第9章 内分泌系

第9章
内分泌系
こうじょうせい
内分泌系 endocrine system は、神経系と共同して体の恒 常 性を維持するために働きます。この調節は、内
よ
分泌腺が分泌するホルモン hormone の作用に因ります。
ホルモンには、ステロイド(コレステロールから合成)やペプタイド、アミノ酸誘導体、糖タンパク質など
が存在します。
内分泌腺には導管が存在せず、ホルモンを細胞の周囲の隙間や毛細血管に向けて分泌します。分泌された
ホルモンは、血管を通じて標的器官に運ばれ、そこで受容体と結合することによって標的細胞に生理的効果
を生じさせます。
かすいたい
しょうかたい
こうじょうせん
すいぞう
内分泌腺が存在する主要な器官は、下垂体や松果体、甲 状 腺、副甲状腺(上皮小体)、膵臓、副腎、性腺
(精巣あるいは卵巣)などです。
第1節
下垂体と視床下部
脈が出て行きます。
1.下垂体
①オキシトシン
かすいたい
下垂体 pituitay gland は、大豆大の小さな器官で、
ホルモンです。
重さは約0.5g です。
ろうと
オキシトシンは、9個のアミノ酸が結合したペプチド
ぶんべん き
ししようかぶ
分娩期に、胎児が子宮頚を広げると、その刺激が視床
下垂体は、漏斗によって視床下部の下にぶらさがり、
ちょうけいこつ
か
下部に伝わり、オキシトシンの分泌が促進され、子宮の
蝶 形 骨の下垂体窩におさまっています。
下垂体は、二つの主要な部位から構成され、腺下垂体
平滑筋を収縮させ、胎児を分娩する力をつくります。
また、授乳期には、乳房の乳頭に加わった吸引刺激が
(前葉)と神経下垂体(後葉)とがあります。両者の間には、
起源や機能、構造の上からも相違があります。腺下垂体
視床下部に伝わり、オキシトシンが分泌され、乳腺の筋
は胎生期に口腔の上壁を形成する組織から発生し、神経
上皮細胞を収縮させ、母乳を射乳(分泌)します。
さらに、性行為によって生じる快感に、オキシトシン
下垂体は脳の視床下部が下方に伸びて形成したものです。
下垂体には、内頚動脈から分枝した上下垂体動脈およ
の分泌が一部貢献していると考えられています。
②バソプレッシン
び下下垂体動脈が分布します。
1)神経下垂体(後葉)
神経下垂体から分泌されるバソプレッシン
神経下垂体は、発育途上で脳の視床下部が下方に伸び
vasopressin は、9個のアミノ酸で構成されたペプチド
ホルモンです。
たものです。
神経下垂体からはオキシトシン oxytocin とバソプレ
ッシン vasopressin とが分泌されますが、これらのホル
しつぼうかく
しさくじょうかく
体液の浸透圧と尿量を調節するために、バソプレッシ
ンは、腎臓の集合管における水チャネルを増やし、水の
モンは、視床下部の特殊な神経細胞(室傍核と視索上核)
再吸収を増加させ、尿量を抑えてます。そのために、バ
で合成されます。視床下部に存在する神経細胞体で合成
ソプレッシンの分泌が障害されると、1日の尿量が数倍
にようほうしよう
じくさく
されたホルモンは、軸索によって神経下垂体に運ばれま
も増加し、 尿 崩 症 になります。
す。ホルモンは、神経下垂体の神経終末に蓄積され、神
さらに、バソプレッシンには、エックリン汗腺からの
経細胞が刺激されると神経終末から放出し、周辺の毛細
発汗を抑制し水分の喪失を抑えることや、小動脈の平滑
血管に拡散し、血管を通じて全身に運ばれます。神経細
筋を収縮させ血圧を上昇させること、肝臓におけるグリ
胞によるホルモンの合成を神経分泌ともいいます。
コーゲン分解を促進させること、腺下垂体における副腎
神経下垂体には、下下垂体動脈が分布し、下下垂体静
皮質刺激ホルモンの分泌を増加させること、などの働き
- 118 -
があります。
腺下垂体からは、6種類のホルモンが分泌されます。
かわ
体の水分が少なくなり、のどの渇きが強まる状態では、
①成長ホルモン
視床下部を流れる血液の浸透圧が上昇しますが、それに
腺下垂体の酸好性細胞から分泌される成長ホルモン
growth hormone は、ソマトトロピン somatotropin と
比例してバソプレッシンの分泌量が増えます。
また、バソプレッシンは、頚動脈洞や大動脈弓、左心
も呼ばれ、インスリン insulin と同様の作用をもつイン
房にある圧受容体を介した血圧低下で分泌が増加します。
スリン様増殖因子 insulin-like growth factor(ソマトメ
アルコールの摂取は、バソプレッシンの分泌を抑制し
ジン)の合成・分泌を促進します。血液中の成長ホルモン
ます。そのために、尿量が増えることで脱水症状になり、
は、大部分(約75%)が hGH-N 遺伝子からのもので、分
のどの渇きや頭痛がおこります。
子量が約22,000で191個のアミノ酸から構成されるペプチ
ドホルモンです。
成長ホルモンの働きで、肝細胞や筋芽細胞、軟骨細胞、
骨芽細胞などがインスリン様増殖因子を分泌します。イ
ンスリン様増殖因子は、細胞の分裂やタンパク質合成を
促進し、幼児期における身体の成長、すなわち骨格や骨
うなが
格筋の発育を 促 します。
成人では、インスリン様増殖因子は、骨格筋と骨の維
持に働き、組織の障害の治癒にも関与し、組織の再生を
促進します。
図9-1 腺下垂体の顕微鏡写真
さらに、インスリン様増殖因子は、トリアシルグリセ
