大気圧プラズマを用いたチタン合金 Ti-6Al-4V の窒化薄膜合成

PST-14-057
大気圧プラズマを用いたチタン合金 Ti-6Al-4V の窒化薄膜合成
吉光
祐樹*
市來
龍大
吉田 昌史(静岡理工科大学)
笠村
赤峰
康太郎(大分大学)
修一
金澤誠司(大分大学)
Synthesis of Nitride Thin Films of Ti-6Al-4V using Atmospheric-Pressure Plasma
Yuki Yoshimitsu*, Ryuta Ichiki, Kotaro Kasamura (Oita University)
Masashi Yoshida (Shizuoka Institute of Science and Technology), Shuichi Akamine, Seiji Kanazawa (Oita University)
Atmospheric-pressure plasma nitriding of the titanium alloys Ti-6Al-4V has been achieved by spraying pulsed-arc plasma jet
with N2/H2 mixture gas onto the surface. We successfully formed TiN and Ti2N layers on the sample surface. Moreover, the
diffusion layer was also formed, the hardness of which was increased from that of as-received titanium.
キーワード:窒化物合成,窒化チタン,表面改質,大気圧プラズマジェット,生体材料
(nitride formation, titanium nitride, surface modification, atmospheric-pressure plasma jet, biomaterials)
1.
研究背景
〈1・1〉チタン合金 Ti-6Al-4V
〈1・2〉既存の窒化処理法と大気圧熱プラズマを用いた新
しい窒化法
チタンとその合金はオーステナイト系ステンレス鋼に優
金属表面に窒化物を合成させる窒化処理はガス窒化法と
る耐食性を有し,軽金属の中では非常に高い強度をもつ。
低圧プラズマ窒化法の2つの方法が主流である。ガス窒化
また,チタンは人体に対する優れた生体適合性から人工
法は,密閉容器内に金属試料とアンモニアガスを入れ,容
骨・人工関節や歯科インプラントなど医療分野で広く利用
器を加熱して金属内部に自然に熱解離した N 原子を拡散浸
されている。中でも,チタンに Al を 6 %,V を 4 %添加さ
透させ窒化物を合成する方法である。
せたチタン合金 Ti-6Al-4V は α 相(hcp)と β 相(bcc)の特
一方,低圧プラズマによる窒化法は密閉容器内に金属試
徴をバランス良く組み合わせた合金であり,純チタンより
料を入れ真空引きをおこない,ガス窒化と同様に材料ガス
強度,加工性や溶接性に優れ,世界で使用されるチタン合
を導入する。その後,試料を DC あるいはパルス DC 電源に
金の 70 %以上を占める最も実用的な合金である(1)。生体材
より負にバイアスし,グロー放電を発生させる。その際,
料としてチタンを利用する際には,一般に想像される以上
生成された正イオン(主に N2+)をシース電界で加速させ,
の応力がかかることも多く,高強度を必要とする部分には
金属表面の酸化被膜をスパッタしながら効率的に窒化物を
チタン合金が利用され,このような用途の大多数にはこの
合成する方法である。近年では,この方法とは別にパルス
Ti-6Al-4V 合金が選ばれている。
変調型誘導熱プラズマを用いてチタンを数分で高速窒化さ
さらに,このチタン表面に TiN 薄膜を合成させると,そ
せるという画期的な研究もおこなわれている(7)。
の生体特性が向上するという報告がある。その代表的な報
本研究では,大気圧プラズマを用いることで従来の窒化
告例として,“ TiN が有害な口内細胞の付着を抑制する
法より簡便な処理を試みた。この大気圧プラズマによる窒
(2,3)
”,
“骨形成を担う骨芽細胞との親和性が向上する(4,5)”と
化法が確立できれば,医療用チタンのより簡易な臨床応用
いうものがあり,医療分野におけるアプリケーションとし
につながることが期待される。具体的な方法としては,パ
てさらなる期待が高まっている。また,臨床上の安全性か
ルスアーク型(PA)熱プラズマジェットを大気圧下でチタ
ら問題が生じているわけではないが,Ti-6Al-4V はその含有
ン試料に照射して窒化薄膜を合成させるというものであ
元素である V イオン溶出による毒性の懸念もある。TiN 薄
る。この PA 大気圧プラズマジェットには以下の利点があ
膜形成は耐食性の向上をおこなえることも報告されており
る。
(2,4)
,この懸念を取り除く有効な手段となる可能性がある。

大気圧プラズマ由来の高密度ラジカルを生成できる。
また TiN 薄膜形成により,チタンの弱点である摩耗特性の

パルス電源を用いることで,DC アークよりも低温で
改善,表面硬度のさらなる向上もおこなえる(6)。
プラズマジェットプルームを形成でき,金属表面の粗
1/4

化を抑制できる。
をおこなった試料には TiN 層と思われる層が確認できた。
低圧プラズマ窒化や蒸着技術において必要な真空装置
照射間距離を 3 mm にして処理をおこなった試料からは表
が不要。
面から上層化合物層,下層化合物層,拡散層がはっきりと
この PA プラズマジェットを用いた先行研究として,我々
