SU p2q と SOp3q の関係 T. Nakagawa August 22, 2008 SU p2q の随伴表現は SU p2q から SOp3q への全射準同型で 2 対 1 の写像である, という回転群の表現でよく 知られた定理を証明する. この証明は, やや専門的な数学を使えばスマートにできるが, 線型代数と群論の基本 的な知識だけでも証明することができるので, ここでは後者を採用することにした. 1 随伴表現 回転群 SU p2q と SOp3q の定義から始めよう*1. SU p2q :“ tg P M p2, Cq ; g ˚ g “ I, det g “ 1u, SOp3q :“ tg P M p3, Rq ; tgg “ I, det g “ 1u. ここで, M p2, Cq は 2 ˆ 2 複素行列全体, M p3, Rq は 3 ˆ 3 実行列全体, I は単位行列である. SU p2q は C2 の標準的 Hermite (エルミート) 内積と向きを保つ変換群で, 特殊ユニタリ群 (special unitary group) という. SOp3q は R3 の標準内積と向きを保つ変換群で, 特殊直交群 (special orthogonal group) と いう. いま M p2, Cq の元でトレースが 0 となる歪 Hermite 行列全体を考える: sup2q “ tX P M p2, Cq ; X ˚ “ ´X, trX “ 0u. (1.1) これは R 上のベクトル空間であることに注意する*2. そこで, X P sup2q, g P SU p2q に対して, AdpgqX :“ gXg ´1 と定めれば, Adpgq は sup2q 上の線型変換である. 実際, a, b P R, X, Y P sup2q に対して, pAdpgqqpaX ` bY q “ gpaX ` bY qg ´1 “ agXg ´1 ` bgY g ´1 “ aAdpgqX ` bAdpgqY より線型性が分かる. さらに, pAdpgqXq˚ “ pgXg ´1 q˚ “ gX ˚ g ´1 “ ´gXg ´1 “ ´AdpgqX, trpAdpgqXq “ trpgXg ´1 q “ trX “ 0. ゆえに AdpgqX P sup2q となる. また任意の X P sup2q に対して, AdpghqX “ pghqXpghq´1 “ gphXh´1 qg ´1 “ gpAdphqXqg ´1 “ AdpgqAdphqX *1 これらの群は Lie 群, つまり群構造が定義された多様体であって群演算が可微分となっているが, Lie 群を知らない読者は特に気に しなくても良い. *2 sup2q という表記を用いたのは, それが SU p2q の Lie 環であることに他ならない. Lie 環とは, Lie 群の単位元における接空間に 括弧積の構造が入ったものである. Lie 環を知らない読者は, やはり気にしなくても良いであろう. 1 が成り立つから, Adpghq “ AdpgqAdphq となる. これは Ad : SU p2q Ñ GLpsup2qq が群準同型写像であるこ とを表している. ここで, GLpsup2qq は sup2q 上の一次変換のなす群である. 従って SU p2q の sup2q への作用が次のように定義できる: SU p2q ˆ sup2q Q pg, Xq ÞÑ AdpgqX P sup2q. SU p2q は Ad を経由して sup2q に線型変換として作用している. Ad SU p2q ˆ sup2q / GLpsup2qq ˆ sup2q / sup2q Lie 環 sup2q と準同型 Ad の組 pAd, sup2qq を Lie 群 SU p2q の随伴表現 (adjoint representation) という. 2 SU p2q と SOp3q の関係 本題に入ろう. 証明したいのは冒頭で述べたとおり次の定理である. 定理 2.1 SU p2q の随伴表現は SU p2q から SOp3q への全射準同型で, 2 対 1 の写像である. 特に, その核は t˘Iu である*3. 証明 (1.1) の条件を満たす行列を具体的に求めると, SU p2q の Lie 環 sup2q は "„ sup2q “ * ci ´a ` bi ; a, b, c P R a ` bi ´ci と書くことができる. よって, „ „ „ 0 i 0 ´1 i 0 e1 “ , e2 “ , e3 “ i 0 1 0 0 ´i が sup2q の 1 つの基底である*4. 