低迷する消費と新たな消費者像 リサーチ総研 金融経済レポート

No.73
リサーチ総研
金融経済レポート
金融経済レポート No.69
2016/3/18
低迷する消費と新たな消費者像
日本リサーチ総合研究所
主任研究員
- 消費の量
消費の量的弱さと質的
弱さと質的強さ
藤原 裕之
調査研究部
03-5216-7314
[email protected]
アベノミクスの一番の想定外は消費の弱さではなかろうか。消費増税とそれに続く食品を中心とする値上げが一因
になっていることは間違いない。生活に密着した食品の支出調整は簡単にはいかないため、エンゲル係数は 90 年以来
の高水準まで急上昇している。もう一つの原因は資産効果の頭打ちにある。資産価格は消費の体温計でもあるが、昨
年8月以降の金融市場の動揺が消費をさらに下押ししている。特にこれら2つの影響を受けているのがシニア層であ
り、2015 年は他世代と比べても消費が大きく落ち込んでいる。
一方、消費の質的側面をみると、消費の高度化ともいえる興味深い変化が起きている。それは節約志向と価値志向
が同時に高まっている姿である。デフレ期のようになんでも節約というわけではなく、価値を認めた商品やサービス
に対しては質を落とすことなく、メリハリを付けた消費行動をとっている。消費に充実したライフスタイルを求める
傾向が強まっている証左であり、身近な食品の支出行動に顕著に表れている。エンゲル係数の上昇は消費者の質的変
化を反映した側面もある。
切り下がる消費水準
個人消費の弱さが目立っている。2014 年までは「消費増税の反動減からの回復」が消費のテーマだったが、2015
年に入っても一向に回復の兆しはみられない。物価変動を除く実質ベースでみた消費水準指数(季調済)をみて
も、2011 年の東日本大震災の水準を下回った状態に
ある。2015 年後半からはさらに消費の切り下がりが
進んでいる(図表1)。
図表1 実質消費水準(季調済)の推移
(2013=100)
110
ここにきて、消費の弱さは 17 年 4 月予定の消費増
税の先送りが検討される事態にまで及んでいる。ア
ベノミクスの一番の想定外は消費の弱さにあるとい
105
100
っても過言ではない。今後の経済成長を考える上で、
一番の鍵を握るのが個人消費にあることは間違いな
95
い。
90
1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1
なぜ消費は弱いのか(量的な
なぜ消費は弱いのか(量的な弱さ)
的な弱さ)
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
(出所)家計調査
(原因1)消費
(原因1)消費増税と値上
消費増税と値上げ
増税と値上げ
消費低迷の発端となったのが 2014 年 4 月の消費増税であることは明らかである。もっとも、消費増税による影
響だけであれば「反動減からの回復」は達成できたと考えられる。反動減からの回復に大きく立ちはだかったの
が食料品を中心とする生活必需品の値上げである。
食料品や日用品など生活に強く密着した商品が値上げした場合、支出の調整はそう簡単にはいかない。支出に
占める食品支出の割合、すなわちエンゲル係数は 90 年以来の高水準に達している(図表2)。通常、エンゲル係
数の上昇は景気後退期にみられる現象である。
食品支出の名目値と物価変動を除いた実質値を比較すると、消費増税を機に両者はワニ口のように大きく広が
っているのが確認できる(図表3)。ワニの下顎に相当する食品の購入量はそう簡単に減らせないため、値上がり
分だけワニの上顎が押し上げられているのである。住宅や耐久財など他の支出費目でワニの口現象は起きておら
(一社)日本リサーチ総合研究所
1
金融経済レポート No.73
ず、下方硬直性を持つ食品特有の現象と言える。食品への支出が膨らむ中、そのしわ寄せは衣服やサービスなど
他の費目の減少となって消費を押し下げている。筆者の周りでよく耳にする声が、
「何を買ったわけでもないのに
いつの間にか財布の中身が減っている」である。生活必需品の値上がりを象徴するセリフである。
