないので、水制限によって 血清Na+を増加させることはできない。 尿/血漿の電解質比 不感蒸泄 予測される総水分排泄 水分摂取の許可量 表 水制限によって血漿浸透圧を上げるアプローチ Na と K の尿中排泄が補充されること、通常の食事を摂取していること、患者の体表面積が 1.73m3、尿 1L が排泄されること、以上の条件に基づく計算である。 2 低 Na 血症の治療速度 低 Na 血症を急速に補正すると、浸透圧性脱髄症候群などの脳損傷を引き起 こす危険性があるため、十分な注意が必要である。過度に急速な低 Na 血症の 補正を防ぎ、浸透性脱髄症候群のリスクを軽減するために、血清 Na 濃度を頻 繁に測定する必要がある(4〜6 時間毎)。現在の臨床ガイドラインによると、 血清 Na の補正速度は、最初の 24 時間は 12mEq/L を超えない、最初の 48 時間で 18 mEq/L を超えない、ことが推奨されている。補正速度がこの範囲 を超えた場合は、積極的な治療を中止すべきである。 水分量正常 (正常浸透圧) 低浸透圧に傾くと 直ぐ影響が出現 水分量増加 (低浸透圧) 迅速適応 適切な治療 (低浸透圧を緩徐に補正) 水分 Na, K, Cl の喪失 (低浸透圧) 浸透圧性の脱髄 急速すぎる補正 (低浸透圧を短 時間に補正) 有機浸透圧物 質の喪失 (低浸透圧) 遅発適応 低 Na 血症の脳に対する影響と適応反応 血漿浸透圧が低張性に傾くと数分以内に、脳細胞内の水分が増加し、脳浮腫と脳浸透圧の低下 を招く。数時間以内に脳細胞は電解質を排出して、脳容積は部分的に回復する(迅速適応)。 数日以内に脳細胞は有機浸透圧調節物質を排出して、脳容積は正常に戻る(遅発適応) 。ただ し、脳容積は正常に戻っても脳内の低浸透圧は続く。低下した血漿浸透圧は適切に補正すれば、 脳損傷の危険なく、正常浸透圧に回復する。しかし低浸透圧を急速・過度に補正すると、不可 逆的な脳の損傷を起こすことがある。 3 血漿浸透圧の上昇、ないし 循環血液量の低下 口渇 飲水量の増加 血漿浸透圧の低 下ないし循環血 液量の増加 水分貯留 血漿 浸透圧 飲水 視床下部 浸透圧受容 体活性化 口渇 AVP 分泌 下垂体 血漿 AVP AVP 分泌と口渇感によって血漿浸透圧が調節される 血漿浸透圧が上昇すると視床下部の浸透圧受容体が感 知して、AVP が下垂体後葉から分泌される。AVP は腎 臓の水の再吸収を増加させる(排泄が低下する)。水の再 吸収が増加すると、血漿浸透圧は低下する。また視床下部 の浸透圧受容体は喉の渇きを感知して飲水を促すことで、 血漿浸透圧の回復を助ける。 腎集合管の上皮細胞の尿細管腔面は分極し、基底側は血 管に面している。アクアポリン 2 の水チャネルは、AVP による調節を受け、アクアポリン 3 とアクアポリン 4 の 水チャネルは恒常的に発現している。 水分再吸収 AVP 受容体活性化 ※AVP:アルギニンバソプレシン、PVN:室傍核、SON: 視索上核、CNDI:先天性腎性尿崩症。 腎臓 水排泄 集合管 輸入細動脈 糸球体 輸出細動脈 尿細管 血管腔 尿細管上皮 4 尿細管腔 V2 受容体拮抗薬(バプタン)による低 Na 血症の治療 細胞外液量正常/増加性低 Na 血症のうち、呼吸困難、痙攣、および昏睡な ど重度の症状が出現した症例では、高張食塩水が治療の中心になるが、次の様 な場合では、バプタンが重要な治療オプションと考えられる。 1)中程度の症状(錯乱、見当識障害、吐気、不安定歩行)の低 Na 血症に、 高張食塩水の点滴の代替として。 2)軽症状(軽度の神経認知機能の低下、うつ)または無症候性の低 Na 血 症で、水分制限の効果がないか、忍容性が悪い場合。 バプタンの利尿作用は、尿量増加の点ではフロセミドなどの利尿薬と似てい るが、Na・K などの溶質の排泄が増加しない点で、質的に大きく異なる。