特別支援教育における小学校校長のリーダーシップと

特別支援教育における小学校校長のリーダーシップと学校経営
山﨑 幸子
Ⅰ
問題
「小中学校におけるLD,ADHD,高機能自
Ⅲ
方法
1 対象:長野県全公立小学校校長(386 名)
。
閉症の児童生徒への教育支援整備のためのガイド
2 方法:吉利・吉海(2006)のアンケート用紙
ライン(試案)(2004)」では,校長はリーダーシ
及び高原・八幡(2004)の質問項目を参考に質問
ップを発揮して,特別支援教育を視野に入れた学
紙を作成し,郵送依頼した。
校経営を行い,全校的な支援体制を確立していく
3
ことが,「特別支援教育の推進について(通知)
調査内容:a学校の概要 bフェースシート
c特別支援教育体制 d研修 e学校運営
(2007)」では,特別支援教育の責任者として,自
Ⅳ
結果及び考察
らが特別支援教育や障害に関する認識を深めると
1
回収率: 239 名より回答があり,回収率は
ともに,リーダーシップを発揮しつつ,体制の整
61.9%であった。
備を行い,組織として十分に機能するよう教職員
2
学校の概要
校内委員会は 98.7%の学校で設置されており,
を指導することが重要であると示された。
しかし,吉利・吉海(2006)は小学校校長の特
別支援教育に関する知識に対して,かなりの校長
8 割の校長が構成メンバーに入っていた。特別支
援教育コーディネーター(以下コーディネーター)
が自信を持てないでいる現状を明らかにしている。 は全校で指名され,特別支援学級担任が半数を占
特殊教育から特別支援教育へと転換されていく
めていた。指名する視点は複数回答で「学校全体
中で,様々な視点から全校的な支援体制を確立し,
の実態を把握している」(45.6%),「特別支援学級
校長がリーダーシップを発揮していくことの重要
を担任したことがある」(33.9%),「職員に信頼が
性が指摘されているが,大石(2006)は,校長裁量
あり,相談に的確に対応できる」(31.0%)で, 校
の余地を残すためなのか,実際どのようにリーダ
長は多角的な視点からコーディネーターを指名し,
ーシップを発揮するのかは必ずしも具体的には示
学校組織の活性化・支援の充実のためのミドルリ
されているとはいえない状況を示している。
ーダーとしての役割をコーディネーターに期待し,
校長が何を重視し,どのように教育改革をし,
学校をつくっていこうとしているか,特別支援教
学校経営を行おうとしていることがうかがえた。
3
特別支援教育を視野に入れた学校経営
育をどのように理解しとらえているのか,比留間
表 1 より特別支援教育に特に必要なものとして
(2004)が指摘するように校長の意向や姿勢が全
最も多かったのは,
「人材」であった。国の支援員
職員の理解や認識・意識を高め,学校全体で取り
制度は充実してきているが,さらに人材を必要と
組む体制作りに重要な役割を果たすと考えられる。 している学校の実情がうかがえた。
Ⅱ
目的
また表 2 より特別支援教育の実施に校長として
本研究は,特別支援教育における小学校校長の
求められるものとしては,
「組織マネジメント」が
理解や校内研修の取り組みを明らかにし,学校全
半数以上(58.6%)を占めていた。このことから校長
体で支援するための組織づくり,校内風土づくり
が校内支援体制づくりを重視していることがうか
のために校長が何を重視し,そのリーダーシップ
がえた。次に「学級経営方針」(28.5%)と続き,
をどのように発揮していくべきかを明らかにする
学校運営計画の中のグランドデザインに特別支援
ことを目的とした。
表1 特別支援教育に特に必要なもの
特別支援教育に
特に必要なもの
人材
予算
設備
わからない
その他
未回答
計
4
人数
割合(%)
214
13
2
1
4
5
239
89.5
5.4
0.8
0.4
1.7
2.1
100.
