緩和ケア はじめの一歩

調剤と情報:Rx Info 第21巻 第14号 平成27年12月1日発行(毎月1日発行)平成7年6月19日 第三種郵便物認可 ISSN 1341-5212
12
2015
2
015
Vol.21 No.14
特集
緩和ケア
はじめの一歩
緩和ケアの目的
痛みの評価法
緩和薬物療法の基礎
緩和ケアの実際
ギモンを解決! 気になる薬のQ&A
テガフール・ギメラシル・
オテラシルカリウム配合剤
処方監査や疑義照会で検査値を使いこなす
加齢による腎機能低下を考えよう!
新薬くろ∼ずあっぷ
ソバルディ錠400mg
薬局ヒヤリ・ハットなくし隊がゆく
1日量を1回量と思い込み,
一包化調剤でミス!
一歩上をいく! エキスパートの仕事
涙目の症状に多職種連携で対応
処方・調剤・保険請求のQ&A
12
特集
緩和ケア はじめの一歩
2015
Vol.21 No.14
CONTENT S
12
緩和ケアの目的
16
痛みの評価法
樋口 比登実
20
緩和薬物療法の基礎
高林 真貴子
30
緩和ケアの実際 在宅での介入事例
原 敦子
32
緩和ケアの実際 入院中の介入事例
千原 里美
橋本 龍也
今月の話題
9
44
2016 年予算概算要求の概要
日本薬剤師会
処方・調剤・保険請求の Q&A
日本薬剤師会
日本薬剤師会監修の頁
聞いて納得! 薬剤師注目の急上昇ワード⑩
35
神経変性疾患と嗅覚
関 一彦
ソバルデイ錠 400mg
加納 沙代子,髙栁 和伸
処方監査や疑義照会で検査値を使いこなす⑮
67
加齢による腎機能低下を考えよう!
田中 麻衣子,三宅 健文
医薬品適正使用のための
症例からみたファーマシューティカルアセスメント⑦
73
3 薬局でのINR自己測定がワルファリンの
治療成績向上に貢献
新薬くろ∼ずあっぷ177
47
Report
呼吸困難(息苦しい)―前編―
53 未来の薬剤師職能めぐり議論
第 9 回日本薬局学会学術総会
55 検体測定で薬局機能をPR
―地域住民対象に無料検体測定会―
Topics
93 薬物乱用対策で期待される薬剤師の貢献
立野 朋志,尾上 洋
皮膚とくすりQ&A ⑤
79
基剤による貼付剤の特性
大井 一弥
薬局ヒヤリ・ハットなくし隊がゆく 63
83
1日量を 1回量と思い込み,
一包化調剤でミス!
澤田 康文
一歩上をいく! エキスパートの仕事⑦
90
涙目の症状に多職種連携で対応 ギモンを解決! 気になる薬の Q&A ⑨(完)
97
テガフール・ギメラシル・
オテラシルカリウム配合剤
60
Rx news
62,64 ときのことば
113
58
119
日本薬剤師研修センターだより
次号予告
総目次
128 『調剤と情報』ご愛読者アンケート&プレゼント
鈴木 則子,堀 美智子
以外は,じほう編集の頁
特集
緩和ケア はじめの一歩
従来,疼痛管理は入院中のターミナルの患者を中
心に行われていましたが,外来がん化学療法や在宅
医療の進展により,緩和ケアへの介入が薬局に求め
られるようになりました。 緩 和ケアを行うために
は,主観的な感覚である痛みを正しく評価し,患者
の望む生活を把握したうえで,薬剤選択と用量調整
を行う必要があります。
本特集では,緩和ケアを行ううえで押さえておく
べき考え方と,痛みのとらえ方,薬物療法の基礎を解
説し,実際に薬剤師が介入した事例を紹介します。
■ 緩和ケアの目的 ………………………… 12
■ 痛みの評価法 …………………………… 16
■ 緩和薬物療法の基礎 …………………… 20
■ 緩和ケアの実際 在宅での介入事例 ……… 30
■ 緩和ケアの実際 入院中の介入事例 ……… 32
特集
緩和ケア はじめの一歩
痛みの評価法
昭和大学病院緩和ケアセンター 樋口
痛みとは
古くから痛みは「 情 動か? 感 覚
比登実
いと,傷が治癒するべき時間を超え
ためには,痛みを客観的な数字で表
ても痛みが持続する「慢性痛」に移
現できるようなツールが必要となっ
行する。
てくる 1)。医療者と患者が痛みを共
か?」と議論されていたが,1979 年
慢性痛は,信号機が長時間赤や黄
有できるように,また医療者も患者
国際疼痛学会において,
「実際に何
色で点滅するように,痛みの部位の
自身も客観的に痛みをとらえること
らかの組織損傷が起こったとき,あ
緊張を高め,痛みの範囲を複雑に拡
ができるようにさまざまなツールが