V2 受容体拮抗薬は自由水利尿が特徴であり、尿浸透圧が減少して血清 Na は増加 する。腎臓が尿/血清電解質比に応じた自由水を排泄していない低 Na 血症の 治療において、バプタンは水分制限の代わる、合理的な第一治療選択である。 市販されているバプタンの半減期は<12 時間で、活性を維持するには毎日ま たは連続的な投与が必要とされる。したがって、薬物を中止するか、用量を減 量すると、血清 Na の増加は制限できる。 バプタンは概ね良好な安全性データを示すが、反応の大きさにある程度のば らつきが観察される。トルバプタンで治療した患者のわずか 5.9%に過度に急 速な Na 濃度上昇が見られたと報告されている。 栄養不良、アルコール依存症、 血清 Na が非常に低い場合、および低カリウム血症などの、中心性橋髄鞘融解 を発症する危険因子を有する患者では、12 時間で 8mEq/L 以内、或いは 48 時間で 12mEq/L 以内の補正に留める。血清 Na≤120mEq/L の患者では、 より反応が大きいことが判っており、承認投与量より低用量を使用する方が無 難な可能性がある。24 時間における血清 Na の増加は、投与前の血中 BUN、 GFR(CCr)と有意な相関を示し、BUN が低い場合と GFR が高い場合、よ り反応が大きくなると考えられる。過剰な血清 Na の増加が認められれば、必 要に応じて低張液の投与を行う。 バプタンはシトクロム CYP3A4 によって代謝されるため、CYP3A4 阻害 剤(ケトコナゾール、マクロライド系抗生物質、ジルチアゼム)や、CYP3A4 誘導物質(リファンピシン、バルビツール酸塩)と同時に投与する際には注意 が必要である。グレープフルーツは CYP3A4 の強力な阻害剤であり、トルバ プタンのバイオアベイラビリティを増加させる(平均最大濃度が 1.86 倍増加 する)。したがって、これらの薬剤を服用している患者は、グレープフルーツ やグレープフルーツジュースの摂取は避ける方が良い。 5 SIAD(H) : ADH 不適切分泌症候群 SIAD の原因 SIAD の病態 6 希釈尿 濃縮尿 排泄速度 溶質の排泄 血漿バソプレシン濃度と、水や溶質の排泄速度の関係 水の排泄速度は、血漿バソプレシン濃度の増加に伴っ て減少するが、溶質の排泄速度は比較的一定に保たれ る。このため、バソプレシン濃度が高いと尿は濃縮さ れ、低いと希釈される。 水の排泄 血漿バソプレシン濃度 SIAD の診断 血漿浸透圧が低いにもかかわらず、尿浸透圧>100mOsm/Kg・H2O である ことが、SIAD の診断に必須である。有効循環血液量が減少すれば ADH の分 泌が刺激されるため、体液量が臨床的に正常であること(浮腫、血圧低下、頻 脈がない)が必須と考えられている。血清 ADH の測定は、日常臨床では推奨 されていない。尿浸透圧>100mOsm/Kg・H2O であれば、通常は ADH が過 剰であることを示すのに十分である。 SIAD の急性症候性低ナトリウム血症の治療にバプタンを使用できるか 表 3. 低 Na 血症の治療のおけるバプタン製剤の使用の推奨 低 Na 血症の種類 米国専門調査会の推奨 体液量欠乏性低 Na 血症 バプタンの適応なし ヨーロッパ臨床ガイドライン バプタンの適応なし 体液量正常の低 Na 血症 無症状 バプタンの適応がある バプタンの適応なし 中等度から重度の中枢神経症状 バプタンの適応なし バプタンの適応なし 体液量増加低 Na 血症 無症状 中等度から重度の中枢神経症状 バプタンの適応がある(肝疾患患者を除く) バプタンの適応なし バプタンの適応なし バプタンの適応なし ※両ガイドラインの意見の相違について:ヨーロッパの委員会は、効果 がないと判断したわけではなく、まだエビデンスが不十分と考えている。 7
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