消費者は食品値上げにどう対応したか リサーチ総研 金融経済レポート

No.72
リサーチ総研
金融経済レポート
金融経済レポート No.69
2015/9/7
消費者は食品値上げにどう対応したか
日本リサーチ総合研究所
主任研究員
- 数量調整して
数量調整しても食品支出は高止まり
しても食品支出は高止まり
藤原 裕之
調査研究部
03-5216-7314
[email protected]
個人消費がなかなか戻らないのは、食品などの生活必需品の値上げによって実質購買力が低下したためである。食
品価格の上昇によって消費に占める食品支出の割合は増加傾向にあり、これが解消されない限り、消費の本格回復は
見込めない。
食品価格の上昇に対して消費者は数量調整(抑制)を行っているのは確かである。消費行動の特徴としては、魚介
類や果物類を抑えて肉類の消費量を維持するなど、品目による「選択と捨象」を進めており、単純な節約行動とは異
なる。こうした数量調整を行ってもなお価格上昇分を調整し切れなかったことが、食品支出の割合が増加する背景に
なっている。
エネルギー価格の下落を受けて足元の物価は落ち着きつつあるが、9 月以降も菓子類や種類などの値上げが予定さ
れており、消費者が実感する「体感価格」の高止まりは簡単には解消しそうにない。賃金動向も、夏季ボーナスが予
想を下回るなど反発力は弱く、消費の本格回復への道のりは遠いと言わざるを得ない
戻らない個人消費
個人消費は力強さを欠く状況が続いている。猛暑やボーナス支給の影響で持ち直しがが期待された7月の個人
消費(家計調査)は、実質値で2か月連続の前年割れとなった。消費水準指数(季節調整値)の実質値をみると、
消費は依然として増税前の水準を下回る状態にある(図表1)。
消費がなかなか戻らないのは、食料品や日用品など生
活必需品の値上げによって実質購買力が低下したため
図表1 消費水準指数(実質、季節調整値)の推移
(2010=100)
である。特に年金収入で暮らす高齢世帯は増税と物価高
110
の影響をダイレクトに受けるため、購買力の大幅な低下
に見舞われた。現役世帯も賃上げより物価上昇の影響が
105
大きく、実質賃金は低迷状態にある。
政府は、賃上げやボーナス支給の浸透、プレミアム付
年平均
2013
100
年平均
2014
き商品券による政策効果などで 7-9 月期の個人消費は回
復すると見込む。テレビではプレミアム付商品券を購入
年平均
95
2015
するために炎天下で行列を作るシーンが取り上げられ
た。これは見方を変えると、それだけ家計の状況が苦し
90
1
2
3
4
5
6
7
2013
いことを映し出した光景と捉えられないだろうか。
8
9
10 11 12
1
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3
4
5
6
7
8
9
2014
10 11 12
1
2
3
4
5
6
2015
(出所)家計調査
消費者は値上げにどう対応したか
食品値上げで食品支出の割合は増加
食品値上げで食品支出の割合は増加
足元の消費が戻らない原因として、食品価格の上昇が影響していることは間違いない。原油安を受けてエネル
ギー価格は低下傾向にあるものの、食品価格は依然として高止りの状態が続いている(図表2)。
食品価格の上昇により、消費支出に占める食品の割合も増加傾向にある(図表3)。景気回復期にはレジャーな
ど食品以外の支出を増加させることで食品支出の割合は低下し、反対に景気後退期には上昇するというのが通常
のパターンである。今回のように、景気回復の過程で食品支出の割合が増加するというのは、あまりみられない
現象である。
(一社)日本リサーチ総合研究所
1
7
金融経済レポート No.72
当然のことながら、食品支出の割合が高いと消費者は生活が苦しいと感じやすくなり、旅行やレジャーなどへ
の支出も絞りがちになる。食品比率の高止まりが解消されない限り、消費の本格回復は見込めない。
図表2 総合CPIの寄与度(消費税分除く)
エネルギー
食料
耐久消費財
半耐久消費財
サービス
図表3
総合
消費支出に占める食品の割合
26%
2.5%
25%
2.0%
1.5%
24%
1.0%
23%
0.5%
22%
0.0%
-0.5%
21%
-1.0%
20%
-1.5%
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Ⅰ Ⅲ ⅠⅢ Ⅰ Ⅲ ⅠⅢ Ⅰ ⅢⅠ Ⅲ Ⅰ ⅢⅠ Ⅲ Ⅰ ⅢⅠ Ⅲ ⅠⅢ Ⅰ Ⅲ ⅠⅢ Ⅰ ⅢⅠ Ⅲ Ⅰ
2000
2015
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014 2015
(出所) 「家計調査」総務省
(出所)「消費者物価指数」総務省
品目によって消費量を調整 ~肉類の消費量
~肉類の消費量は減らさず
消費量は減らさず
食品の割合が高まっているのは、食品価格が上昇しているからである。これに対し、低価格商品への乗り換え
や数量調整などを積極的に行えば、食品支出の割合を抑えることは不可能ではない。だとすると、最近の食品割
合の上昇は、食品の値上げに対して消費者が支出行動を変えなかったことに原因があるのだろうか。それとも、
支出行動を変えてもなお価格上昇分を調整し切れなかったということなのだろうか。
この点を確認するため、家計調査を利用して、品目毎の消費量と価格の変化をプロットしたのが図表4である。
