シリコンフォトニック結晶光ナノ共振器における ラマン効果の増強に関する研究 高橋 和(大阪府立大学 ナノ科学材料研究センター) 【背景】 シリコン(Si)ベースのレーザ、光増幅器を開発することは、長年にわたり、Si フォトニクスの中 心的テーマであり、主に化合物半導体レーザとのハイブリッド化、ナノ構造の導入、イオン注入な ど、バンド間遷移を用いる手法が試みられてきた。そのような中、近年、誘導ラマン散乱を用いた 光増幅方法が提案され、Si 細線導波路を用いた Si ラマンレーザが Intel により開発され大きな注 目を集めた[1]。しかし、このデバイスは小型化、低閾値化に大きな課題を抱えており、小型で低消 費電力動作する Si ラマンレーザの実現に向けて、光非線形効果の増強が強く期待される 2 次元フ ォトニック結晶ナノ共振器を用いた手法が理論検討されている[2]。理論研究では、Q 値数万のナノ 共振器を用いれば、Si ラマンレーザのパルス発振が可能であることが報告されているが、私はそれ より遥かに大きい Q 値数百万を達成しており[3]、この高 Q ナノ共振器を用いれば、連続発振の可 能性がある。しかし、ナノ共振器からのラマン散乱光の観察はこれまで報告されていなかった。そ こで、本研究では、ナノ共振器におけるラマン効果増強を検証するために、主にラマンスペクトル 測定を成功させることに主眼を置いてきた。 【実験方法】 図 1(a)は、ナノ共振器とナノ共振器におけるラマン散乱光発生の模式図を示している。フォトニッ ク結晶は、エアブリッジ構造を持つ Si 薄板に、空気孔を三角格子状に配列して形成される。ナノ 共振器の共振周波数 fP と同じ周波数のレーザ光を、励起用導波路に入射すると、ナノ共振器に励起 光が捕獲される。捕獲された励起光と Si のフォノン振動との相互作用は、ナノ共振器の高 Q 値と 微小体積により通常よりも増強され、Si のフォノンエネルギー15.6 THz だけレッドシフトしたス トークスラマン散乱光 fS が高効率で生成される。図 1(b)は、線欠陥導波路のバンド構造を示してお り、励起光、ラマン光が対応する周波数を示してある。励起光は、高 Q 値を持つナノ共振モードに 共鳴させてある一方で、ストークス光の周波数はフォトニックバンドギャップ外に位置している。 Fig. 1. (a) Schematic of a PC nanocavity evanescently coupled to an excitation waveguide with the illustrations of Raman scattering. (b) Band diagram of the line-defect waveguide. The high-Q nanocavity mode is formed just above the bandedge of the even guided mode for the shifted L3 nanocavity while just below for the heterostructure nanocavity. The frequency of stokes Raman scattering corresponds to the slab mode in 2D photonic crystal. (c) Experimental setup for Raman spectroscopy. このため、発生したストークス光の大部分は Si 薄板内の導波モードに結合して、薄板内に閉じ込 められる。そのうちの一部が回折効果により、励起光とともに、上方に放射されてくる。この放射 光を研究費を用いて構築した図 1(c)に示すような、顕微ラマン測定系で測定した。ラマン光の検出 器には、近赤外波長域で最高感度を有する窒素冷却 InGaAs を用いた。 【実験結果】 図 2(a)は、共振波長 1336 nm、Q 値 3 万を持つナノ共振器からのラマンスペクトルを示している。 フォトニック結晶の構造パラメータは、格子定数 360 nm、半径 100 nm、薄板厚 175 nm である。 ストークス光と励起に用いた共振モードの周波数差は、Si のフォノンエネルギー15.6 THz に一致 しており、観測したピークは、確かにラマン散乱によるものと分かる。ナノ共振器に結合した励起 レーザ強度は、38 μW と小さく、ストークス光強度は 150 fW である。ラマン光の励起生成効率 は、3.9 × 10-9 となり、これはフォトニック結晶導波路を用いた同様の実験とほぼ同じ値である[4]。 次に、高 Q 値によるラマン散乱の増強を確認するため、より高い Q 値をもつナノ共振器でラマ ン測定を行った。図 2(b)は、共振波長 1463 nm、Q 値 150 万を持つナノ共振器からのラマンスペ クトルを示している。フォトニック結晶のパラメータは、格子定数 375 nm、半径 103 nm、薄板 厚 220 nm である。ラマン光の生成効率は、Q 値 3 万の結果に比べて 46 倍増大しており、この比 は Q 値の比と良く一致している。また、励起強度は僅か 2 μW であり、これはフォトニック結晶 導波路による実験に比べて 4 桁も低い値である[4]。更に今回の実験では、発生したラマン光の多く が薄板内に閉じ込められており、実際の効率は遥かに高いと予想される。以上の結果より、高 Q ナ ノ共振器による、ラマン散乱の増大が当初の計画通りに明確に観察できたと結論付けられる。 Fig. 2. (a) Raman scattering spectrum in the shifted L3 nanocavity. Inset shows the resonant peak for the fundamental nanocavity mode utilized for the pumping. (b) Raman spectrum in the heterostructure nanocavity with Q of 1.5 million. Inset shows the fundamental resonant mode. 参考文献 [1] [2] [3] [4] H. Rong, et. al., “Low-threshold continuous-wave Raman silicon laser,” Nature Photon. 1, 232 (2007). X. Yang, et. al., “Coupled-mode theory for stimulated Raman scattering in high-Q/Vm silicon photonic band gap effect cavity laser,” Opt. Express 15, 4763-4780 (2007). Y. Takahashi et. al., “Increasing the Q Factor and Controlling the Resonant Wavelength of Photonic Crystal Nanocavities,” CLEO/IQEC CFE1, Baltimore (2009). J. F. McMillan et. al., “Observation of spontaneous Raman scattering in silicon slow-light photonic crystal waveguides,” Appl. Phys. Lett. 93, 251105 (2008).
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