大気圧プラズマジェットによる窒化アルミニウム薄膜合成の試み

PST-13-070
PPT-13-055
ED-13-060
大気圧プラズマジェットによる窒化アルミニウム薄膜合成の試み
吉光
祐樹*
吉田
赤峰
市來
龍大(大分大学)
修一
昌史(静岡理工科大学)
金澤
誠司(大分大学)
Synthesis of aluminum nitride thin film with atmospheric-pressure plasma jet
Yuki Yoshimitsu*, Ryuta Ichiki (Oita University)
Masashi Yoshida (Shizuoka Institute of Science and Technology)
Shuichi Akamine, Seiji Kanazawa (Oita University)
Our aim in this research is to synthesize aluminum nitride thin film on the surface of aluminum by using a
pulsed-arc (PA) atmospheric-pressure plasma jet. We performed plasma nitriding with nitrogen, hydrogen, and
argon mixture gas as the operating gas, and confirmed that N atoms can be diffused into aluminum alloy
(A5083) with EPMA.
キーワード:大気圧プラズマジェット,窒化アルミニウム,ヒートシンク
(atomospheric-pressure plasma jet, aluminum nitride, heatsink)
1.
研究背景
は銅製ヒートシンクよりも熱伝導率は劣るが,それよりも
はるかに軽いため部品を軽量化するためには欠かすことが
〈1・1〉プラズマによる金属材料の表面改質
できない。ヒートシンクは大出力 LED いわゆるパワーLED
現在,プラズマ科学はナノエレクトロニクス,医療,バ
にも取り付けられている。パワーLED の電子基板構成を図
イオなどさまざまな分野で応用されており,新たな開発や
1(a)に示す。このように,半導体素子のヒートシンクとして
さらなる改善を求めて日々研究され続けている。一方,我々
用いる場合は,半導体素子の配線とヒートシンクがショー
の生活においてとても広く利用されている金属材料は,産
(a)
(b)
業界においてプラズマによる表面改質が施されているもの
が多く存在する。特に,自動車産業ではプラズマ拡散によ
る窒化処理や PVD によって金属の耐摩耗性,耐食性などの
機械特性を向上させる表面改質技術は必要不可欠である(1)。
我々が研究を行っている窒化処理では,このように金属の
機械特性を向上させるという目的が一般的である。しかし,
金属表面に窒化物を合成することで新しい機械的性質を付
与し,熱伝導率,電気伝導性・絶縁性,放熱性などの機能
性を向上させるという目的でも窒化物合成技術は注目され
ている。
アルミニウム表面に窒化アルミニウム(AlN)薄膜を合成
すると,アルミニウム本来よりも熱伝導率,放熱性を向上
させることができ,同時に電気絶縁性という新しい性質を
図 1 パワーLED の電子基板構成。(a) 現状の電子基板構
付与することができると考えられている。アルミニウムは
成。(b) 理想的な電子基板構成。
自動車・航空機材料,アルミ缶,アルミ箔といった非常に
Fig. 1
身近な金属であるが,その優れた熱伝導率からヒートシン
(a) Present electronic substrate structure. (b) Ideal
クとしても利用されている。アルミニウム製ヒートシンク
electronic substrate structure.
Electronic substrate structure of power LED.
1/4
トしないようにその間に絶縁部品を介在させる必要があ
とが最終目標であるが,現在我々が開発した PA 大気圧プラ
る。しかし,アルミニウム製ヒートシンク表面に窒化アル
ズマジェットによってこれが可能であるかを調査するため
ミニウム薄膜の合成が達成できれば,それだけで電気絶縁
にプラズマジェットの動作ガス種,ガス流量比を変化させ
性が得られるため,図 1(b)に示すように絶縁部品も不要に
て実験をおこなった。図 2 にプラズマジェットノズルの概
なり熱伝導率と放熱性も向上することができる。
略図および印加電圧,放電電流の時間発展を示す。同軸円
筒型電極ノズル中に N2(99.99%),H2(99.97%)
,そして
〈1・2〉低圧プラズマによる窒化物合成
Ar(99.99%)を導入し,パルス電源(波高値 4.5 kV,パル
アルミニウムは表面に結合力の強い緻密な酸化アルミニ
ス幅 数 µs,周波数 21 kHz)を用いて放電電流 1 A のパル
ウム(Al2O3)被膜を形成するため,この酸化被膜が障壁と
スアーク放電を発生させ,ノズル先端からプラズマジェッ
なってアルミニウム表面に N 原子を熱拡散させることが難
トを噴射させる。処理雰囲気中を窒素パージし再酸化をで
しい。この問題点を克服するためには低圧プラズマを用い
きるだけ防ぐため,図 3 に示すように密閉容器内で実験を
