不動産証券化の陰の部分(その1)

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不動産証券化の陰の部分(その1)
∼いくつかの重要なぜい弱性について∼
さいと不動産投資顧問
㈱
代表取締役・不動産鑑定士 足立 良夫
不動産関連業界のここ数年のトピックは、不動産証券化に関係するものだ。一般に不
動産証券化とひと括りで表現されているが、証券化するための原資別に2つに区分され
る。つまり不動産そのものを原資とする証券と不動産を担保とした債権を原資とする不
動産担保証券である。
前者については、国内でいわれるJ-リート(不動産投資信託)、資産の流動化に関
する法律に基づいて設立された特定目的会社(いわゆるSPC、TMKなどと言われる。)
の優先出資証券や不動産私募ファンドに出資する匿名組合の出資持分権などである。い
ずれも不動産が生み出す期間収益(インカム・ゲイン)や不動産の売却益(キャピタル・
ゲイン)の配分を行うものである。
後者は不動産担保証券(Mortgage-backed securities;MBS)と言われ、国際金
融界を震撼させる米国のサブプライムローンを証券化した商品(証券化された資産担保
証券を繰り入れてさらに証券化した債務担保証券(Collateralized Debt Obligation;
CDO))や国内では住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)、都市銀行などの住宅ロー
ン債権の証券化商品などである。
両者とも、元来不動産の持つ投資対象としての短所を解消する構造となっている。つ
まり、商品としての総額が大きかったものを小口商品化できたことで投資しやすくなっ
ていること、多数の投資家が参加できることにより不動産の抱えるリスクを分散できる
こと、現金化しにくかった不動産について金融商品化したことで換金性、流通性が飛躍
的に向上したことなどである。メリットがある反面、いくつかの重要なデメリットを内
包する仕組みとなっている。
本稿では 2 回に分けて、市況が順調なとき、活況なときには表面化しない不動産証券
化構造の抱える重要な短所について、ケーススタディーを使って概説することを本題と
している。説明上の必要から数値がいくつも出てくるので読みづらいかも知れない。煩
わしければ計算式の部分などは読み飛ばしてもらっても、大筋だけを掴んでいただけれ
ば、本旨の理解はできると思う。
では、ケーススタディーに掲げる不動産を頭の中に浮かべていただくことから、スター
トする。ここに、一棟の賃貸マンションがある。大都市近郊、比較的交通の便がいい所
にあり、新築後一年経過で、空室率は 5%程度で安定的な状況にあると想定しよう。
【基本ケース】
年間総収入:12,000,000 円
年間総費用: 3,000,000 円(空室損などを含む。費用率 25%)
年間純収益: 9,000,000 円
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レバレッジ効果のマジック
⑴
想定した年間純収益 9,000,000 円の賃貸マンションが 180,000,000 円で売り出さ
れていたとしよう。ネットでの取引利回りは 5.0%ということになる。
計算:9,000,000 円 ÷ 180,000,000 円 = 0.050
この賃貸マンションを借入をせずに自己資金だけで購入したとすると、自己資本に対
する利益率(税引き前、その他取引費用はゼロとして、以下同じ)は、上の計算式と同
じで 5.0%である。
では、借入れ(他人資本の導入)をしてこの賃貸マンションを購入したら、自己資本
に対する利益率はどうなるでしょうか。
自己資本を購入金額の 50%、90,000,000 円、借入金利は年率 2.5%、借入額は 90,000,000 円とすれば、
【ケーススタディー 】
Ⅰ
年間純収益:9,000,000 円
①
支 払 金 利 :2,250,000 円(計算:90,000,000 円×2.5%=2,250,000 円)
②
= ③
①− ② :6,750,000 円
自己資本:90,000,000 円
④
利 益 率:7.5%(計算: ⑤
③ 6,750,000 円÷ ④ 90,000,000 円)
自己資本に対する利益率は、5.0%⇒7.5%に向上する。
不動産の純収益利回りよりも低い利回りで借入することにより、自己資本に対する利
益率が自己資本だけで購入した場合よりも高くなる効果が生じるわけである。これをレ
バレッジ(leverage;てこ)効果と呼んでいる。
理科の授業で習ったように、てこの支点が真ん中(100%自己資本)にあるとき、力
点に加えた力(純収益利回り 5%)と作用点に発生する力(自己資本に対する利益率 5%)は同一だが、支点の位置を作用点に近づける(借入割合を増やす)と力点に加え
た力以上の力が作用点に働くという効果に類似しているから、こう呼ぶわけだ。
さらに 、 同一条件 で 借入割合 を 増 や し た ら ど う な る か 。 借 入 割 合 を 80 % 、
