講 座 CPD 大工道具とものつくりの心 第 1回 竹中大工道具館が伝えるもの 赤尾建藏 ■ 公益財団法人 竹中大工道具館 館長 わが国は、国土面積の70% 近くを森林が占めており、古くから木 を中心に絵巻物や文献なども加え、約 10,000 点を揃えてオープン の文化が栄えてきた。木の文化の代表は建築であり、特に社寺、数 した。 寄屋といった伝統的な木造建築を誇りにしている。 文学や自然科学、美術工芸の博物館は数多くあるが、工学とりわ この木造建築に欠かせないものが、大工道具である。木肌の美し け建築系の博物館は少なく、なかでも大工道具に焦点を当てた専 さを愛し、その表現に心を砕いてきた工匠たちは、その道具を使っ 門博物館は当館が最初である。年間入場者 10,000 人程度と小規 て精巧な加工をするため、技を追求した。 模だが、世界でも珍しいユニークな博物館として親しまれてきた。 今号から始まったこの連載講座では「大工道具とものつくりの 設立から5 年間は企業博物館であったが、1989 年からは財団法人、 心」と題し、大工道具の歴史や特徴とともに、工匠たちの技術と文 そして2012 年からは公益財団法人となり、公益のためにさまざま 化を紹介する。連載の第 1 回目は、私が館長を務めている竹中大工 な文化活動を展開している。 道具館の紹介をさせていただく。 これまでに収集した道具は約 22,000 点。文献資料などを含める と30,000 点以上になる。常設展では、それら収集した大工道具か 世界でも珍しいユニークな博物館 ら選りすぐった約 1,000 点を紹介している。 展示の特色は、道具は使われてこそ生きるという観点から「いつ でも道具を使える状態にして展示する」ことにある。痛んだ状態で かんな のみ 日本の建築は、明治時代に至るまで木造一筋の歴史を歩んできた。 持ち込まれた道具については、鉋や鑿といった刃物類には研ぎを、 そのため木の建築はさまざまに発達し、独自の造形美と高度な技 鋸 には目立てを施し修復している。錆止め対策は樹脂でコーティ 術を形づくってきた。それを背後で支えたのが「大工道具」である。 のこぎり ングするのではなく、大工と同じように油拭きを行っている。 この日本の建築史を物語る大工道具も、品質が良いものほど摩 耗して形が無くなるまで使われるため、後世に残ることが大変難し くなっている。また、機械化、電動化の進展によって、手道具そのも のが現代日本では姿を消しつつある。 新館に移転、新たな一歩を踏み出す このように失われていく大工道具を集めて民族遺産として保存 2014 年 10 月4日、竹中大工道具館は新神戸駅付近に移転し、新 し、さらに研究・展示を通じて匠の技と心を後世に伝えていこうと たな一歩を踏み出した。1984 年にオープンしてから30 年。建物設 いう想いから、1984 年に竹中工務店創立の地、神戸市中央区中山 備の老朽化と展示・収蔵スペース不足が問題となり、それを解消す 手に開設されたのが「竹中大工道具館」である。 るためである。移転先は竹中工務店が大正年間に2 番目に本店事 「建築の仕事の精神的原点」を残しておかなくてはならないと危 務所を構えたゆかりの地だ。 機感を感じていた人たちの想いを受けてプロジェクトが始まったの 新築された建物は、大工道具館に相応しい二つのコンセプトを は 1980 年のこと。場所は、1899 年、竹中工務店創設者の竹中藤 もってつくられた。一つめは「人と自然をつなぐ」である。建設地は 右衛門が名古屋から神戸に進出して最初に本社を置いた地とし、 六甲山の麓にあり、駅前にありがならも緑が豊かに残っていた。そ 建物は大工道具を保存することから土蔵をモチーフにデザインし こで、建物は地上 1 階、地下 2 階として存在感を抑え、クスノキや た。併せて資料収集を進め、開館まで 5 年の歳月をかけ、大工道具 アラカシなどもともとの樹木の伐採を最低限に留めた。建物のデザ 32 Ke n c h i k u s h i 2015.6 写真 1 模型と道具を併せて展示(先史時代 の道具) 写真 2 模型と道具を併せて展示 写真 3 吹き抜けに設けられた唐招提寺金堂の木組み インも和風とし、風景に溶け込み、くつろげる場とした。 びえ立つ国宝・唐招提寺金堂の柱と組物[写真 3]。その大きさと古代 二つめは、 「伝統と革新をつなぐ」である。建物の構造は防火区 の匠の知恵に圧倒される。寺院建築の木組みは高い位置にあり、普 域内ということもあり鉄骨鉄筋コンクリート造だが、内装は職人技 段は地上から眺めるだけで、細部を間近で観察することが難しい を味わってもらえるよう、大工や左官、瓦師などが伝統の技で仕上 が、ここではさまざまな視点で木組みを観察できるようにしている。 