大気圧プラズマ浸窒焼入れにおける不均一硬化の原因調査

PST-14-091
PPT-14-075
ED-14-161
大気圧プラズマ浸窒焼入れにおける不均一硬化の原因調査
井上 貴史*
市來
龍大
三谷将樹
赤峰
修一
金澤
誠司(大分大学)
Investigation of Non-Uniform Phase Transformation in Nitriding-Quenching using
Atmospheric-Pressure Plasma
Takashi Inoue*, Ryuta Ichiki, Masaki Mitani, Shuichi Akamine,
and Seiji Kanazawa(Oita University)
Nitriding-quenching (NQ) treatment using atmospheric-pressure plasma jet enables low cost, easy-to-use treatment
without vacuum device. Until now, we have developed Nitriding-Quenching for steels and achieved to harden low alloy
steels. However, hardened area is non-uniform. Therefore, we investigated the cause of non-uniformity by changing
treatment temperature. As a result, a suitable temperature of approximately 600°C is necessary to invoke martensite
transformation in our method.
キーワード:大気圧プラズマ,浸窒焼入れ,プラズマジェット,相変態
(atmospheric-pressure plasma, nitriding-quenching, plasma jet, phase transformation)
な真空装置や炉などを必要としない処理、さらにライン工
1.
研究背景
程での焼入れによる処理が実現できる可能性を有してい
る。焼入れの際の急冷工程も、プラズマジェット先端から
金属の表面処理として焼入れ等の熱処理を行う場合、歪
処理品へ向け窒素ガスを噴射し焼きを入れる衝風冷却が可
みや破損を防ぐために低温での処理が望ましい。焼入れ時
能になれば、水や油を使わないドライプロセスが実現でき
鉄鋼に導入する原子を窒素にした場合、炭素に比べ低温で
処理能率を大幅に向上させると期待される。
オーステナイト変態を行うため、近年、窒素を利用した新
しい焼入れ技術として浸窒焼入れというものが注目されて
しかしながら、初期の実験では図2に示すように相変態
およびそれに伴う硬化に不均一性が生じた(6)。
いる(1,2)。図1は Fe-C 系の平衡状態図であり、A1 線(723°C
~)以上の温度からの急冷により鉄組織がマルテンサイト
変態を起こす。一方破線は Fe-N 系の A1 線であり、Fe-C 系
と比較すると 100°C 以上低い温度で処理が可能であるた
め、産業界に普及している浸炭焼入れ等の炭素を用いた焼
入れよりも熱歪みが少ない(3)。また、浸炭と違い浸窒焼入れ
では浸炭剤等を使っていないため CO2 フリーで地球環境に
優しい処理が実現できる。研究ではアンモニアガス(1)もしく
はアンモニアの低圧プラズマ (2)が用いられており、アンモ
ニアガスを用いた浸窒焼入れ法は、
『N クエンチ』という商
標名で実用化されている。
我々は熱処理を大気圧熱プラズマを用いて行うことをコ
ンセプトに研究を進めており、パルスアーク型大気圧プラ
ズマジェットを用いた窒化処理による工具鋼の表面硬化を
達成し(4,5)、さらにこの浸窒焼入れもプラズマジェットでの
硬化が原理的に可能であるということを実証した。この大
気圧プラズマジェット浸窒焼入れ法は大気圧下で生成され
る高密度のラジカルを利用した短時間での処理や、大規模
図 1 Fe-C 系平衡状態図。
Fig.1 Fe-C phase diagram.
1/4
ここで横軸は鉄鋼試料表面の径方向であり、原点がプラ
ミナパウダーを使用し
鏡面研磨をした。油分の除去のた
ズマジェット照射中心に対応する。縦軸は試料表面からの
めアセトンによる超音波洗浄を施した。台に設置された試
深さである。マイクロビッカース硬さはグレースケールで
料とジェットノズルとの距離は 4-7 mm に設定し、その際
表している。この図より、プラズマ照射中心ではなく、中
の試料表面照射中心の温度は 700-1100°C 程である。プラズ
心から 10 mm 離れた箇所が最も硬くなっていることが分か
マジェットによる浸窒焼入れは、下の三つの過程からなる。
る。我々はこの不均一性の原因解明のため、処理温度を変
1. 昇温過程 ジェットプルーム照射中の試料表面の温度を
化させて実験を行った。
5 ~30 min の照射時間で昇温、保持する。
2. 浸窒過程 昇温過程において窒素原子は鉄鋼への熱拡散
2.
