廃棄物を化学する(15)

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廃棄物を化学する(15)
循環資源研究所 所長
村田 徳治
メタン発酵と微細藻類
気体バイオ燃料(メタン)
水分が多くて焼却処理ができない有機性廃棄物である屎尿や下水処理汚泥は、メタン
発酵で処理されてきた歴史がある。これらの廃棄物は処理が目的であったため、嫌気性
消化と呼ばれ、発生するメタンは有効利用されることなく、そのまま大気に放散された
り、焼却されたりしていた。
本格的にメタン発酵で得たメタンを都市ガスとして利用したのは、新潟県長岡市であ
り、その後、金沢市その他の都市に普及した。近年、神戸市の下水処理場が大阪ガスへ、
また、食品工場から出る有機性廃棄物をメタン発酵して発生するメタンを精製して東京
ガスへ供給している民間企業が東京都城南島で稼働している。
液化天然ガス LNG として輸入さるメタンは化石燃料であるが、メタン発酵により得た
メタンは気体バイオ燃料である。
今までは、メタン発酵後に発生する有機物と肥料成分(窒素・リン分) を高濃度に含
む廃液(消化液・脱離液)の処理問題があり、あまり普及しなかった。
最近、有機物を栄養源とする従属栄養生物であるオーランチオキトリウムや肥料成分
で光合成をする独立栄養生物であるボツリオコッカスなど微細藻類の研究が進み、メタ
ン発酵廃液は格好の資源になることが予想される。
メタン発酵の概要
メタン発酵(Methane Fermentation)・嫌気性消化(Anaerobic Digestion)プロセス
メタン発酵は、高水分有機性廃棄物の資源化には、有効なプロセスであるが、空気が
存在する環境下での嫌気性菌の研究の困難さのため、研究は進んでいない。
メタン発酵は以下に示す4つの反応からなる。
*加水分解反応
酸素を吸って生きている様々な種類の細菌(好気性細菌)が作用して、タンパク質・炭
水化物・脂質・セルロースなどの高分子有機物を、低分子の糖・アミノ酸・脂肪酸など
に加水分解する反応。
*有機酸(プロピオン酸 C2H5COOH・酪酸 C3H7COOH 等)の生成反応
加水分解された有機物から有機酸生成細菌が、有機酸・二酸化炭素 CO2・硫化水素 H2S・
アンモニア NH3 等をつくる反応。
*酢酸と水素の生成反応
酢酸生成菌によって酢酸塩・CO2・水素 H2 が生成する反応。
*メタンと二酸化炭素の生成反応
メタン生成菌によってメタン CH4・CO2・水 H2O がアルカリ領域で生成する反応。
メタン生成菌によるメタンの生成経路には次の二経路がある。
(ⅰ) CH3COOH(酢酸)→CH4(メタン)+CO2(二酸化炭素)
(ⅱ) CO2(二酸化炭素)+4H2(水素)→CH4(メタン)+2H2O
メタン生成菌の活動条件
*水分調節
メタン生成菌は、50%以上の水分で活性化・増殖する。メタン生成菌は廃棄物埋立地・
水田・湖沼。牛の胃などに生息している。
*空気・光の遮断
メタン生成菌は偏性嫌気性菌なので、酸素により増殖が阻害される。好気性バクテリ
アにより、酸素が消費しつくされてから、メタン生成菌は活動する。光はメタン生成菌
の増殖を抑えるが殺菌されることはない。
*温度調節
メタン生成菌の生息温度は次の 3 つに区分され、高温ほど有機物の分解速度が速く、
メタンと二酸化炭素の発生量も多くなるが、メタン含有比率は低下する。高温細菌ほど
温度の変動に鋭敏であるが、断熱技術の進歩や発酵槽の形状・処理条件が改良され、高
温発酵のメタン発酵施設が増えつつある。
低温種:20℃以下
中温種:25℃~35℃
高温種:45℃以上
*pH 調節
アミノ酸等の分解で生成するアンモニアで pH 値は 7.5 程度になるが、pH 値が低下す
る場合、消石灰 Ca(OH)2 などで調整する必要がある。
*有機性廃棄物(生ごみ等)の安定した投入
メタン発酵槽の投入口付近での過負荷を避けるため、1~2回/日の間隔で投入する。
投入可能な最大有機乾物(oTS)の量を発酵槽負荷[kg/oTSm3d]という。メタン生成菌が
過 栄 養 と な り プ ロセ スが 崩 壊 し な い 限 度の 発酵 槽 負 荷 は 、 35 ℃の 温度 で 0.5 ~
1.5[kg/oTSm3d]とされており、絶対最大限度値は 5kg といわれている。
*攪拌
攪拌操作はメタン生成菌と有機性廃棄物を効率よく接触させたり、温度を均一にする