る必要がある。この低圧プラズマによる方法では,真空容
器内に金属試料を入れ真空引きをおこない,金属試料を負
(a)
にバイアスし DC グロー放電によって生成された正イオン
(主に N2+)でスパッタリングを行うことで酸化被膜を除去
しながら窒化物を合成する。アルミニウムのように酸化し
やすい金属は Ar によるプレスパッタリングを行ってから同
様の処理を行う(2)。
しかし,この方法は電界でイオンを加速させて酸化被膜
をスパッタするという性質上,放熱表面積をかせぐために
複雑形状をしているヒートシンクをターゲットにすると,
エッジ効果により尖った部分にのみ電界集中してしまい,
ヒートシンクの溝部分に窒化薄膜を合成することが難し
い。また,低圧にするための真空引き,試料の昇温,実処
理,試料の冷却と 1 工程に要する時間が約 10 h と長時間で
あることも欠点である。
〈1・3〉大気圧熱プラズマジェットによる窒化物合成
我々はこれまでパルスアーク型(PA)大気圧プラズマジェ
(b)
ットを用い,大気圧下におけるプラズマ窒化技術の開発を
おこなってきており,鉄鋼(SKD61)の窒化を達成してい
ウムの窒化物合成に応用することを試みた。この PA 大気圧
プラズマジェットは以下の利点がある。
 大気圧プラズマ由来の高密度ラジカルにより高速
4
Voltage [kV]
る(3,4)。我々はこの PA 大気圧プラズマジェットをアルミニ
で窒化物を合成することが見込める。
2
0
-2
-4
 大気圧下で処理がおこなえるため,イオン窒化にお
1
 低圧プラズマによる方法では難しいとされるヒー
トシンクの溝にも PA プラズマジェットを照射する
ことで,窒化物を合成できる可能性がある。
これらの PA 大気圧プラズマジェットの特性を利用する
Current [A]
いて必要であった真空系が不要。
0
-1
ことで,我々はアルミニウムの大気圧プラズマ窒化を目標
Time (10 s/div)
としている。さらに,成形後のアルミニウム製ヒートシン
クに PA 大気圧プラズマジェットを照射するという後処理
によって既存のヒートシンクの性能向上が見込めるところ
図 2 パルスアーク型プラズマジェット。(a) 電極ノズルの
に最大の利点がある。
概略図。(b) 典型的な印加電圧および放電電流波形。
2.
実験方法
上記のアルミニウムの大気圧プラズマ窒化を達成するこ
Fig. 2
Pulsed-arc plasma jet. (a) Discharge electrode
and plasma jet nozzle. (b) Typical voltage and current
waveforms.
2/4
を試みた。アルゴンはペニング効果より N2 や H2 のラジカ
ル密度を高くすることができると考えられる。これを利用
することでアルミニウム表面での反応活性化を図った。Ar
を 15 slm でプラズマジェットノズルに導入し,動作ガスの
全流量を一定とするために N2 は 5 slm まで減らし,H2 は
同様に 0.22 slm とした。図 6 に Ar 添加によって 2 h 処理
を施した試料の EPMA 分析結果を示す。N2 流量を先ほどと
(a)
(b)
図 3 密閉容器の写真。
Fig. 3
Photograph of air-tight container
図 4 試料表面の写真。(a) 未処理。(b) 処理後。
おこなった。つまり,この密閉容器はあくまで残留酸素を
追い出すためのものであり,真空引きをしているわけでは
Fig. 4
ない。
(a) Untreated sample. (b) Treated sample.
供試材としてアルミニウム合金 A5083(Mg 4.5 %, Mn
0.73 %, 寸法 20×20×5 mm3)を用いた。その試料表面を
Photograph of the surface of aluminum sample.
(a)N
(b)N
(c)O
(d)O
#500 エメリー研磨紙で研磨している。試料を密閉容器内に
設置している試料台に置き,プラズマジェットノズルとの
距離を 10 mm に固定する。試料温度はプラズマジェットに
よる自己加熱と試料台上のセラミックヒーターによって
530°C に保たれている。
3.
実験結果
プラズマジェットの動作ガスとして N2 20 slm,H2 0.22
slm を導入して 2 h 処理をおこなった試料表面の外観を図 4
に示す。ここで,動作ガスとして H2 を添加しているのはア
ルミニウム表面の酸化被膜の還元除去を図るためであり,
N2 との流量比はこれまでおこなってきたプラズマジェット
図5
EPMA による面分析結果。(a)処理前の窒素濃度分布。
による鉄鋼の窒化処理の研究において最適であった値を採
(b) 処理後の窒素濃度分布。(c) 処理前の酸素濃度分布。(d)
用している(3,4)。図 4 から処理後の試料表面が黒色に変化し
処理後の酸素濃度分布。
ていることが確認できる。プラズマによって合成された窒
Fig. 5
化アルミニウムは黒色を呈することが報告されており(5),そ
concentration of untreated sample. (b) N concentration of
れと同様の傾向が得られた。図 5 は電子プローブマイクロ
treated sample. (c) O concentration of untreated sample.