細胞質に赤い顆粒があるのは酸好性細胞で、青い顆粒があるのを
塩基好性細胞といい、赤色と青色で染まった顆粒が見られないも
のを色素嫌性細胞と呼びます。
ロールの分解を促進し、細胞による脂肪酸からのアデノ
シン三リン酸の合成を増加させます。
また、成長ホルモンとインスリン様増殖因子は、細胞
2)腺下垂体(前葉)
によるグルコースの取り込みを抑制し、血液中グルコー
腺下垂体 adenohypophysis の内分泌細胞は、塊状あ
ス濃度を上昇させます。
腺下垂体からの成長ホルモンは、1日に数回にわたっ
るいは索状に集まり、その周囲には比較的太い有窓性の
どうようもうさいけつかん
て短時間の多量分泌がおこなわれますが、睡眠中にも短
洞様毛細血管が存在します。
内分泌細胞は、色素に良く染まる顆粒を有する色素好
しき そ けんせい
性細胞と、色素に良く染まらない色素嫌性細胞とに分け
時間の多量分泌が見られます。
【小人症】
さんこうせい
られます。色素好性細胞は、さらに酸好性細胞(α細胞)
様々な原因による成長ホルモンの欠乏による影響は、発
えん き こうせい
(約50%)と塩基好性細胞(β細胞)(約10%)とに区別され
症する年齢と欠乏の程度によって影響は異なります。幼
ます。
児期に完全に成長ホルモンが欠乏すれば、発育がゆっく
酸好性細胞には、成長ホルモン産生細胞(50%)とプロ
ラクチン産生細胞(10~30%)とがあります。
りとなり(約3 cm/年)、標準的なヒトの成長曲線に比べ
て小さくなります。成長ホルモンの欠乏によっても骨格
塩基好性細胞には、甲状腺刺激ホルモン産生細胞(5
の比率は通常とあまり変わらないが、ずんぐりとした体
%)や性腺刺激ホルモン産生細胞(20%)、副腎皮質刺激
ホルモン産生細胞(10%)が含まれます。
型で、年齢に比べて幼い顔つきになります。
【先端巨大症と巨人症】
さらにβ-リポトロピン b-lipotropin と呼ばれるペプ
成長ホルモンが幼児期に過剰に分泌されると、巨人症に
タイドを分泌する細胞もあります。β-リポトロピンは、
なり、成人になって過剰分泌が起こると先端巨大症とな
エンドルフィン endorphin やエンケファリン
ります。先端巨大症の特徴は、下顎が伸び顔が長くなる
enkephalin の前駆物質と考えられています。
ことや、手や足の指が長くなることです。
か がく
腺下垂体には、上下垂体動脈と下垂体門脈とによって
血液が運ばれ、下垂体静脈で血液が運びだされます。
- 119 -
甲状腺刺激ホルモンの分泌には、日内変動(周期)が認
②プロラクチン
められ、午後9時から午前6時の間に分泌が最も盛んで、
腺下垂体の酸好性細胞から分泌されるプロラクチン
prolactin は、199個のアミノ酸から構成され、成長ホル
午後4時から午後7時の間が最も少なくなります。
モンと類似したペプチドホルモンで、半減期が約20分で、
④副腎皮質刺激ホルモン
他のホルモンとともに乳腺における母乳の産生を促進し
腺下垂体の塩基好性細胞から分泌される副腎皮質刺激
ホルモン adrenocorticotropic hormone (ACTH)は、39
ます。
毎月の月経の直前には、視床下部からのプロラクチン
放出抑制ホルモン prolactine release-inhibiting
個のアミノ酸から構成されるペプチドホルモンで分子量
が約4,000です。
hormone の分泌が低下し、血液中のプロラクチン量が
このホルモンは、副腎皮質の成長を促進し、副腎皮質
増加します。月経直前の乳房の痛みは、このプロラクチ
の束状帯からは糖質コルチコイド(コルチゾール)の分泌
ン量の上昇に因ります。月経が始まると、プロラクチン
を増加させ、副腎皮質の網状帯からは副腎アンドロゲン
放出抑制ホルモンの分泌が増加し、血液中のプロラクチ
の分泌を促進します。
ン量は低下します。
副腎皮質刺激ホルモンは、ストレスに関係するホルモ
妊娠すると、視床下部からのプロラクチン放出ホルモ
ンです。
ン prolactin-releasing hormone の分泌によって、プロ
血液中のグルコース濃度の低下や体の損傷、大食細胞
ラクチンの分泌が増加します。そして、性腺刺激ホルモ
から分泌されるインターロイキン1 interleukin 1 など
ンの働きを抑制し、その結果、排卵を抑制します。
によって副腎皮質刺激ホルモンの分泌が増えます。
乳房の乳頭が新生児などで吸引されると、プロラクチ
ンの分泌が増加します。
副腎皮質刺激ホルモンの分泌にも日内周期(変動)があ
り、通常、一日の分泌量の75%が午前4時から午前10時
女性では、プロラクチンは母性行動を促進します。
の間におこなわれ、午前8時頃に血液中の濃度が最も高
また、プロラクチンは、男女ともに白血球の活性化や
く、晩に分泌量が最も低下します。
抗体の産生を促進することで、体の免疫機能を強めます。
⑤性腺刺激ホルモン
通常では、男女ともに、プロラクチンは、睡眠中に分
腺下垂体の塩基好性細胞から分泌される性腺刺激ホル
泌が盛んになります。
モン gonadotropic hormone は、糖タンパク質のホルモ
【高プロラクチン血症】
ンで、a 鎖と b 鎖の二つのサブユニットから構成され、
下垂体腫瘍や甲状腺機能低下症、ある種の向精神薬、エ
思春期以後に分泌が盛んになり、卵胞刺激ホルモン
ストロゲン剤などで高プロラクチン血症となります。女
