平成 18 年度視覚情報基礎研究施設学術講演会の概要 本年度は「視覚情報の計測認識研究における最新の話題」というテーマで 3 件の招待講演を企画 した.参加者は全部で 210 名を超え,過去最多となった.本学教員および学部生・大学院生のみな らず,学外からも参加者があり,参加者が会場に入りきらないほどの活況を呈した.講演内容は, 人間の視覚と同様の機能を工学的に実現しようとする研究や,逆に人間の視覚を生理学的あるいは 心理物理学的に解明しようとする研究など,多岐にわたった.研究対象が人間という身近な存在, あるいは最近注目度の高いロボット技術に密接に関わっていたことから,参加者は高い関心を持っ て講演に参加していたようである.いずれの講演からも講演者の先生方の研究室における精力的な 取り組みがうかがえ,参加者に多大な刺激を与えたと思われる.各講演の概要は以下の通りである. 1. 「疎テンプレートマッチングに基づく対象物体/人物の適応的実時間追跡」 「疎テンプレート」とは,画素値を並べたベクトルを全画素値の和で正規化したベクトルによる テンプレートをいう.疎テンプレートマッチングは,テンプレートとの間で定義される距離を最小 化することにより行われ,固有空間への射影に相当する.疎テンプレートは輝度変化に頑健である という特徴を有する. この疎テンプレートマッチングに基づいて対象追跡を行うため,コンデンセーション法を導入し ている.疎テンプレートを複数用いることにより,姿勢や照明の変化があっても対象を追跡できる システムを構築した.また,固定された単一の疎テンプレートでは限界があるため,疎テンプレー トを適応的に変化させる手法として,WSL(Wandering,Stable,Lost)の 3 つの要素の混合分布に 基づく WSL テンプレートを提案している.WSL テンプレートは状態遷移モデルと観測モデルに基 づき時々刻々更新される.WSL テンプレートをコンデンセーション法とともに用いることにより, 姿勢や照明の変動が生じてもそれに応じて疎テンプレートを更新することにより安定に対象を追跡 できることを確認した.また,2 つの異なる学習率でそれぞれ WSL モデルを並列的に更新し,状況 に応じて疎テンプレートを切り替える手法も提案している. 2. 「3 次元空間の画像計測−ロボットの目を創る」 人間の視覚における巧妙な仕掛けをロボットの視覚に生かすことにより,ロボットにおける視覚 機能の実現を目指している.その成否は高精度な画像計測の実現にかかっている.本講演では,高 精度画像計測を目標とした以下の研究例を紹介する. 色分布に基づく移動体の追跡 動物体の抽出と姿勢・形状認識 眼底画像からの血管抽出 プロジェクタ−カメラシステムに基づく簡易高精度レンジファインダ プロジェクタ−カメラシステムを用いた 3 次元物体上での仮想的見えの実現 オプティカルフローを用いた動画像の領域分割 視覚に基づく二足歩行ロボットの歩行制御 むだ時間のある視覚フィードバック形を用いた倒立振子の安定化制御 視覚サーボによる捕球ロボットの制御 現状の画像計測技術は人間の視覚にまだ及ばない.そもそも人間は体中にセンサの分布したシス テムであり,長い進化の歴史を経て洗練されてきている.人間では視覚を含めて獲得・処理する情 報の質と量がロボットの比ではない.しかし,画像計測の高精度化についてまだやるべきことがた くさんあるのが現状であり,それらを解決していくことによってロボットの視覚を人間に近づけて いくことができると信じている. 3. 「メディアと感性情報学」 本講演では,視覚や聴覚のメディアコンテンツにおける感性情報学の応用事例を紹介する. 感性に深く関わる言葉に「らしさ」がある.この「らしさ」を CG コンテンツ上で表現する試み を行っており,モーションキャプチャや光学特性に基づくレンダリングの技術を利用している. 相手を見て,自分に対して上か下かを主観的に判断したときの相手の年齢を「主観年齢」という. 主観年齢は,自分の社会との関わりを表す指標の一つと考えられる.調査の結果,若年層ほど低く 老年層では高い,女性より男性が低くなる,などの興味深い傾向が得られている.また,外見から 想像される年齢(「客観年齢」とよぶ)についても,「笑うと若く見える」という一般認識と異なる 結果が得られている. 「共感覚」とは異なる感覚が互いに影響を及ぼし合う現象をいう.特に「色覚」と「音感」との 間の共感覚に着目し,音を聞いて色が感じられるという現象の解明に取り組んでいる.一説では新 生児には色覚と音感の共感覚が存在するものの,成長とともに失われると言われている.fMRI を用 い,被験者に音を聞いて色を想像してもらったところ,脳活動において共感覚を示唆すると思われ る興味深い結果が得られている.また,色と音との対応のマッピングにより,視聴覚メディアコン テンツの分類も行っている. テレビ番組におけるコマーシャル映像挿入が脳に及ぼす影響も調べている.番組がクライマック スに達する直前で突然コマーシャル映像により中断されると,番組の余韻から冷めるのに時間がか かるともに,番組再開時に即座に番組に注意を切り替えることができなくなる傾向が見られる.こ のような脳の活動への影響は,ストーリーを追いかけることによる満足感が味わえなくなるために もたらされるのではないかと考えられる.
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