特別支援教育体制についての校長の評価
図 1 より校内委員会に関しては,ほぼ校内体制
が整えられてきているといえる(項目 1,5)。また,
ほぼ半数の校長が,コーディネーターの取り組み
を評価していた(項目 2,3,4,6)。校長は今後,複数
のコーディネーターによるチーム支援(渡辺,
2008)を取り入れていくなど,これまでの教育実
践を背景にチームアプローチによる学校経営の視
表 2 特別支援教育に校長として求められるもの
点を持つことが重要となってくるであろう。項目
校長として求められているもの
組織マネジメント
学校経営方針
学校のアカウンタビリティ
学校の危機管理
その他
未記入
計
人数 割合(%)
140
58.6
68
28.5
13
5.4
6
2.5
5
2.1
7
2.9
239
100.0
7「個別の指導計画の作成」は 9 割,項目 8「個別
教育の視点が明記されている学校があることから
目 19),LD等の児童にとって落ち着ける学習環
も,学校経営の全体の中の位置づけとして特別支
境を整備していくこと(項目 21)が課題であろう。
援教育が重視されていることがうかがえよう。
幼稚園・小学校との連携,中学入学に当たっての
の教育支援計画の策定」は 3 割の学校で作成され
つつある状況であった。学級経営・授業づくりで
は,全般的に居心地のよい人間関係づくりを目指
した学級経営が行われていた(項目 9,16)。今後は
他校と交流および共同学習を進めていくこと(項
さらに多くの校長は,
「教員同士の連携」(47.3%)
中学校との連携は 7 割以上の学校でできていると
により教員への理解促進をしていくことが重要だ
評価していた(項目 25,26)。項目 14「巡回相談員
と考えていた。また「校内研修」(38.9%)の必要性
の活用」は 4 割,項目 22「専門家チームの活用」
を感じ,「学外校外研修」
(10.0%)よりも校内研
は 2 割程度,項目 15「ボランティアの活用」につ
修を重視し,
その中でも特別な場でというよりも,
いては 7.5%であり,ボランティアの活用が今後の
日々の実践の中で連携していくことを重視する傾
課題と考えられる。児童生徒の理解啓発は日常生
向がみられた。特別な支援ニーズのある子どもに
活の中でまたは授業を通して行われていると評価
対する課題は,
「学習指導の方法」(30.5%),
「保護
していた(項目 29)。保護者や地域への理解啓発に
者との連携」(30.5%)で合わせて 6 割以上を占め,
ついては児童生徒に比べ理解啓発が進んでいない
教師一人ひとりが教師の資質及び専門性を向上さ
現状が明らかとなった(項目 30)。校長がリーダー
せ,授業力をアップさせていくこと,及び常に保
シップを発揮し学級通信や学年通信の内容に反映
護者の願いや意見を把握した学級づくりを行って
させていくこと,「学校便り」の中で「特別支援
いくことの重要性を,校長が課題として捉えてい
教育便り」を発行し,全校児童の保護者に知らせ
ることが看取された。
ること(大塚,2009),校長講話や PTA 総会で話
児童間の理解促進のために必要と思われること
すことなど,周りの保護者や児童に周知していく
では,
「授業で関わる」(60.3%)が最も多く,単に
必要がある。
児童が関わるだけでなく,道徳,特別活動,交流
5
及び共同学習などの授業の中で体系的に学んだり,
研修
9 割以上の校長が特別支援教育に関する研修を
障害児と直接関わることを通じて望ましい人間関
受けていた。研修内容については「発達障害に関
係を形成していくことが重要であるという校長の
すること」が最も多かった。学校経営に生かされ
願いがうかがえた。
る研修や情報提供内容では,
「LD,ADHD,高
機能自閉症の支援方法」(77.0%),「LD,ADH
D,高機能自閉症の障害理解」(65.3%),
「特別な
1
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5
6
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9
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26
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29
30
支援を必要とする児童生徒への支援方法全般」
(64.0%)が多く,支援において困っている状況がう
かがえた。コーディネーターが研修に行く際には
研修中の補強計画や校内支援体制,研修後の伝達
講習,研修報告に配慮し,コーディネーターの意
欲を高め,参加を促し,研修の機会を増やしてい
た。特別支援学校からの研修や情報提供は,8 割
以上の小学校が何らかの形で支援を受けており,
特別支援学校のセンター的機能は進んできている