follicle-stimulating hormone (FSH)(分子量が約28,00
性の高プロラクチン血症では、無排卵や無月経、母乳の
0)と黄体形成ホルモン luteinizing hormone (LH)(分子
漏出などが見られます。男性の高プロラクチン血症では、
量が約28,300)とが存在します。
ぼつ き
テストステロンと精子の形成が低下し、性欲減退や勃起
a)卵胞刺激ホルモン
ふ にん
不全、不妊となります。
女性では、卵胞刺激ホルモンは、月経期間中に分泌が
③甲状腺刺激ホルモン
増え、卵胞の顆粒細胞に作用し、卵胞の成長・エストロ
腺下垂体の塩基好性細胞から分泌される甲状腺刺激ホ
ゲン estrogen の分泌を促進します。
ルモン thyroid-stimulating hormone は、a 鎖と b 鎖の
男性では、精巣の支持細胞に作用し、インヒビン
二つのサブユニットから構成される糖タンパク質の分子
inhibin とアクチビン activin の合成・分泌を促進させ
量が約28,000のホルモンです。
るとともに、テストステロン testosterone とともに精
このホルモンは、甲状腺での甲状腺ホルモンの合成、
貯蔵、放出を促進します。
祖細胞に作用し、精子の形成を促進します。インヒビン
は、卵胞刺激ホルモンの分泌を抑制します。
視床下部の神経細胞で合成・分泌される甲状腺刺激ホ
b)黄体形成ホルモン
ルモン放出ホルモンの働きで、甲状腺刺激ホルモンの放
出が調節されます。
黄体形成ホルモンは、女性では排卵を誘発させ、その
後に黄体の形成を促進するとともに、卵胞に作用し、エ
- 120 -
ストロゲンとプロゲステロン progesterone の分泌を増
加させ、子宮粘膜を着床させやすいように変えます。
適切な時期に視床下部で放出されたホルモンは、毛細
血管に入り、下垂体門脈と呼ばれる血管系によって腺下
男性では、精巣の間質細胞に作用し、テストステロン
の分泌を促進します。なお、男性では、黄体形成ホルモ
垂体に運ばれ、このホルモンの受容体を持った腺細胞に
作用します。
ンは間質細胞刺激ホルモンとも呼ばれます。
視床下部の神経細胞で産生されるホルモンには、副腎
皮質刺激ホルモン放出ホルモンや、ゴナドトロピン放出
ホルモン、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン、成長ホル
2.視床下部による調節
モン放出ホルモン、成長ホルモン放出抑制ホルモン(ソマ
腺下垂体から分泌されるホルモンは、視床下部に存在
する神経細胞が産生する放出ホルモンや抑制ホルモンに
トスタチン)、プロラクチン放出抑制ホルモン(ドーパミ
ン)などが存在します。
よって制御されます。
第2節
松果体
松果体 pineal gland は、脳の第三脳室の屋根の部分
松果体に分布する交感神経が、眼に入る光刺激や視床
し こう さ じようかく
下部の視交叉 上 核からの情報にしたがってメラトニン生
に存在し、間脳から後方に突出しています。
松果体に存在する松果体細胞は、酵素の働きでセロト
成の日内周期を調節します。昼間には、交感神経が律速
ニンからメラトニン melatonin と呼ぶホルモンを生成
酵素の働きを抑え、メラトニンの生成と分泌とを抑制し
し、分泌します。
ます。
メラトニンは、体の日内周期(変動)に関係しています。
高齢者になると、若い人と異なり、昼間と夜間とでの
体に光が当たれば、メラトニンの分泌は抑制されます。
血漿中のメラトニン量に大きな差がなくなります。この
すなわち、夜には血液中のメラトニンの濃度は高くなり、
ことが、高齢者において寝付きが悪くなったり、熟睡が
昼には低くなります。
難しくなる要因の一つと考えられています。
男性の場合には、メラトニンは乳幼児期における性的
松果体には、後大脳動脈から分かれた内側後脈絡叢枝
成熟を抑制し、思春期の初期にはメラトニンの濃度が減
が分布します。また、上頚神経節由来の交感神経線維が
少します。つまり夜間における血漿中のメラトニン量は、
松果体に分布します。
1~3歳の平均は250pg/mL で、8~15歳の平均は120
20歳ぐらいから松果体に石灰化が起こり、カルシウム
pg/mL、50~70歳の平均は約20pg/mL です。一方、昼
化合物で構成される脳砂が形成されます。脳砂は、年齢
間の血漿中のメラトニン量は、年齢における変動が少な
の増加とともに増えます。
く、約7 pg/mL です。
注)1 pg(ピコグラム)=1兆分の1グラム
第3節
甲状腺
こうじょうせん
甲 状 腺 thyroid gland は、頚部の基部に存在し、気
こうとう
るいは円柱状の偽足を形成するろ胞細胞で構成され、そ
の内腔はコロイド colloid (甲状腺ホルモンの前駆物質
管の前方でかつ喉頭の下に位置します。
きようぶ
甲状腺は、右葉や左葉とそれを結ぶ甲状腺峽部とから
が存在)で満たされています。
多量の血液(80~120mL/分)が運ばれる甲状腺には、
構成されます。峽部は第二気管軟骨と第三気管軟骨の前
方に存在します。右葉と左葉の長さは約5㎝です。
外頚動脈から分枝する上甲状腺動脈と、鎖骨下動脈から
甲状腺の内部では、内分泌細胞が数百万個もの球状の
ろ(沪)胞を形成しています。個々のろ胞は単層の立方形あ
分枝する下甲状腺動脈とが分布します。甲状腺からの静