144,000,000 円としたら、
【ケーススタディー 】
Ⅱ
年間純収益:9,000,000 円
①
支 払 金 利 :3,600,000 円(計算:144,000,000 円×2.5%=3,600,000 円)
②
= ③
①− ② :5,400,000 円
自己資本:36,000,000 円(計算:180,000,000 円−144,000,000 円)
④
利 益 率:15.0%(計算: ⑤
③ 5,400,000 円÷ ④ 36,000,000 円)
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なんと、5.0%⇒15.0%となり、自己資本に対する利益率は 3 倍となる。ただし、自己
資本に対する利益率が飛躍的に向上するとばかり喜んではおられない。こういった利益
率の上昇は、投資リスクの増大と裏腹の関係にあることを見逃してはならない。つまり
他人資本の導入により、自己資本投資リスク、自己資本棄損の危険性も高まっているこ
とを見逃してはならない。ハイリスク・ハイリターン構造となっているわけだ。
高額購入ができる理由
⑵
我が国における近年の不動産市場の活況を支えてきたのは、特定目的会社や私募ファ
ンド系等の不動産証券化構造を備えた不動産投資事業体である。一般的な不動産事業体
が購入できる金額をはるかに超える額でこれらの投資事業体が買収していったことで、
平成初期から続いたバブル崩壊、不動産不況を一蹴していった。
なぜ、投資事業体は高額で購入できたのであろうか。その主な理由は、 投資事業体
⒜
が法人税非課税であること、 我が国の低金利政策、 世界的規模での金あまり状況、
⒝
⒞
ノンリコースローンの普及等が挙られる。
⒟
投資事業体が法人税非課税(税引き前での配当が可能)構造を備えることができた
⒜
ために、資本出資者が同一の純利益率を確保しようとするとき、一般的な不動産事業体
と比較して、非常に有利な条件となる。他人資本を導入しない(借入をしない)等とい
う極端な例であるが、純利益率で 5%を確保するために一般的な不動産事業体ならば税
引き前利益率で 9∼10%が必要であるが、特定目的会社等の投資事業体ならば 5%の税
引き前利益率イコール純利益率となる。
前述した【基本ケース】でみるならば、5%の純利益率を確保するために一般的な不
動産事業体ならば税引き前利益率 9%を取引利回りとして、年間純利益 9,000,000 円
の物件を購入することになる。つまり、
計算:9,000,000 円 ÷ 0.09 = 100,000,000 円
1億円での購入となるが、非課税構造の投資事業体ならば、前述したとおり買収額は 1億8千万円となる。1.8 倍の値付が提示できる。
⒝
我が国の低金利政策、 世界的規模での金あまり状況、 ノンリコースローンの普
⒞
⒟
及等により、不動産投資事業体が発行する証券と他の金融商品とそれぞれのリスクを考
慮した上での金利差(スプレッド)があれば、当該不動産証券は有利な金融商品であり、
投資資金は潤沢に流入し、さらにノンリコースローンを活用できることで対象となる不
動産の収益性だけに着目してシンプルかつ安全に融資することができた。
前述の【ケーススタディー 】の資金構造(借入割合
Ⅱ
80%、借入金利 2.5%)にお
いて、利益率(期待利回り)を 5%としてみると、購入金額は次のケーススタディー Ⅲ
のように3億円が可能となる。借入をしない(確かに、バブル崩壊後のどん底にあった
不動産市場にあっては、新たに不動産を購入する事業体に融資をする金融機関はほぼな
かった状況ではあったが)一般的な不動産事業体の購入可能額が1億円であるので、 3 倍もの高額での値付が可能と算定できる。
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【ケーススタディー 】
Ⅲ
借入金利:2.5%
①
借入割合:80%
②
自己資本期待利回り:5.0%
③
自己資本割合:20%
④
総合還元利回り:3.0%
⑤
計算: × + × =2.5%×0.8+5.0%×0.2=3.0%
① ② ③ ④
年間純収益:9,000,000 円
⑥
購入金額:300,000,000 円
⑦
計算: ÷ =9,000,000
⑥ ⑦
円÷3.0%=300,000,000 円
このような状況にあってこその高額購入の可能性が、近時の不動産市場の活況のはじ
まりを支えたと言える。加えて、我が国のデフレ経済からの脱却、不動産市況に限らな
い好況感が、高額取引をより一層昂進していき、投資事業終了時での大幅なキャピタル・
ゲインが期待できるようだとのムード、多数設立された投資事業体による投資適格優良
物件の購入競争が、更なる高額取引を呼ぶことになっていく。
(つづく)
次回のレポートは、いよいよ本題である不動産証券化の仕組みについての
○ 市場金利上昇に対する構造的なぜい弱性
○ 投資対象不動産の収益性の低下に対するぜい弱性
をケーススタディーを掲げて概説していく予定である。