図表2 エンゲル係数の推移
図表3 食品支出の名目と実質の推移
28%
名目
(2013=100)
107.0
27%
実質
105.0
103.0
26%
ワニの口
101.0
25%
99.0
24%
97.0
23%
95.0
93.0
22%
1
85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
(注)季節調整後の値
(出所) 「家計調査」総務省より筆者算出
3
5
7
9
11
1
3
2012
5
7
9
11
1
2013
3
5
7
9
11
1
3
2014
5
7
9
11
2015
1
2016
(出所)総務省「家計調査」より算出
(原因2)資産効果の頭打ち
2012 年末以降の株高で個人金融資産の累積含み益は 2015 年 6 月末で 132 兆円に達した。しかし、8 月以降の
中国不安に起因する世界的な株価の急落を受け、2015 年 12 月末の累積含み益は 97 兆円まで落ち込んだ。わずか
3 カ月で個人金融資産は 35 兆円の含み益を失った計算になる(図表4)。
資産価格は消費の体温計であり、8 月以降の金融市場の動揺は明らかに消費を下押ししている。高所得層は 2014
年までは消費をけん引してきたが、2015 年の消費は失速に近い状態となっている。資産価格の変動が影響してい
るのは明らかである。高所得層といえども、普段の消費はフロー収入から出ている。そのフロー収入が食品等の
値上がりで目減りしている上、保有資産の含み益も減少しているとなれば、消費意欲は出てこない。
図表4 個人金融資産の累積含み益
図表5 年収別にみた消費支出の伸び率
低所得層
(兆円)
2.0%
140
115.6
120
124.0
中所得層
高所得層
平均
132.0
1.5%
1.0%
97.3
95.6
100
97.3
0.5%
86.7
80
77.0
73.5
0.0%
64.0
55.4
60
-0.5%
-1.0%
40
23.3
-1.5%
20
-2.0%
0
Ⅳ
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
Ⅰ
2013
(注) 2012年12月末からの累積
(出所) 日本銀行「資金循環統計」
Ⅱ
Ⅲ
2014
Ⅳ
Ⅰ
Ⅱ
2015
Ⅲ
-2.5%
-3.0%
2010
2011
2012
2013
2014
2015
(出所)総務省「家計調査」
シニア消費が大きく減少
生活必需品の値上がりと資産価格の下落というダブルパンチを最も受けやすいのがシニア層である。60 歳以上
の消費の伸びをみると、2015 年は他の世代と比較しても大きく落ち込んでいるのがわかる(図表6)。
シニア層は特に食品を中心とする生活必需品の支出割合が大きいため、それだけ食品値上げの影響を受けやす
い。シニア層の場合、エンゲル係数は資産を多く持つ世帯でも高い(図表7)。
(一社)日本リサーチ総合研究所
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物価高による
物価高による収入の目減りも深刻である。
収入の目減りも深刻である。年金支給額は
収入の目減りも深刻である。年金支給額は 2015 年4月の改定で増加したものの、年金支給額が物
価や賃金の上昇率よりも低く設定されるマクロ経済スライドの導入により、現役層と比べて収入の目減りも大き
価や賃金の上昇率よりも低く設定されるマクロ経済スライドの導入により、 現役層と比べて収入の目減りも大き
いはずである。
いはずである。
高齢者がプレミアム付商品券の購入のために熱中症で倒れるニュースが
高齢者がプレミアム付商品券の購入のために熱中症で倒れるニュースが
プレミアム付商品券の購入のために熱中症で倒れるニュースが相次いだ
相次いだが、
が、今考えると、
今考えると、シニア家計
シニア家計
のひっ迫度合いを示す
のひっ迫度合いを示す現象と受け止めるべきだった
現象と受け止めるべきだった
現象と受け止めるべきだったかもしれない
かもしれない。
