高Q値シリコンフォトニック結晶ナノ共振器における誘導ラマン散乱の増強

高Q値シリコンフォトニック結晶ナノ共振器における誘導ラマン散乱の増強
高橋 和 (大阪府立大学 21世紀科学研究機構)
【背景】電子デバイスとして絶対的な優位性を保つシリコンを用いた光デバイス研究は,現在の
LSI が抱える電気配線ボトルネック問題を解決するための光配線や急速にトラフィック量が増大し
ている光通信ネットワークの高速・省エネ化,医療・バイオ分野応用まで幅広く行われている.こ
の研究分野でとりわけ困難だったのが,間接遷移型半導体であるシリコンを用いてレーザや光増幅
器を実現することである. 2002 年,リブ型細線導波路における誘導ラマン散乱を用いる手法が提
案され[1],2005 年には,インテルによりシリコンラマンレーザの室温連続発振が報告された[2].
これは,今でも唯一の全 Si レーザであるが,素子サイズは数 cm,閾値は数十 mW といずれも大き
く,導波路中で生じた2光子吸収キャリアを引き抜くために導波路に沿って PiN ダイオード構造を
付加した複雑な構造である[3].これらの問題を一気に解決するために,本研究では,シリコンフォ
トニック結晶ナノ共振器を利用した.ナノ共振器の高 Q 値と微小体積により,弱励起時での誘導ラ
マン利得を増強して,2光子吸収が支配的になる前に正味の光利得を生じさせれば,PiN 構造なし
での連続発振が,理論上は可能と考えられた.しかしながら,ナノ共振器を用いた現実的なラマン
レーザ構造は一切提案されておらず,ナノ共振器からの誘導ラマン散乱の実験報告もなかった.そ
のため,ナノ共振器における誘導ラマン散乱の増強メカニズムも不明であった.本研究では,その
メカニズムを理解することに主眼を置き研究を行ってきた.
【共振器構造】図 1(a)がレーザ発振に用いたナノ共振器構造を示している.格子定数を共振器中央
部分で,410-415-420 nm と 2 ステップで変化させたへテロ構造からなる.研究者は,このナノ共振
器において世界最高 Q 値を達成している[4].この共振器は,
図 1(b)に示すようなバンド構造を持ち,
ヘテロ構造部分に,odd ナノ共振モードと even ナノ共振モードの2つが形成される.それぞれ,異
なる導波モードの基底共振モードであり,その電磁界分布は x 方向に対して同一周期で振動する.
そのため,ラマン散乱のための重なり積分を大きくできる.また,それぞれ,Q 値 10 万以上,100
Fig. 1. (a) SEM image for the core region of the fabricated nanocavity Raman laser. Two excitation waveguides were used to
inject light into the nanocavity. Superimposed represents the image of Raman laser action. (b) The band diagram along the
x-direction for the nanocavity. Two high-Q nanocavity modes are formed at the heterostructure. Odd- and even-nanocavity modes
are utilized as the pump mode and the Stokes mode for Raman laser in Fig. 1.
Fig. 2. (a),(b) Resonant spectra for odd-nanocavity mode and even-nanocavity mode, respectively. Solid lines represent the
Lorentzian fits. (c) Laser output power as function of coupled pump power into the nanocavity. (d) Raman scattering spectra
below and above threshold, respectively. (e) IR image of laser operation.
万以上を持つ.さらに,2 つの共振モードの周波数差は,空気孔の穴径を変えることで,シリコン
のラマンシフトである 15.6 THz に一致するように制御できる.最後に,両者は異なる導波モードか
ら生じているため正反対の空間対称性を持つが,共振器の x 方向を Si 結晶の[100]方向に沿って作
成した場合,シリコンのラマン選択則によりラマン散乱のための重なり積分は最大限まで高められ,
ナノ共振器の特長である高 Q 値と微小体積による光-物質相互作用の増強を最大限に活かすこと
ができる.以上まとめると,総合的に見て,この共振器構造は,他の共振器構造より誘導ラマン散
乱の増強において,数桁優れた構造と思われる.
【実験結果】図 1(a)に示すように,共振器には,2つのナノ共振モードを励起するための導波路が
隣接させて作製してある.odd ナノ共振モードを odd-excitation waveguide を通して外部光源により
励起して,そこで発生したラマン散乱光が even ナノ共振モードに閉じ込められ,レーザ発振が起
こる.図 2(a),(b)が,それぞれのナノ共振モードの共振スペクトルを示しており,図 2(c)が室温連続
発振動作を示している.入力強度 1 µW を境に,3 桁近い出力増強と 10 % 弱の微分効率が得られ,
エネルギー効率は最大で 4 % に達した.図 2(d)は,分光器で測定した発振スペクトルを表しており,
図 2(e)は,発振時のナノ共振器の赤外カメラ像を示している.
【まとめ】本研究課題により,高 Q ナノ共振器における誘導ラマン散乱の増強メカニズムを理解す
ることができた.その結果,インテルより 1 万倍以上優れた性能を持つシリコンラマンレーザを実
現した.このレーザは光通信波長帯全てで動作可能である[5].主要な結果については,Nature に
掲載される[6].
参考文献の書き方
[1] R. Claps, D. Dimitropoulos, Y. Han, and B. Jalali, Opt. Express 10 (2002) 1305.
[2] H. Rong, R. Jones, A. Liu, O. Cohen, D. Hak, A. Fang, and M. Paniccia, Nature 433 (2005) 725.
[3] H. Rong, S. Xu, Y. Kuo, V. Sih, O. Cohen, O. Raday, and M. Paniccia, Nature Photon. 1 (2007) 232.
[4] Y. Taguchi, Y. Takahashi, Y. Sato, T. Asano, and S. Noda, Opt. Express 19 (2011) 11916.
[5] R. Terawaki, Y. Takahashi, M. Chihara, Y. Inui, and S. Noda, Opt. Express 20 (2012) 22743.
[6] Y. Takahashi, Y. Inui, M. Chihara, T. Asano, R. Terawaki, and S. Noda, Nature 10.1038/nature12237.