こちら

第 18 回 JRPS 研究助成受賞者決定!
「網膜色素変性の網羅的遺伝子解析と病因・病態機序
の解明」
国立病院機構東京医療センター・感覚器センター
岩田 岳
1988 年 名城大学大学院農学研究科博士課程卒業
1988 年 National Eye Institute, NIH 研究員
1989 年 Bascom Palmer Eye Institute 研究員
1991 年 National Eye Institute, NIH 上級研究員
1999 年 東京医療センター 主任研究員
2004 年 感覚器センター 室長
2007 年 感覚器センター 部長
現在に至る
「網膜色素変性におけるバイオマーカーの探索」
名古屋大学大学院医学研究科眼科学、名古屋大学医学部附属病院
上野 真治
1998 年 名古屋大学医学部卒業
2004 年 名古屋大学大学院医学系研究科修了
2005 年 米国ジョンス・ホプキンス大学留学
2008 年 名古屋大学医学系研究科助教
2014 年 名古屋大学医学部附属病院講師
現在に至る
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第 18 回 JRPS 研究助成受賞者決定!
審査講評
JRPS 学術理事
山本 修一
今回は 6 件の応募があり、その内容は遺伝
岩田 岳(国立病院機構東京医療センター・
子解析、遺伝子治療、バイオマーカー探索、
感覚器センター)
画像診断など多岐に渡り、そのいずれもが大
「網膜色素変性の網羅的遺伝子解析と病因・病
変興味深いものでした。この中から、13 名
態機序の解明」
の学術理事が、研究の独創性、将来性、社会
網膜色素変性は様々な遺伝様式で発症し、
への貢献度、応募者の過去の業績の観点から、
これまでに欧米では 90 以上の原因遺伝子が同
厳正な審査を行い、2 名の方の授賞を決定し
定されていますが、日本人については十分な
ました。網膜色素変性(RP)の治療へ向けて
解析が行われていません。岩田先生を中心と
世界中で多くの臨床試験が進行しており、RP
するグループは、厚労省の補助金を受けて日
の研究が世界的にかつてない盛り上がりを見
本人の遺伝性網膜疾患の全エクソーム解析を
せているのを反映して、今回の応募はどれも
行ってきましたが、これまでに報告されてい
レベルが高く今後の発展が期待できる研究ば
る遺伝子変異はわずか 17%の家系でしか検出
かりでした。
されませんでした。今回の研究プロジェクト
現在はこの研究助成、国内の研究者のみを
では次世代シークエンサーを用いて、より大
対象としていますが、いずれはアジア諸国あ
規模に日本人における網膜色素変性の原因遺
るいは世界の研究者にも広げられたら、そん
伝子変異の解明を目的としています。遺伝子
な夢も見ています。
解析にはきわめて正確な臨床診断が不可欠な
ため、日本臨床視覚電気生理学会が全面的に
3
バックアップし、日常的に網膜変性疾患を診
療することの多い学会理事全員が分担研究者
として参加しています。また厚労省の難治性
疾患実用化研究としても採択されており、日
本で遅れていたこの分野の研究が飛躍的に進
むことが期待されます。
上野 真治(名古屋大学大学院医学研究科眼
科学)
「網膜色素変性におけるバイオマーカーの探
索」
バイオマーカーとは、病状の変化を客観的
に捉える指標のことです。網膜色素変性の病
状は視力、視野、網膜電図などの視機能検査
で評価されますが、病気の進行がきわめて緩
やかなため、治療効果の評価には必ずしも適
していません。網膜色素変性において杆体の
細胞死後、錐体の細胞死が生じるメカニズム
として酸化ストレスが考えられていることか
ら、上野先生たちのグループでは眼球内での
酸化ストレスの指標がバイオマーカーとなり
うるのではないかとの仮説を立てました。名
古屋大学眼科で樹立した網膜変性ウサギの前
房水を採取し、酸化ストレスに関連する各種
物質濃度を測定します。そして網膜電図や光
干渉断層計によって計測した網膜の機能や形
態との関連を調べ、網膜色素変性の病状の変
化を敏感に捉えるバイオマーカーとしての可
能性を探求しようとするものです。
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第 18 回 JRPS 研究助成受賞者決定!