脈は、多くは内頚静脈に注ぎます。
- 121 -
甲状腺には、上頚神経節や中頚神経節、下頚神経節な
どからの交感神経が分布します。
はんかい
喉頭へ向かう反回神経(迷走神経の分枝)は、甲状腺の
右葉および左葉の後面に密着して上行します。そのため
に、
バセドウ病などで甲状腺が腫れると、反回神経が
圧迫され、声門の動きが悪くなり、声がかすれます
させい
(嗄声)。
甲状腺は、甲状腺ホルモン thyroid hormone とカル
シトニン calcitonin との2種類のホルモンを分泌します。
①カルシトニン
32個のアミノ酸で構成されるカルシトニンは、ろ胞傍
細胞(C 細胞)と一部のろ胞細胞とから分泌されます。
カルシトニンは、破骨細胞の働きを抑制し、骨からの
カルシウムの動員を抑え、腎臓から排泄されるカルシウ
ム量を増やし、血液中のカルシウムとリン酸を骨に沈着
させ、血液中のカルシウム濃度を下げる働きがあります。
図9-2 甲状腺ホルモンの分泌を調節する機序を示す
②甲状腺ホルモン
ろ胞で合成される甲状腺ホルモンには、サイロキシン
thyroxine (T4)とトリヨードサイロニン
動を刺激し活発化させる、などの働きがあります。
triiodothyronine (T3)とが存在します。
◆甲状腺ホルモンの分泌調節
図9-2に示すように、腺下垂体から分泌される甲状腺
血液からのヨウ素(ヨード)とチロシンとを材料にろ胞
ぜんくぶっしつ
細胞で合成された前駆物質(サイログロブリン
刺激ホルモンが、甲状腺における甲状腺ホルモンの合成
thyroglobulin)は、コロイドに貯蔵されます。ろ胞細胞
と分泌を強めます。
また、新生児や乳児では、体が冷えると視床下部の神
は、再び前駆物質を取り込み、甲状腺ホルモンを形成し、
経細胞から分泌される甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン
血液中に放出します。
サイロキシンは、トリヨードサイロニンに比べて生物
活性が弱いが、血液中にはトリヨードサイロニンの約10
の分泌が増え、最終的に甲状腺ホルモンの分泌を増やし、
基礎代謝を活発化し、体温の維持をおこないます。
さらに、満腹時には甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン
倍量があります。しかし、分泌された大部分のサイロキ
の合成が盛んになり、空腹時には甲状腺刺激ホルモン放
シンは、トリヨードサイロニンに変換されます。
甲状腺ホルモンは、細胞の核内に存在する受容体に結
合します。このホルモンと核の受容体の複合体は二量体
出ホルモンの合成が抑制されます。
◆ヨウ素のホメオスタシス
を形成し、デオキシリボ核酸の甲状腺ホルモン応答性エ
ヨウ素は、甲状腺ホルモンを生成するための材料とし
レメントに結合し、標的遺伝子の転写を促進したり、抑
て欠かすことができません。そのために、ヨウ素の摂取
制したりします。
が不足すると、甲状腺機能低下症になります。
その結果、甲状腺ホルモンは、酸素を使ったアデノシ
ン三リン酸の合成を通じて基礎代謝を活発化し、ナトリ
食べ物の中に存在するヨウ素は、腸管から吸収され、
血液の中に入り、全身に運ばれます。
ウムポンプ(Na +/ K + ATPase)の合成を促進させたり、
成人で正常な甲状腺の機能を維持するためには、1日
アデノシン三リン酸の使用を増やすことで体温を上昇さ
に150mg 以上のヨウ素を摂取しなければなりません。通
せたり、交感神経の活動を強め(脂肪やグリコーゲンの分
常は、1日に約500mg のヨウ素を食べ物から摂取してお
解が増え、心拍数が増加、体温の上昇、汗をかく)、脳
ります。
をはじめとする体の発育・成長を促進させたり、精神活
- 122 -
ヨウ素を使う主な器官は、甲状腺です。通常の甲状腺
の働きでは、1日に約120mg のヨウ素が甲状腺に取り込
液水腫とがあります。
まれます。しかし、再び、甲状腺から約40mg のヨウ素
クレチン病は、胎児期や新生児期などにおける甲状腺
が排泄され、甲状腺ホルモンに含まれるヨウ素として80
機能低下によって起こります。特徴は、重篤な精神遅延、
mg が出ていきます。
不釣り合いな短い手足、大きく突き出された舌、きめの
【バセドウ病】
粗い乾燥した皮膚、腹部緊張の低下などです。
バセドウ病は、若い女性に多い病気で、自己免疫に因っ
粘液水腫は、通常、成人における甲状腺機能低下によ
て甲状腺が腫大し、甲状腺ホルモンの産生・分泌が増加
る病気です。特徴は、甲状腺ホルモンの不足によって運
する病気です(甲状腺機能亢進)。バセドウ病では、眼
動時に骨格筋が要求するエネルギーの増加に対応できな
球が突出したり、基礎代謝も亢進し、体温の上昇や発汗、
くなり、精神活動や体の動きが不活発になることや、む
心拍数の増加(頻脈)などが起こります。
くんだような顔になり、肌が粗くなり、毛髪が抜けやす
くなります。
【クレチン病と粘液水腫】
甲状腺機能低下による代表的な病気には、クレチン病と
第4節
副甲状腺(上皮小体)
米粒大ほどの副甲状腺 parathyroid gland (上皮小体)
は、甲状腺の後面の外側縁を取り囲んでいる結合組織の
なかに埋もれています。通常、副甲状腺は、左右に2個
ずつ存在し、合計4個の腺から構成されます。
