不確実性の時代 - 長岡工業高等専門学校

今どきの高専生
―「不確実性の時代」,高専生は何を学ぶべきか―
(鈴鹿工業高等専門学校)○西岡將美
1.まえがきー「不確実性の時代」―
施」・民間会社が編集作成)を実施している.その
目的は入学当初の「国語力」を知ることであり,結
果分析により,導入教育のあり方を探り実際の授
業改善を試みてきた.
平成 21 年度の結果概要は表1の通りである.入
学生 219 名(男子 161 名,女子 58 名)が受検した.
「不確実性の時代」
,これはあまりにも有名なア
メリカの合衆国の経済学者,ジョン・ケネス・ガ
ルブレイスの著書『不確実性の時代』
(1978,1983,
2009 年に邦訳)からであり,筆者によれば,次の
ように定義されている.
前世紀にあっては,資本家は資本主義の繁栄を確
信し,社会主義者は社会主義の成功を、帝国主義
者は植民地主義の成功をそれぞれ確信しており,
支配階級は自分たちが支配するのは当然だと考
えていました.しかし,こうした確実性はいまや
ほとんど失われています.人類が現在直面してい
るさまざまな問題の法外な複雑さを考えてみる
とき,確実性が残っているとしたら,かえってお
かしいくらいです.
と述べている.また、訳者斎藤精一郎のあとがき
では,
「われわれ誰もがいま,途方もない不透明な
時代に生きていることを日頃,身近に感じている.
まさに,われわれはいま「不確実性の時代」の真
っ只中にある.
」と述べている。
以上を通して,今の高専生に焦点を当て考察す
る.昭和 37 年度の創立以来,我が校の歴史を振り
返ってみても, 就職,進学の両面でかなり恵まれた
状況が約半世紀の間続いた.見方を変えて言えば,
高校,大学の同世代の若者に比べるとかなり広き
門の時代が長く続いたといえよう.
これらの状況を一口で言えば,就職率,編入学
率 100%を誇ってきた本校学生が,100 年に一度の
世界的不況と称される今,高校生,大学生の就職氷
河期を「対岸の火事」と見過ごしてしまってはい
けない.これらの現状認識を誤った判断で高専生
活を送らせないように指導すること,つまり彼ら
自身にこの「不確実性の時代」をどのような心構
えで生き抜かせればいいのだろうかを,筆者の担
当である高専国語教育を通して考えてみたい.
表1 学年「学力偏差値」一覧表
偏差値
平均
62.3
標準
偏差
8.6
5(65
以上)
100 名
46%
4(64
~55)
84 名
38%
3(54
~45)
10 名
5%
2(44 1(34
~35) 以下)
7名
0名
3%
0%
【注1】 学力診断の検査内容
第1部は、
「話すこと・聞くこと」
(CD 録音の設問
の聞き取り,時間は 3 分 30 秒)
第2部は「書くこと」
(「構成や論理の展開を工夫
して書く」
,
「文章を推敲,批評」
)
第 3 部は「読むこと」
(「短歌」
、
「俳句」の読解)
第 4 部は「言語事項」の領域(
「漢字の読み書き」
,
「表現力」
,
「品詞の理解」
)
上記から,
[5]100 名の 46%,偏差値 65 以上が
示すように,比較的国語力が身についた学生が入
学してきている.
次に第 1 部から第 4 部までの大領域の診断結果
は表2の通りである.
表2「大領域別」全国比較一覧表(%および全国=100)
部
5
4
3
2
1
本校
率
全国
率
全国比
1
14
39
34
12
1
83.0
74.0
112
2
28
47
16
6
3
61.1
41.3
148
3
26
31
34
9
0
54.5
46.5
117
4
40
31
20
7
2
55.6
37.1
150
平
均
27
37
26
8.5
1.5
62.3
49.7
132
本校は全国比を大きく上回り,特に第 2 部と第 4
部は好結果である.一方で、第 1 部の評価が低く,
「聞き取り」に難解さを感じることが多い.これ
2.本校学生の国語力とその意識
らから,中学校の実状がそのまま反映された形状
であり,少なからず「書く力」の育成が、入学試験
本校国語科では平成 11 年度から新入生を対象に, に直結する方法であり,入学試験合格に直結する
「学力診断検査」(「1日3教科・各学科一斉実
方法であったことがわかる.
1
ところで, 昨夏,中学生を対象とした学校説明会
の「高専入学試験問題を解く鍵」というコーナー
で,保護者から「高専に合格させたい.しかし,ど
うも我が子は国語が苦手で点数が取れない.高専
入試に合格させるために,どうすればいい点がと
れるようになるのか.
」という質問を受けた.