実験方法
を始める。任意の時間照射し浸窒を行う。
3. 焼入れ過程 試料を冷却水へ投入し水焼入れを行う。
我々が使用しているプラズマ源はパルスアーク(PA)型
Radial Position [mm]
プラズマジェットである。直流アークは金属の表面処理に
よりプルーム温度を下げ、熱処理に最適な温度を持つ大気
圧プラズマジェットを生成した。これにより、照射するジ
ェットプルームが試料を融解しないようにすることができ
る。また、バリア放電に比べ投入パワーが大きく高密度の
励起種を生成可能であり、浸窒の促進につながると考えら
れる。
ジェットノズルは図 3 に示すような同心円筒状の電極か
Depth from Surface [m]
は高温すぎるため、我々は印加電圧をパルス化することに
-30
0
-20
-10
0
10
20
30
200
400
600
800
ら構成されている。ノズル上部より N2/H2 混合ガスを導入
Hv0.01
800
750
700
650
600
550
500
450
400
350
300
250
200
150
100
1000
する。そして高周波電源(Plasmatreat 社 FG3001)によ
り印加電圧 5 kV、放電電流 1.3 A、周波数 21 kHz(図 4 参
照) のパルスアーク放電を内部電極と外部電極の間で発生
図 2 初期実験で得られた鉄鋼断面の硬さ分布。
させる。そしてアフターグローをノズル先端の直径 4 mm
Fig.2 Hardness profile of steel cross-section at first
のオリフィスから噴射することによりプルームを発生させ
experiments.
る。動作ガスは全流量を 20 slm とし、水素の混合比を 1 %
とした。これは過去の研究において導き出された窒化処理
に最適な混合比である(4,5)。このときのプルーム中の発光分
光の結果 NH ラジカルが支配的であることから、この NH
ラジカルが窒化処理の結果を左右する活性種であると考え
られる。
図 5 に示すようにジェットノズル先端は石英カバー
(直径 124 mm, 高さ 45 mm)でおおわれており、カバー
下部は 2 mm ほどのすき間をあけている。これにより処理
雰囲気中の酸素を動作ガスによりパージし、試料の酸化を
防ぐ。試料設置台は底が抜けるように出来ており、ボタン
を押すことで下に設置してある冷却水入りのバケツに速や
かに浸窒後の試料を投入し水焼入れを行う。
実験で使用する供試材は冷間圧延鋼板 SPCC(25×25
mm2、厚さ 1.2 mm、母材の硬さ 150 Hv)である。炭素含
有量は 0.02%と非常に低く、他の合金元素も含んでいない
ため、通常の窒化処理もしくは焼入れではほとんど硬化し
ない。このことは、本研究室においても確認済みである。
他処理で硬化困難な試料を本処理により硬化させること
図 3
で、安価な鉄鋼を高付加価値化することができると考え
略図。
SPCC を用いた。
試料表面はエメリー紙(#500~2000)と 0.3 μm のアル
Fig.3. Schematic of electrode nozzle of pulsed-arc
パルスアーク型プラズマジェットの電極ノズルの概
plasma jet
2/4
果硬さに偏りが出てしまったと推測される。そこでノズル
6
を離し中心温度を硬化に適した温度にすることで照射した
Voltage [kV]
4
点を狙って硬化出来るのではないかと予測を立てた。この
2
予測を実証するため、照射間距離を 4 mm、7 mm (以下 g =
0
4, 7 mm)と変化させて処理をした。その際の表面温度の時
間発展を中心と径方向 10 mm(以下 r = 0, 10 mm)の地点で
-2
測定した。それを図 6 に示す。
いずれの照射間距離でも 300 s ほどで最高温度に到達し
-4
飽和するような傾向を示した。また図2の初期実験(g = 4
-6
mm に対応)での最硬化領域である r = 10 mm における試料
Current [A]
1
温度が 600°C であることがわかる。さらに、g = 7 mm にす
ることにより r = 0 mm での温度をほぼ同様の値に制御す
ることができた。
0
<3.2 金属組織>
図 7 に試料断面の光学顕微鏡写真を示す。図 7(a) g = 4
mm、r = 0 mm ではマルテンサイトとは異なる組織が見ら
-1
れ、この地点での焼入れはされなかったと思われる。図 7(b)
Time [10 s/div]
図 4 印加電圧および放電電流特性波形。
Fig.4 Typical voltage and current waveforms.
r = 10 mm では図の矢印で示すように明瞭な粒界が確認で
き、表面側ではマルテンサイト様の組織が見られた。
図 7(c) g = 7 mm の r = 0 mm では矢印で示す通りマルテ
ンサイト様の組織が細かく形成されていることが最表面で
確認できた。図 7(d) r = 10 mm ではそのような変態は起き
ておらずマルテンサイトは形成されなかった。
図 7(b)と(c)の組織が同様にマルテンサイト様であり、前
節の温度も同様の値であり 600°C 前後であった。
<3.3 表面の硬さ分布>
断面の表面付近の硬さ分布を g = 4 mm, 7 mm を図 8 に
示す。縦軸は硬さを、横軸は試料表面の径方向位置を表わ
しており、原点は照射中心を示している。
図 5 石英カバーで覆われたノズル先端の概略図。
Fig.5 Schematic of nozzle cover.