実際, X P sup2q は X “ αe1 ` βe2 ` γe3 pα, β, γ P Rq と表され, e1 , e2 , e3 は 1 次独立でこの表示は一意的である. sup2q 上の内積が pX|Y q :“ 1 tr pXY ˚ q 2 pX, Y P sup2qq (2.1) で定義できる. 内積の公理を満たすことを確認すれば良いが, 対称性と線型性は明らかなので, 正値性のみ確か める. ˆ„ „ ˚ ˙ 1 ci ´a ` bi ci ´a ` bi pX|Xq “ tr a ` bi ´ci a ` bi ´ci 2 ˆ„ „ ˙ 1 ci ´a ` bi ´ci a ´ bi “ tr a ` bi ´ci ´a ´ bi ci 2 “ a2 ` b2 ` c2 より pX|Xq ľ 0 で, pX|Xq “ 0 ならば a “ b “ c “ 0, ゆえに X “ O である. この内積により, sup2q は 3 次 元実 Euclid 空間 R3 と同一視される. また (2.1) の内積に関して, e1 , e2 , e3 という sup2q の基底は # 1 if i “ j pei |ej q “ δij “ 0 if i ‰ j *3 *4 もう少し言うと, SU p2q は SOp3q の 2 重被覆群となっているが, 被覆群については立ち入らないことにした. 行列 σ1 “ ´ie1 , σ2 “ ie2 , σ3 “ ´ie3 は Pauli のスピン行列と呼ばれ, 量子力学で登場する. 2 となるので, e1 , e2 , e3 は正規直交基底でもある. 任意の g P SU p2q, X, Y P sup2q に対して, ` ˘˚ ¯ 1 ´ tr gXg ´1 gY g ´1 2 ˘ 1 ` “ tr gXg ´1 gY ˚ g ´1 2 1 “ trpXY ˚ q 2 “ pX|Y q pAdpgqX|AdpgqY q “ が成り立つ. これは Adpgq が sup2q の内積, つまり R3 の内積を保つことを意味する. 従って, Adpgq は R3 上 の直交変換であるので, Op3q の元と思える. そこで Adpgq を行列表示しよう. SU p2q の元として, „ eiθ{2 hθ :“ 0 0 e´iθ{2 „ ´ sinpϕ{2q cospϕ{2q cospϕ{2q , kϕ :“ sinpϕ{2q (2.2) とすれば*5, „ „ „ eiθ{2 0 0 i e´iθ{2 0 e´iθ{2 i 0 0 “ e1 cos θ ` e2 sin θ, Adphθ qe1 “ 0 eiθ{2 „ “ 0 ie´iθ ieiθ 0 Adphθ qe2 “ ´e1 cos θ ` e2 sin θ, Adphθ qe3 “ e3 となる. kϕ についても同様に行えば, „ „ „ „ cospϕ{2q ´ sinpϕ{2q 0 i cospϕ{2q sinpϕ{2q ´i sin ϕ Adpkϕ qe1 “ “ sinpϕ{2q cospϕ{2q i 0 ´ sinpϕ{2q cospϕ{2q i cos ϕ “ e1 cos ϕ ´ e3 sin ϕ, i cos ϕ i sin ϕ Adpkϕ qe2 “ e2 , Adpkϕ qe3 “ e1 sin ϕ ` e3 cos ϕ となる. よって Adphθ q, Adpkϕ q の表現行列は, それぞれ » cos θ – Adphθ q “ sin θ 0 fi » fi cos ϕ 0 sin ϕ 0 1 0 fl 0fl , Adpkϕ q “ – 0 1 ´ sin ϕ 0 cos ϕ ´ sin θ cos θ 0 (2.3) で与えられる. „ ² sup2q 表現行列 ö Adpgq / R3 O „ R3 / sup2q (2.3) の行列をよくみると, Adphθ q は e3 “ tp0, 0, 1q を軸とする θ だけの回転を表し, Adpkϕ q は e2 “ tp0, 1, 0q を軸とする ϕ だけの回転を表していることが分かる*6. このことから, hθ , kϕ は SOp3q の元であることが分 *5 *6 何故このような行列を考えるのかは後で分かる. Adpkϕ q は e2 “ tp0, 1, 0q を軸とする ´ϕ だけの回転ではないことに注意する. pe3 , e1 , e2 q が右手系をなしている. 