るいは組 織 損 傷が起こりそうなと
大し ADL も QOL も著しく障 害し,
考えられてきた。
き,あるいはそのような損傷の際に
もはや防御の意味はなくなる。がん
初 診 時あるいは治 療 前の痛みを
表現されるような,不快な感覚体験
の痛みも壊れた信号機のようで,さ
10 とし,どれくらい痛みが減少して
および情動的体験である」
,すなわ
らに全人的苦痛といわれるように身
いるかを問う「pain relief score」は
ち「その両面が痛みである」と定義
体症状以外の要素も含まれ,評価は
簡便な方法として用いられる。最も
された。さらに組織の損傷が明確で
ますます困難を極める。
一般的なものは,想像し得る(体験
なくても,痛みは存在する,すなわ
ち「患者が訴える痛みが痛みである」
した)最高の痛みを 10 として現在は
痛みの評価ツール
とされるようになり,痛みをどのよ
うに評価するかは大きな課題となっ
いくつかと質問・記載する方法であ
る。その他,日常生活の制限程度を
見えない痛みの治療を進めていく
評価する方法などがある。ここにい
ている(表 1)。
しかし,痛みは本来,生体に対す
表1
る危機を感受し,防御するための警
告信号であり,痛みを感じなければ身
痛みをどのように評価するか?
1.誰が評価するか
患者の訴えを基本とする。痛み日誌などは評価する際に有効で
ある。
2.痛みの変化
痛みの部位・強さ・性質・頻度・持続時間・軽減因子・増悪
因子などを把握する。
3.日常生活への影響
食事や排泄など日常生活に痛みが影響しているか否か,生活の
変化をとらえていく。
夜間痛がない・安静時痛がない・体動時痛がないなどは,痛み
の評価とともに治療目標にもなる。
4.治療の評価
症状が軽快しているか,副作用が出現していないかなどを観察
する。
5.治療目標
設定した治療目標の達成度,治療経過に対する満足度などにつ
いて評価する。
6.各種スケール
医療従事者が患者の痛みを客観的に知るために使用する。ス
ケールで継続評価することで,より効果的な治療へ方針を変更
することができる。さらに患者が自分の痛みを自覚・理解し,
痛みにどのように取り組めばよいかを見出すことができる。
体に危害が加わっても,認識できず,
感染などを増悪し,生命の危機を招
く。すなわち,痛みは身体の大切な赤
信号,神様からの贈り物ともいえる。
急性痛と慢性痛
痛みには,防御反応である急性痛
とそうでない慢性痛がある。急性痛
は,傷が治癒すれば消失してしまう
症状である。しかし,身体が痛みの
警告を発したとき,適切に対応しな
16
(1898)
調剤と情報 2015.12(Vol.21 No.14)
特集
緩和ケア はじめの一歩
緩和薬物療法の基礎
金沢大学附属病院薬剤部 高林
WHO 方式ラダー
重要である。
真貴子
て効力の順に
鎮痛薬は図 1に示した「WHO 三段
WHO は誰でもどこでもできる痛
みの治 療 法(WHO 方 式がん疼 痛 治
療法)の普及とがん患者の痛みから
の解放を目的として,1986 年に「が
ん性痛緩和のガイドライン:Cancer
Pain Relief」を発 表した。 現 在も,
がん疼痛に対する薬物療法はこのガ
イドラインに基づいて実施されてい
るため,がん疼痛緩和に関わる薬剤
師は WHO 方式がん疼痛治療法につ
いて十分理解しておく必要がある。
がん疼痛治療の「目標」
がん疼痛治療の目標
①睡眠時に痛みで目覚めない状態
②安静時に痛みがない状態
③体動時に痛みがない状態
最終目標は,痛みが軽減または消
失し,日常生活が制限されないよ
うにすること
WHO 方 式がん疼 痛 治 療 法では,
鎮痛薬投与の基本原則
鎮痛薬による痛みの治療の基本事項
(5 つの基本原則)
by mouth:可能な限り経口投与と
する
by the clock:時刻を決めて規則
正しく使用する
by the ladder:WHO 三段階除痛
ラダーに沿って効力の順に薬剤
を選択する
for the individual: 患 者ごとに適
量を求める
with attention to detail: 以 上 の
4 原則を守ったうえで,細かい
配慮を行う
階除痛ラダー」に従って選択される。
患 者の生 命 予 後やがんの進 行 度
(stageなど)ではなく,痛みの程度に