観測でき(図 4 の矢印)
,上層と下層の化合物層の平均膜厚
および純チタン(JIS TP270)の窒
はそれぞれ 5 m,13m にも達した。このような多段化合
化(10,11)に成功しており,今回はより実用的なチタン材料であ
物層が形成されることは,他のチタン窒化の文献からも報
る Ti-6Al-4V 合金の窒化を試みた。
告されており(4),我々の試料においても上層が TiN 層,下層
(8,9)
は鉄鋼(JIS SKD61)
が Ti2N 層だと思われる。しかし,照射間距離を 7 mm にし
2. 実験概要
て処理をおこなった試料からは薄膜形成が観察できなかっ
た。
図 1 に PA プラズマジェットノズルの概略図を示す。同軸
図 5 は試料断面の硬度分布である。この硬度分布はヴィ
円筒型電極ノズル内に N2(99.5 %)
,H2(99.97 %)の混合
ッカース型薄膜硬度計を用いて測定し,グレースケールで
ガスを動作ガスとして導入している。動作ガスの全流量は
硬度を表している。図 5 から,PA プラズマジェットの照射
20 slm であり,水素の混合比を 1 %としている。PA 放電は
低周波パルス電源(plasmatreat, FG3001)を用いて発生させ,
Pulsed power source
そのアフターグローをチタン試料に照射する。図 2 に印加
N2/H2 mixture gas
電圧および放電電流の時間発展を示す(波高値 5 kV,放電
電流 1.2 A,パルス周波数 21 kHz)。
実験は残留酸素を動作ガスでパージするために密閉容器
Internal electrode
内でおこなった。この容器はあくまで残留酸素を追い出す
ためのものであり,容器内は大気圧である。
External electrode
供試材としてチタン合金 Ti-6Al-4V(Al:6 %, V:4 %, etc,
R4 mm
母材硬度:300 Hv0.01)を用いた。試料の寸法は 20×20×4 mm3
Electrode gap 20 mm
である。試料は表面をエメリー研磨紙#500,#1000,#2000
で研磨した後,0.3 m のアルミナ懸濁液で最終研磨を施し,
Jet orifice 4 mm in diam.
アセトン中で 10 min 超音波洗浄している。試料を密閉容器
中央に設置されている試料台に置き,PA プラズマジェット
を容器の上部から挿入し,2 h 照射する。
次項で述べる実験結果は試料と PA プラズマジェットの照
射間距離を 3 mm,5 mm,7 mm と変化させた際のものであ
図 1 PA プラズマジェットノズルの概略図。
Fig. 1 Schematic diagram of pulsed-arc plasma jet system.
る。試料の昇温は PA プラズマジェットによる加熱のみでお
6
こなわれており,その表面温度(ジェット照射中心の温度)
4
Voltage [kV]
はそれぞれ 970 ºC,875 ºC,785 ºC である。
3. 実験結果
2
0
-2
-4
〈3・1〉窒化チタン層
-6
照射間距離を 3 mm および 5 mm にして処理をおこなった
1
Current [A]
試料表面の中心は TiN 特有の黄金色に変化した。図 3 に試
料表面を XRD 分析した結果を示す。図 3 の XRD スペクト
ルから,照射間距離を 3 mm および 5 mm にして処理をおこ
なった試料は TiN が合成されていることが明らかになった。
0
-1
しかし,照射間距離を 7 mm にして処理をおこなった試料か
らは TiN スペクトルは確認できなかった。これは処理温度
Time [10 s/div]
が低すぎるため窒素の熱拡散が遅く,十分な窒化反応が進
図 2 印加電圧および放電電流波形。
んでいないことが主な原因だと考えられる。
Fig. 2 Typical waveforms of the applied voltage and discharge
〈3・2〉断面硬度分布
current.
図 4 に PA プラズマジェット照射中心の試料断面写真を示
す。図 4 から,照射間距離を 3 mm および 5 mm にして処理
2/6
…α-Ti
(a)
…β-Ti
…TiN
Intensity [a.u.]
(b)
…Ti2N
(c)
(d)
20
30
40
50 60
2[deg]
70
80
90
図 3 チタン表面の XRD 分析結果。(a) ジェット照射間距離 3 mm,(b) ジェット照射間距離 5 mm,(c) ジェット照射間距離 7
mm。(d) 未処理 Ti-6Al-4V。
Fig. 3 X-ray diffraction patterns of titanium surface. Spraying gap of PA plasma jet is (a) 3 mm. (b) 5 mm (c) 7 mm, respectively. (d)
Untreated titanium sample.
(a)
(b)
resin
resin
(c)
resin
図 4 PA プラズマジェット照射中心の試料断面写真。(a) ジェット照射間距離 3 mm,(b) ジェット照射間距離 5 mm,(c) ジェ
ット照射間距離 7 mm。
Fig. 4 Metallographic micrographs of the sample surface cross-section taken in the vicinity of the center of PA plasma jet-spraying.
Spraying gap of PA plasma jet is (a) 3 mm. (b) 5 mm (c) 7 mm, respectively.