げている。一方で、最先端の建築技術にも積極的にチャレンジした。 製作したのは、日本を代表する宮大工である小川三夫棟梁と、彼が 限界の細さを追及した無垢の鉄骨柱、大空間を実現したダブル 育成した若く優秀な大工たちである。貴重な国産の檜材を用い、古 アーチ構造など、過去から現在に至るまでの建築技術も楽しんでも 代の道具を用いて、実物と同じように仕上げている。 らえるつくりになっている。 ほかにも後述する木造住宅の小屋組みを再現した「木組みの家」 、 ヒノキ 数寄屋の繊細な仕事がみえる「茶室スケルトン模型」 、伝説の鍛冶・ 五感に響く、新たな展示 生まれ変わった常設展は「より深く、よりわかりやすく」をテーマに、 千代鶴是秀の工房再現など、いずれも現代の匠たちの手によって 最高の職人技が詰め込まれた特別な模型となっている。 それらを含めた展示の構成は、7つのゾーンに分かれている。以 下それぞれの見どころや工夫点を見てみよう。 まったく新しい切り口でつくり直した。これまでは展示品をただ並 べるだけの方式が主流だったが、それでは手道具に触れる機会が ゾーン 1 「歴史の旅へ」 減った現代では、道具をどのように使ったのか理解し難い。そこで 歴史上の重要な4つの転換点(ターニングポイント)に絞り、日本で 新展示では、道具を使用している状況を模型で再現することで、使 大工道具がどのように変遷してきたのかを集中的に解説している。 用目的が直感的に理解できるようになった[写真 1、2]。併せて、使い また、道具だけを見てもなかなか時代の特質が見えてこないの 方を記録したビデオをポイントごとに設け、触って確かめることが で、道具が実際に使われている状況を模型で再現し、関連するビデ できるハンズオン展示も拡充した。この展示方法は、耳や手触りな オと建築写真をセットにして、使われていた状況をイメージしやす ど五感を使って身近に理解を深めることができるようになったと好 くなるよう工夫している。 評を得ている。なお、ビデオなど情報端末はすべて日英中韓の4カ 国語対応とし、外国人向けサービスも拡充している。 ゾーン 2 「棟梁に学ぶ」 もう一つの工夫が「実物大模型による迫力のあるリアルな展示」 人間としての大工に焦点を当て、リーダーである棟梁の仕事を紹 である。小さな道具を使って木を刻み、組み合わせて大きな建物を 介している。棟梁になると道具を使いこなすだけでは不十分で、見 つくりあげる、これこそが大工仕事の醍醐味である。この面白さ、 積や設計、木材調達、儀式など、さまざまな仕事を職人たちを使っ 凄さが直感的に理解できる実物大模型を本職につくってもらい新 て成し遂げなくてはならない。 設した。 日本では、宮大工の棟梁といえば法隆寺大工であった西岡常一 なかでも目玉となるのが、吹き抜け空間に7mを超える高さでそ 棟梁が最も有名である。ここでは西岡常一棟梁が実際に作成した 2015.6 Ke n c h i k u s h i 33 講 座 CPD 写真 4 大工道具の標準編成の展示 図面や道具を展示しているほか、弟子である小川三夫棟梁に展示 ように使われているのか、直感的にわかるようにしている。また、接 品を製作してもらい、宮大工の仕事の流れがわかるよう、原寸大の 合部だけを見てもその技術が意味しているところがよくわからない。 型板や部材の加工模型を、シンボル展示である唐招提寺金堂模型 そこでミニチュアのハンズオン模型をつくり、それを組んだり外し とセットで置いている。 たりできるようにしている。 ゾーン 3 「道具とて仕事」 ゾーン 4 「世界を巡る」 このゾーンから現代使われている大工道具の紹介が始まる。ひとく 柔らかい木を使う日本と、硬い木を使う海外では大工道具の形と ちに鑿や鉋といっても、さまざまな形のものがある。大工は作業に 使い方がまったく異なる。特に、日本の引き使いは世界的に見ると 応じて一つひとつ巧みに使い分けてきた。ここでは世界のなかでも 極めてマイナーな使い方になる。意外なことに、このことは日本で 稀に見る多様性と独自性を誇る日本の大工道具の種類や仕組み、 はあまり知られていない。そこで、具体的に比較できるように、アジ 使い方を模型と併せて細かく解説している。 アの代表として中国の大工道具を、欧米の代表としてフランスとド なかでも圧巻なのは、手仕事の発達がピークだった20 世紀中頃 イツの大工道具を紹介している[写真 6]。 の道具一式を一面に展示した「大工道具の標準編成」コーナーであ る[写真 4]。