現高専生にとっても,国語は最終的に入学試験
に合格するためのもので,入学後も「国語」に対し
の苦手意識を克服するという向上心は感じられな
い.高専である以上,理数科目が得意でありこと
は言わずもがなであるが,新入生に実施している
「学習前アンケート」では,総じて 6 割強の学生
が国語に対して「嫌い・苦手・興味がない」など
の言葉で,学習意欲が旺盛でないと答えている.
ここから,本校における国語教育は始まるので
あるが,先に診断結果を勘案することから,今後の
国語教育の方向性が見えてくるのである.
い.」ということである.
ところで,高専生の評価は,平成 18 年 3 月,企
業及び卒業生に対する意識調査を行った「高等専
門学校のあり方に関する調査」の結果の中で,多
くの企業が「高専の卒業生の,特に専門知識,コ
ンピュータ活用能力,誠実さなど技術者としての
資質について満足している」と,その反面,
「その
場に即応した自らを表現する力が,大学卒業生に
比べると少なからず落ちる傾向にある」という.
また,高専では「インターンシップ」などの実
務体験学習が充実してきているにも関わらず,そ
の「コミュケーション能力」の基礎力が不足して
いるばかりに,その不具合を指摘されるケースも
増加している.
近年、本校学生の就職、進学の面接や口頭試問
で,いわゆるその実力を発揮できない学生が,10
年ほど前の卒業生と比べると多くなっているよう
に感じる.まさしく,「コミュケーション能力」,
その場に即応した「自らを表現する力」の向上さ
せる,これが高専国語教育の命題であり,「社会人
力」の育成であろう.
3.
「高専国語教育」の命題
高専国語教育の最終目的は「生きる力」の育成
である。言うなれば、5 年間で培った知識や技能を
実社会のさまざまな場面において、どのように活
用できるかである。具体的には、国語授業におけ
る「読む、書く、聞く、話す」などの基本的な力
を定着させた上で、
「記録、説明、論述、討論」と
いった学習活動を充実させる姿勢,指針の明確化
を図る必要性がある.
ところで,キヤノン株式会社代表取締役社長の
内田恒二氏は、
「基礎学力と企業―企業力の基は基
礎学力―」
(平成 19 年 7 月の漢検情報紙「樫の木」
第 298 号)で、以下のようなことを提言している.
企業で活躍するためには,読み書き計算を土台
とする「基礎学力」や「基礎教養」が欠かせま
せん.例えば、当社では初級管理職への昇級試
験にさえ,2,000 字~3,000 字程度の手書き論文
を課します.作文にあたって必要な語彙力・要
約力・構文力・などの日本語揚力と同時に,
「基
礎教養」に基づいた大局観や価値観を持ってい
るかどうかを見ているのです.
この提言を高専国語教育に当てはめれば,とり
もなおさず「自ら考える力」、「自ら表現する力」
を向上させる,および「問題解決能力」を養うた
めのコミュニケーション学習の充実を目指すこと
である.ただし,昨今の学生の状況を鑑みるに,
「自
ら学ぶ意欲」を喚起し、
「自らの課題」を見出し,
「自らの言語力」を創出することは,かなりの難
題とみる.いわゆる「読解力」が低い。言い換え
れば,「読めなければ,書けない.そして,話せな
4.高専の漢文‐『借虎威』の授業菊池隆雄氏の「漢文教育の行方-学校教育から
生涯学習へ-」注 1)において,中学国語の教科書に
おいては,故事成語(
「矛盾」
)
,唐詩(孟浩然,杜
甫,李白)
,論語 3 編.これですべてである.普段
の生活で漢文訓読体の言い回しに触れることの無
くなった今日,ほとんどの生徒は学校の教科書が
すべてであるということになる.高校でもその実
情は変わらない.氏は,
「センター試験から漢文が
無くなるようなことになれば,中・高の漢文教育
は目的を失い,役割を終えてしまうのだろうか.
大学入試に漢文が出なくなれば漢文教育は滅びる,
などという入試がすべての考えからだけは脱した
い.
」と述べている.
以上の指摘から,センター試験と縁遠い高専に
おいては、菊池氏の指摘以上に危機的な状況であ
ることが容易に理解できる.
さて,本校の国語カリキュラムは第 1 学年に国語
ⅠA(現代文),国語ⅠB(古典)で各 2 単位配当
の基礎充実科目である.いずれも文部科学省検定
教科書を採用している.筆者の国語担当は平成 12
年度以降,第 1 学年担を 11 年間続いている.基礎
充実科目であるとともに,高専本科および専攻科
における国語教育での系統学習の目当てを学ばせ
る目的も有している。
筆者の平成 21 年度の「国語ⅠB」
,漢文授業実
2
践の実際,故事成語「借虎威」を紹介しよう.