効果がある。発生するガスで撹拌する方式もある。接触式のメタン発酵では、撹拌しな
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い方式もある。
メタン発酵廃液の微細藻類による資源化
微細藻類は、一般に植物プランクトンとよばれており、太陽エネルギーと CO2、無機
塩を使って増殖する。世界中の海水・淡水域に生息し、スクアレンのような炭化水素を
合成する微生物もいる。
葉・茎・根などを持たない微細藻類は、トウモロコシやサトウキビなどと比較して、
光合成によるバイオ燃料の生産性が数十倍から 100 倍程度優れている。
微細藻類を用いたバイオ燃料生産に関する研究は、国内外で活発に進められ始めてい
るが、特にアメリカでは、様々な独自技術を応用したベンチャー企業が、政府や民間フ
ァンドからの多額の資金を活用し積極的に開発を進めている。2009 年 1 月コンチネン
タル航空は微細藻類から得た液体バイオ燃料で旅客機のテスト飛行に成功している。
アメリカ国防総省は、
「空軍が自国内で使う燃料のうち、半分を 2016 年までにバイオ
燃料へ置き換える」という目標を設定。海軍や陸軍でも同様に具体的目標がある。また、
ヨーロッパでも「2020 年までに、EU の空港を利用する航空機は、燃料の 10%をバイオ
燃料にしなくてはならない」という施策を進めており、資金も投じられている。
日本の現状は、大量に微細藻類を培養し、精製する技術の開発が大幅に遅れ、大規模
に商業ベースでバイオ燃料の生産は行われていない。
現在、日本で注目されている微細藻類について紹介する。
* 筑波大学を中心としたグループ
微細藻類の一種「ボトリオコッカス」と「オーランチオキトリウム」を培養し、抽出
した油をバイオ燃料にする研究が筑波大学渡邉信教授を中心に行われている。ボトリオ
コッカスは、熱帯から亜寒帯まで幅広い地域の淡水に生息する微細藻類であり、水中か
ら CO2 と窒素やリンを吸収して光合成を行い、細胞内に原油の主成分である炭化水素を
つくり出す。
ボトリオコッカスなど多くの藻類は太陽光を利用して光合成を行う独立栄養藻類で
あるが、オーランチオキトリウムは、有機物を栄養にして成長する従属栄養藻類であり
太陽光を必要としない。オーランチオキトリウムを工業的に生産する場合、餌として下
水等の有機排水を培養液に使う。しかし、動植物性残渣や生ごみなどを活用しても不足
する可能性が憂慮される。
オーランチオキトリウムは、その増殖速度が極端に優れている。その倍加時間は 10℃
で 11.96 時間、20℃で 4.2 時間、30℃だと 2.1 時間。ボトリオコッカスと比べるとオイ
ル生成量は 3 分の 1 と少ないが、36 倍の速さで増殖する。オイル生産効率は単純計算
でボトリオコッカスの 12 倍になる。
オーランチオキトリウムが産生する油は、油脂ではなくスクアレン(squalene)という
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人体にも存在する C10H50 という組成の炭化水素である。
スクアレンとはテルペノイドに属する炭化水素で、融点-75℃°比重 0.858 1906 年、
東京工業試験所の辻本満丸によってクロコザメの肝油から発見され、1926 年、イシド
ール・ヒールブロン (Isidor Morris Heilbron) によって構造が決定された。スクアレ
ンはステロイド骨格の中間体でもあり、多くの動物に分布している。ヒトなど哺乳類で
はメバロン酸経路を通じてアセチル CoA より肝臓や皮膚で 800mg/日程度、生合成され
るが、さらにコレステロールに転化されるため、その存在量は多くない。
広さ 1ha・深さ 1mの培養装置でオーランチオキトリウムを培養すると、4 日ごとに
収穫では年間約 1,000 トンのオイルが採取できる。倍加時間を 4 時間として 4 時間ごと
に 67%を収穫し、同量の新鮮培養液を継ぎ足すという連続生産システムにすれば年間 1
万トン以上のオイルがとれることになる。
現在日本が輸入している石油量は約 1.9 億トン。連続生産システムを利用すると、2
万 ha あれば 2 億トンの石油生産が可能になる。2 万 ha(200k ㎡)は霞ヶ浦の面積(220k
㎡)とほぼ等しい。
2008 年度農林水産省の「耕作放棄地に関する現地調査」によれば、全国で 28.4 万 ha