個々の腺は黄褐色で、長さが約6 mm で、幅は約3
mm で、厚さは約2 mm です。
図9-40に示すように、副甲状腺を構成する主な細胞に
は、多数観察される主細胞(明主細胞、暗主細胞)と、相
対的に数が少ないエオジンで強く染まる酸好性細胞とが
存在します。
副甲状腺の主細胞は、84個のアミノ酸で形成された副
図9-3
血液中のカルシウムのホメオスタシス
甲状腺ホルモン parathyroid hormone (パラソルモン)
を分泌します。
給されます。
血液中のカルシウムイオン濃度が減少すると、副甲状
副甲状腺には、上頚神経節あるいは中頚神経節からの
腺にあるカルシウム感知受容体の働きで、副甲状腺ホル
交感神経が分布します。しかし、これらの神経は、血管
モンの分泌が増加します。
を調節しているもので、ホルモンの分泌調節には関与し
副甲状腺ホルモンは、腎臓の近位尿細管でのカルシウ
ム再吸収を促進し、排泄されるカルシウム量を抑制、さ
ておりません。
【副甲状腺機能低下症】
らに腎臓での活性型ビタミン D 3の合成を促すことによ
副甲状腺機能低下症では、血液中のカルシウム値の異常
って、間接的に小腸からのカルシウムの吸収を促進しま
な低下がおこり、骨格筋緊張の増加や、手足のふるえや
す。また、このホルモンは、骨での骨芽細胞を通じて破
けいれん
骨細胞の働きを強め、血液中のカルシウム濃度を上昇さ
せる働きがあります。
酸好性細胞の働きは、未だ解明されていません。
副甲状腺は、下甲状腺動脈あるいは上甲状腺動脈と下
甲状腺動脈との吻合から分かれた動脈によって血液が供
- 123 -
痙攣を示すテタニーなどが見られます。
第5節
膵臓の内分泌腺
すいぞう
腹腔に存在する膵臓 pancreas は、通常、消化器官と
での細胞膜の受容体に結合し、グルコース輸送体
考えられ、胃の後ろに存在する大きな腺です。しかし、
glucose transporter (GLUT 4)の働きを強め、細胞内
膵臓の内部には、消化酵素などを分泌する外分泌腺と、
へのグルコースの取り込みを促進することによって、血
ホルモンを分泌する内分泌腺とが存在しています。
液中のグルコース濃度を急速に減少させます。さらに、
膵臓の内分泌細胞は、膵島 pancreatic islet (ランゲ
インスリンは、横紋筋細胞や肝細胞などでのグリコーゲ
ルハンス島)を構成します。外分泌腺の膵腺房の間に、
ン合成を促進し、脂肪細胞における脂肪酸の合成やトリ
100万個以上の膵島が散在しています。
アシルグリセロールの蓄積を増加させ、また細胞の増殖
膵島から分泌される各種のホルモンは、導管には排泄
されずに細胞間質に分泌され、周囲に拡散するとともに
を促進します。
◆インスリンの分泌調節
毛細血管を通じて膵静脈に入り、全身に流れます。
インスリンの分泌は、血液中のグルコース濃度の増加
べーた
膵島の細胞の約70%は β (B)細胞で、血液中のグル
や迷走神経の刺激、アミノ酸濃度の上昇、消化管ホルモ
コース値を下げるインスリン insulin (約50個のアミノ
ン(ガストリン、セクレチン、コレシストキニンなど)の
酸から構成)を分泌し、主に膵島の中心部に存在します。
増加などによって増えます。
アルファ
β細胞の周囲には、a
デルタ
(A)細胞や d (D)細胞などが
一方、交感神経の刺激やアドレナリン、コルチゾール、
取囲んでいます。
ソマトスタチンなどによって、インスリンの分泌は抑制
①インスリン
されます。
膵島のβ細胞から分泌されるインスリン(分子量は
約5,800)は、まず粗面小胞体で23個のシグナルペプチド
を持ったプレプロインスリン preproinsulin として合成
され、その後、シグナルペプチドが切断され、プロイン
スリン proinsulin となり、ゴルジ装置に運ばれ、イン
スリンになるとともに分泌顆粒のなかに包まれ、開口分
泌によって放出されます。放出されたインスリンの半減
期は約6分と非常に短いものです。ヒトのインスリン遺
伝子は、第11番目の染色体短腕に存在します。
図9-4 インスリンの分泌を促進する機序を示す
◆インスリンの働き
インスリンは、骨格筋細胞や心筋細胞、脂肪細胞など
表9-1.グルコース輸送体の種類
種
類
体 内 で の 分 布
輸 送 体 の 働 き
GLUT1
胎盤、脳、赤血球、腎臓、結腸、その他
基本的なグルコースの細胞への取り込み
GLUT2
膵島β細胞、肝臓、小腸粘膜上皮、腎臓
グルコースの輸送
GLUT3
脳、胎盤、腎臓、その他
基本的なグルコースの細胞への取り込み
GLUT4
骨格筋細胞、心筋細胞、脂肪細胞、その他
インスリンの刺激でグルコースを取り込む
ナトリウム
SGLT1
小腸粘膜上皮、腎尿細管
管腔から体内へのグルコースの吸収
イオン依存型
SGLT2
腎尿細管
管腔から体内へのグルコースの吸収
促通拡散型
- 124 -
②グルカゴン
膵島の周辺に存在する a 細胞は膵島の細胞の約20%を
占め、細胞外液のグルコース濃度の低下(70 mg/dL 以
下)によってグルカゴン glucagon (29個のアミノ酸から
構成)を分泌します。
グルカゴンは、肝細胞のグリコーゲンを分解したり、
乳酸からグルコースを形成するのを促進し、血液のグル
コース(血糖)値を上昇させます。
図9-6 ソマトスタチンの働きを示す
また、グルカゴンは、成長ホルモンやインスリン、膵
