知的障害特別支援学校における個別の教育支援計画の作成・活用

知的障害特別支援学校における個別の教育支援計画の作成・活用に関する調査研究
舟本 麻衣
Ⅰ 問題
2003 年に文部科学省から出された「今後の特別支
校長宛に郵送した。
「調査可能」と返信があった知的
障害特別支援学校のみに再度,学級担任数の調査用
援教育の在り方について(最終報告)」で,障害のあ
紙と返信用封筒を郵送した。
る児童生徒一人一人のニ-ズに応じて,幼児期から
3 調査内容
学校卒業後まで一貫した支援を教育,福祉,医療,
①フェイスシート
労働等が連携して行うために「個別の教育支援計画」
②個別の教育支援計画の作成について
を策定することが示された。また,特別支援学校指
③個別の教育支援計画の活用について
導要領では,作成が義務付けされ,個別の教育支援
Ⅳ 結果と考察
計画への期待が高まっている。
1 回収率・有効回筓数
しかし,菅野・一木・佐藤・西川・篠原・皆川(2007)
A 県の知的障害特別支援学校 7 校中 7 校から協力
が行った調査では,個別の教育支援計画の活用の目
可否の回筓があり,協力可能な学校は,6 校であっ
的や内容は,知的障害特別支援学校では,医療や進
た。協力を得られた 6 校の学級担任 115 名に対して
路に関する連携や支援の割合が高く,幼稚部と小学
質問紙を配布し,91 名から回筓があり,回収率は,
部では医療に関する連携・支援,高等部では進路に
78.4%であった。回収できた 91 部中,回筓に不備の
関する連携・支援の割合が高く,対象としている児
あるものを除き,小学部 34 部,中学部 26 部,高等
童・生徒の障害やライフステ-ジによって,活用の
部 28 部の計 88 部を有効回筓とした。
目的や内容が異なっていることが明らかになってい
2 個別の教育支援計画の作成について
る。しかし,どの学部も半数以上が活用されていな
作成の中心者は,どの学部でも約 9 割以上が学級
い現状であり,書式や様式,活用方法,保護者や関
担任であり,作成する際には校内で,マニュアルや
係機関との連携などにおいて改善が必要であると指
説明会があることが明らかになった。菊池(2007)
摘している。個別の教育支援計画が形骸化しないた
も個別の教育支援計画において学級担任の果たす役
めにも,作成・活用状況を把握し,改善方法を考え
割は大きいと述べており,個別の教育支援計画の作
る必要がある。
成の際にも学級担任の果たす役割は大きいと言える。
Ⅱ 目的
表 1 は,作成する際に必要とした情報を複数回筓
知的障害特別支援学校において,小・中・高等部
で求めたものである。
「保護者の要望」,「障害の状
ごとに個別の教育支援計画の作成・活用状況を把握
態」
,
「地域生活の状況」
,
「家庭生活の状況」が約 7
し,作成・活用に関して,どのような課題があるの
割以上と高く,
「発達の状態」
,
「医療・健康に関する
かを明らかにすることを目的とした。
こと」
,
「本人の願い」
,
「福祉機関」も約 5 割以上で
Ⅲ 方法
あった。また,小学部では,特に「家庭生活の状況」
1 対象
や「発達の状態」
,中学部では,
「地域生活の状況」
,
A 県全知的障害特別支援学校の普通学級,重複学
高等部では,「福祉機関」
,「労働機関」
,「実習施設
級の学級担任(2008 年度)201 名。
の様子」の情報を特に必要としていることが明らか
2 方法
になった。
調査依頼をするため,A 県全知的障害特別支援学
情報収集方法は,「保護者からの書類」,「引継ぎ
校(7 校)に調査用紙,依頼書,返信用のはがきを
の資料」
,
「保護者との面談」
,
「前担任やその他の教
必要とした情報 (複数回答)
小学部
中学部
高等部
n=34
n=26
n=28
保護者の要望
34(100%) 26(100%) 27(96.4%)
障害の状態
26(76.5%) 21(80.8%) 20(71.4%)
地域生活の状況
28(50%) 21(80.8%) 17(60.7%)
家庭生活の状況
30(88.2%) 16(61.5%) 16(57.1%)
発達の状態
24(70.6%) 14(53.8%) 12(42.9%)
医療・健康
17(34.4%) 18(69.2%) 15(53.6)
本人の願い
19(55.9%) 16(61.5%) 14(50%)
福祉機関
19(55.9%) 8(30.8%) 17(60.7%)
医療機関
14(41.2%) 10(38%) 15(53.6%)
前学校(前学年)の様子 16(47.1%) 10(38.5%) 11(39.3%)
生育歴
11(32.4%) 12(46.2%) 10(35.7%)
就学する前の様子 11(32.4%) 9(34.6%)
2(7.1%)
労働機関
1(2.9%)
4(15.4%) 9(32.1%)
実習施設の様子
0(0%)
0(0%)
7(25%)
その他
0(0%)
0(0%)
2(7.1%)
の社会生活について共に考えられることは,個別の
表1
計
n=88