図表6 世帯年齢別にみた消費支出の伸び率
20・30歳代
40・50歳代
図表7 世帯年齢別にみたエンゲル係数(
世帯年齢別にみたエンゲル係数(2015 年)
60歳代以上
2.5%
2.0%
1.5%
1.0%
0.5%
0.0%
-0.5%
-1.0%
-1.5%
-2.0%
2012
2013
2014
2015
(出所)総務省「家計調査」
消費者行動の
者行動の変化
変化(質
(質的な強さ)
消費者行動の
変化(質的な
的な強さ)
消費には景気に関係する「量」と生活に関係する「質」の2つの側面がある。上記のように、量的側面でみた
消費には景気に関係する「量」と生活に関係する「質」の2つの側面がある。 上記のように、量的側面でみた
消費は消費増税を機に低迷状態が続いている
消費は消費増税を機に低迷状態が続いている。一方、
消費増税を機に低迷状態が続いている。一方、消費の質的側面をみると、消費の高度化ともいえる興味深
消費の質的側面をみると、消費の高度化ともいえる興味深
い変化がみられる。
変化がみられる。
変化がみられる。それは節約志向と価値志向
それは節約志向と価値志向が同時に高まっている姿である。
それは節約志向と価値志向 同時に高まっている姿である。
高まる2つの意識
高まる2つの意識 ~「節約志向
~「節約志向」と「価値志向」
志向」と「価値志向」
(節約志向
(節約志向)
志向)
節約意識は、
節約意識は、2014 年の消費税率引き上げと物価高によって再び高まりつつある。デフレ期の節約意識の高まり
年の消費税率引き上げと物価高によって再び高まりつつあ 。デフレ期の節約意識の高まり
は、値下げが相次ぐ物価安
は、値下げが相次ぐ物価安の下で起きた現象だった
起きた現象だった
起きた現象だった。これに対し、今回の節約意識は、
。これに対し、今回の節約意識は、
。これに対し、今回の節約意識は、円安による仕入れコスト
円安による仕入れコスト
の上昇等による
の上昇等による物価高の下で起きている
の下で起きている。バブル崩壊後
の下で起きている。バブル崩壊後 10 年以上もの間、モノの値段が下がり続けるデフレ環境
下にいた消費者にとって、モノの値段が上がることは
にいた消費者にとって、モノの値段が上がることは
にいた消費者にとって、モノの値段が上がることは消費行動に大きな影響を与えたに違いない。
消費行動に大きな影響を与えたに違いない。
消費行動に大きな影響を与えたに違いない。今回の物価高
今回の物価高
の中心は消費者に身近な食品ということもあり、実際に観測される物価と比べて消費者が感じる「体感物価」は
の中心は消費者に身近な食品ということもあり、実際に観測される物価と比べて消費者が感じる「体感物価」は
高止まりしてい
高止まりしている。
新日本スーパーマーケット協会の
新日本スーパーマーケット協会の調査
調査によると、
によると、過去1年間、家計の約8割は支出が多すぎたと実感して
割は支出が多すぎたと実感して
割は支出が多すぎたと実感している。
いる。
中で
でも最も支出が
支出が多いと実感された品目
いと実感された品目は食品である
いと実感された品目
ある。支出額を減らした(減らそうと思った)品目も食品が圧
。支出額を減らした(減らそうと思った)品目も食品が圧
倒的に 1 位であ
であり、いつの時代も身近な食品
り、いつの時代も身近な食品に節約
り、いつの時代も身近な食品 節約意識が向くものである
意識が向くものである(図表
(図表8)。
もっとも、購入する
もっとも、購入するすべての
すべての食品が節約対象になったわけではない。
が節約対象になったわけではない。
が節約対象になったわけではない。低価格品に乗り換える商品もあれば、商
低価格品に乗り換える商品もあれば、商
品は変えずに購入
品は変えずに購入量を減らすなど、商品によって
量を減らすなど、商品によってメリハリを付けて対応している
量を減らすなど、商品によってメリハリを付けて対応している。例えば、
メリハリを付けて対応している 例えば、魚介類や果物は
魚介類や果物は価格
価格
上昇に対して購入
上昇に対して購入量の減少
