中国怪奇物語〈神仙編〉

中国怪奇物語〈神仙編〉
駒田信二
講談社オンデマンドブックス
目 次
一口の水
分身の術
石を食う男
虎になる呪文
貸した刀
山上の酒盛り
天台山の神女
桃源境
山中の老人
李の神木
詬神廟
荒地の神
邯鄲夢の枕
絵の中へはいる男
瓶の中
黄金の蝶
ものぐさ坊主
鳥獣どもの歎願
鯉
8
62 58 53 47 44 39 33 32 31 29 28 26 22 18 17 15 13 9
なます
張三の麦藁帽子
張老の嫁
雁門山の仙女
寿命
眉間の傷
槐の瘤代
成弼金
空飛ぶ娘
一本の筆
水を汲む女
竹の束
驢馬と旅人
神になった男
壺公と費長房
李八百と唐公遭
魏伯陽と虞生
仙人の婿
三つの運
杜子春
茶店の娘
160 149 142 139 137 134 128 126 123 122 119 113 108 106 103 95 92 89 78 74 70
黄金の碗
蘇仙の桃
道士の試験
石亀の眼
三つの予言
浴室の尼僧
金牛岡
金鶏洞
戴侯祠
火事の予告
廬山の神
神の愛人
如願
孤石廟
織女
白水の素女
白い田螺
崑崙奴の術者
石婆神
土地神の加護
華岳の三美人
218 216 212 208 201 198 196 195 193 191 188 186 185 183 182 180 177 175 172 167 165
あとがき
制蛇の術
淮陽の宿
処女神の横恋慕
紫姑神
嫁の神さま
鬼神の荒縄
桶を作る老人
夢を生かす男
神に殺された男
梨と道士
奇門の法
あかずの間
二人の父親
黒い鶴
板橋の三娘子
張天師と黒魚
280
277 271 265 262 256 253 250 249 244 241 237 234 232 230 228 223
中国怪奇物語 神仙編
一口の水
こ ざん
はん えい
河南の壺山に、樊英という道士が隠棲していた。
せい と
あるとき、突風が西南のほうから吹いてくるのを見ると樊英は弟子にむかって、
「成都の町が火事だな。ひどく燃えているようだ。消してやろう」
し せん
といい、口に水をふくんで、西南のほうへ吹きかけた。
弟子はその日と時間とを覚えておいた。その後、四川からきた人があったので、弟子は、その
日時を口にして、
「成都に火事がありませんでしたか」
ときいた。するとその人はおどろいて、
「あなたも、だいぶん修行を積みなさったと見える。よく見とおせましたな。たしかにその日の
そのころ、大火事がありました。火の勢いが強くて、町じゅうにひろがりそうな気配でしたが、
そのうちに東北のほうに真黒な雲がわきおこったかと思うと、たちまち大雨が降りだして、さし
もの火も消えてしまいました」
といった。 六朝『捜神記』
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分身の術
じ
ろ こう
分身の術
さ
そう こう
左慈は廬江の人である。若いときから神通力があった。
しよう こう すずき
あるとき曹公の家の宴会に招かれていったが、曹公が、
はり
「今日は山海の珍味をとりそろえた。ないのは松江の鱸のなますだけだ」
というと、左慈は、
「松江の鱸くらいなら、わけなく手にはいります」
といった。曹公がききとがめて、
「それなら、すぐ取りよせてみよ」
というと、左慈は大きな銅盤に水をみたし、竹竿に糸と鉤をつけて、盤の中へ垂らした。そし
てまもなく一匹の鱸を釣り上げた。曹公も列席の者もみなおどろいておのれの眼を疑ったが、そ
れはまぎれもなく、三尺あまりの大きさの、ぴちぴちとした鱸であった。
「一匹ではみんなにゆきわたらぬ。もう一匹あるとよいのだが……」
と曹公がいうと、左慈はまた糸を垂れて、前と同じ大きさの鱸を釣り上げた。
曹公は自分でなますを作りながら、
9
しよく
しよう が
「これに、蜀の生薑があるとよいのだがな」
といった。すると左慈は、
「それも、すぐ手にはいります」
という。曹公は左慈がこの土地の生薑でごまかすのではないかと思って、
「鱸を盤の中から釣り上げたように、そのあたりの地面から掘り出すのか」
といった。左慈は笑って、
「いいえ、蜀へいって買ってまいります」
という。
「そんなことができるわけはない。蜀へ往復するには急いでも一年はかかるのに」
「それは、普通の者ならということでございましょう」
「ふむ。それで、お前が買いにいくというのか」
「いいえ、使いの者をやります」
たん
「それなら、使いの者にことづてをたのむ。わたしの部下がいま蜀へ錦を買いにいっているから、
その部下に会って、もう二反買い足すようにいいつけてくれとな」
「承知いたしました」
左慈はその旨をいいふくめて使いの者を出した。その者は出ていったと思うとすぐ帰ってきて、
生薑をさし出し、そして、
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分身の術
「蜀で錦を売る店をさがしましたところ、閣下の部下の方にお会いすることができましたので、
お言葉どおりに、もう二反買い足すようにと伝えておきました」
といった。
それから一年あまりたったとき、錦を買いにいった曹公の部下が蜀から帰ってきたが、はたし
て、はじめにいいつけたよりも二反多く買ってきた。わけをたずねると、
ゆ さん
「一年あまり前、錦を売る店で出会った人が、閣下のおいいつけだといって、二反多く買うよう
にといいましたので」
と、そのときの様子を話した。
曹公は左慈の神通力をおそれだした。その後、曹公が百人あまりの部下をつれて郊外へ遊山に
たん のう
出かけたとき、左慈は一壺の酒と一切れの肉を持ってついてゆき、自分で酒をついでまわり、肉
をすすめて、百人の部下たちみんなを堪能させた。曹公はそれを見てあやしみ、部下を町の酒屋
へやって調べさせたところ、どこの酒屋でもみな、昨夜のうちに、店にあった酒と肉がすっかり
なくなっていたという。
曹公はますます左慈をおそれるようになり、おりを見て左慈を殺してしまおうと考えた。だが、
なかなかその機会がない。あるとき左慈を家に招き、いきなり逮捕しようとしたところ、左慈は
ぱっと壁の中に逃げこんで、そのまま姿を消してしまった。そこで銭一千の懸賞をかけて左慈を
さがさせた。
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