コーシーの積分定理の証明(専門的すぎないアプローチ) §0 目標と方針 以下,曲線はすべて区分的になめらかなものとし,いちいちそれを断らない。 「単純閉曲線」 ・・・自分自身と,交わったり接したりしない閉曲線。 「D 上の正則関数」 ・・・D 上で定義され,D の各点において複素微分可能な関数。 (ただし D は複素平面における開集合とする) コーシーの積分定理(→注 1) Γ : 複素平面内の単純閉曲線 f (z) : Γ で囲まれる部分の近くで正則 ⇒ ∫Γ f ( z) dz = 0 ・・・(1) f が正則な領域 (破線の内側) Γ ( 実線 ) Γ で囲まれる部分 ( 境界は当面含めない ) (以下の方針) コーシーの積分定理を,このまま完全な姿で証明できれば,すっきりして言うことなしである。 しかし,数学の専門的訓練の裏づけがないと,それはむずかしい。 "あらゆる単純閉曲線"を論じるには,感覚的な推論だけでは限界があるのだ。 また,実用上考えなければならない単純閉曲線はごく限られているので, あまり大げさな一般論は避けたい。 だから,われわれ(筆者と読者のことですよ)は,完全な証明を目指さないで, 容易なケースを主体にして,あまり専門的にならずにできる範囲でやってみたい。 §1 で,まず扱いやすいケースを証明する。(→注 2,3) この部分が本質的である。ここまででも十分かもしれない。 §2 で,より一般的なケースへと拡張する方法を,例で説明する。。 それにより,コーシーの積分定理はつねに成り立ちそうだ,という感じが得られると思う。 §3 で,上述のコーシーの積分定理をすこし控えめにした命題を立て,証明を与える。 われわれに必要なケースはすべてカバーできるので,論理的な不備はないはずである。 それどころか,ほんのひと手間加えるならば,証明を完成させることさえできる。 それをしないのはもったいないが,もう十分と思われるので,あえてしない。 (注 1) コーシーの積分定理というとき,つぎの仮定で述べられることもある。 D : 複素平面内の単連結領域 ←直感的にいえば,穴のない領域のこと f (z) : D 上の正則関数 Γ : D 内の閉曲線 ←単純閉曲線に限定しない このほうが適用範囲がすこし広い。しかし,さほどの隔たりはない。 (注 2) この扱いやすいケースにおいて,われわれは "グリーンの公式" を導き, "グリーンの公式" と "コーシー・リーマンの方程式" から,(1)を導く。 もしグリーンの公式を既知とするなら,コーシーの積分定理は直ちに得られる。 (注 3) なお,以下の議論全体は,ほとんどそのままで,グリーンの公式に対する "ほぼ完全" な証明に読み直すことができる。 → 補足 2 を参照 §1 本質部分の証明 いちいち断らなくても,つぎの前提で考える : ・ Γ は(区分的になめらかな)単純閉曲線 ・ 単純閉曲線の向きは,特に断らないときは左回り ・ D は Γ で囲まれる部分(境界を含めない) ・ u(x, y) 等は D の近くで定義された関数で,1 階偏導関数が連続. 実数値関数を用いて f (z ) = u( x , y)+i v( x , y) ∫Γ f dz = ∫Γ (u+i v)(dx+i dy) = (∫ Γ ( z = x+i y ) と表すとき, dx や dy については u dx − ∫Γ v dy ) + i ( ∫Γ u dy + ∫Γ v dx ) 補足 1 を参照 ・・・(2) ゆえに(1)は,つぎの(3)かつ(4)と同等である。 ∫Γ u dx − ∫Γ v dy = 0 ・・・(3) ∫Γ u dy + ∫Γ v dx = 0 ・・・(4) ここでいったんコーシーの積分定理からはなれて,線積分 ∫Γ u dx 等を変形してみる。 扱いやすいケースとして,Γ が図のように x=a , x=b , y=ϕ1 ( x ) , y=ϕ2 ( x) の各部分からなるとき, b b ∫Γ u dx = −∫a u( x , ϕ2 ( x ))dx + ∫a u ( x , ϕ1 ( x )) dx (→注 4) y=φ2(x) b = −∫a {u( x , ϕ2 ( x ))−u( x , ϕ1( x))}dx b = −∫a (∫ ϕ (x) 2 ϕ1( x) ) ∂u ( x , y ) dy dx (→注 5) ∂y x=a x=b y=φ1(x) ∂u = −∬D ( x , y)dxdy ∂y (注 4) x が一定の部分では dx=0 . (注 5) 一時的に x を定数と考えて, y 1=ϕ1 (x ) , y 2=ϕ2 ( x) とおくとき y 2 ∂u u ( x , y 2 )−u (x , y 1) = ∫y ( x , y ) dy 1 ∂ y 一方,Γ が図のように y=c , y=d , x=ψ1 ( y) x=ψ2 ( y ) y=d の各部分からなるとき,上と同様にして d d x=ψ1(y) ∫Γ u dy = ∫c u(ψ2 ( y ) , y)dy − ∫c u ( ψ1( y) , y ) dy x=ψ2(y) d ψ ∂u = ∫c ∫ψ 2 ( x , y ) dx dy 1 ∂x y=c ∂u = ∬D (x , y ) dxdy ∂x ( ) ところで,Γ はどんな形状であればよいのだろうか。 あれこれ考えてみると,つぎの条件(C1),(C2)に落ち着くであろう。 (C1) 虚軸(y 軸)に平行な直線と Γ の共有点は高々 2 点である。 (ただし,左右の両端は除く。) (C2) 実軸(x 軸)に平行な直線と Γ の共有点は高々 2 点である。 (ただし,上端と下端は除く。) 以上をまとめると ∂u Γ が(C1)を満たすとき ∫Γ u dx =−∬D ∂ y dxdy ・・・(5) Γ が(C2)を満たすとき ∫Γ u dy = ∬D ∂ x dxdy ・・・(6) ∂u ただし u ( x , y ) は,(1 階偏導関数が連続な)任意の関数である。 (注) (5),(6)は「グリーンの公式」といい,本当は Γ が任意の単純閉曲線のとき成り立つ。 →補足 2 を参照 さて,コーシーの積分定理に戻ろう。われわれはつぎを得る。 命題 1 : コーシーの積分定理(発展途上型) Γ : 複素平面内の単純閉曲線で,(C1),(C2)を満たす f (z) : Γ で囲まれる部分の近くで正則 ⇒ ∫Γ f ( z) dz = 0 (証明) 公式(5),(6)を u や v の線積分に用いると,(3),(4)の左辺はそれぞれ ∫Γ u dx − ∫Γ v dy = −∬D ∂∂ uy + ∂∂ vx dxdy ・・・(7) ∫Γ u dy + ∫Γ v dx = ∬D ∂∂ ux − ∂∂ vy dxdy ・・・(8) ∂u ∂v ∂u ∂v = =− f が正則関数のとき, , (コーシー・リーマンの方程式) ∂x ∂ y ∂y ∂x であるから,(7),(8)はともに 0 となり,(3),(4)が成り立つ。(証明終) ( ( ) ) これで,コーシーの積分定理の証明の本質部分は終わったことになる。 ただし,われわれが必要とするものに限っても,このままでは適用できないケースがある。 そのあたりを,次節以下で考えていきたい。 (蛇足) 正則とは限らない複素関数 f (z ) = u( x , y)+i v( x , y) ( z= x+i y ) に対して,(2),(7),(8)より ∂v − ∫Γ f dz = ∬D − ∂∂ uy + ∂∂ vx + i ∂u ∂x ∂ y [( ) ( )] dxdy (→補足 2) が導かれる。 条件(C1),(C2)の役割について 命題 1 では(C1),(C2)を仮定したが,これらは命題の結論を成り立たせるためというよりも, 成り立つかどうかを調べるための仮定であった。具体的にいえば,式(3),(4)に現れる線積分を 書きなおすために用いただけである。 ※こういうのを「技術的な仮定」という。 次節以下では,命題 1 を手がかりにして,(C1),(C2)が成り立たないケースを攻略していく。 §2 命題 1 の拡張の例 前節の(C1),(C2)を満たす例は多い。 ・広義の凸曲線 (三角形, 円の切片などを含む) ・その他,図のような種々の閉曲線 他方,(C1),(C2)を満たさないような閉曲線でも, うまく工夫して命題 1 を適用する方法がある。。 例 1 図のような単純閉曲線 Γ = APBCQD を考える。 Γ は(C2)を満たさないので,そのままでは命題 1 を適用できない。 そこで,P と Q の 2 点で Γ を分割し,線分 L = PQ を補って 2 つの閉曲線 Γ1 = APQD , Γ2 = PBCQ を作るとき, ∫Γ f ( z)dz = ∫Γ f (z ) dz + ∫Γ f (z ) dz 1 Γ P Γ2 L Q 2 C D B となる。なぜなら,右辺において,線分 L 上の積分は両方向に 1 回ずつ現れるので打ち消しあい,残りが Γ 上の積分に一致するからである。 