87(98.9%)
67(76.1%)
66(75%)
62(70.5%)
50(56.8%)
50(56.8%)
49(55.7%)
48(54.5%)
43(48.9%)
38(43.2%)
33(37.5%)
22(25%)
13(14.8%)
7(8%)
2(2.3%)
表2 個別の教育支援計画の使用頻度(校内)
小学部
中学部
高等部
計
n=34
n=26
n=28
n=88
頻繁に使用した
2(5.9%)
4(15.4%) 4(14.3%) 10(11.4%)
やや使用した
31(91.2%) 22(84.6%) 22(78.6%) 75(85.2%)
全く使用していない
1(2.9%)
0(0%)
2(7.1%)
3(3.4%)
表3 校内での使用場面・機会(複数回答)
小学部
中学部
高等部
計
n=33
n=26
n=26
n=85
保護者との面談
31(93.9%) 23(88.5%) 24(92.3%) 78(91.8%)
前担任との引継ぎの際
19(57.6%) 13(50.0%) 12(46.1%) 44(51.8%)
の話し合い
学級担任と副担任の話
7(21.2%) 11(42.3%) 10(38.5%) 28(32.9%)
し合い
学部間での話し合い
9(27.3%) 7(26.9%) 8(30.8%) 24(28.2%)
特別支援教育コーディ
0(0%)
0(0.%)
1(3.8%)
1(1.2%)
ネーターとの話し合い
その他
6(18.2%) 3(11.5%) 3(11.5%) 12(14.1%)
教育支援計画が,保護者と学級担任が連携する際の
1 つのツールになっていることがうかがえ,個別の
教育支援計画の目的を果していると言える。更に,
小学部では「保護者と学校生活や家庭生活などにつ
いての連絡がとりやすい」
,
「地域生活の様子を知る
ことができる」,中学部では,「学年や学部を通して,
生徒の生活を見据えることができる」,高等部では
「個別の指導計画や個別の移行支援計画を作成しや
すい」
,
「就労支援について考えることができる」と
いう項目が高く,各部に共通するメリットと異なる
メリットがあることが明らかになった。
3 個別の教育支援計画の活用について
表 2 は,校内で個別の教育支援計画を使用したか
尋ねたものである。「頻繁に使用した」,「やや使用
した」と回筓した学級担任は,約 9 割であった。
表 3 は,校内で個別の教育支援計画を「頻繁に使
用した」
,
「やや使用した」と回筓した 85 名に校内で
使用場面・機会を複数回筓で求めたものである。校
内では主に,保護者との面談での使用が最も多く,
教職員間の話し合いや前担任との引継ぎの際の話し
合いの際にも使用されていることがわかった。保護
者との連携は最も大切な側面であるため,個別の教
職員」
,
「前年度の個別の指導計画,個別の教育支援
育支援計画を保護者との面談で使用することは,保
計画」が多く挙げられており,前年度の個別の教育
護者と教員の相互にメリットがあると考えられる。
支援計画も有力な情報源になっていることが明らか
一方,校外では,
「頻繁に使用した」という回筓は
になった。また,高等部では,他の学部より「本人
なく,「全く使用していない」は,約 6 割,「やや使用
との面談」
が多く挙げられ,
学部が高くなるごとに,
した」は,約 3 割程度であった(表 4)
。
わずかではあるが,
「保護者からの書類」の割合が低
くなっていることが明らかになった。
表 5 は,校外で個別の教育支援計画を「やや使用
した」と回筓した 31 名に対して,使用機関を尋ねた
作成のメリットについては,各部とも「保護者と
ものである。小・中学部では,
「現在利用している福
今後の社会生活についての共通理解を図りやすい」
祉機関」が多く,高等部では,
「卒業後利用する福祉
が最も高く,
「将来の社会生活や地域生活を見据え
機関」が多く挙げられていた。また,小学部では,
えることができる」
,
「個別の教育支援計画-個別の
他の学部に比べ,
「医療機関」との間で多く使用され
指導計画-授業という一貫した指導につながる」,
ていた。この結果は,菅野他(2007)の調査結果と
「現段階で取り組むべき指導が明確になる」が多く
同様であり,児童・生徒の障害の重度・重複化によ
挙げられていた。個別の教育支援計画を作成する際
り,医療との連携を重視していると考えられる。
は,保護者の参加が必要不可欠であり,重要な支援
しかし,校内の使用頻度に比べ,校外の使用頻度
者の一人として考えられている(全国特殊学校長会,
が低く,その理由を校外で個別の教育支援計画を「全
2005)。保護者と個別の教育支援計画を通して,今後
く使用していない」と回筓した 57 名に複数回筓で求
表4 個別の教育支援計画の使用頻度(校外)
小学部
中学部
高等部
計
n=34
n=26
n=28
n=88
頻繁に使用した
0(0%)
0(0%)
0(0%)
0(0%)
やや使用した
14(41.2%) 7(26.9%) 10(35.7%) 31(35.2%)