応じた鎮痛薬を選択することが重要
であり,患者の痛みが強い場合には
第 2または第 3 段階の鎮痛薬から開始
してもよい。また,第2段階以上の鎮
痛薬を用いる場合でも,必要に応じて
非オピオイド製剤(NSAIDs,アセト
アミノフェンなど)や鎮痛補助薬(プ
レガバリン,抗うつ薬,抗痙攣薬な
ど)を併用することが推奨されている。
for the individual:患者ごとの個
別的な量で
非オピオイド鎮痛薬や弱オピオイ
WHOはがん疼痛治療の目標を達成
ドであるコデイン,トラマドールに
するために,5 つの基本原則を遵守し
は天井効果(有効限界)が設定され
た鎮痛薬投与を行うべきとしている。
ている。一方,モルヒネやオキシコ
by mouth:経口的に
ドン,フェンタニル,メサドンなど
がん疼痛に使用する鎮痛薬は,用
の強オピオイド鎮痛薬(以下,強オ
量調節が簡便で患者自身が管理しや
ピオイド)は増量すれば用量依存的
すい経口投与が基本である。
に鎮 痛 効 果が高まるとされており,
まず患者の状態に合わせた目標設定
by the clock:時間を決めて規則
を行う。 例えば,「 痛みで夜も眠れ
正しく
が問題とならない」用量が至適投与
ない 」場 合は①を目 標に設 定する。
通常,がんの痛みは持続的であり,
量となる。強オピオイドの至適投与
また,
「じっとしていれば痛くない」
「痛みが消失し,眠気などの副作用
鎮痛薬の効果が切れ始めると痛みが
量は個人差が大きく,例えばモルヒ
(②が達成されている)場合には,
「動
再燃しやすいため,鎮痛薬は規則正
ネ(経口)では 1 回 5 ∼ 1,000mg 以上
いても痛くない」状態(③)を目標と
しく時刻を決めて投与することが望
と非常に幅広い。至適投与量を決定
する。すなわち,患者ごとに現実的
ましい。
するために用量調整を行うことをタ
かつ段階的な目標設定を行うことが
20
(1902)
by the ladder:除痛ラダーにそっ
調剤と情報 2015.12(Vol.21 No.14)
イトレーションといい,段階的かつ
特集
緩和ケア はじめの一歩
緩和ケアの実際
在宅での介入事例
きらり薬局 原 敦子
患者背景
男性,69 歳
退院時処方薬剤(介入前)
現病歴:膵がん末期,肝転移
フェントステープ5mg
(4mg・1mg各1枚)
1 日 1 回
家族構成:妻と 2 人暮らし
オキノーム散 10mg 疼痛時
介入までの経過:20XX 年 9 月本人から「最期は家
ロキソプロフェン Na 錠 60mg 3 錠 分 3 毎食後
で」という希望があり自宅療養へ変更。入院時にオ
デパス 0.5mg 2 錠 分 2 朝食後・就寝前
ピオイド導入済み。退院と同時に医師・薬剤師の訪
アモバン錠 10mg 1 錠 分 1 就寝前
問診療開始。
ネキシウムカプセル 20mg 1cap 分 1 朝食後
主訴:腹痛,食欲不振,倦怠感,腹部膨満感。
マグミット錠 330mg 6 錠 分 3 毎食後
介入期間:約 1 カ月。処方回数 5 回。
ベースを増量しても
減らないレスキュー
も原因であると考えられた。
ンペック坐剤の処方を医師に提案。
乾燥皮膚では貼付剤の吸収効率が
また家族の「食べてほしい」希望が
低下することから貼付する数時間前
あることや腹部膨満感への対策にベ
介 入 開 始 時, レスキュ ー を 1 日
に保湿剤を塗るよう指導した。功を
タメタゾンの処方紹介も併せて行っ
4 ∼ 5 回 服 用しているためフェ ント
奏したのか,結果レスキュー回数は
たところ,次回往診時に状態を考慮
ステープ 1mg が追加となり退院時の
3 ∼ 4 回に減り夜間起きることがなく
してから処方すると返答があった。
処 方と合わせて計 6mg となっ た。
なった。
予想とは異なる処方
3 日後に効果を確認。レスキューの
回数は減っておらず,夜間に痛みで
内服も困難に
目覚めることもあった。家族も「増
【提案後の処方】
フェントステープ6mg 20枚
オキノーム散10mg 30包
その他内服薬 20日分
(アンペック坐剤,ベタメタゾ
ンの処方はなし)
量前と何も変わらない」と不安を感
患者は保険負担割合が医療 3 割・
じていた。
介護 2 割であり,家族は費用が高い
レスキュ ー 量を確 認するとオキ
ことへの不満を漏らしていた。この
ノーム散 1 回 10mg の服用であった。