2014年度研究助成受賞者実施計画
「網膜色素変性の網羅的遺伝子解析と病因・病態機序
の解明」
国立病院機構東京医療センター・感覚器センター
岩田 岳
網膜色素変性は優性、劣性、X 連鎖性、孤
お願いして、国立遺伝学研究所(三島)や理
発、ダイジェニックなど様々な遺伝子形式に
化学研究所(横浜)などの研究拠点と連携し
よって発症し、すでに欧米での研究によって
ながら網膜色素変性を含む遺伝性網脈絡膜疾
90 以上の原因遺伝子が明らかにされていま
患について次世代シークエンサーとスーパー
す。残念ながら日本人を対象とした遺伝子解
コンピューターを用いて全エクソーム解析を
析は家系単位の検体収集が困難であることや
開始しました。全エクソームとは全遺伝子の
十分な研究予算が配分されなかったことから、
エクソン部分(タンパク質をコードしている
十分な成果が得られていません。しかしなが
部分)を解析対象とすることです。
ら近年の技術的な進歩によって、より少ない
我々はオンライン症例登録システムを使っ
検体数や検体量によって全ての遺伝子を数ヵ
て、東京医療センター、愛知医科大学、近畿
月で調べ、責任遺伝子を家系単位で決定する
大学、帝京大学、東京慈恵会医科大学、名古
ことが可能となってきました。厚生労働省は
屋大学、三重大学、岐阜大学、そして各地の
平成 23 年に「次世代遺伝子解析装置を用い
眼科病院のご協力を得て、網膜色素変性の
た難病の原因究明、治療法開発プロジェクト」
355 の家系から血液あるいは唾液検体を収集
を立ち上げ、15 の研究班が個々に担当する遺
し、ゲノム DNA を抽出して、一部の家系に
伝性希少疾患について研究事業を開始しまし
ついては、ゲノムの 1%を占めるエクソンを
た。我々は眼科を担当し、
三宅養三先生を含む、
抽出して、次世代シークエンサーによって塩
網膜の電気生理学に精通した眼科医に診断を
基配列を読みました。これらの塩基配列情報
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は品質のチェックや複数のフィルタリングを
明らかにしていく予定です。
行い、順調に解析が進んだ場合には少数の候
網膜色素変性の多くは視細胞あるいは網膜
補遺伝子変異がリストとなって出力されます。
色素上皮細胞で発現する遺伝子の変異による
このリストを閲覧することによって責任遺伝
ものが多く、病態の解明については遺伝子改
変異が既知遺伝子変異なのか、既知遺伝子で
変動物の作製や患者 iPS 細胞から視細胞や網
はあるが新規の遺伝子変異なのか、あるいは
膜色素上皮細胞を作製して細胞の状態を観察
新しい遺伝子なのか判断することができます。
する必要があります。また、眼杯作製技術を
この解析の結果、網膜色素変性を含む遺伝
用いて患者の網膜を再構築して、遺伝子変異
性網脈絡膜疾患の約7割の患者では既知遺伝
の影響を調べる研究を行っています。特に劣
子変異は検出されませんでした。この中には
性遺伝による網膜色素変性についはフロリダ
網膜色素変性(208 家系、95% 劣性)
、オカ
大学眼科学教室との共同研究によって遺伝子
ルト黄斑ジストロフィー(64 家系)
、黄斑ジ
治療用のベクターを開発し、モデル動物に対
ストロフィー、先天性夜盲、スターガルト病、
する治療効果を調べる計画です。
レーバー先天盲などの家系が含まれています。
本研究は日本では初めての全エクソンを対
この解析の結果、既知遺伝子変異はわずか約
象にした網膜色素変性の遺伝子解析です。こ
17% の家系でしか検出されず(図)
、既知遺
の解析によって既知遺伝子だけではなく、日
伝子の新規変異についても約 14% ときわめて
本人あるいは東洋人に特有の未知遺伝子変
低い割合となりました。完全な新規遺伝子が
異が発見されることが期待されており、す
約 8% の家系で発見され、現在機能解析が行
でに 22% の家系で発見することができまし
われています。原因不明の 61% の家系の中に
た。日本で発見された遺伝子変異は中国や韓
は両親が未解析のものや、絞り込まれた少数
国を起源とするものも少なくないと考えてお
の候補遺伝子では病因を説明できないものが
り、アジア全体での協力関係が求められてい
含まれています。今年度はこれらの家系につ
ます。最近、感覚器センターは米国眼研究所
いて研究を集中しています。
/国立衛生研究所(National Eye Institute/
平成 26 年度からは厚生労働省の新たな研究
National Institutes of Health)と共同研究
事業が採択され、日本臨床視覚電気生理学会
契約を結び、さらに中国やインドの眼科施設
の全面的なご支援をいただいて、研究事業を
と 共 同 で Asian Eye Genetic Consortium
継続できることになりました。診断を担当す
(AEGC、アジア眼科遺伝学連合体)を立ち上
る大学は 15 に増えて、今後は劣性家系に加え
げ、遺伝子解析の情報を共有することになり
て優性家系や孤発例についても責任遺伝子を
ました。これまで白人を対象とした研究から
6
第 18 回 JRPS 研究助成受賞者決定!