の耕作放棄地が存在する。そのうちの 10%をオーランチオキトリウムの連続生産シス
テムの用地として利用すれば、日本の石油需要量は賄われる計算となり、原油輸入国家
から原油輸出国家に転換することも可能となる。
注
*オーランチオキトリウム(学名:Aurantiochytrium)
オーランチオキトリウムの増殖は二分裂による。分裂した細胞がそのまま連結し続け
ることで小型の群体を形成する。遊走子は 2 本の不等長の鞭毛を持つ。ラビリンチュラ
類の特徴である細胞外細胞質のネットワークはあまり発達しない。
細胞はオレンジ色に呈色する場合があるが、これは細胞内に含まれるアスタキサンチ
ン・フェニコキサンチン・カンタキサンチン・βカロテンなどの種々のカロテノイドに
よる。このオレンジ色(aurantius; ラテン語 "橙黄色の")が属名の由来である。他に
アラキドン酸・ドコサヘキサエン酸などの不飽和脂肪酸(高度不飽和脂肪酸
Poly-unsaturated fatty acid; PUFA)が含まれる。
*ボツリオコッカス・ブラウニー(学名:Botryococcus braunii )
ボツリオコッカスは、光合成によって炭化水素(ボツリオコッセン)を産生すること
で注目される緑藻の 1 種(※ボツリオコッカス属 3 種中の 1 種)。分類についても研究
者によって諸説ある。
現在、次のような組織が微細藻類の研究を行っている。
・電源開発㈱(J-POWER)
・東京農工大学・ヤマハ発動機㈱グループ
J-POWER では海洋微細藻類を用いたバイオ液体燃料の研究開発を行ってきた。海洋微
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細藻類を用いる最も大きな利点を次に挙げる。
・海水を活用できる。
海水はほほ無限といって良く、内陸部でない限り水資源として容易に活用できる。こ
のことから海洋微細藻類の活用は水資源保護や周辺分野への影響を少なくすることが
できる。
・海水は微細藻類の生育に必要な多くの栄養塩を含有し、効率的に培養するため不足す
る栄養塩を添加するだけで良い。
・陸上に比べると培養に活用できる広大な面積を得やすい。
問題点
・微細藻類を用いたバイオ燃料生産はエネルギー生産プロセスであることが必須である。
付加価値の高い物質生産などは、主に経済的な収支を追えば良いが、エネルギー生産プ
ロセスとする場合、プロセス全体ネルギー収支比(EPR :Energy Payback Ratio)を評価
しなければならない。
・IHI・神戸大学グループ
IHI は、
油分を大量に含む微細藻類を屋外で安定培養することに成功したと発表した。
培養試験で利用した藻は、神戸大学榎本平教授が顧問を務めるジーン・アンド・ジーン
テクノロジーが発見した高速増殖型ボツリオコッカス(榎本藻)をベースに、ネオ・モ
ルガン研究所が様々な改良を加えたもので、IHI が保有するプラント技術で屋外の開放
型の池で増殖に必要なエネルギー源として太陽光のみを利用し、他の藻類や雑菌などに
負けない培養方法を開発した。このため、藻を高濃度で安定的に増殖させることができ
るのが特徴である。
・㈱デンソー・慶応義塾大学のグループと・ユーグレナ㈱・JX 日鉱日石エネルギー㈱・
日立プラント㈱グループについては、紙幅の関係でウィキペディア Wikipedia を参照さ
れたい。
メタン発酵廃液のリサイクル技術
メタン
有機性廃棄物
動植物性残渣
都市ガスとして利用
発酵
CO2
メタン発酵
光合成原料
生ごみ(厨芥)
引用・参考文献
オーランチオキト
発酵廃液
リウム培養液
5
ボツリオコッカス
光合成
参考・引用文献
1) http://response.jp/article/2013/11/15/210791.html
2) htp://jaem.la.coocan.jp/nhgk/ihgk0059006.pdf
3) 松本光史 電気評論 p.72~77 2010/10
4) 村田徳治 環境技術会誌 第 112 号 p.89~97
2003 年
5) 村田徳治 月刊廃棄物 Vol.36 No.466 p.123~129 2010/1
6) 村田徳治 月刊廃棄物 Vol.36 No.467 p.72~77 2010/2
7) ウィキペディア Wikipedia
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