日本の大工がいかに道具にこだわったのかが一目でわか ゾーン 5 「和の伝統美」 る展示としている。 技術ばかり見ていても退屈するので、美をつくりだす職人芸を見て また、日本の伝統木造住宅の小屋組(天井裏の木組み)を実物大 もらい、直感的に美しさや素晴らしさを感じてもらおうという新設 で再現した「木組みの家」模型がある[写真 5]。大工が道具を使って のゾーンである。一番の見どころは、実物大の大きさで再現した茶 何をしているかといえば、木と木を組み合わせる接合部を刻んでい 室のスケルトン模型である[写真 7]。国指定重要文化財になっている る。この模型では接合部が分離していて、継手仕口のつくりがどの 京都・大徳寺玉林院にある蓑庵(1742 年建立)の写しとして、本職 の数寄屋大工に製作してもらった。ただし実物とは異なり、壁と天 井を一部取り払っているので、数寄屋大工の繊細な仕事が容易に 観察することができる。 そのほかに、精緻極まる組子細工、雲母摺りの京唐紙襖、自然の 素材でつくり上げた土壁など、見てすぐその凄さがわかる職人の芸 術作品を置いている。 ゾーン 6 「名工の輝き」 日本では単なる道具ではなく、実用の形を極めて芸術品と呼べる ほど洗練された道具が存在している。なかでも明治から昭和にかけ て活躍した道具鍛冶の名工・千代鶴是秀の道具は、大工たちの垂 涎の道具として知られている。その是秀の道具をはじめとして、善 作や宮野鉄之助など江戸時代から昭和に至るまでの名工が鍛え上 写真 7 茶室スケルトン模型 34 Ke n c h i k u s h i 2015.6 げた作品を陳列している[写真 8]。 写真 6 「ヨーロッパの道具」コーナー 写真 5 道具の使い方を実物大模型で解説 ゾーン 7 写真 8 「名工の輝き」コーナー 「木を生かす」 また、最近、木工道具を使ったことがないのはもちろんのこと、 最後に、大工が道具を使って相手としなくてはならない木材につい 木材にすらあまり触れたことのない子どもたちが増えてきた。そこ て紹介している。日本で使われている代表的な木材である檜、杉、 で、いつでも木工体験ができる「木工室」を設け、専属の宮大工 1 赤松、檜葉、栂、欅、栗、桜について、丸太の状態で揃え、まるで立 名が常駐し、子どもから大人までが工作や道具の試し使いにチャレ 木のように展示した。これには木の香りを体験してもらえるように ンジしたりする体験教室を開催している。 鉋の削り屑をセットで置いている。 以上長々と紹介させていただきましたが、一度お立ち寄り下さい。 ヒ バ ツガ ケヤキ ほかにも一本の丸太からどのように木取りができるのかを触れる 模型で解説している。 写真提供…竹中大工道具館 竹中大工道具館 所在地…兵庫県神戸市中央区熊内町 7-5-1 規模…地下 2 階、地上 1 階 敷地面積 2,744㎡、建築面積 539㎡ 延べ床面積 1,884㎡ 未来へ伝えたい「技と心」 構造…鉄筋コンクリート造・鉄骨造 竣工… 2014 年 4 月 日本の大工は職人気質と言われるように、昔から仕事の質に係わ る道具と材料については並々ならぬこだわりをもってきた。また、 設計・施工…株式会社竹中工務店 ※開館時間などの詳細については HP 参照 http://www.dougukan.jp 道具をつくる側の鍛冶も大工の「心意気」に応じようと、心根込め て多くの優れた道具を生み出した。このような伝統の技や心を映像 で記録する努力を続け、映像コレクションとして60 作品近くに なっており、ビデオライブラリーで見ることができる。 あかお・けんぞう 1967 年株式会社竹中工務店入社、大 阪本店設計部配属。2002 年財団法人 竹中大工道具館出向。現在公益財団法 人竹中大工道具館館長 自習型認定研修の設問 設問 1 設問 2 日本の大工道具と海外の大工道具の形や 使い方が異なる理由として適切なものは 次のどれか。 明治から昭和にかけて芸術品としての 大工道具をも制作した名工の名前は 次のどれか。 a. 日本では海外に比べて柔らかい木を使う から。 a. 西岡常一 b. 日本では鍛冶の技術が海外に比べ優れ ていたから。 認定教材の設問への回答は、 CPD 情報システムのページ https://jaeic-cpd.jp/ b. 千代鶴是秀 にアクセスのうえ、お願い致します。 c. 中村外二 ※不正解の場合は、 単位に登録できない場合があります。 c. 日本では仏教の教えが大工道具の使い 方に多大な影響を与えていたから。 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