今後はアジア人にシフトさせることによって、
より効率的な遺伝子変異の検出が期待されま
す。AEGC(www.aegc.asia)の活動内容や
我々が発見した遺伝子情報と病態との関係に
ついてはウェッブ上(www.eye.go.jp)で公
開される計画です。
7
2014年度研究助成受賞者実施計画
「網膜色素変性におけるバイオマーカーの探索」
名古屋大学大学院医学研究科眼科学
名古屋大学医学部附属病院
上野 真治
研究の背景
的でウノプロストン点眼や神経保護因子によ
網膜色素変性を含めた神経変性疾患に対し、
る遺伝子治療の治験が行われています。治療
薬物、神経保護因子を含む多くの治療法が動
の効果は視野検査等の自覚検査でどれだけ悪
物実験では効果があると報告されています。
化を抑制したかにより判断されることが多い
その一方、動物実験では効果が認められても、
ですが、1 - 2 年では、わずかな変化しかな
その多くの治療法が実際の患者さんの治療に
いため、薬物の効果の判定が難しいのが現状
まで至らないという現実があります。これら
です。そこで現在、網膜色素変性の治療の判
の原因の一つが、患者さんの治療の効果判定
定に求められているものは、病状の進行を他
が非常に難しいということにあります。網膜
覚的に捉えるバイオマーカーの確立です。
色素変性の動物モデルは網膜変性の進行が早
バイオマーカーとは病状の変化を客観的に
く一様です、そのため網膜の組織像や網膜電
とらえる指標であり、網膜障害の進行程度に
図などで網膜変性の抑性効果の確認をするこ
相関する因子です。今回われわれは、酸化ス
とは比較的容易です。しかし、実際の患者さ
トレスの指標をバイオマーカーとして利用で
んの網膜変性の進行は動物モデルよりもずっ
きないかと考えています。なぜなら網膜色素
と緩徐で、眼底所見も患者さんによって様々
変性では、杆体の細胞死後、錐体の細胞死が
で治療の効果の判定が動物モデルよりずっと
起きるメカニズムとして、酸化ストレス説が
難しいです。
あるからです。一つの仮説として、杆体細胞
国内では網膜色素変性の進行を抑制する目
が変性して消失した後、網膜の酸素需要が減
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第 18 回 JRPS 研究助成受賞者決定!
ることにより、錐体細胞は余剰の酸素にさら
膜変性ウサギは生後 12 ヵ月までに網膜変性が
されされます。そのため酸化ストレスを受け
著しく進行するので、その時期まで前房水を
やすくなるとされています。そしてこの酸化
採取します。検討する前房水の物質は、酸化
ストレスが、杆体細胞変性後の錐体細胞死に
ストレスが加わると産生が促進されるカルボ
深くかかわっていると考えられています。現
ニル化タンパク、脂質酸化ストレスマーカー
在、酸化ストレスの指標と呼ばれるものがい
であるマロンジアルデヒド(MDA)
、総抗酸
くつかあり、定量することができます。今回
化能(TAC)
、DNA 酸化損傷マーカーである
の研究ではこれらの酸化ストレスの指標と呼
8-OHdG 等を考えています。これらはすべて
ばれるものの中で、どれが網膜変性の病態と
キットが発売されており比較的容易に調べる
もっともよく相関するかを検討します。そし
ことができます。これらの中から、網膜電図
て今後、もっとも適当な酸化ストレス指標を
のデータで錐体変性と最も相関するマーカー
バイオマーカーとして用い、治療による網膜
をバイオマーカーの候補とします。
変性の抑制効果をそのバイオマーカーを用い
て治療の効果を判定していければと考えてお
本研究の意義
ります。我々は全身の要因の影響を受けにく
将来的には、本研究で有効と判断されたバ
い前房水を調べてバイオマーカーを見つけた
イオマーカーを用いて臨床研究を行いたいと
いと考えております。
考えております。動物実験で有効性が高く、
副作用が少ないと考えられる網膜変性の進行
研究方法
を抑制する治療法が開発された際に、視野、
我々のグループが作成した網膜変性モデル
視力、網膜断層像など通常の眼科検査に加え、
であるロドプシン遺伝子改変ウサギを用いて、
今回見つかったバイオマーカーの推移を検討
眼内液である前房水中の物質を検討します。
します。患者さんの前房水を治療前、治療後
マウスやラットでは眼球が小さく前房水の採
に採取し、バイオマーカーの変化を計測する
取が不可能ですが、ウサギの場合は眼球が大
ことにより、新しい治療法が患者さんの網膜
きく前房水の採取を経時的に行えます、また
変性を抑制していることを他覚的に評価する
患者さんにも同様の検査ができます。
ことを目標とします。このバイオマーカーを
網膜変性ウサギ 6 羽、正常ウサギ 6 羽を生
用いることにより 1 - 2 年の治験では有効性