このとき, Γ1 と Γ2 はともに(C1),(C2)を満たす。ゆえに命題 1 より,Γ で囲まれる部分の 近くで f が正則であるならば ∫Γ f dz = 0 が成り立つ。 Γ1 A 例 2 (単純閉曲線 Γ が折れ線の場合) Γ で囲まれる部分を有限個の三角形に分割し,それらの周を それぞれ Γ1 ,⋯, Γ n とする。このとき ・・・(9) ∫Γ f dz = ∑ ∫Γ f dz j j が成り立つことを,以下に示そう。 右辺に現れる積分経路は,つぎの 2 種の線分に分けられる。 (a) Γ の一部であるもの , (b) 2 つの三角形の境界であるもの このうち(b)に属する線分上では,両方向に 1 回ずつ積分されるので,和は 0 である。 ゆえに(a)のみ考えればよいので,左辺に一致し(9)が成り立つ。 各 Γj は三角形なので(C1),(C2)を満たす。したがって,f が正則であるならば, (9)と命題 1 より ∫Γ f dz = 0 を得る。 つぎの例は,そもそもコーシーの積分定理の範囲外であるが,それほど違いはない。 例 3 (穴のあいた円) 円 C1 の内部に円 C2 があるとし,はさまれた部分を D とする。 図のように閉曲線 Γ1 , Γ2 , Γ3 , Γ4 を作れば ∫C 1 f dz − ∫C f dz = 2 4 ∑ ∫Γ j=1 f dz C2 j 各 Γj は(C1),(C2)を満たすので,D の近くで正則な f に対して ∫C f dz − ∫C f dz = 0 ∴ ∫C f dz = ∫C f dz 1 2 1 2 (注) C2 の内側(穴の部分)では f (z) が正則と仮定していない。 したがって,一般には ∫C f dz = ∫C f dz ≠ 0 である。 1 Γ1 Γ2 2 Γ3 Γ4 C1 §3 ほぼコーシーの積分定理 前節の内容の一般化を試みる。 ここでは,正式ではないつぎの用語を使う。(だいたい通じると思う。) 用語 (一般の)曲線 Γ に対して Γ が「右上がり」 ⇔ Γ 上の任意の(相異なる)2 点(x1 ,y1),(x2 ,y2)に対して (x1<x2 かつ y1<y2) または (x1>x2 かつ y1>y2) Γ が「右下がり」 ⇔ Γ 上の任意の(相異なる)2 点(x1 ,y1),(x2 ,y2)に対して (x1<x2 かつ y1>y2) または (x1>x2 かつ y1<y2) Γ が「単調」 ⇔ Γ が右上がりまたは右下がり (注) つぎの同値関係が成り立つ : Γ が単調 ⇔ 座標軸に平行な直線と Γ の共有点は高々1個 命題 2 : ほぼコーシーの積分定理 Γ : 線分または単調な曲線を,高々有限個つなげて作られる単純閉曲線 f (z) : Γ で囲まれる部分の近くで正則 ⇒ ∫Γ f ( z) dz = 0 鋭角な折り返し (証明) Γ で囲まれる部分を D で表す。 選んだ曲線部分 Γ に線分以外の単調な曲線部分があれば,ひとつ選ぶ。 座標軸に平行な線分(図の破線)で D を分割することにより, この曲線部分を切り離す。 ただし,この曲線部分の端が鋭角な折り返しである場合は, 図のように折り返し部分ごと切り離すことにする。 (注) ここで 「鋭角な折り返し」というのは,折り返し点を原点と 考えたとき,Γ や D が折り返し点付近でひとつの象限に 含まれることを表す。 残った部分が多角形になるまで,この操作をくりかえす。(有限回で終わる。) 最後に残った多角形を,有限個の三角形に分割する。 すると,分割されてできた各々の図形の周囲は,線分または単調な曲線を 3 本つなげた単純閉曲線であるから,(C1),(C2)をみたす。 したがって,あとは前節の例 2 と同様である。(証明終) 命題 3 (われわれがよく用いるケース) Γ : 線分または円弧を,高々有限個つなげて作られる単純閉曲線 f (z) : Γ で囲まれる部分の近くで正則 ⇒ ∫Γ f ( z)dz = 0 (証明) 任意の円弧は,高々 4 本の単調な曲線をつなげて作られる。 したがって命題 2 を適用できる。 (証明終) ここでは述べないが,命題 2,3 を拡張して,前節の例 3 のように穴があいているケースに ついても,同様の命題が同じ論法で証明できる。