といえよう。
6
学校運営
最も重要と思われるものは,
「校内支援体制の構
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
している ほぼしている あまりしていない 全くしていない
1
2
3
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5
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校内委員会の活動目標は明確にしている
特別支援教育コーディネーターの役割を明確にしている
特別支援教育コーディネーターと学級担任との連携はでき
ている
特別支援教育コーディネーターと養護教諭との連携はでき
ている
校内委員会は定期的に開催される
特別支援教育コーディネーターはその役割を果たしている
個別の指導計画を作成している
個別の教育支援計画の策定を行っている
学級担任は,授業について個別の指導計画に沿って適切な配
慮や指導を行っている
授業の担当教員は,授業について個別の指導計画に沿って適
切な配慮や指導を行っている
該当の児童生徒の障害の状態に応じた生活上の配慮や指導
は適切に行われている
尐人数指導を活用して,個に応じた指導の充実を図っている
習熟度別授業を活用して個に応じた指導の充実を図ってい
る
必要に応じて巡回相談員の活用を図っている
必要に応じてボランティアの活用を図っている
学級全体として,あたたかな友人関係を育成している
特別支援学級等の弾力的運用を図っている
校内で交流および共同学習を推進している
他校と交流および共同学習を推進している
特別支援学校との連携は行われている
LD等の児童にとって落ち着ける学習環境を整備している
必要に応じて専門家チームを活用している
地域の関係機関との連携は行われている
個別の教育支援計画の策定・実施に当たって,支援会議を持
っている
小学校入学に当たって幼稚園・保育園と連携を行っている
中学校進学に当たって中学校と連携を行っている
就学指導委員会との情報交換や連携は就学後も行われてい
る
市町村教育委員会との情報交換や連携は就学後も行われて
いる
通常の学級の児童生徒を含めて,児童生徒の理解啓発を行っ
ている
30 保護者や地域への理解啓発は行われている
図1
特別支援教育体制についての校長の評価
築」が 35.1%,「一人ひとりのニーズに応じた指
導」は 31.4%であった。校内支援体制を構築して
いくキーパーソンとなるコーディネーターを支え
ているのは校長であり,強力な校長の後押しに支
えられて,チームを組織すること,情報共有を促
進すること,マンパワーを機能させること(赤塚・
大石,2009)が学校経営に求められている。「学
校全体での支援への教師の意識改革」は 17.1%で
あった。このことより教師が自覚的に変わってい
くことに難しさを感じていることがうかがえた。
今後は全職員が特別支援教育に関する研修を深め
ていくよう働きかけ,教師の専門性を向上させる
ための条件整備も行っていく必要があろう。
文献
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童の小中間の引き継ぎに関する実践的研究.特殊教育学研究,
46(5),291-297.
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践研究,11,3-13.
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プと応用行動分析学の貢献.特殊教育学研究,44(1),67-73.
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育コーディネーターの役割―静岡県内における先進校の取り
組みの分析から―.静岡大学教育学部研究報告(人文・社会科
学篇)
,59,109-122.
高原光恵・八幡ゆかり(2004)障害児教育諸学校における学校経
営に関する調査.鳴門教育大学学校教育実践センター紀要,19,
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渡辺明広(2008)通常学校の「特別支援教育コーディネーターチ
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複数指名校についての調査研究―.発達障害研究,30(2),
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吉利宗久・吉海真澄(2006)小学校校長における特別支援教育の
理解と学校経営に関する調査研究.京都教育大学実践紀要,6,
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