後 3 ヵ月より 1 ヵ月毎に全身麻酔下にて前房
が捉えられなかった効果を確認することがで
水を採取し、同時に網膜電図と光干渉断層計
き、新たな有効な治療法を提示できる可能性
にて網膜の機能と構造を確認します。この網
があります。
9
2013年度受賞者研究結果報告
「ゲノム酸化損傷を標的とした網膜色素変性に
対する治療法の開発」
九州大学病院 眼科
村上 祐介
網膜色素変性(RP)は、視細胞の働きに重
引き起こすのかは良く分かっていません。そ
要な遺伝子の変異(キズ)によって、徐々に
こで我々は、ゲノムの酸化に注目し、その RP
視細胞が障害される疾患で、わが国で 3 万人
への関わりについて研究を行っています。
もの患者さんが罹患しています。遺伝学の進
ゲノムは、酸素呼吸や炎症細胞から産生さ
歩によって 50 種類以上もの原因遺伝子が明ら
れる活性酸素によって、常に酸化のリスクに
かとなり、RP の原因は多様であることが明ら
晒されていますが、これらの酸化損傷に対す
かとなりました。しかし、これらの遺伝子異
る防御機構として、細胞には様々な酸化修復
常によって、なぜ、またどのようにして視細
酵素が存在します。今回私たちが注目した
胞死が引き起こされるのかは良く分かってお
MutY homolog(MUTYH)は、酸化グアニ
らず、有効な治療法も開発されていません。
ンに誤対合したアデニンを切り出し、ゲノム
病的な環境において、細胞は様々なストレ
の修復をつかさどる分子です。しかしゲノム
スに晒されますが、中でも酸化ストレスは病
の酸化が高度の場合には、MUTYH による過
気の発症や進行に大きく関与すると考えられ
剰な修復によって多量の DNA 一本鎖切断が
ています。特に生命現象の源であるゲノムの
生じ、細胞死が誘導されてしまいます。そこ
酸化は、その蓄積によって DNA の変異や欠
で我々は、RP の視細胞死に MUTYH が関与
失を生じ、癌や神経変性疾患など様々な病気
する可能性を考え、研究を進めました。その
の原因となることが知られています。RP にお
結果、RP のモデルマウスにおいて視細胞のゲ
いても、視細胞死と酸化ストレスとの関連が
ノムの酸化が著しく亢進していること、さら
数多く報告されていますが、一方で、酸化ス
に MUTYH 遺伝子を欠失させると、視細胞の
トレスがどのようなメカニズムで視細胞死を
DNA 一本鎖切断が起こりにくくなり、視細胞
10
2013 年度受賞者研究結果報告
死が抑制されることが分かりました。これら
の結果から、RP における視細胞死の誘導にゲ
ノムの酸化が深く関与しており、MUTYH の
活性化に引き続いて DNA の損傷が起こること
が明らかとなりました。
RP の原因遺伝子は多様ですが、その病態は
最終的に視細胞が死に至るという点で共通し
ています。視細胞死が起こるメカニズムにつ
いては、まだまだ不明な点が多く残っていま
すが、本研究よりゲノムの酸化損傷がその一
因と考えられます。現在我々はゲノムの酸化
や MUTYH の下流の分子などを標的とした治
療薬を用いて、RP モデル動物の視細胞死を抑
制する実験を進めています。これらの研究を
もとに、RP の病態理解を深め、新しい治療薬
の開発につなげたいと考えています。
■ 村上 祐介( Yusuke Murakami )
2003 年 九州大学医学部卒業
2003 年 九州大学眼科学教室に入局
2005 年 九州大学病理病態学教室、博士課程
2009 年 ハーバード大、マサチューセッツ眼科
耳鼻科病院、リサーチフェロー
2012 年 九州大学病院眼科 医員
2013 年 九州中央病院眼科 医員
九州大学大学院医学研究院 眼科 共同
研究員 2014 年 九州大学病院眼科 臨床助教
現在に至る
11
2013年度受賞者研究結果報告
「次世代シークエンサーを用いた網膜色素変性
症の網羅的変異スクリーニング」
京都大学大学院医学研究科 眼科学
大石 明生
この度は我々の研究に対してご支援を頂き、
していくような作業だったのに対し、次世代
誠にありがとうございました。JRPS の会員、
シーケンサーでは数万~数十億という配列を
関係者の皆様に改めて深く御礼申し上げます。
一度に確認することが出来ます。これによっ
我々の研究テーマは次世代シーケンサーを用
て多くの患者さんの、たくさんの遺伝子を比
いて、数百人の網膜色素変性症の患者さんの
較的短い時間で解析出来るようになりました。
原因遺伝子の同定を試みるというものでした。
今回はこの技術を用い、これまでに網膜色素
どのような研究でどのような結果が得られた
変性症、また錐体ジストロフィやスタルガル
のか、簡単に紹介させて頂きます。
ト病など、他の網膜変性疾患の原因として報