授業時間 平成 22 年 1 月中旬~2 月上旬
(1 回 95 分間×2.5 回=238 分)
実践教材 故事成語「借虎威」
授業計画・趣旨・実践
① 中国の「故事」と日本の「昔話」との違い
②「故事成語」の語句説明と出典『戦国策』
③「借虎威」で「虎」と「狐」は,どのよう
な性格のものとして語られているか。
(主旨)
「虎」-自分に力があることに気づかず,愚か
でお人好しな性格
「狐」-瞬間に知恵を働かせ,奸智にたけた狡
猾な性格
④『借虎威』の大意の捉え方
小人が権勢者を傘に着ていばりちらすこと
のたとえ
⑤本授業を通して,学生には,
「生きる力」の創
生を意識させ、授業中に積極的に発表学習に
参加させた。具体的には,本グループ学習形態
を通して,グループミーティングを行い,上
記の「課題探求力」の育成をねらいとした.
以上の計画に沿って,実践した.
220
表3 見解の分析(上段は人数・下段は%)
1
2
3
4
無答
M
21
15
2
5
2
45
46.7
46.7
4.4
11.1
0.4
E
23
13
1
4
3
44
52.3
27.3
0.2
0.9
0.7
Ⅰ
24
11
4
1
3
43
55.8
25.6
0.9
0.2
0.7
C
34
9
1
0
0
44
77.2
20.5
0.2
0.0
0.0
S
27
10
5
1
1
44
61.4
22.7
11.4
0.2
0.2
合計
129
60
12
11
9
27.2
5.4
5.0
0.4
(注)機械工学科(M)
、電気電子工学科(E)、
電子情報工学科(I)、生物応用化学科(C)、
材料工学科(S)の5学科
以下に,学生の見解別の作文例を紹介する.
1.
「他人
「他人の
威光」を借りた「
りた「狐」を否定
他人の威光」
私は,この意味を「位の高い人などに付いて
威張るようなことをせず,ありのままの自分を
受け止めなさい.
」という意味が含まれているの
だと考える.百獣の王である虎の前を歩き,狐
は威張りながら,獣たちが畏れて逃げていくの
を見ていた.食べられないがために,狐はうそ
をついて威張ったのだ.このことが虎にばれて
しまったらどうなるのだろう.やはり,ありの
ままの自分を受け止めるしかないと私は思う.
2.
「狐
「狐」の処世術(
処世術(ずる賢
ずる賢さを肯定)
肯定)
私はこの言葉にもう一つの意味をつけたいと
思います.それは「ピンチを上手くすり抜ける
こと」です.なぜなら,狐は自分の生命の危機
を,頭を使ってすり抜けることができました.
確かに,うそはよくないが,とっさに上手い言
葉を見つけるなんてすごいと思いました.この
言葉は,どちらかというと「虎」がおろかなの
だと感じました.
3.
「虎」の間抜け
間抜けさを強調
さを強調
この話は,授業では意味の通り,小人である狐
が虎のような百獣の王にも等しい権力者の威を
利用し威張ると習いましたが,私はこの狐をと
ても勇敢に思いました.狐は確かに虎に比べる
と弱い存在かも知れませんが,逃げるどころか,
虎の前に立って畏れようしない勇敢さに驚きま
した.意味では狐が小人とされていますが,私は
むしろ虎が小人なのではと思ったくらいです.
私は狐の威に圧倒されました.
4.独自な
独自な考え方
この故事の由来を学習して,なんとなく意味
がふさわしくないような気がしてきました.多
分,狐には威張るような余裕はなく苦し紛れの
方便だ.反対に余裕があったのは虎の方で,虎
はあえてだまされたふりをしているような気が
してなりません.
なお,本学習はそもそも自らの「学ぶ意欲」を
喚起し,
「課題」を見出し「言語力」を創出するこ
とをねらいとした.グループ学習で得たその成果
を学年末試験問題の小作文をとした.ただし,実
際の小作文作成に関しては,予告出題ではないこ
とを断っておく.言うなれば,入社課題作文の形
態を採り,即戦力の「言語表現力」に挑戦させた.
その実際問題は,
「あなたは『借虎威』における
「虎」と「狐」の描かれ方について,あなたの考
えを 300 字程度で自由作文せよ.
」である.以下は
見解別に分析をした結果が表3である。
見解
58.6
さて,本実践の第 1 眼目は、先述のべた学年末
試験における即戦力の言語表現力文である.
その上で,本校第 1 学年学生の「生きる力」の旺
盛さに感嘆する.まず,即戦力を試された課題作文
において、怯むことなく 99.6%の 212 名が堂々と論
じた.そして,これまた「2
2.「狐」の処世術(ず
る賢さを肯定)
」を論じた学生が 60 名,27,2%,ま
3
さに狐の「処世術」を正面から肯定した.