アナライザ(EPMA)によって試料表面を面分析した結果
(d) O concentration of treated sample.
EPMA mapping of the sample surface. (a) N
を示している。ここで,各濃度分布はグレースケールで表
しており,黒ければより高濃度であることを表している。
(b)O
(a)N
この図 5(a), (b)の窒素濃度分布の分析結果は,プラズマジェ
ットの照射によってアルミニウム表面へ N 原子を拡散させ
ることに成功したことを示している。しかし,図 5(c), (d)
の酸素濃度分布の分析結果では,この処理によってアルミ
ニウムの表面酸化も非常に進行したことを示している。 さ
らに,N 原子拡散に成功したものの,それでもなお低濃度
図6
であるため処理中の酸化被膜の除去率を向上させること
濃度分布。(b) 酸素濃度分布。
が,さらなる窒化アルミニウム薄膜の成長につながると考
Fig. 6
える。
nitriding by adding argon gas. (a) N concentration. (b) O
そこで我々は,プラズマジェットの動作ガスに Ar の添加
Ar 添加による処理後の EPMA 面分析結果。(a)窒素
EPMA mapping of the sample surface after
concentration.
3/4
比べて 4 分の 1 まで減らし 5 slm としたが,同様にアルミ
Al-Al 結合
(a)
Al-O 結合
Intensity[a.u.]
ニウム表面に N 原子を拡散させることに成功した。酸素濃
度も同様に高くなっているが,図 5(d)の結果よりも若干低
濃度であった。H2 流量は変化させていないのにもかかわら
ず,表面の酸素濃度の低下につながったのはアルゴンのペ
ニング効果が深く関わっている可能性がある。この試料の X
線光電子分光(XPS)による分析結果を図 7 に示す。Al-N
の結合エネルギーは 74.4eV,Al-O 結合は 75.0 eV,Al-Al
結合は 72.7 eV である(6)。しかし,処理前の試料は Al-Al 結
78
合が支配的であり Al-O 結合も確認できたのに対し,処理後
76
74
72
70
Binding energy[eV]
の試料は Al-N 結合スペクトルが Al-O 結合スペクトルに埋
もれており確認することができなかった。さらに,処理中
(b)
4.
Al-O 結合
Intensity[a.u.]
の酸化被膜の除去効率を上げる必要がある。
まとめ
N2/H2 混合ガスを動作ガスとしたパルスアーク型熱プラズ
マジェットの大気圧下での照射により,アルミニウム表面
に N 原子を拡散させることに成功した。N2/H2/Ar 混合ガス
を動作ガスとすると,H2 流量を変化させずともアルミニウ
Al-Al 結合
ム表面の酸素濃度の低下が見られた。処理中においてアル
ミニウム表面の酸化被膜の除去効率を向上させるために,
78
プラズマ源を最適化していきたいと考えている。
文
献
(1) K.-T. Rie: “Recent advances in plasma diffusion processes”, Surf.
Coat. Technol, 112, pp. 56-62 (1999)
(2) 太刀川 英男:
「アルミニウム合金のイオン窒化」,豊田研究所 R&D
レビュー,27 ,4,pp. 49-59(1992)
(3) R. Ichiki, H. Nagamatsu, T Iwao, S. Akamine, and S. Kanazawa:
“Nitriding of steel surface by spraying pulsed-arc plasma jet
under atmospheric pressure”, Mater. Lett, 71, pp.134-136 (2012)
(4) H. Nagamatsu, R. Ichiki, Y. Yasumatsu, T. Inoue, M. Yoshida, S.
Akamine,
and
S.
Kanazawa:
“Steel
nitriding
by
atmospheric-pressure plasma jet using N2/H2 mixture gas”, Surf.
Coat. Technol, in press. (DOI: 10.1016/j.surfcoat.2013.03.012)
(5) 劉 莉:「プラズマ窒化処理した AC4C および AC9B アルミニウム
合金の表面微細組織と摩耗特性」,軽金属,56,10,pp. 527-532
(2006)
(6) S. Gredelj, A R. Gerson, S. Kumar, and N. S McIntyre: “Plasma
nitring and in situ characterisation of aluminium”, Applied
Surface Science, 199, pp.234-247 (2002)
76
74
72
70
Binding energy[eV]
図7
XPS 分析結果。(a) 処理前の試料。(b) アルゴン添
加による処理後の試料。
Fig. 7
Al 2p photoelectron spectrum with XPS.(a)
Untreated sample. (b) Treated sample by adding argon
gas.
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