網膜色素変性症は多くの原因遺伝子の変異
告されているものを全て含む 366 の遺伝子に
による疾患群です。現在分かっているだけで
ついて、網膜色素変性症を含む 425 人の患者
も 60 程度の遺伝子が報告されています。個々
さんで、その配列を確認しました。
の患者さんでこれらの候補遺伝子を全て確認
この解析を行った結果、425 人の遺伝子配
するというのは、従来の技術では現実的に不
列の中に合計 20,841 種類の変異候補が見つ
可能であり、また仮に分かっている全ての遺
かりました。このように次世代シーケンサー
伝子を調べたとしても変異が見つからない方
を用いると、本当に原因となっている変異の
が相当数おられるということも分かっていま
他に、標準の配列とは異なるものの全く無害
した。
であるものもたくさん検出されます。このま
今回の研究では次世代シーケンサーと呼ば
までは評価のしようがないので、読み間違い
れる解析技術を利用しています。これまでの
の可能性が高い箇所、正常者でも一定の割合
方法がそれぞれの遺伝子配列を一つ一つ確認
で検出される変異、特殊な機能予測ソフトで
12
2013 年度受賞者研究結果報告
害がなさそうと判定されたもの、などを除外
していくことで一人の患者さんにつき 7 箇所
程度の候補に絞り込むことが出来ました。こ
の後、臨床像や遺伝形式と矛盾しないかとい
うことを確認し、最終的に網膜色素変性症の
患者さん 329 人中、123 人(37.3%)の方
で遺伝子診断を確定することが出来ました。
これまで日本で行われた解析で最も高い診断
率になったものと言ってよいかと思います。
遺伝子についての詳しい結果は割愛しますが、
以前から日本で頻度が高いと考えられていた
EYS や USH2A といった遺伝子の変異がやは
り多いという結果でした。
一方、この結果を別の方向から見ると、こ
れだけの遺伝子を網羅的に調べても 60%の患
者さんでは原因遺伝子を特定出来ないという
ことも出来ます。これは現時点での網膜色素
変性症に関する情報がまだまだ不十分である
ということを示しており、今後さらなる知見
の蓄積が望まれます。
さて今回の研究では、これまでにない確率
で遺伝子診断に至ることができました。日本
での網膜色素変性症の実態の把握に寄与する
結果になったかと考えます。このように原因
■ 大石 明生( Akio Oishi )
2001 年 京都大学医学部卒業
2001 年 京都大学医学部附属病院眼科 研修医
2001 年 日本赤十字社和歌山医療センター眼科
研修医・修練医
遺伝子が分かっても現時点で直ちに治療につ
2008 年 神戸市立医療センター中央市民病院眼
ながる訳ではありませんが、海外では特定の
科 副医長
遺伝子変異に対して、正常の遺伝子を補うこ
とで進行を遅らせるといった治験が始まって
います。我々も是非今回のデータを活かし、
2009 年 京都大学大学院博士課程医学研究科 修了
2011 年 京都大学医学部附属病院眼科 助教
現在に至る
治療につなげたいと考えています。
13
【これまでの助成研究テーマと研究者(過去 15 年)
】
1999 年度 「神経系幹細胞の網膜移植」
京都大学大学院医学研究科 視覚病態学 高橋 政代
「網膜色素変性と甲状腺機能異常との関係について」
順天堂大学医学部眼科 岩田 文乃
2000 年度 「網膜色素上皮に発現する G 蛋白共役受容体遺伝子の網膜変性症例での変異とその機能」
大阪大学医学部眼科 森村 浩之
「遺伝性網膜変性疾患における網膜の 2 次性変化の予防に関する研究」
関西医科大学眼科 山田 晴彦
2001 年度 「連鎖解析を併用した階層的アプローチによる網膜色素変性症原因遺伝子の同定」
福岡大学医学部眼科 近藤 寛之
「網膜色素変性症の動物モデルにおける網膜機能と形態の関係」
岩手医科大学眼科 町田 繁樹
2002 年度 「網膜神経細胞の神経保護と再生」
千葉大学大学院医学研究院視覚病態学 忍足 俊幸
「錐体杆体変性症の分子遺伝学的検討」
名古屋大学大学院医学研究科頚頭部 ・ 感覚器外科学 中村 誠
2003 年度 「日本人網膜色素変性の分子遺伝学的検討」
東北大学大学院医学研究科感覚器病態学講座眼科学分野 和田 裕子
「新規網膜変性遺伝子 Mfrp の機能解析」
秋田大学医学部感覚器眼科学分野 亀谷 修平
2004 年度 「網膜色素変性症中型モデル動物(ロドプシンP347L変異ウサギ)作成と視機能解析」
名古屋大学大学院医学研究科感覚器障害制御学 近藤 峰生
「Pigment epithelium-derived factor(PEDF) およびアデノウイルスベクターによる神経
保護効果の作用機序の解明」
埼玉医科大学 森 圭介
2005 年度 「網膜色素変性症における神経栄養因子受容体とグリアー神経相関作用の関与」