処理後は硬さ測定のために試料を中心から切断しエポキ
シ樹脂に埋め、薄膜硬度計を用い断面のマイクロビッカー
ス硬さ試験を行った。
3.
実験結果
<3.1>処理温度の変化
本処理は局所的な熱プラズマ照射によるものであるため
図 6 処理中の試料表面の温度上昇。(a) g = 4 mm, (b) g = 7
処理中の試料表面には温度勾配が存在し、高温では導入原
mm。
子が必要以上に拡散してしまい濃度が低く、低温では原子
Fig.6 Increase in temperature on sample surface during
の拡散が停滞し高濃度になるという可能性がある。その結
treatment (a) g = 4 mm (b) g = 7 mm.
3/4
4.
まとめ
今回の実験によって初期実験に見られた相変態の不均一
性が、中心では高温による原子の過度な拡散、離れた点で
は低温による原子の停滞が原因で径方向に窒素濃度にむら
が出てしまうためだと結論した。今回行った温度測定から
硬化に最適な温度は約 600°C であることが判明し、実験で
は r = 0 mm の温度をその値まで抑えることで照射中心を
狙ったピンポイントな硬化を達成した。
謝辞
図 7 試料断面の金属組織。
Fig.7 Metallographic structure of sample cross-section.
本研究の遂行に当たり、サンティエ技研(株)
・金山伸幸
氏およびパーカー熱処理工業(株)
・渡邊陽一氏に大変貴重
なアドバイスを頂きました。ここに御礼を申し上げます。
本研究の一部は科学技術振興機構(JST)の A-STEP の
助成によるものです。
文
図 8 最表面から 10 m の深さにおける硬さ分布。(a) g = 4
献
(1) 松田祥太 奥宮正洋 稲葉孝二郎 孔正賢 恒川好樹「新 N クエン
チ法による鋼の表面硬化」日本熱処理技術協会講演大会講演概要集
p5-6 (2012)
(2) 中岡真悟 椛澤均 坂下武雄 「浸窒焼入れに及ぼす含有合金の影
響」日本熱処理技術協会講演大会講演概要集 p41-42 (2012)
(3) 渡辺輝興 「浸炭と浸窒の新たな概念と実際」アグネ技術センター
(4) H. Nagamatsu, R. Ichiki, Y. Yasumatsu, T. Inoue, M. Yoshida, S.
Akamine,
and
S.
Kanazawa:
“Steel
nitriding
by
atmospheric-pressure plasma jet using N2/H2 mixture gas”, Surf.
Coat. Technol.225, 26 (2013)
(5) R. Ichiki, H. Nagamatsu, Y. Yasumatsu, T. Iwao, S. Akamine,
and S. Kanazawa, "Nitriding of steel surface by spraying
pulsed-arc plasma jet under atmospheric pressure", Mater. Lett.
71, 134 (2012)
(6) 井上貴史,市來龍大,山本宏文,赤峰修一,金澤誠司:
「大気圧プラ
ズマジェットを用いた鉄鋼の浸窒焼入れ法の開発」,電気学会プラズ
マ研究会資料,PST-13-085 (2013)
(7) 千葉真, 宮本吾郎,古原忠「純鉄の浸窒焼入れ」日本金属学会誌 第
76 巻 p256-264 (2012)
mm, (b) g = 7 mm。
Fig.8 Hardness profiles at depth of 10 m from surface.
(a) g = 4 mm, (b) g = 7 mm.
図 8(a) r = 0 mm ではやはり硬化は見られなかった。一方
r = 10 mm の箇所で硬化が確認できた。
図 8(b)では r = 0 mm が硬化が確認でき、約 800 Hv 程の
硬化を達成していた。この値は過去報告のある窒素由来の
マルテンサイトの硬さとほぼ同値である(7)。一方 r = 10 mm
では硬さは上昇していなかった。
温度、金属組織、硬さの分布から、照射間距離に関わら
ず、処理温度が約 600°C の箇所のみ選択的にマルテンサイ
ト変態を起こすことが明らかとなった。
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