NHK_2015 年 7 月 17 日放送分 ※※ 『社会の見方・私の視点』です。今朝のテーマは四半世紀ぶりの良好な経済状況は本 当か。お話は一橋大学大学院経済学研究科教授の齊藤誠さんです。齊藤さん、おはようござ います。 齊藤 おはようございます。 ※※ 政府は先月 30 日に、経済財政運営と改革の基本方針、いわゆる骨太の方針を決定し ました。 齊藤 はい。 ※※ 齊藤さんはこの際の、安倍総理大臣の発言に注目されたそうですね。 齊藤 そうですね、その際安倍首相は日本経済の現状について、 「1990 年代初頭のバブル崩 壊後、およそ四半世紀ぶりの良好な状況を達成しつつある」として、アベノミクスの成果を 強調しました。そして、成果の上に骨太の方針を立てて、高い成長率が将来実現することを 想定して、経済政策の基本を組み立てています。 ただ、私は「およそ四半世紀ぶりの良好な状況」と言いのけてしまう首相の確信に対して は、一国民としてはやっぱり大きな不安を覚えました。四半世紀ぶりというと 1990 年以降 で最も良好という意味になりますが、データを見ると果たしてそうなのだろうかと、疑問を 持たざるをえません。 ※※ 具体的にはどんなところから、そういう危惧を感じているんでしょうか。 齊藤 いろいろな統計の採り方があると思いますが、例えばということで、GDP 統計など の中に含まれている国民経済計算、SNA に報告されているんですけれども、雇用者報酬の 動向をここでは見てみたいと思います。 雇用者報酬というのは日本経済全体で雇用されている人たちが受け取っている、労働所 得の合計と考えてもらったらいいと思います。以下では実質という場合は、2005 年の消費 者物価の水準を換算した実質で考えてみたいと思います。 まずは最近の動きを見てみたいんですけれども、実質雇用者報酬について前年同期比の 推移を、まだ民主党が政権を取っていた 2011 年から 2012 年を見てみますと、だいたい前 年同期比でプラス 1%からプラス 2%の間を上下していたんですが、この間はある程度プラ スで推移していたんですね。 それが、自民党が 2012 年の 12 月に政権を取って、2013 年以降の数字を見てみると、例 えば消費税増税の前であっても、プラス 1.5 %からマイナス 0.6%の範囲で推移して、民主 党政権のころよりも前年同期比の成長率が低下をしています。 さらに、消費税増税が 2014 年の 4 月にありまして、そのマイナスの程度はいっそう大き くなりました。2015 年の第 1 四半期で見てみると、前年同期比でマイナス 0.5%です。こ うして見てくると、直近に限っても実質雇用者報酬が改善したとはなかなか言えません。 ※※ いわゆるアベノミクスを推進している人たちは、次のように説明していると思うん ですけれども。 齊藤 はい。 ※※ まず、雇用を改善するのが第 1 であると。実際に雇用は改善してきていますよとい うのが 1 点、その次に時間差で給料は上がっていくんであると。実際ここ最近、上昇の傾向 が見られてきていると言っています。齊藤さんはこういった意見に対してはどう考えます か。 齊藤 まず 1 つは、しばしば強調される失業率の低下や、有効求人倍率の上昇というのは、 何も自民党政権交代後から始まったことではなくて、2008 年 9 月のリーマンショックから 立ち直り始めた 2009 年の半ば以降から、徐々に失業率は低下し、有効求人倍率は回復をし てきました。 この雇用の改善状況は 2011 年の東日本大震災の影響にも左右されることなく、 継続して改善してきたわけです。 例えば、2009 年の 10 月に失業率は 5.2%でしたが、2012 年の 12 月には失業率は 4.3% まで低下をしました。 2015 年の 5 月には確かに 3.3%まで失業率が低下をしたわけですが、 この低下の度合いはすでに 2009 年からそうした傾向は始まっていたといわれています。 もう 1 つ雇用者報酬は長期の視点から動向を、生活実感に近いということで、名目雇用 者報酬の数字を見てみたいと思うんですけれども、例えば 1980 年度の初めから 1990 年度 の終わりにかけて、年率換算をすると 5.8%で成長したのですが、それが 1990 年代に入る と、年率換算にすると 1.5%まで成長が鈍化しました。 さらに 21 世紀に入りますと、年率換算で見るとマイナス 0.5%まで低下したわけです。 若干の上下はあるんですけれども、名目雇用報酬を見ますと 2014 年度の水準というのは、 1992 年度の水準にほぼ等しくなっています。言い換えてみますと、過去四半世紀ほぼ横ば いで推移してきたというふうに考えた方が、長い目で見た場合正しい表現になると思いま す。 以上申し上げたことは、実質雇用者報酬で見ても議論に大差はありません。 ※※ 3 カ月ごとに、数字がプラスになったとかマイナスになったとか一喜一憂しても、長 いスパンで見ると別の景色が見えてくるということですかね。 齊藤 そうですね、雇用者報酬という先ほど申し上げたように、過去四半世紀ほぼ停滞をし て、直近の動きはその停滞傾向を一層強めたと考えた方が、正しいのではないかと思います。 「およそ四半世紀ぶりの良好な状況」と表現できる根拠は、今申し上げたような経済統計の データを見る限りは、根拠は非常に弱いと言っていいと思います。 ※※ こうした数字を冷静に見た場合に、政府が本来採るべき政策態度というのは、どのよ うなものであるべきだというふうに齊藤さんはお考えでしょうか。 齊藤 なかなか難しいご質問なんですけれども、骨太の方針では日本経済の成長率は実質 2%成長、名目 3%成長と想定しています。しかし、このようなレベルの経済成長は、1990 年以降一度も実現したことがないわけです。 例えば、1980 年代後半の雇用者報酬の成長率は、この時期はバブル景気に沸いたときで すけれども、名目で年 5.9%、実質で年 4.4%だったのですが、そのようなレベルの経済成 長が今後突然再現されるとは、とても考えることができないと思います。 少子高齢化という問題もありますし、長期的ないろいろな要因は、今後高い成長率を望む ような状況になかなかありませんので、そうした現実を踏まえて地道な経済政策、例えば着 実に増税をしていくとか、歳出削減を実行していくとかいうことで、財政赤字を減らしてい くというような、地道な政策について国民のコンセンサスを取るように、丁寧な政策の説明 責任を果たしていくということが、これからの政府に求められる態度ではないかと思いま す。 ※※ 分かりました。今朝の話、どうもありがとうございました。 齊藤 ありがとうございました。 ※※ 『社会の見方・私の視点』 。四半世紀ぶりの良好な経済状況は本当か。お話は一橋大 学大学院教授の齊藤誠さんでした。
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