五十嵐レポート 平成 27 年 11 月 10 日 FRBはいつ利上げするのか 見送られた 9 月と 10 月の利上げ FRB(米連邦準備制度理事会)は 9 月 16 日~17 日に開いた FOMC(連邦公開市場委員 会)と 10 月 27 日~28 日の FOMC で、ともに利上げを見送った。周知のように FRB はリ ーマンショックのあと、異例な 2 つの金融緩和政策を続けてきた。政策金利をほぼゼロま で下げるゼロ金利政策と、金融市場に直接マネーを供給するとされる QE(Quantity Easing)政策だ。近年の景気回復を受けて、そうした異例な政策の継続が不要になったと いう認識から、まずは後者の QE 政策を昨年 10 月一杯で終了させた。そして今年はもう 1 つの政策を終わらせる、つまり利上げを開始する方針を示していた。 利上げの開始は当初は今年の 3 月とも見られていたが、物価の安定とともに雇用の最大 化という責任を負っている FRB は、雇用情勢の回復がまだ必ずしも十分ではないとの判断 で利上げを見送ってきた。9 月の FOMC では、雇用環境からは利上げができる状況だった と思われるが、8 月下旬以来の世界的な株価の大幅下落が原因でまたしても見送られた。こ の FOMC 後に発表されたステートメントで、 「最近のグローバル経済および金融情勢によ って、経済活動がある程度抑制され、当面のインフレ率にさらに下方圧力が加わる可能性 がある」と述べている。上海株価の大幅下落を引き金とするグローバル経済の先行き不安 がFRBに利上げを見送らせたことが分かる。 10 月の FOMC では「グローバル経済および金融情勢」を引き続き注視しているとは言い つつ、それが米国の経済活動を下押ししたり、インフレ率に下方圧力を加えたりしている といった表現は姿を消した。国際経済金融情勢がある程度落ち着きを見せてきたという認 識はあるが、利上げに踏み切るにはまだ躊躇せざるを得ない、自信が持てないという状況 なのだろう。 ただ、10 月の FOMC のメッセージでは、次回 12 月の FOMC で利上げに踏み切る可能 性を示唆する表現があった。従来、現行の金利水準を「いつまで続けるかについては」と いう表現とその条件を示してきたのに対して、10 月は「次回の会合で利上げするかどうか については」という表現に変わった。国際経済金融情勢がこのまま落ち着いていれば、12 月に利上げに踏み切る意向を示したと思われる。 新興国から流出する投資資金 年内最後の FOMC は 12 月 15 日~16 日だ。イエレン議長や NY 連銀のダドリー総裁 (FOMC 副委員長)は、元々10 月を含めた年内に利上げに踏み切る可能性を強く示唆して きた。 中国の株価(上海総合)自体は最近は落ち着いているが、無理やり下げ止まらせている -1- とも言えるから、安心はできない。実際 FRB が気にしているのは、株価の暴落が示唆した 中国経済の落ち込みだろう。FOMC のステートメントに海外要因を注視していると書いた 以上、その見極めをしないで利上げするわけにはいかない。 もちろん、今は中国経済を気にしだしたらきりがない面はある。7~9 月期の GDP 成長 率は前年同期比 6.9%と、1~3 月期および 4~6 月期の 7.0%から若干の鈍化に止まった。 ただ、それ以外の様々な指標で足下の状況を可能な限り見極める必要があるだろう。恐ら く FRB は独自に収集した情報なども合わせて判断するはずだ。 しかし、それ以上に重要なのは「マーケットがどう思っているか」という点だろう。市 場が中国経済の先行きに非常に強い不安を抱いているような局面で FRB が利上げすれば、 世界規模の相場の暴落が再燃しかねないからだ。 というのも、米国が近いうちに利上げするという見方が強まるにつれて、中国を含めた 新興諸国から投資資金が流出してきたからだ。中国経済がおかしくなれば、中国に流入し ていた投資資金が流出する(期限を迎えた投資が更新されない)のは自然だ。加えて、中 国経済の高成長に支えられていた国、例えば中国向けの輸出で潤っていた新興国などは大 きな打撃を被るだろうから、そうした国々からも投資資金が流出するのだ。 図 1 は、上海株価が暴落した日以降に、中国以外の主要な新興国から投資資金がどれく らい流出しているかを、リーマンショックやバーナンキショックの時と比較したものだ。2 つのショックの時と比べて今回の流出額は少なめだが、今後の中国経済のパフォーマンス 如何では、流出がこれから本格化する可能性も否定できない。米国の利上げによって、こ うした資本流出に拍車がかかるような事態になれば、イエレン議長たちも寝覚めが悪いだ ろう。9 月と 10 月に利上げを見送った所以だと思われる。 t+150 t+140 t+130 t+120 t+110 t+100 t+90 t+80 t+70 t+60 t+50 t+40 t+30 t+20 t+10 0 t 図 1 新興国向けの投資資金の流出状況 (日) -5 リーマンショック (2008/9/15~) -10 バーナンキショック (2013/5/22~) -15 中国ショック (2015/8/21~) -20 -25 -30 -35 (10億ドル) 注1)集計対象国は、インドネシア、インド、韓国、タイ、南アフリカ、ブラジル、ハンガリー、トルコの8カ国 注2)今回の中国ショックは9/28まで集計 (出所)IIF -2- ドル高に悩まされる米国経済 その後の展開をみると、10 月 2 日に発表された 9 月の雇用統計が大きく悪化した時には イエレン議長は 9 月の利上げを見送ってよかったと胸をなで下ろしたかもしれない。失業 率は 5.1%で前月と変わらずだったが、より重視されている非農業雇用者数の増加数がわず か 14.2 万人だったからだ。しかし 11 月 6 日発表の 10 月の雇用統計では情勢が一変、雇用 情勢は大きく改善しているという印象が広がった。