時点で薬の経口摂取は可能であり,
1 回 服 用すると 5 時 間は効 果がある
薬剤費の負担軽減のためオピオイド
ことを確認。ベース量から換算する
貼付剤から内服薬への変更を検討し
とレスキュ ー 量はオキノー ム散
た(図 2)
。しかし,確認すると内服
上記のように,処方には提案が採
20mg 前 後と考えられ( 図 1), 皮 膚
薬もようやく飲み込めている状態で
用されなかった。患者の病状は変化
吸収が十分されていないと想定され
あった。
しており,20 日間も同じ処方で治療
た。皮膚の状態を確認すると乾燥傾
このことから近いうちに内服も困
できるとは考えづらかったが,薬剤
向あり。これは食事量が少ないこと
難になることが予想されたため,ア
費負担を少しでも軽くしたいのでま
30 (1912) 調剤と情報 2015.12(Vol.21 No.14)
ソバルディ錠 400mg(ソホスブビル)
新薬くろ∼ずあっぷ 177
ソバルディ錠400mg
(ソホスブビル)
倉敷中央病院薬剤部 加納
沙代子,髙栁 和伸
Point
◆ セログループ 2(ジェノタイプ 2)の C 型慢性肝炎または C 型代償性肝硬変に対して,リバビリ
ンと 12 週間併用治療という経口剤 2 剤のみによる治療を可能とし,薬価算定において画期性
加算が 100%適用された薬剤である。
◆ 前治療で無効または再燃となった患者だけでなく,初回治療患者でも使用可能である。
◆ ヌクレオチドの代わりに RNA に取り込まれ,HCV RNA 鎖の伸 長 反 応を停 止させる核 酸 型
NS5B ポリメラーゼ阻害薬である。
◆ 国内第Ⅲ相臨床試験で,未治療または前治療のあるセログループ 2(ジェノタイプ 2)の C 型慢性
肝炎患者または C 型代償性肝硬変患者に投与して SVR12 率は 96.4%(135/140 例)である。
特徴 1, 2)
倦怠感(4.3%),悪心(4.3%)などである。重度の腎機能
障害(eGFR < 30mL/ 分 /1.73m2)または透析を必要とする
ソバルディ錠(ソホスブビル;以下,本剤)は,リバビ
リンとの併用で 1 日 1 回 1 錠,12 週間経口投与するセログ
ループ 2(ジェノタイプ 2)の C 型慢性肝炎または C 型代
償性肝硬変の治療薬である。
リバビリンは,臨床試験ではコペガス錠が併用された
腎不全の患者に対しては,未変化体および主要代謝物の
AUC 上昇のため禁忌である。
2015 年 5 月に薬価収載された新薬ではあるが,投薬期
間制限は例外的措置として 1 回 28 日処方が認められてい
る。理由としては,包装単位が 28 錠入りの瓶であること,
が,2015 年 7 月末からレベトールカプセルも併用可能と
また開封後は 45 日間しか品質が保証されず,本剤が非常
なっている。国内第Ⅲ相試験において,SVR12 率(投与
に高額かつ多くの保険医療機関・保険薬局で取り扱われ
終了から 12 週間後の HCV RNA 量が定量下限値未満の割
る薬剤であることが考慮されている。
合)は初回治療の患者で 97.6%(81/83 例),既治療の患
者で 94.7%(54/57 例)であり(図 1)
,初回,前治療無効
作用機序
または再燃にかかわらずソホスブビル・リバビリン療法
はセログループ 2(ジェノタイプ 2)症例の第一選択薬と
本剤は,RNA 感染肝細胞内で活性化され,三リン酸
なっている(図 2)。インターフェロン治療での低い SVR
化されたウリジンアナログに変換されるヌクレオチド型
率に関連する予測因子(肝硬変,IL28B 遺伝子多型,高
のプロドラッグである 2)。C 型肝炎ウイルスが増殖すると
齢患者,開始時の HCV RNA 量など)による治療効果の
きに必須の蛋白質である NS5B ポリメラーゼの働きを阻
差はみられていない。
害する。NS5B ポリメラーゼが RNA を複製し増殖してい
副作用は,43.6%(61/140 例)に認められており,主な
く過程で,本剤の活性代謝物がウラシル(U)の代わりに
副作用は,貧血またはヘモグロビン減少(15%)
,頭痛(5.0%)
,
組み込まれるため,RNA の伸長が停止する。RNA 鎖の
調剤と情報 2015.12(Vol.21 No.14)
47 (1929)
加齢による腎機能低下を考えよう!