これをみると、価格上昇の大きい品目に対しては消費量を抑制して調整していることがわかる(図左上)。その傾
向は品目によって差がある。価格上昇が大きかった魚介類や果物は消費量の減少が目立つが、肉類については値
上げが大きくても消費量の減少は特段みられない。一方、価格の低下した品目の消費量が大きく伸びているかと
言えば、それほど目立った増加は見られない。つまり、単純に低価格商品に乗り換えるような節約行動は出てい
ないのである(図右下)。
もっとも、品目による消費量の調整は最近になってより強まっているのは確かである。品目ごとの消費量のば
らつき度(変動係数)をみると、2014 年から大きく上昇している(図表5)。
図表4 食品に対する消費量と価格の変化(13~14 年)
40%
穀類
魚介類
肉類
果物
野菜・海藻
酒類・飲料
油脂・調味料
30%
価
格
変
化(
前
年
比)
20%
10%
図表5
品目間の消費量のばらつき度の推移
月期
1-3
2.36
月期
4-6
7-9
月期
月期
10-12
2.34
2.32
2.30
2.28
2.26
0%
2.24
-10%
2.22
2.20
-20%
-30%
-20%
-10%
(注)円は支出額の大きさを表す
(出所)家計調査
0%
数量変化(前年比)
10%
20%
2011
2012
2013
2014
2015
(注) 品目間のばらつき度を表す指標として変動係数を用いた。
(出所) 「家計調査」総務省より作成
(一社)日本リサーチ総合研究所
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金融経済レポート No.72
消費の「選択と捨象
消費の「選択と捨象」が進む
選択と捨象」が進む
先の結果を見る限り、消費者は食品の値上げに対し、品目によって消費量を調整(抑制)していることは確か
である。しかしこれまで購入していた商品を低価格品に乗り換えるような単純な節約行動とは異なる。安い食品
に切り替えるより他の商品への支出を抑制し、その分をこれまでと同じ商品か1ランク上の商品に充てる。食品
の選択と捨象(選別志向)が進んでいるとも言える。同じ価格上昇率であっても、魚介類の数量は大きく落ちこ
む一方、肉類の消費量はそれほど変わらないことが象徴している。
筆者は以前のレポートiで値上げに直面した消費者心理について考察した。当然のことながら、いつも買ってい
た商品が値上がりすると、同商品に対する割高感、抵抗感が強まる。商品の質は変わってないのになぜお金を足
さなければならないのかという心理である。対応する消費行動としては、①同商品の購入量を減らす、②低価格
商品に切り替える、③他商品を切り詰めて1ランク上の商品を購入する、などが考えられるが、今回は③が顕著
に出ているのが特徴である。
物価高
物価高が落ち着けば消費は戻るのか
「体感価格
「体感価格」
価格」は高止まり
今後の消費の鍵を握るのは物価動向であることは間違いない。エネルギー価格の下落により、足元の物価は落
ち着いた動きをみせている(図表2)。もっとも、マクロで見た物価指数の動きと消費者が実感する「体感価格」
は必ずしも一致しない。物価上昇品目数は増加傾向に
あり、値上げの裾野はむしろ広がっていると言える。さ
らに、食料品や日用品など生活への密着度の高い商品価
図表6 高止まりする物価上昇見通し
85
80
格は高止まりの状態にあるため、消費者の体感物価はな
75
かなか下がりにくい状況が続いている。弊所公表の消費
70
者心理調査をみても、消費者の物価上昇見通しは下がる
65
気配はみられない(図表6)。
60
55
食品支出の割合は
食品支出の割合は低下
支出の割合は低下するか
低下するか
50
上記のように、消費者は食品価格の値上げに対して数
45
量調整で対応しているものの、それでも食品価格の上昇
40
を吸収しきれないため、食品支出の割合が下がってこな
い。食品支出の割合が高止まりしている以上、消費者マ
2
5
6
8
2011
10
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4
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2012
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(注) 今後1年間「物価は上がる」と回答した人の割合
(出所) 「消費者心理調査」日本リサーチ総研
インドの回復は見込めず、旅行やレジャーなどの選択的支出が牽引する消費回復は期待できない。食品支出の割
合を下げるには、食品価格の値上げが落ち着くこと、賃上げによる所得環境の改善が必要である。しかし、9 月以
降も菓子類、調味料、インスタント食品、酒類などの値上げが予定されており、消費者の体感価格の高止まりは
解消しそうにない。賃金動向も、夏季ボーナスが予想を下回るなど、反発力は弱い。消費の本格回復への道のり
はまだ遠いと言わざるを得ない。
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「物価高で変わる消費行動」金融経済レポート No.66
(一社)日本リサーチ総合研究所
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