東京都神経科学総合研究所 原田 高幸
「ゲノム科学的手法を用いた網膜ジストロフィの分子病態学の解明と遺伝子診断システムの構築」
九州大学大学院医学系研究科眼科学 吉田 茂生
2006 年度 「虹彩色素上皮細胞由来網膜前駆細胞を用いた ezvivo 遺伝子治療」
「Rd マウスにおける視細胞内アポトーシス経路の同定とその遮断による細胞保護」
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九州大学大学院医学研究院眼科学 池田 康博
神戸大学大学院医学系研究科眼科学 本田 茂
2013 年度受賞者研究結果報告
2007 年度 「遺伝子導入による視機能再建に関する研究」
「網膜色素変性症における視細胞死のメカニズムの解明」
東北大学先進医工研究機構生命機能科学分野 富田 浩史
大阪大学医学部眼科学教室 辻川 元一
「骨髄間葉系幹細胞移植による網膜変性進行阻止効果」
東京大学医学部付属病院眼科 柳 靖雄
2008 年度 「網膜色素変性症眼で残存する網膜神経節細胞への光感受性の付与-光覚の獲得へ向けて」
「網膜色素変性症における網羅的な遺伝子検査」
杏林大学医学部眼科学教室 田中 伸茂
理化学研究所・網膜再生医療研究チーム 金 子兵
「網膜色素変性症におけるウノプロストン点眼による網膜保護効果の臨床研究」
千葉大学大学院医学研究院眼科学 山本 修一
2009 年度 「チャネルロドプシンによって得られる視覚特性」
東北大学国際高等融合領域研究所 菅野 江里子
「網膜色素変性での視細胞死に対するカルパインの作用とカルパイン阻害薬による治療の可能性」
弘前大学 大学院医学研究科 眼科学講座 中澤 満
2010 年度 「再生に向けたヒト人工多能性幹細胞を用いた網膜色素変性症の病態解析」
慶應義塾大学医学部眼科学教室 小澤 洋子
「視細胞変性に伴った網膜中・内層の機能変化」
岩手医科大学眼科学教室 町田 繁樹
2011 年度 「網膜色素変性を引き起こす視細胞の繊毛の長さ調節機構の解明」
財団法人大阪バイオサイエンス研究所 古川 貴久
「オカルト黄斑ジストロフィーの原因解明に向けて」
独立行政法人国立病院機構東京医療センター 角田 和繁
2012 年度 「網膜色素変性に対する経角膜電気刺激治療の臨床応用」
大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学講座 森本 壮
「日本人網膜色素変性患者の遺伝子診断システムの構築」
浜松医科大学眼科学 細野 克博
2013 年度 「ゲノム酸化損傷を標的とした網膜色素変性に対する治療法の開発」
九州大学大学院医学研究院 眼科学 村上 祐介
「次世代シークエンサーを用いた網膜色素変性症の網羅的変異スクリーニング」
京都大学大学院医学研究科眼科学 大石 明生
15
Retina International
2014 年 SMAB 参加報告
2014 年 SMAB ミーテイング印象記
三重大学 眼科
近藤 峰生
2014 年 の SMAB(Sci enti fi c a n d
次に同じく Peters 博士が、人工視覚の現
Medical Advisory Board of Retina
状について報告した。現在世界で約 20 の
International)ミーテイングは、ARVO 期
グループが人工視覚の開発および研究を精
間中の 5 月 5 日に開催された。
力的に行っている。米国の Second Sight
まずドイツの Tuebingen 大学の Peters
社による Argus II(網膜上電極タイプ)は
博士が、眼球を電気刺激することによる網
60 個の電極を有しており、欧米で約 30 人
膜変性疾患の治療について報告した。これ
の患者に移植されている。一方でドイツの
までも生体を電気刺激することにより様々
Retina Implant 社 に よ る Alpha IMS( 網
な神経栄養因子が放出されることは知られ
膜下電極タイプは)は 1500 個の電極を有
ており、日本でも大阪大学で積極的に行わ
しており、ヨーロッパで承認されて既に 26
れてきた。最近では Ocustim という製品が
人の患者に移植されている。対象とする患
承認され、これを使用すれば患者は自宅で
者は、光覚程度まで視力が低下した遺伝性
電気刺激を行うことができる。安全性につ
網膜疾患の患者であり、0.04 程度まで視力
いては問題ないが、その効果については今
が回復した患者もいるとのことであった。
も研究が進行中である。
次 に、 米 国 カ リ フ ォ ル ニ ア 大 学 の
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Tochitsky 博 士 と Kramer 博 士 が 最 近 の