「処方監査や疑義照会で検査値を使いこなす」 第 15 回
加齢による腎機能低下を考えよう!
公立西知多総合病院薬剤科 田中
麻衣子
三宅
健文
西陣病院薬剤部・医薬品情報室
はじめに
となる(表 2)
。女性の場合も同様に,血清クレアチニン値
0.9mg/dLの場合,20歳ではeGFRは68.1mL/分/1.73m2 と
人体の各臓器の機能は年齢とともに低下するといわれ
G2 期(正常または軽度低下)であるが,85 歳では 45.0mL/
ている。腎臓も加齢の影響を受けやすい臓器の一つであ
分 /1.73m2 と G3a 期(軽度∼中等度低下)となる(表 3)。
り,腎実質内動脈の硬化性病変に伴う機能ネフロンの減
このように,加齢とともに腎機能は低下していくため,
少が主な原因であると考えられている。また,加齢とと
検査値の血清クレアチニン値が基準値内にあっても,高
もに高血圧,糖尿病,心疾患などの基礎疾患が増えるこ
齢者の場合では腎機能が低下している場合が多い。
とも腎機能低下の原因であると考えられる。
2.腎機能の評価と薬物投与量の設計
臨床検査値をチェック!
薬物投与量設計を行う際には体表面積補正値の eGFR
(mL/ 分 /1.73m2)ではなく,患者個々の体表面積に応じ
1.腎機能の評価
補正を外した eGFR(mL/ 分)を用いる。
腎 機 能 評 価は糸 球 体 濾 過 量(GFR)により行われる。
表 4の男性の場合,腎機能評価に用いるeGFR(mL/ 分 /
GFR 測定のゴールドスタンダードはイヌリンクリアラン
,薬物投与設計に用いる未補正 eGFR(mL/ 分)
1.73m2)
スであるが,イヌリンクリアランスや 24 時間蓄尿による
ともに 90 以上であり,腎機能低下はない。しかし女性 A
実測クレアチニンクリアランスの測定が難しい場合には,
では,血清クレアチニン値 0.9mg/dL と男性と同じ値で
下記の日本人向け GFR 推算式を用いて,eGFRを算出する。
あるが,腎機能評価は G2(正常または軽度低下)
,未補
正 eGFR は 52.6mL/ 分と軽度腎機能低下が認められる。
2
男性:eGFR(mL/ 分 /1.73m )
= 194 ×血清クレアチニン値
さらに,女性 B では 80 歳と高齢,体格も小さく体表面
1.094
-
×年齢
0.287
-
女性:eGFR(mL/ 分 /1.73m2)
=194×血清クレアチニン値
1.094
-
積が 1.1m2 しかないことから腎機能評価は G3a(軽度∼中
等度低下)
,未補正 eGFR は 29.0mL/ 分と薬物排泄能力に
×年齢
0.287
-
×0.739
※ 18 歳以上の成人が対象となる
関してはかなりの低下が認められる。このように,血清
クレアチニン値が一見基準値内にあっても,性別,年齢,
体格を考慮すると,実は腎機能低下がみられる症例もあ
本式は eGFR を求めるための簡易法であり,75%の症
例が実測 GFR ± 30%の範囲に入る程度の正確度である。
るため注意が必要である。
一般に,添付文書や,日本腎臓学会・日本腎臓病薬物
CKD 診 療ガイド 2012 の CKD 重 症 度 分 類では,GFR を
療法学会が出している「腎機能別薬剤投与量一覧」にお