全く使用してない
20(58.8%) 19(73.1%) 18(64.3%) 57(64.8%)
表5 現在利用している福
祉機関
卒業後利用する福祉
機関
医療機関
労働機関
入学前の機関
その他
校外の使用機関(複数回答)
小学部
中学部
高等部
n=14
n=7
n=10
査でも,書式,関係機関との連携が上位を占めてお
り,今後,
「関係機関との連携」
,
「書式や様式」など
において改善策が必要だと言える。
「関係機関との連携」の改善については,
「学校全
体で関係機関,地域への働きかけが必要」という意
計
n=31
見や「校内外をとりしきるコーディネーターを設置
9(64.4%)
6(85.7%)
1(10%)
16(51.6%)
する」という意見が挙げられ,特別支援教育コーデ
0(0%)
0(%)
5(50%)
6(19.4%)
ィネーターを中心に,藤井(2009)が提案するよう
4(28.6%)
0(0%)
0(0%)
3(21.4%)
1(14.3%)
0(0%)
0(0%)
0(0%)
0(0%)
1(10%)
0(%)
2(20%)
5(16.1%)
1(3.2%)
0(0%)
3(9.7%)
に,特別支援学校が開かれた学校を目指し,関係機
校外で使用されない理由(複数回答)
小学部
中学部
高等部
計
n=20
n=19
n=18
n=57
使用方法が確立され
11(55.0%) 13(68.4%) 11(61.1%) 35(61.4%)
ていない
使用する機会がない 6(30.0%) 5(26.3%) 6(33.3%) 17(29.8%)
必要性がない
5(25.0%) 2(10.5%) 4(22.2%) 11(19.3%)
関係機関との結びつ
4(20.0%) 2(10.5%) 3(16.7%) 9(15.8%)
きがない
個別の教育支援計画
1(5.0%)
1(5.3%)
3(16.7%)
5(8.8%)
に代わる資料がある
その他
4(20.0%) 2(10.5%)
1(5.6%)
7(12.3%)
顔見知りになることである」と述べており,学校,
めたところ,
「使用方法が確立されていない」,「使
る」などの意見が挙げられ,赤松(2005)が提案す
用する機会がない」という意見が挙げられた(表 6)
。
るように,作成する教員にとって負担が尐なく,保
この結果から,どのように関係機関との間で,個別
護者や関係者・機関にとってわかりやすいものがよ
の教育支援計画を活用し,連携を図っていくかが,
いと考えられる。
課題であると推測される。
Ⅴ 今後の課題
表6 関や地域に積極的に働きかけることが必要ではない
だろうか。西牧(2007)は,
「連携の初めの一歩は,
教職員と地域の関係機関が互いに,どのような取り
組みをしているか,どのようなことを求めているか,
見直し,校内外の連携体制を整えていく必要がある。
「書式」については,「好みや苦手なこと,でき
ること,難しいことの欄があれば,支援につながり
やすい」という意見や「支援会議の記録の欄を設け
また,先行研究では,個別の教育支援計画を「活
個別の教育支援計画の改善項目では,「関係機関
用」すると頻繁に使用されているが,定義が定まっ
との連携」が最も多く挙げられており,教員自身が
ていなく,今回は,学級担任が考える個別の教育支
関係機関との連携に問題意識をもっていることがう
援計画の「活用」とは,どのようなことなのか調査
かがえた。しかし,この要因を明らかにすることが
し,主に「話し合いで使用すること」,「校内・関
できなかった。今後,関係機関との連携について焦
係機関との指導・支援内容についての共通理解を図
点を絞り,調べていく必要がある。
ること」,「引き継ぎの資料として使用すること」
文献
であることがわかった。また,個別の教育支援計画
赤松拓(2005)個別の教育支援計画作成のシステムの構築.特別支援教
を作成する際に前年度の個別の指導計画や個別の教
育支援計画が有力な情報になっており,個別の教育
支援計画を作成する際に前年度の個別の教育支援計
画を参考にすることも個別の教育支援計画を活用し
ていると言えるだろう。
4 個別の教育支援計画の改善点
約 7 割の学級担任が改善の必要性を感じており,
改善の必要な部分として「関係機関との連携」が約
5 割と最も高くなった。菅野他(2007)が行った調
育,17,19-22.
藤井茂樹(2009)地域と連携した教育活動の意義と課題.肢体不自由教
育,192,4-9.
菅野和恵・一木 薫・佐藤匡仁・西川公司・篠原吉徳・皆川春雄(2007)
個別の教育支援計画の作成と活用の実態に関する調査報告.筑波大
学学校教育論集,29,73-82.
菊池直樹(2007)学校,地域の支援充実を担任から発信しよう.特別支
援教育研究,600,6-7.
西牧謙吾(2007)人の動き,システムが変わる個別の教育支援計画,特
別支援教育研究,600,7-9.
全国特殊学校長会(2005)地域・家庭・学校のための よくわかる「個
別の教育支援計画」Q&A -保護者の質問に筓えて-.