臓のソマトスタチンなどの分泌を増やします。
④膵ポリペプタイド
膵島に存在するF細胞は、低血糖によって膵ポリペプ
タイド(36個のアミノ酸から構成)の分泌を増加させ、高
血糖では分泌を抑制します。さらに、このホルモンは、
膵液の分泌を抑制する働きがあります。
【糖尿病】
膵島のホルモンの異常による代表的な病気に糖尿病があ
図9-5 グルカゴンの分泌を促進する機序を示す
ります。糖尿病には、Ⅰ型糖尿病と、Ⅱ型糖尿病、二次
性糖尿病などがあります。Ⅰ型糖尿病は、若年性糖尿病
③ソマトスタチン
とも呼ばれ、自己免疫などによる膵島β細胞の破壊ある
膵島に存在する d 細胞は、ソマトスタチン
いは障害によるインスリン欠乏のために発症します。Ⅱ
somatostatin(14個のアミノ酸から構成)を分泌します。
型糖尿病は、通常、成人で発症し、インスリンの機能の
ソマトスタチンは、インスリンやグルカゴン、膵ポリ
相対的な低下によります。二次性糖尿病は、薬物やシン
ペプタイド pancreatic polypeptide などの分泌を抑制
ナーなどによる毒性や、膵炎などの他の病気の合併症
します。
として発病するものです。
第6節
副腎
ふくじん
左右一対の副腎 suprarenal gland は、腹膜の後方に
1.副腎皮質
存在し、腎臓の上端に接して存在する小さい黄色の器官
です。
副腎皮質には3種類の領域があります。被膜の直下の
ひしつ
ずいしつ
個々の副腎は表層の皮質 cortex と中心部の髄質
最表層には球状帯 zona glomerulosa が存在し、この細
medulla とで構成されています。
胞は鉱質(電解質)コルチコイド mineral corticoid を分
副腎には、上副腎動脈や中副腎動脈、下副腎動脈など
泌します。真中の層には束状帯が zona fasciculata 存在
の3本の動脈が分布します。それに対して、静脈は、通
し、最深層には網状帯 zona reticularis があります。束
常、1本の副腎静脈だけです。
状帯は糖質コルチコイド glucocorticoid を、網状帯は副
副腎には、非常に多数の神経が分していますが、これ
腎アンドロゲン adrenal androgen を分泌します。皮質
らは副腎神経叢由来のものです。副腎神経叢に分布する
のホルモンは全てコレステロールから合成されます。
交感神経の節前神経線維は、胸髄の下部から始まり、大
①鉱質(電解質)コルチコイド
内臓神経や腹腔神経節・神経叢などを経由してきたもの
です。
- 125 -
球状帯から分泌される鉱質(電解質)コルチコイドのな
図9-8
糖質コルチコイドの分泌を調節する機構を示す
の合成)に利用します。また、これらのホルモンがグルコ
図9-7 鉱質コルチコイドの分泌を調節する機構を示す
ース合成を盛んにしますので、血液中のグルコース濃度
を増加させることになります。
かで最も重要なものは、アルドステロン aldosterone で
す。
アルドステロンは、腎臓の遠位尿細管や胃粘膜、
糖質コルチコイドは、循環中の白血球の数を減少させ、
免疫反応を抑制します。
糖質コルチコイドは、ストレスに対応するときにも重
唾液腺、汗腺などに作用し、ナトリウムの吸収を促進し、
血液中のナトリウム濃度を高め、カリウム濃度を低下さ
要な役割を果たし、ストレスホルモンとも呼ばれます。
コルチゾールの分泌は、腺下垂体から分泌される副腎
せます。
また、このホルモンは、脳や筋での細胞内のカリウム
皮質刺激ホルモンで調節されています。副腎皮質刺激ホ
ルモンは、一日中、間欠的に分泌していますが、起床直
濃度を高め、ナトリウム濃度を低下させます。
後に高い値を示し、夕方から夜にかけて減少します。
アルドステロンは、レニン・アンギオテンシン系
renin-angiotensin system によって分泌が促進されま
そのために、糖質コルチコイドは、午前4時から午前8
す。また、血液中のカリウム濃度の上昇によってもアル
時の間に血中濃度は最高レベルになり、午前0時から午
ドステロンの分泌が促進されます。
前3時の間に最低レベルになります。睡眠と覚醒のパタ
②糖質コルチコイド
ーンが変化した場合には、順応するのに数日間が必要と
束状帯から分泌される糖質コルチコイドには、おもに
されます。
コルチゾール cortisol とコルチコステロン
起床直後に高い値を示すのは、低血糖を防ぐため、と
corticosterone などが存在していますが、最も作用が強
いわれています。
いのはコルチゾールです。
③副腎アンドロゲン
糖質コルチコイドは、糖代謝に大きな影響を及ぼすと
副腎アンドロゲン(男性ホルモン)として意味のあるホ
ともにタンパク質代謝や脂質代謝にも影響を与えます。
ルモンとしては、デヒドロエピアンドロステロン
すなわち、コルチゾールなどは、肝臓では、脂肪酸(エネ
dehydroepiandrosterone のみが分泌されます。
ルギー源)やアミノ酸(酵素合成)、炭水化物(グルコース
このホルモンは、男性化を促進し、異化作用を促進し
合成)などの取込みと利用を促進し、糖新生(グルコース
ます。しかし、精巣の男性ホルモンに比べると1/10以下
- 126 -
の作用しかないので、健康な成人の男性ではほとんど無
enkephalin は、主として副腎髄質から分泌されたもの