G1 ∼ G5 に区分している(表 1)。
けるクレアチニンクリアランス別投与量は GFR 別投与量
男性で血清クレアチニン値が 1.1mg/dL の場合,20 歳
2
とみなしてよいが,eGFR は必ず体 表 面 積 補 正を外し,
であれば eGFR は 74.0mL/ 分 /1.73m と G2 期( 正 常また
患者個人の eGFR(mL/ 分)を算出して評価することが必
は軽度低下)であるが,加齢とともに eGFR 値は低下し,
要である。
2
(軽度∼中等度低下)
85歳では48.8mL/分/1.73m とG3a期
調剤と情報 2015.12(Vol.21 No.14)
67 (1949)
みた
症例から
ファーマシューティカルアセスメント
医薬品
適正使用
のための
薬剤師フィジカルアセスメント研究会(P-PAL)
津山調剤薬局株式会社 立野
株式会社ファーマシィ 尾上
第7 回
朋志
洋
呼吸困難(息苦しい)−前編−
はじめに
ファーマシューティカルアセスメントとは,「適切な薬物療法を実施・提案するために,薬剤師
が行う聴き取り・フィジカルイグザミネーション・検査データや他職種から得た情報やデータなど
を活用し,薬学的視点をもって包括的に評価すること」を指して,筆者らが提唱している概念です。
難しいように感じるかもしれませんが,実際には薬剤師が日常の服薬支援で行っていることを言
葉に表したもので,決して難しいものではありません。
ファーマシューティカルアセスメントを行う流れの例を示します。
STEP
1 患者の状態をしっかりと把握し,問題点を抽出する(聴き取り・コミュニケーション)
STEP
2 フィジカルイグザミネーション・検査データや他職種から得た情報やデータなどを活用する
(情報を活用する)
STEP
3 薬学的視点をもって包括的に評価する(アセスメントを行う)
STEP
4 アセスメントを活用する(疑義照会や服薬支援)
今回は,
STEP
1
および
STEP
2
について紐解いていきます。
STEP
1
患者の状態をしっかりと把握し,問題点を抽出する(聴き取り・コミュニケーション)
1.症例提示
宅配便の配達をしている C さん(47 歳,男性)が,薬局
への荷物の配達ついでに痔の薬の購入を希望されました。
2.聴き取り・コミュニケーション
薬局の薬剤師として最初に行う大事なポイントは聴き
取りです。患者さんとの対話から得られる情報がキーポ
イントとなります。
C さんの訴え
痔の薬をください。荷物のお届けのついでに薬
を買ってみようと思ったのです。排便時に毎回出
血しますが,痛みもないので放置していました。
もう 1 年以上前からになります。
えっ? 顔色が悪いですか? 最近息切れがひ
どくて…。病院で診てもらおうと思っています
が,時間が取れなくて…。今服用中の薬剤はあり
ません。
調剤と情報 2015.12(Vol.21 No.14)
73 (1955)
とく
すり
膚
皮
第5回
Q&A
Q
A
基剤による
貼付剤の特性
鈴鹿医療科学大学薬学部臨床薬理学研究室教授 大井
一弥
貼付剤を貼ると皮膚が赤くなります。内服よりも扱いやすいため使用を続けたいのですが,
皮膚障害を防ぐ方法はありますか?