非農業雇用者数は 27.1 万人の増加、失 業率は 5.0%に低下したのだ。雇用の最大化という任務を負っている FRB にとっては、12 月の利上げに向けての追い風と言っていいだろう。 ただ、利上げやその予想はドル高をもたらす。図 2 は景気の変動を敏感に反映する ISM 景気指数の動きを製造業と非製造業に分けて見たものだ。ドル高の進行が始まった昨年央 以来、製造業で景況感が顕著に悪化してきたことが窺える。利上げがいっそうのドル高を 誘発するのであれば、米国経済にさらに痛手をもたらすことは避け難いし、加えて新興国 の通貨に強い下落圧力を与えることになる。国際経済金融情勢の落ち着きを崩しかねない 話だ。 図 2 米国の ISM 景気指数 (中立水準=50) ISM景気指数 62 製造業 非製造業 60 58 56 54 52 50 48 10 11 12 13 14 15 (年、四半期) (出所)米供給管理委員会(ISM) なぜ利上げなのか それにしてもFRBはなぜ利上げをしたいのだろうか。一般に中央銀行は政策金利をゼ ロにしておきたくないと考えている。政策金利を上下させるのが本来の金融政策だが、政 策金利がゼロだとそれ以上下げようがない。必要な時に利下げできない事態を回避したい ということが利上げの基本的な理由だと思われる。 そのために、上げられる時に金利を上げておきたいのだ。今は決して金融を引き締めな ければならないような状況ではない。つまり早めにブレーキをかけておかないと景気が過 -3- 熱してしまい、望ましくないインフレを招いてしまうといった懸念はない。イエレン議長 としては、今の景気回復に水を差さない程度に、ゼロでない水準に引き上げておきたいと いうことだ。 ただ、そうは言っても、利上げは利上げだ。利上げは金融緩和ではない。どちらかと言 えば当然、引き締めだ。過去を振り返ると、一旦利上げが始まると 1 度や 2 度の利上げで は終わっていない。マーケットはそのように受け止めるから、利上げが始まると、いや始 まる前から、ドルの上昇を見込んでドル買いを進めるといった行動に出る。昨年来のドル の上昇の背景にはそうした市場の期待(予想)が反映されている。 ここが悩ましいところだと思う。FRB としては利上げをしておきたい。しかし、利上げ をするともっとドル高が進む可能性がある。これまでのドル高のせいで製造業の活動が下 押しされ、結果として雇用の増加が低調になってきたのだとすれば、利上げで景気を悪化 させることは FRB の本意ではない。またドル高のせいで新興国の景気がさらに落ち込むよ うなら、それは米国経済(企業)にとっても困ることになりうる。そんな利上げならすべ きではないということになる。 インフレの兆しが出ているのなら問題はない。早めの利上げが取るべき政策だ。しかし 物価は十分に落ち着いていて、FRB が重視する「インフレ期待」も高まる兆しがないので あれば、利上げする必要性が高いとはとても言えないと思う。 利上げは 12 月か 結局、どうなりそうなのだろうか。現実的なシナリオを想定すれば、年内(12 月)に 1 度利上げを実施して、その後は少なくとも数か月は様子見をするということではないか。 利上げすることで、新興国からの資本流出はどう変化するのか?ドル相場への影響は? 米国の実体経済は悪化しないか?といったことを見極める時間が必要だと思われる。 これらの問いに対する答えが実際にどうなるのかを予想するのは簡単ではない。私は、 FRB が 12 月に利上げに踏み切るまでの期間中、中国経済の先行きへの懸念が全く払拭され ないようであれば、利上げが新興国からの資本流出とドル高を加速させ、米国の実体経済 にもブレーキをかけてしまうのではないかと懸念している。利上げする前から、そうした 事態が十分予想されるなら、利上げ自体がさらに見送られることすらありえる。 しかし、これから 1 カ月あまりの期間中、事態の落ち着きが持続するなら、わずかな利 上げがその落ち着きを損なうことにはならないだろう。 私の見立ては 12 月に最小限の利上げを実施するというものだが、その通りになるかどう かは、中国をはじめとする新興国の経済の動向がカギを握っていると言えそうだ。 (MU投資顧問客員エコノミスト 兼 三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング 調査本部 -4- 研究理事 五十嵐敬喜) MU投資顧問株式会社 登録番号 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第 313 号 一般社団法人日本投資顧問業協会会員 一般社団法人投資信託協会会員 〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台2-3-11 電話 03-5259-5351 ※ この資料は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱とタイアップし、同社調査部の作成した 経済レポートを中心に掲載しております。本資料の記載内容の一部を引用あるいは転載さ れる場合には、必ず「MU投資顧問株式会社 資料より」と明記してください。 ※ 本資料に含まれている経済見通しや市場環境予測は、必ずしも当社の見解を示すもので はありません。内容はあくまでも作成時点におけるものであり、今後予告なしに変更されるこ とがあります。 ※ 本資料は情報提供を唯一の目的としており、何らかの行動ないし判断をするものではありませ ん。また、掲載されている予測は、本資料の分析結果のみをもとに行われたものであり、予測の 妥当性や確実性が保証されるものでもありません。予測は常に不確実性を伴います。本資料の 予測・分析の妥当性等は、独自にご判断ください。 -5-
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