視できます。ただ、女性では、男性ホルモンを生成する
です。
唯一の器官です。
◆アドレナリンとノルアドレナリンの働き
◆ストレス反応
副腎髄質に分布する交感神経の刺激により、アドレナ
感染や手術、けが、火傷などの身体的ストレスを受け
リンとノルアドレナリンとが血中に分泌されます。
たり、不安や怒り、抑圧、驚き、悲しみなどの精神的ス
トレスを受けると、つぎのような反応が体に起こります。
アドレナリンとノルアドレナリンとは、ともに心筋に
作用し、収縮力を強め、心拍数を増加させます。
このような反応を総称して、ストレス反応と呼びます。
ノルアドレナリンは、すべての血管を収縮させ、血圧
たいじょうかい
一つは、ストレスによって大脳皮質の帯 状 回が興奮し、 を上げます。
この興奮が視床前核を通じて視床下部を刺激し、視床下
一方、アドレナリンは、骨格筋と肝臓との血管を拡張
部での副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモンの分泌が起こ
させ、これら以外の部位の血管を収縮させますが、収縮
り、続いて腺下垂体からの副腎皮質刺激ホルモンが分泌
効果よりも拡張作用が強いものです。そのため、アドレ
され、それが副腎皮質での糖質コルチコイドの分泌を促
ナリンの血圧上昇効果は、ノルアドレナリンよりも弱い。
進させます。
さらに、アドレナリンは、細気管支の拡張作用があり、
第二のものは、交感神経系によって副腎髄質が刺激さ
肺への空気取り込みを増加させたり、グリコーゲンを分
れ、秒単位でアドレナリン(80%)やノルアドレナリン(2
解して血液中のグルコースを増加させたり、瞳孔を散大
0%)の放出が起こります。
させたりする働きがあります。
どうこう
短期間のストレスでは、副腎髄質から分泌されるアド
レナリンなどの作用によって、生存に必要な器官のすべ
ての機能が活性化され、ストレスを克服するように働き
ます。しかし、ストレスでは、体の中のプログラムされ
た反射活動を優先しておこなうために、時には、思考過
程などが抑制され働かないことがあります。
一方、反復性ストレス(持続性ストレス)が身体に加わ
ると、糖質コルチコイドの作用が中心となり、睡眠が障
害されたり、免疫機能の低下(感染にかかりやすく、感染
すると長引く)、緊張性頭痛が頻発におこります。
2.副腎髄質
図9-9 副腎髄質の役割を模式的に示す
副腎髄質は神経組織から発育し、交感神経の一部と考
【クッシング症候群】
えられています。
髄質には2種類の細胞が存在します。大きな明細胞(約
クッシング症候群 Cushing disease は、コルチゾールの
90%)はアドレナリン adrenaline を分泌し、小さな暗細
過剰分泌によるもので、体重の増加や、血液の増加、高
胞(約10%)はノルアドレナリン noradrenaline を分泌し
血圧、皮膚の急速な伸びによる線条痕などが見られます。
ます。しかしながら、ヒトではアドレナリンが主として
【アジソン病】
放出されています。アドレナリンとノルアドレナリンは、
アジソン病 Addison disease は、糖質コルチコイドと電
ともにアミノ酸のチロシンから生合成されます。
解質コルチコイドの両者による機能低下によって発症し、
また、大きな明細胞はオピオイドペプタイド opioid
起立性低血圧や精神錯乱、慢性的な脱水症(循環虚脱)、
peptide(鎮痛物質)を分泌します。鎮痛作用がある血液
腹痛、発熱などを引き起こします。
中のメチオニン・エンケファリン methionine
- 127 -
第7節
性腺
女性や男性の性腺では、性ホルモンを産生します。こ
す。
れらのホルモンは副腎皮質でも形成され、産生量や産生
部位のみが異なるだけです。性ホルモンは、コレステロ
ールを材料に生合成されます。
1.卵巣でつくられるホルモン
女性の性腺である卵巣 ovary は、骨盤腔に存在しま
す。
卵巣は2種類の性ホルモンを合成します。卵胞ホルモ
ン(エストロゲン estrogen)と黄体ホルモン(プロゲステ
ロン progesterone)とです。
①卵胞ホルモン(エストロゲン)
図9-11 卵巣のホルモンの分泌調節を模式的に示す
卵胞から分泌されるエストロゲンには、化学的には主
としてエストロン estrone とエストラジオール
黄体ホルモンは、エストロゲンとともに子宮内膜を周
estradiol とがあります。
これらのホルモンは、卵巣で成熟が進んだ卵胞で主に
期的に変えます。
妊娠中は黄体ホルモンは、排卵を抑制するとともに、
形成され、少量が黄体からも分泌されます。
子宮の平滑筋の収縮を防止、乳房を授乳準備状態にしま
す。
③その他のホルモン
前述以外に卵巣から分泌されるホルモンとしては、腺
図9-10 卵胞ホルモンの生成過程を模式的に示す
下垂体からの卵胞刺激ホルモン分泌を促進するアクチビ
卵胞ホルモンは、女性としての二次性徴を発現します。
すなわち、生殖器の発育・成熟や恥部・腋窩での体毛の
ン activin や、卵胞刺激ホルモンの分泌を抑制するイン
ヒビン inhibin などが卵胞から分泌されます。
出現などです。また、エストロゲンは、妊娠の維持に関
与し、乳房の授乳の準備をおこないます。
さらに、エストロゲンは、プロゲステロンとともに子
宮内膜の機能層の増殖を促進します。そのために、子宮
内膜は周期的に変化します。閉経後は、エストロゲンの