第 3 相試験が行われている。2013 年の 10
Optogenetics 研究(光受容と神経細胞の興
月に 180 人の患者の組み入れが終了し、52
奮を同時に誘導できるタンパク質を患者の
週にわたって臨床試験が行われている。現
網膜細胞に導入することによって視機能を
時点では有害事象などはおきていない。も
回復する手法)について報告した。彼らは、
しも結果がよければ、正式な承認薬となる
DENAQ と BENAK という改良型の分子を
可能性が高いことを報告した。
使用している。この分子は細胞に導入して
米国ペンシルバニア大の Aguirre 博士は、
も細胞毒性が少ないだけでなく、病的な網
遺伝性黄斑ジストロフィの代表的な疾患で
膜神経節細胞にのみ取り込まれ、正常な網
ある Best 病(卵黄状黄斑ジストロフィ)の
膜神経節細胞では発現しないという優れた
遺伝子治療の動物実験について報告した。
特性を有しているとのことであった。
博士は Best 病の犬のモデルを有しており、
英国オックスフォード大学の MacLaren
この犬を使用して動物実験を進めたいと報
博士は、雑誌 Lancet にも掲載されたコロ
告した。
イデレミアの遺伝子治療を報告した。コロ
カナダの McGill 大の Koenekoop 博士は、
イデレミアは網膜色素変性に類似した症状
QLT の臨床試験について報告した。RPE65
を呈する X 連鎖遺伝(主に男性に発症する)
や LRAT などの遺伝子に異常を有するレー
の疾患である。動物実験の成功に基づいて、
バー先天盲は、レチノイドサイクルと呼ば
原因遺伝子である CHM/REP1 を 6 名の患
れるビタミン A の再生サイクルがうまく
者の網膜下に AAV ウイルスを使用して導入
回っていない。そこで彼らは 9-cis-retinyl
した。2 名の患者では 2 段階から 4 段階近
という人工的なビタミン A 誘導体(これが
い視力改善(日本の視力表でいうと視力が
QLT)を投与することで、レチノイドサイ
倍になる程度)がみられた。この成功に基
クル異常を補う治療法を試している。14 名
づいて、現在はより高い遺伝子発現を目指
のレーバー先天盲の患者に投与され、重篤
した追加治療が計画されているとのことで
な副作用はみられなかった。14 名中 6 名の
あった。
患者で視力が向上した。今後は二重盲検試
続いて順天堂大学の村上晶博士が、今回
験を予定している。
ARVO に出席できなかった山本先生の代わ
ドイツの Tuebingen 大学の Wissinger
りに網膜色素変性に対するウノプロストン
博士は、杆体一色覚(以前は全色盲と呼ば
の臨床研究の状況について報告した。第 2
れた疾患)の遺伝子治療について報告した。
相試験での成果に基づいて、現在日本では
この疾患は暗い場所では楽だが、明るい場
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所で見にくく、眩しい症状の強い病気であ
る。CNGA3 と CNBG3 という 2 つの遺伝
子異常による患者が多く、この遺伝子を導
入する遺伝子治療を計画している。動物実
験では重篤な副作用はみられず、現在は臨
床試験に参加する患者を応募している段階
である。
理研の高橋政代先生は iPS 細胞移植の現
状を報告した。加齢黄斑変性に対し、iPS
細胞から分化させた網膜色素上皮のシート
を移植する。作製された網膜色素上皮は正
常のそれと同じ形態および機能を有してい
る。これを特殊な手術器具を用いて患者の
網膜下に移植する予定である。6 名の患者
に対して移植を行い、3 年以上の経過観察
を行う予定である。今回の臨床研究の主目
的は治療の安全性であることを強調した。
この他にも多くの研究者から網膜変性疾
患に対する最新の治療の計画や成果が報告
された。昨年と比較しても確実に進歩が実
感できる有意義な会議であった。
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第 19 回 一般社団法人日本網膜色素変性症協会(JRPS)研究助成のご案内
一 般 社 団 法 人 日 本 網 膜 色 素 変 性 症 協 会(Japanese Retinitis Pigmentosa Society,
JRPS)では、特定非営利活動法人網膜変性研究基金と協同で、網膜色素変性とその類縁
疾患の治療法開発のための研究に対し助成を行っております。
今回より、協同主催者の特定非営利活動法人網膜変性研究基金提供により、40 歳以下
の若手研究者を対象に、もうまく基金賞を 100 万円で新設しました。
第 19 回の応募要項は以下の通りです。
記