なお,3の「虎」の「間抜け」を敢えて論じた1
2名,5.4%は上記の紹介作文にあるように,敢え
て「狐」を主人公に据えることで、考え方の柔軟
性を追究しているといえる.言うなれば,本教材,
故事成語の持つ特有な教材観を積極的に活用して,
「考える,感じる,想像する,表す」力の集大成で
ある。この実践を通して,今どきの高専生の一面,
「強かさ」を垣間見た.
このように,高専学生における「読解力」の育
成は「生きる力」を身につけさせるための国語指
導であり、高専における国語教育の質的向上は,
彼らに「学ぶ意欲」を向上させることに他ならな
いのである.さらに,故事『借虎威』は課題探求,
問題解決,正義感,倫理観等の豊かな人間性の学習
であり,生涯学習そのものである.
先の 2003 年に実施された OECD による PISA 調査
結果などから、現在求められている国語力は,これ
からの社会を「生きる力」であろう.まさに,高専
生たち学習者たちは避けて通ることはできないの
である.その上で,現代人は国際社会の情勢に大
きく左右されながらの日常生活がある.その一方
で,国際社会での種々の場面では,自国の文化や
伝統を熟知しておく場面に遭遇する.
先述した「読解力」は,国語教育に携わる教員
でさえ,一般的に現代文を中心とした指導だけに
目が行き勝ちである.しかしながら,いわゆる「温
故知新」の古典指導は,私たち,まさに今どきの
高専生の日常生活を豊かなものにすること間違い
ない.今回取り上げた故事の「矛盾」
,
「推敲」
,
「借
虎威」は、話に筋のある小文を読むことによって,
本格的な漢文学習への第一歩となるであろう.そ
して,授業で取り上げた故事は、いずれも人口に膾
炙し、現代でも日常的に使われるものであろう.
そして,これから国際社会で活躍する高専生の生
きる心の支えになるものである.
した学習指導の取組が眼目である.
ただし,いわゆる読み書きで測れる学力だけで
はなく,感性やコミュケーション能力,あるいは
文化の基礎となる力を育成することである.
つまり,これらの力を育成することにより,今
の高専生活を如何に送るべきかを真摯に考える学
生の育成となろう.
「高専だから何とかなるさ」と,
甘い汁を吸えるものと信じてやまない学生がどっ
さりいる現状に対して,その打開こそが私たち高
専教員に課せられた命題であると考える.
よって、敢えてこの「不確実性の時代」を新し
い高専創生の合言葉にするものである.
脚注
注 1)菊池隆雄:
「漢文教育の行方-学校教育から
生涯学習へ-」
,国語教室,第 90 号,pp.58-61
(2009)
参考文献
1)ジョン・ケネス・ガルブレイス:『不確実性の
時代』斎藤精一郎訳,講談社学術文庫(2009 年)
2)教研式・全国標準・「高校新入生学力検査高入
AⅡ」(財団法人応用教育研究所 学力検査部
著 図書文化社)
3)五十嵐一郎:「生涯にわたり古典に親しみを抱
き続ける学習指導」,日本語学,29-3,pp.50-58,
明治書院(2010)
4)平岡敦子:「漢文教材指導の工夫-楽しみなが
ら漢文に親しみを持たせる」,月刊国語教育,
第 26 巻第 10 号,pp.50-58,東京法令出版
(2006) ,青木紀久代:
「国語力を育む学校風土
を作る」,月刊国語教育,第 26 巻第 10 号,
pp.24-27,同上,橋本喜一:「全人教育として
の国語教育」
,月刊国語教育,
第 26 巻第 10 号,
pp.28-31,同上,柴田悦己:「生涯学習を見据
えた国語力の育成」,月刊国語教育,第 26 巻
第 10 号,pp.32-35,長谷川秀一:
「国語力の育
成と授業改善」,月刊国語教育,第 26 巻第 10
号,pp.36-39,同上.
5) 藤森裕治:
「課題探究能力としての言語力」,
月刊国語教育,第 30 巻第 1 号,pp.22-25,東
京法令出版(2010)
6)加藤尚武・草原克豪:
「『徳』の教育論」
,芙蓉
書房出版(2009)
7) 特集=高校生に読ませたい漢文の名作ベスト
3 漢文教室,第 183 号,大修館書店(1997 年)
6.おわりに
「不確実性の時代」だからこそ、これまでの確
実性の大きさを誇ってきた高専教育において,生
涯にわたって自ら学ぶ力を育成することは、高専
教育の緊急課題である.そして,その核となるのが
国語教育であると考える.基本的に日常の言語生
活と密接に関わりを持つ「
『聞く』
『話す』
『読む』
『書く』を組み合わせた指導は,学生の主体的・
能動的な学習活動によるところが大きい.
「目的や
場面などに応じて適切に表現する能力」,「目的に
応じて的確に読みとる能力」など,「目的」を意識
4