量の減少が目立つ一方
一方、肉類は値上げ
、肉類は値上げ幅が大きくても
が大きくても購入
購入量にそれほど変化は
にそれほど変化はみられ
みられない。価
。価
格の低下した品目
格の低下した品目でも購入
でも購入量が伸びてい
量が伸びていないものもあ
ないものもある。食品の
食品の品目別購入量のばらつきを表した「メリハリ指
品目別購入量のばらつきを表した「メリハリ指
標」をみてもここ数年は上昇傾向にあ
標」をみてもここ数年は上昇傾向にある
る(図表9)。
(一社)日本リサーチ総合研究所
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金融経済レポート No.73
図表8 過去1年間で支出額が多すぎると感じた品目
図表9 消費数量のメリハリ指数の推移
(%)
60
2.89
50
2.87
40
2.85
30
2.83
20
10
2.81
0
2.79
2.77
2010
2011
2012
2013
2014
2015
(注) 品目間の変動係数をメリハリ指数とした
(出所) 「家計調査」総務省をもとに算出
(出所)「買い物に関するアンケート調査」(2015年) 新日本スーパーマーケット協会
(価値志向)
先のように、最も支出額が多すぎると感じ、支出額を減らそうとしたのが食品である。しかし実際には個々の
商品レベルでの調整は行われても、エンゲル係数の急上昇が示すように、食品支出の割合は決して減少はしてい
ない。この矛盾はどう解釈すべきであろうか。
矛盾の原因は、消費者の価値志向の高まりにあると筆者は考えている。消費者はこだわりの商品が値上がりし
た場合、質を低下させることに大きな抵抗感をもつ。
特に牛肉をはじめとする生鮮品の場合、一定以上の品
質でなければ購入しない傾向がみられる。購入した食
品の「質」に関する調査結果をみると、2~3 年前と比
べて質の高い商品を選択したと答える人が多い(図表
10)。この傾向は消費の半数を占めるシニア層で顕著
図表10 購入商品の質を上げた人と下げた人の割合
合計
(倍)
3.0
歳
歳
20-29
歳
30-39
40-49
歳
50-59
歳
60-69
2.5
2.0
1.5
である。値上げが行われる中でも、質の高い商品を選
1.0
択した人が多いということは、価値志向がそれだけ高
い証左である。食品に対する価値志向の高さがエンゲ
0.5
ル係数の急上昇をもたらしたとも言える。
0.0
生鮮食品
加工食品(牛乳、豆腐、納豆等)
加工食品(調味料、バター等)
質
を
上
げた
人
が多
い
質
を
下
げた
人
が多
い
(出所)「買い物に関するアンケート調査」新日本スーパーマーケット協会
2つの意識の高まりで増加する「メリハリタイプ」
2つの意識の高まりで増加する「メリハリタイプ」
消費者を節約志向と価値志向で分類した場合、節約志向と価値志向が共に高い消費者を「メリハリタイプ」と
定義できる。バブル期に多くみられた「贅沢タイプ」は価値志向のみが高い消費者である。デフレ期は節約志向
のみが高い「節約タイプ」が多かった(図表11)。
これまでの消費者像は、不況期は節約タイプ、好況
図表11 消費者の分類(食品の場合)
①
期は贅沢タイプといった、景気の波に応じて 2 つの振
り子が振れるものであった。今回のように物価高で所
れまでのパターンである。しかし今は、節約志向に加
えて価値志向も高いメリハリタイプが多い。それだけ
消費に豊かさや充実したライフスタイルを追い求める
傾向が強まっていると言える。
節約志向
得が目減りした場合には、節約タイプに振れるのがこ
②
節約タイプ
メリハリタイプ
・ 食への関心は低い
・ こだわりの食品がある
・ 食費を抑えてその分を
他の支出に振り向ける
・ 豊かな食生活を求める
・ 家計のやりくりは得意
・ 家計のやりくりは得意
無関心タイプ
贅沢タイプ
・ 食品に限らず、消費全般に
こだわりが低い
・ こだわりの食品が多い
・ 家計のやりくりは苦手
・ 家計のやりくりは苦手
・ 高級志向
④
③
価値志向
(出所)筆者作成
(一社)日本リサーチ総合研究所
4