(穴は複数個でもよい。) [補足 1 : 線積分] 設定 Γ : 複素平面内の,区分的になめらかな曲線 (向きが定められているとする) f (z) : Γ 上で定義されている連続関数 zn 線積分の定義 Γ の向きに沿って,つぎのような細かな分点を設ける : z 0 , z 1 , z 2 ,⋯ , z n ( z k =x k +i y k ) z0 z1 Γ z2 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 始点 終点 また,各 k に対し,zk-1 と zk の間の Γ 上に ζ k を任意にとる。 そこで,各種の線積分を,つぎのように定義する : ∫Γ n ※ 右辺は分割を限りなく細かくするときの 極限を表す。(必ず収束する。) f ( z) dx = lim ∑ f (ζ k )( x k − x k−1) k=1 n ∫Γ f ( z) dy = lim ∑ k=1 n f (ζ k )( y k − y k −1 ) ∫Γ f ( z) dz = lim ∑ f (ζ k)( z k −z k −1) k =1 パラメータ t によって, Γ= { z (t) : a≤t≤b } , z (t )=x (t)+i y( t) と表されるとき, 上の線積分はそれぞれつぎの式で表される。これを定義と考えてもよい。 b ∫Γ f ( z) dx = ∫a b ∫Γ f ( z) dy = ∫a b ∫Γ f ( z) dz = ∫a dx dt dt dy f (z (t)) dt dt dz f ( z (t)) dt dt f (z (t)) ※省略形(あるいは象徴的表現)で dx = dx dy dz dt , dy = dt , dz = dt dt dt dt と表すことがある。 (注) 複素平面でなく x-y 平面でも,dx や dy については同じように考えればよい。 すなわち,上の zk や ζ k を,それぞれ (xk , yk) や (ξ k , η k) 等で置き換えればよい。 (性質 1) 容易にわかるように ∫Γ f ( z) dz = ∫Γ f ( z)dx+i ∫Γ f ( z)dy (このことを dz =dx+i dy と表す。) (性質 2) 曲線 Γ が y=ϕ( x) , a≤ x≤b と表されるときは Γ = {( x , ϕ( x)) : a≤x≤b } (ただし x=a の方を始点とした) であるから b ∫Γ u( x , y)dx = ∫a u (x , ϕ( x)) dx つまり, x の関数として普通に積分すればよい。 [補足 2 : グリーンの公式 + α ] 断らなくてもつぎの前提で論じる : Γ : x-y 平面(または複素平面)内の単純閉曲線 D : Γ で囲まれる部分 u(x, y) 等は,D の近くで定義され,1 階偏導関数が連続な実数値関数 つぎの事実が成り立つ。 (グリーンの公式) ∂u ∫Γ u dx =−∬D ∂ y dxdy , ∂u ∫Γ u dy = ∬D ∂ x dxdy ・・・(10) (再出) また,グリーンの公式より,正則とは限らない複素関数に関してつぎが導かれる。 (拡大版?コーシーの積分定理) 複素関数 f (z ) = u( x , y) + i v (x , y ) ( z= x+i y ) に対して ∂v − dxdy ∫Γ f dz = ∬D − ∂∂ uy + ∂∂ vx + i ∂u ∂x ∂ y [( ) ( )] ・・・(11) (再出) われわれは §1 で,Γ についての条件(C1),(C2)のもとで,(10)や(11)を証明した。 さらに,§2 および §3 と同様の議論を行えば,そこでの各ケースにおいて (10),(11)を導くことができる。 例 ここでは,例 1 の Γ に対して,(10)の第1式を導いてみよう。 Γ1 , Γ2 のそれぞれで囲まれる部分を D1 , D2 とする。 Γ1 , Γ2 が(C1),(C2)を満たすことに注意すれば, ∫Γ u dx = ∫Γ u dx + ∫Γ u dx 1 (∬ =− Γ 2 = − ∬D ) ∂u ∂u dxdy + ∬D dxdy ∂y 2 ∂ y ∂u dxdy (例終) ∂y D1 Γ2 ・ 同様に,(10)の第 2 式や(11)も導かれる。((11)は(10)から導いてもよい。) ・ また,例 2,3 や命題 2,3 のケースも同様である。 (ただし,例 3 の場合では,(10),(11)の左辺を ∫C −∫C の形にする。) 1 2 Γ1
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