3 かる. ここで, 次の事実を思い出そう: SOp3q の任意の元は, 適当に θ, ϕ, ψ P R をとれば, Zθ Yϕ Zψ と表され る. ただし, Zθ は e3 を軸とする θ だけの回転, Yϕ は e2 を軸とする ϕ だけの回転である. このとき pθ, ϕ, ψq を, その回転の Eular (オイラー) 角というのであった. AdpSU p2qq Ą SOp3q であること: 上の事実より, g 1 P SOp3q をとれば, ある θ, ϕ, ψ P R が存在して, g 1 “ Adphθ qAdpkϕ qAdphψ q と書ける. Ad は準同型であったから, g 1 “ Adphθ kϕ hψ q となる. hθ kϕ hψ P SU p2q よ り, g 1 P AdpSU p2qq である. ゆえに AdpSU p2qq Ą SOp3q となる. AdpSU p2qq Ă SOp3q であること: これを示すには, SU p2q の任意の元は, 適当に θ, ϕ, ψ P R をとれば, hθ kϕ hψ と表されることをいえば良い*7. 任意の g P SU p2q は, „ α β g“ pα, β P Cq ´β α と書くことができる. そこで, α “ a ` ib, β “ c ` id (a, b, c, d P R) とおけば, a2 ` b2 ` c2 ` d2 “ 1 であ るから, ある θ P R が存在して a θ a θ a2 ` c2 “ cos , b2 ` d2 “ sin . 2 2 となる. さらに a “ cos θ θ θ θ cos τ1 , c “ cos sin τ1 , b “ sin cos τ2 , d “ sin sin τ2 . 2 2 2 2 となる τ1 , τ2 P R をとり, ϕ “ τ1 ` τ2 , ψ “ τ1 ´ τ2 とおけば, g “ hϕ kθ hψ と書けることが計算で確かめられる. よって, Adphϕ kθ hψ q “ Adphϕ qAdpkθ qAdphψ q P SOp3q であるから, AdpSU p2qq Ă SOp3q となる. 従って, AdpSU p2qq “ SOp3q となることが示された. 準同型 Ad が 2 対 1 の写像であること: Adpgq “ I となる g P SU p2q を求めることで分かる. Adpgq “ I な らば Adpgqe3 “ e3 であるから, ge3 “ e3 g が成り立ち „ ゆえに β “ 0, つまり g “ « α 0 0 α´1 iα ´iβ „ ´iβ iα “ ´iα iβ iβ . ´iα ff の形でなければならない. さらに ge2 “ e2 g より „ 0 α´1 „ ´α 0 “ 0 α ´α´1 0 であるから, α´1 “ α, すなわち α2 “ 1. ゆえに a “ ˘1 でなければならない. 従って, g “ ˘I とな る. 逆に Adp˘Iq “ I は明らかである. これは Ker Ad “ t˘Iu を意味する. 次に g, h P SU p2q に対して, Adpgq “ Adphq とすれば, Adpgh´1 q “ AdpgqAdphq´1 “ I であるから gh´1 “ ˘I, すなわち g “ ˘h とな る. 従って準同型 Ad は 2 対 1 の写像である. 以上で定理が証明された. *7 (2.2) のように, SU p2q の元として hθ , kϕ をとったのは, Adphθ q, Adpkϕ q の合成によって SOp3q の元を表すことができ, また hθ , kϕ の合成によって SU p2q の元を表すことができるという理由による. 4 定理 2.1 により, SU p2q の表現と SOp3q の表現は随伴表現を通じて関係しているのであるが, この話題は, また別の機会にということにしたい. References [1] 熊原啓作, “行列・群・等質空間,” 日評数学選書, 日本評論社, 2001. [2] 杉浦光夫・山内恭彦, “連続群論入門,” 新数学シリーズ 18, 培風館, 1960. 5
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