近年,貼付剤はラインナップが増え,小児から高齢者まで幅広く支持されている剤形です。貼付した皮
膚は,患者さんがすぐに確認できる部位であるため,赤くなると薬剤師に訴えることはよくあります。皮
膚が赤くなる理由には,貼付剤の添加剤が皮膚に合わないことがありますが,乾燥皮膚が放置されている
ような場合,日常的なスキンケアによって貼付剤による皮膚障害を防ぐことができる場合があるので,指
導に加えてみてください。
解 説
膚障害が問題となっている。そのため筆者らは,過活動
皮膚は,外界と生体の境界として存在し,皮膚の最外
膀胱患者が多い高齢者に頻発する乾燥皮膚マウスで皮膚
層に位 置する角 層は, バリア機 能として重 要な役 割を
障害性を検討した。その結果,オキシブチニンテープ剤
担っている。通常角層は,外界の異物の侵入を防ぎ,さ
を貼付 24 時間,除去 1 時間後で乾燥皮膚群で経表皮水分
らに毛嚢,皮脂腺,汗腺,爪などの皮膚の附属器との関
喪失量(TEWL)が最も有意に上昇し,貼付による皮膚の
係性も保ちながら機能している。
ダメージが確認できた 1)。このことから乾燥皮膚を有す
貼付剤は,パップ剤とテープ剤に分類され,布やプラ
る患者では,貼付に際し,十分に注意すべきことが明ら
スチックフィルムに有効成分と基剤の混合物を薄く延ば
かとなった。
して成型されており,皮膚を通して局所患部へ有効成分
すぐに行うことができる予防法としては,保湿剤の塗
を到達させることを目的としている。
布であり,ヘパリン類似物質で有意に TEWL の回復が確
パップ剤は,水溶性高分子を基剤として用いているた
認された。それに加えて角層水分量の上昇もみられ,ヘ
め,水分が蒸発しやすく,粘着性が弱まり,はがれやす
い。テープ剤は,親油性高分子を基剤として用い,可動
部位への貼付にも適するため,粘着性が強い。
コラム
テープ剤とは
貼付剤には添加剤(薬物を溶解させるための溶媒や界
テープ剤とは,マトリックス型とリザーバー型か
面活性剤)が含まれており,これが皮膚を赤くする要因
らなる。
となるが,加えて,貼付方法(貼付部位,貼り方,貼り
マトリックス型は,支持体,膏体(粘着剤+薬物),
替えの回数など)
,皮膚側の要因(汚れ,乾燥皮膚,皮膚
そしてライナーというシンプルな構造からなる。リ
疾患,気温)も皮膚障害の発生に影響するものと考えて
ザーバー型は,ライナー,粘着層,薬物放出制御膜,
よい。
過活動膀胱治療薬であるオキシブチニンテープ剤は,
適用部位の皮膚炎の発現率が 46.6%と発売当初から,皮
薬物貯蔵庫,パッキングで構成されている。皮膚への
薬物透過が放出制御膜によってコントロールされて
いるため,透過速度を長く一定に保つことができる。
調剤と情報 2015.12(Vol.21 No.14)
79 (1961)
第
いく!
を
上
歩
一
7回
プライマリ・
ケア
エキスパート の仕事
涙目の症状に多職種連携で対応
症例
今回の
患者情報
看護師からの連絡
女性,97 歳
訪問看護師より涙目がひどいので経過観察するように
現病歴:高血圧,変形性膝関節症,慢性胃炎など
と薬剤師に電話で連絡が入った。翌日,定期訪問時に薬
生活歴:アパート団地 2 階で独居生活,膝痛で数年前から
外出困難,要介護 2
剤師が鼻水・微熱を確認,ヘルパーの記録によると夜は
内服薬:ニフェジピンCR10mg,オルメサルタン・アゼルニ
ジピン配合剤,セレコキシブ100mg,モサプリド5mg など
食欲あり。翌々日,咳・食欲低下があり,ヘルパーから
その他:訪問診療(月 2 回)
,訪問看護(週 1 回)
,薬剤師
訪問(週 1 回),訪問介護(1 日 2 回朝夕)
施設や病院,ショートステイに行くことを拒否。医療・介
護のサービスは患者宅で行われた。
医師への受診を勧めた。このとき,患者には抗生剤と咳
訪問看護師に連絡があり,看護師と薬剤師で協議のうえ,
止めが処方された。患者は服用後 3,4 日で食欲が回復し
体調も戻っていった。
Check
①変形性膝関節症のため独りでの外出は困難(要介護 2)
②高齢で独居生活
③自宅で医療・介護サービスを受けている
ここに注目!