分泌が著しく減少するか、停止します。
エストロゲンの生成・分泌は腺下垂体から分泌される
卵胞刺激ホルモンによって調節され、卵胞刺激ホルモン
の分泌が増加すると、エストロゲンの生成・分泌も増え
ます。
②黄体ホルモン(プロゲステロン)
黄体ホルモンは、排卵が終わった後に形成される黄体
で生成されます。腺下垂体から分泌される黄体形成ホル
モンの分泌が増えると、黄体ホルモンの分泌が増加しま
- 128 -
図9-12 精巣のホルモンの分泌調節を模式的に示す
テストステロンは、出生前では脳および外生殖器を男
2.精巣でつくられるホルモン
性型に分化させ、生後では男性の二次性徴を発現します。
いんのう
男性の性腺である精巣 testis は、陰嚢のなかにあり
すなわち、生殖器の発育・成熟を促進し、生殖可能なも
あご
のに変えます。さらに顎ヒゲや骨・筋の発育、声の低音
ます。
精巣では、間質細胞が男性ホルモンのテストステロン
化などをおこないます。
testosterone を分泌し、支持細胞(セルトリー細胞)が少
に必要なもので、性欲を引き起こします。
量のエストロゲンを分泌します。
ぜんりつせん
成人になってもテストステロンは精子の連続的な形成
せいのう
また、中高年者では脱毛(はげ)の原因となります。
血液中のテストステロンは、前立腺や精嚢、皮膚など
腺下垂体から分泌される黄体形成ホルモンによってテ
で5a-リダクターゼによって強力な作用を有するジヒド
ストステロンの分泌が増加します。
ロテストステロンに変換されます。
第8節
ホルモンをつくるその他の器官
上記以外にも、内分泌器官ではないが、ホルモンを産
を分泌させることで、腎臓でのナトリウムの再吸収を増
生する器官があります。その一部をここで説明します。
加させたり、細胞外液を増やすことで、血圧を上昇させ
ます。
1.腎臓でつくられるホルモン
2.消化管でつくられるホルモン
腎臓 kidney では、赤血球産生の促進作用を有するエ
リスロポイエチン erythropoietin や血圧を上昇させる
消化管壁に存在する多数の内分泌細胞では、様々なホ
レニン renin などを合成・分泌します。
ルモンが合成・分泌されます。胃の粘膜からはガストリ
①エリスロポイエチン
ン gastrin やグレリン ghrelin、ソマトスタチン
エリスロポイエチン(分子量は約35,000の糖タンパク
somatostatin が分泌され、十二指腸の粘膜からはセク
質)は、動脈血の酸素分圧の低下によって増加し(血中で
レチン secretin やコレシストキニン cholecystokinin、
の寿命は4~5時間)、赤色骨髄での赤血球新生を促進さ
血管作動性腸管ペプタイド vasoactive intestinal
せる働きがあります。エリスロポイエチンは、肝臓でも
polypeptide、ソマトスタチンなどが分泌されます。
こうしん
ガストリンは、胃液分泌の促進や胃の運動の亢進、胆
生成されます(約15%)。
汁や膵液の分泌の促進などの働きがあります。
②レニン
セクレチンは、アルカリ性膵液の分泌を増やしたり、
レニンは、30個のアミノ酸で構成された糖タンパク質
(分子量は約40,000)で、タンパク質分解酵素としての働
胆汁を分泌したり、胃運動の抑制などの働きがあります。
コレシストキニンは、消化酵素の多い膵液の分泌を増
きがあります。
ぜんどう
腎臓の糸球体を流れる血液量が減少すると、レニンは、
腎臓の傍糸球体装置を構成する傍糸球体細胞から血液中
加させ、胆嚢を収縮させる作用や、腸の蠕動運動を活発
化させる働きなどがあります。
血管作動性腸管ペプタイドには、平滑筋の収縮や血流
に分泌されます。
量の増加などの働きがあります。
レニンは、血液中のアンギオテンシンノーゲン
ソマトスタチンは、胃液分泌の抑制や膵液分泌の抑制、
angiotensinogen の N 末端から10個のアミノ酸を切り
出し、アンギオテンシン I を生成します。アンギオテン
胃や腸管の運動の抑制などをおこないます。
シン I は、肺などの血管内皮細胞にあるアンギオテンシ
ン I 変換酵素で C 末端から2個のアミノ酸が切断され、
3.心臓でつくられるホルモン
アンジオテンシン II になります。アンジオテンシン II
は、血管を収縮させたり、副腎皮質からアルドステロン
- 129 -
心臓のある種の心筋細胞は、28個のアミノ酸で形成さ
れる心房性ナトリウム利尿ペプタイド atrial
natriuretic peptide を合成・分泌します。
心房に帰ってくる静脈血の増加によって心房壁が伸展
されると、心房性ナトリウム利尿ペプタイドが分泌され
ます。
心房性ナトリウム利尿ペプタイドは、腎臓ではナトリ
ウムの吸収とレニンの放出を阻止し、副腎皮質ではアル
ドステロンの分泌を抑制します。
4.胎盤でつくられるホルモン
たいばん
にんしん
胎盤 placenta からは、妊娠を維持するために必要な
ホルモンが合成・分泌されます。
じゆうもうせい
絨 毛性ゴナドトロピン human chorionic
gonadotropin は胎盤から分泌されますが、黄体形成ホ
ルモンと同じ作用があります。すなわち、絨毛性ゴナド
トロピンは、黄体を刺激し、エストロゲンとプロゲステ
ロンの分泌を維持し、月経が始まることを防いでいます。
- 130 -