3/4
間距離を 3 mm および 5 mm にして処理をおこなった試料は
表面硬度が部分的に上昇したことがわかった。照射間距離 3
Kanazawa : “Nitriding of Pure Titanium using Pulsed-Arc
Atmospheric-Pressure Plasma Jet”, Abstract of 8th International
Conference on Reactive Plasmas, 6P-AM-S06-P14 (2014).
mm にして処理をおこなった試料は最高硬度が 1000 Hv0.01
以上にも達し,拡散層も含めてある程度の範囲において硬
化することがわかった。しかし,図 5(c)からわかるように,
照射間距離を 7 mm にして処理をおこなった試料は表面硬
度の上昇が見られず,これは図 4(c)の結果とも矛盾しない。
4. まとめ
N2/H2 混合ガスを動作ガスとしたパルスアーク型熱プラ
ズマジェットを大気圧下で照射することで,実用チタン合
金 Ti-6Al-4V の窒化薄膜の合成に成功した。照射間距離が短
い高温条件下では,窒化反応が積極的に起こっていること
(a)
がわかった。
現在の実験系ではプラズマジェットの照射間距離を変え
ると,処理温度だけでなく窒化に寄与するラジカル種の密
度も同時に変化してしまうと考えられる。また,一般的に
チタンの窒化処理温度は 1000 ºC 以上と高温なため,照射し
た狭い範囲にしか窒化薄膜が合成できない。そこで,現在
は高温外部ヒーターを導入し温度制御をおこなうことで,
それらの問題の改善を図っている。
文
献
日本チタン協会編:「現場で生かす金属材料シリーズ チタン」,丸
善出版,pp.27 (2011)
(2) N. Lin, X. Huang, X. Zhang, A. Fan, L. Qin, and B. Tang : “In vitro
assessments on bacterial adhesion and corrosion performance of TiN
coating on Ti6Al4V titanium alloy synthesized by multi-arc ion plating”,
Appl. Surf. Sci. 258, 7047 (2012).
(3) A. Fan, H. Zhang, Y. Ma, X. Zhang, J. Zhang, and B. Tang : “Bacteria
Adherence Properties of Nitrided Layer on Ti6Al4V by the Plasma
Nitriding Technique”, J. Wuhan Univ. Technol.-Mater. Sci. Ed. 28, 1223
(2013).
(4) H.-H. Huang, C.-H. Hsu, S.-J. Pan, J.-L. He, C.-C. Chen, and T.-L. Lee :
“Corrosion and cell adhesion behavior of TiN-coated and ion-nitrided
titanium for dental applications”, Appl. Surf. Sci. 244, 252 (2005).
(5) M. Wang, Y. Ning, H. Zou, S. Chen, Y. Bai, A. Wang, and H. Xia : “Effect
of Nd:YAG laser-nitriding-treated titanium nitride surface over Ti6Al4V
substrate on the activity of MC3T3-E1 cells”, Bio-Med. Mater. Eng. 24,
643 (2014).
(6) F. Yildiz, A.-F. Yetim, A. Alsaran, and A. Çelik : “Plasma nitriding
behavior of Ti6Al4V orthopedic alloy”, Surf. Coat. Technol. 202, 2471
(2008).
(7) Y. Tanaka, T. Muroya, K. Hayashi, and Y. Uesugi : “Control of Nitrogen
Atomic Density and Enthalpy Flow into Reaction Chamber in Ar/N2
Pulse-Modulated Induction Thermal Plasmas”, IEEE Trans. Plasma. Sci.
35, 197 (2007).
(8) H. Nagamatsu, R. Ichiki, Y. Yasumatsu, T. Inoue, M. Yoshida, S. Akamine,
and S. Kanazawa : “Steel nitriding by atmospheric-pressure plasma jet
using N2/H2 mixture gas”, Surf. Coat. Technol. 225, 26 (2013).
(9) 市來龍大,永松寛和,井上貴史,山本宏文,吉田昌史,赤峰修一,
金澤誠司,「大気圧プラズマジェットによる金型や摺動部材の表面
硬化法」,ケミカルエンジニヤリング 58 , 868 (2013).
(10) Y. Yoshimitsu, R. Ichiki, M. Yoshida, S. Akamine, and S. Kanazawa :
“Plasma Nitriding of Non-Ferrous Metals with Atmospheric
Atmospheric-Pressure Plasma Jet”, Proceedings of International
Symposium on Dry Process, 115 (2013).
(11) Y. Yoshimitsu, R. Ichiki, S. Kanda, M. Yoshida, S. Akamine, and S.
(1)
(b)
(c)
図 5 チタン試料の断面硬度分布。横軸の径方向 0 mm 地点
が PA プラズマジェットの照射中心。 (a) ジェット照射間距
離 3 mm,(b) ジェット照射間距離 5 mm,(c) ジェット照射
間距離 7 mm。
Fig. 5 Hardness profiles of the sample cross-section. Spraying
gap of PA plasma jet is (a) 3 mm. (b) 5 mm (c) 7 mm,
respectively.
4/4