患者の生活上の問題点を整理し,患者の意思を尊重で
Point
・患者の涙目の症状に注目
➡情報を引き継ぎ経過観察。変化があれば相談する
・患者の生活
➡食欲は体調のバロメーター
・患者の服薬
➡朝・夕はヘルパーが服用を確認できる
きるよう必要な支援を多職種のスタッフ間で話し合った。
患者は「とにかく自宅で最期を迎えたい」と強く要望。し
薬剤師の介入
かし高齢で変形性膝関節症があり食事の用意など日常生
患者は認知症の可能性があることから,風邪のような
活を一人で行うことが困難であった。医師は施設への入
症状ではあるが食欲の低下もあり,念のため誤嚥などに
居を検討することを勧めていたが,患者の強い要望もあ
よる肺炎の可能性を考慮するよう医師に提案し,結果と
り自宅療養の支援を継続することになった。
して抗生剤が処方された。また,朝夕 1 日 2 回であれば
独居生活で問題となるのは緊急時の対応であり,どの
食後にヘルパーが服用確認できるため,分 3 から分 2 に用
ような連携をとればよいのかが課題となった。患者の生
法変更することでコンプライアンスが上がると判断した。
活支援はケアマネジャー,ヘルパー,後見人が行い,医
薬剤師は疑義照会を行い処方内容が変更になった。
療支援は医師,看護師,薬剤師が行っている。生活・医
療を支援する両者の話し合いで「救急搬送のない在宅維
エキスパートから
持」を共通の目標とし,軽微な症状に注意を払い重症化
医療職と介護職が垣根なく患者を支援していく体制を
する前に対応するようにした。また,そこで「患者は体
構築することはプライマリ・ケアの基本です。いきなり
の不調があると食欲に影響する傾向あり」
,
「認知症の可
在宅で多職種連携を実践しようと思ってもうまくいきま
能性あり」などの情報が共有された。患者に症状があれ
せん。実際に患者への支援を行うには気軽に情報共有で
ばどのように対応するか情報伝達の方法を話し合い,電
きる下地づくりが重要となります。
話と連絡ノートで行うことにした。
まずは訪問看護師やヘルパーが患者宅にいる時間に重
90
(1972)
調剤と情報 2015.12(Vol.21 No.14)
?
ギモンを解決!
QA
?
テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤
第9 回
(完)
テガフール・ギメラシル・
オテラシルカリウム配合剤
矢野調剤薬局 鈴木
則子,医薬情報研究所/エス・アイ・シー 堀 美智子
新人
の
テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(TS-1)配合カプセル,配合顆粒,
配合 OD 錠はどんな薬?
例
テガフール(FT),ギメラシル(CDHP)およびオテラシルカリウム(Oxo)の 3 成分(モル比 1:
0.4:1)を配 合したフッ 化ピリミジン系 抗 悪 性 腫 瘍 薬です。FT は 5-FU のプロドラッ グ,
CDHP(5-chloro-2,4-dihydroxypyrimidine)は5-FUの分解酵素DPD(dihydropyrimidine dehydrogenase)
の阻害薬で,Oxo(potassium oxonate)は消化管の局所副作用を軽減させます。適応は,胃がん,結腸・直腸
がん,頭頸部がん,非小細胞肺がん,手術不能または再発乳がん,膵がん,胆道がんで,剤形はカプセル,顆
粒,有核型口腔内崩壊錠です。
• 基礎を知ろう!
85%が速やかに代謝分解され,抗腫瘍作用を示す活性代
TS-1は,5-FU をeffectorとして,CDHP が効果増強の
謝物 FdUMP に変換されるのは投与量のわずか 10%ほど
modulatorとして,Oxo が副作用軽減の modulator とし
である。
*
て作 用する biochemical modulation の概 念に基づき,
5-FU は短時間で分解されてしまうので,十分な血中
わが国で開発された薬剤である。1999 年にカプセル剤・
濃度を維持しようとすれば,投与量を多くするか注射や
顆粒剤が発売され,さらに 2013 年 6 月には,抗がん剤と
持続点滴ということになり,投与量が多くなれば副作用
しては世界で初めて口腔内崩壊錠が発売された。口腔内
の増加が懸念され,注射や点滴では通院が必要で,患者
崩壊錠は,抗がん剤の飛散防止の観点から抗がん剤成分
の QOL が低下する。この問題を解決するために開発され
を内包する有核型で,外力に対し十分な強度をもちなが
た 5-FU のプロドラッグ経口剤 FT(テガフール)は,主
らも口腔内で速やかに崩壊する,高強度・高崩壊性の外
に肝ミクロゾー ムのチトクロー ム P450(CYP2A6)にて
殻よりなる有核錠剤構造製剤である。
5-FU に変換され,血中に持続的に 5-FU を供給する。
腫瘍細胞に取り込まれやすいといわれる核酸塩基ウラ
シルの擬似物質(ピリミジン基の 5 位にフッ素)として合
成された 5-FU は,単回静注時の半減期が約 10 ∼ 20 分と
短い。 生 体 内の分 解 酵 素 DPD により投 与 量の約 80 ∼
*ある抗がん剤(effector)に他の薬剤(modulator)を併用すること
により,生化学的あるいは薬理学的に明らかな作用機序から,
effector の抗腫瘍効果の増強や副作用の軽減を図る,理論的に裏
付けされた併用療法のこと。
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