対 象:網膜色素変性、網脈絡膜変性、ロービジョンに関する研究を行う研究者、ま
たは診療、教育、研究機関。
研究期間:2015 年 4 月から 2016 年 3 月までに完結見込みの研究。
助成金額:200 万円 1 名、100 万円 1 名、100 万円 1 名(もうまく基金賞、40 歳以下
の若手対象)
応募方法:①申請書;研究代表者名、研究機関名、住所、TEL & FAX、E-mail アドレス、
研究題目、実施計画を 1200 字以内にまとめ、同内容と直接関係する業績目
録も付けてください。用紙は A4 判を用い、横書き、それ以外の形式は自由です。
②関係する論文の別刷
提出する資料は、すべて PDF ファイルに変換し、ファイルを保存した CD-R
と印刷した原本 1 部をバックアップとして提出してください。
なお、応募書類は原則として返却致しません。
締め切り:2015 年 3 月 31 日(火)
選考方法:JRPS 学術理事の審査に基づいて理事会で決定し、結果は 2015 年 6 月初旬
までに、研究代表者にご連絡します。
学術理事代表 千葉大学大学院医学研究院眼科学 山本 修一
応募書類送付先:〒 140-0013 東京都品川区南大井 2-7-9 アミューズKビル4階
一般社団法人 日本網膜色素変性症協会 事務局宛
TEL03-5753-5156 FAX03-5753-5176
お問い合わせ:一般社団法人 日本網膜色素変性症協会 事務局
E メール : [email protected]
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1971 年 8 月 7 日 第3 種郵便物認可 (毎月6回1の日・6の日発行 ) 2014 年 10月29 日発行 SSKA 増刊通巻 第 8410 号
編 集
後
記
今年は日本の医学界にとって、良い意味でも悪い意味でも、大きな転換の一年でした。
良い出来事の筆頭はもちろん、理研の高橋政代先生のグループによる iPS 細胞由来の網膜色
素上皮細胞移植でしょう。手術の実施が報じられた直後に、きわめてタイムリーにしかも神戸
で開催された「世界網膜の日」の会場は超満員、プレスも多数詰め掛ける(JRPS 史上稀にみる)
盛況ぶりでした。まずは安全性確認が目的であり、網膜色素変性への応用はさらに先のことに
なるとはいえ、10 年後の展開が今から楽しみです。
悪い方の代表は、次々と明るみになった研究不正でしょう。私事で恐縮ですが、4 月に千葉大
学病院長に就任直後からその対応に追われてきただけに、眼科とは直接関係ないものの、この問
題の深刻さを痛感しています。研究不正の原因は、研究者の倫理感の欠如、教育の不備、研究支
援体制整備の遅れなどがあげられていますが、最大の問題点は、日本の医学研究が製薬会社から
の寄付金に大きく依存していることにあります。米国では医学研究費の 9 割が公的資金である
のに対し、日本では公的予算は少なく、半分は民間からの資金、しかもその 60%は製薬会社か
らの寄付金で賄われています。大学の臨床系教室で行われている研究は、患者さんを対象とす
る臨床研究から、動物や細胞を対象とする基礎研究まで多岐にわたりますが、公的研究費はと
ても行き渡りません。一方、企業からの寄付金の目的は「○○学研究のため」のようにかなり大
括りであり、もちろん私的流用は許されませんが、基礎研究にも臨床研究にも使うことのでき
る使い勝手の良いものです。しかし一連の事件を契機に、臨床試験は研究テーマ毎に企業と契
約を結んで受託研究として行うこととなり、寄付金は大きく減少することが危惧されています。
あわせて日本版 NIH とも言われる日本医療研究開発機構が発足しますが、研究費の総額がほと
んど増えない現状では、政権の望む「勝てる」研究に資金が重点配分され、芽が出る前の研究
を息長く育てることは益々難しくなりそうです。
JRPS 研究助成は長年にわたり若い研究者を支援し、網膜色素変性研究の裾野を広げることに
貢献してきました。そして昨今の社会情勢の下、その重要性はより一層高まっています。
学術理事 山本修一
発行人:障害者団体定期刊行物協会
〒 157-0073 東京都世田谷区砧 6-26-21
編 集 :【JRPS 編集局】
〒 140-0013 東京都品川区南大井 2-7-9 アミューズ K ビル 4 階
本部事務局内
TEL: 03-5753-5156 / FAX: 03-5753-5176
E-mail: [email protected]
URL : http://www.jrps.org
定価 300 円
**この冊子は NPO 法人網膜変性研究基金と協同で作成しています**
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