日本仏教福祉論の展開

2015 年 1 月 12 日(日)
「宗教と社会貢献」研究会
博士論文(仏教学)
日本仏教福祉論の展開
大正大学綜合仏教研究所研究員 菊池 結
章構成
序章 日本仏教福祉研究の背景
第一節 本書の視点
研究の意義
第二節 仏教福祉をめぐる問い
用語の整理
第三節 研究方法
第一章 『新仏教』からみる宗教者の社会事業論
第一節 中央慈善協会の設立
中央慈善協会
感化救済事業講習会
仏教同志会
その他の仏教慈善会
第二節 新仏教徒同志会の社会活動
新仏教徒同志会
先行研究
『新仏教』
社会活動の展開
第三節 『新仏教』からみる宗教者の社会事業論
第二章 渡辺海旭(一) ドイツ留学―仏教福祉実践と研究の黎明期
第一節 渡辺海旭の生涯
誕生と家庭環境
青年期の学び
ドイツ留学へ
仏教社会事業家へ
第二節 ドイツ留学中の研究業績
ヨーロッパの仏教研究
E・ロイマン
留学中主要論文
第三節 ドイツ留学―キリスト教慈善事業とドイツ社会民主党
ドイツに向けて
欧米諸国視察
キリスト教慈善事業
自由思想団
日露戦争開戦とドイツ社会民主党
政治と宗教
戦争と宗教
貧富格差の調停
日露戦争と「義戦」
帰国について
第三章 渡辺海旭(二) 浄土宗労働共済会の設立と事業
第一節 浄土宗労働共済会設立の時代背景
新しい貧困層の拡大
宿泊保護事業
宗教界と社会事業
第二節 浄土宗労働共済会の設立と事業活動
渡辺海旭と労働共済会
労働共済会の設立経緯
1
浄土宗労働共済会規則
2015 年 1 月 12 日(日)
「宗教と社会貢献」研究会
『 労 働共 済』 から みる事 業
役員 ・職 員
「 一 万人 会費 」領 収報告 と 特志 寄付 報告
施 療 救護 部
商 工青年 会 の設 立
労働共済会食堂部
人 事相部
労 働 共済 会支 部の 設立
浄 土宗東 京 慈善 団の 創設
法律身の上相談開始
全国仏教徒社会事業大会
労 働共 済会 授産 部
四恩会
第 二 武蔵屋
仏教徒社会事業研究会
宗教大学社会事業研究室
第三節 渡辺海旭の社会事業思想
「労働共済会主意書」にみる社会事業思想
階級闘争と報恩思想
第四章 柴田徳次郎と長谷川良信 道徳のよりどころと仏教
第一節 柴田徳次郎と国士舘―渡辺海旭との関係について
柴田徳次郎と渡辺海旭との接点
国士舘担当課目について
第二節 長谷川良信とマハヤナ学園―渡辺海旭の意思を継ぐもの
『社会事業とは何ぞや』
渡辺海旭の後継者たち
第五章 戦後の仏教社会福祉研究
第一節 戦後の仏教社会福祉研究
日本仏教社会福祉学会の設立経緯
仏教か、社会福祉か
社会福祉の理解
第二節 従来の仏教福祉研究への批判
超歴史的理解
仏教至上主義
社会科学への誤謬
第三節 『仏教社会福祉辞典』の刊行
『仏教社会福祉辞典』の刊行
宗教か、社会福祉か
第六章 現代の仏教教団―問われる仏教の社会的実践
第一節 真宗大谷派とハンセン病問題
ハンセン(癩・らい)病について
真宗大谷派光明会
ハンセン病と宗教
小笠原登医師
全国ハンセン病問題交流集会
らい予防法廃止
強制隔離政策
近年の大谷派の取組み
仏教の教えと社会倫理
第二節 東日本大震災―各仏教宗派の救援活動
東日本大震災
慰霊・復興祈願
各仏教宗派の救援活動
救援金・募金活動(托鉢)
災害対策本部の立ち上げ
支援物資
仏教者の社会的実践の独自性
第三節 問われる現代仏教の社会的実践
事例①の検討
事例②の検討
終章 仏教福祉研究の歴史・問題・課題について
第一節 仏教福祉研究における歴史・問題・課題について
2
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「宗教と社会貢献」研究会
問題提起
仏教福祉の歴史
仏教福祉の問題
仏教福祉の始まり
仏教福祉研究の課題
第二節 期待される仏教者の社会的実践
社会福祉のソフト的側面
宗教だからできること
宗教者こそやらねばならない
あとがき
参考文献・仏教福祉関連資料
序章
■本論文の目的は、仏教福祉とは何かを明らかにすることである。
そして、本論文で述べたいことは、仏教者が宗教行為である社会的な実践に、あえて福祉
の必要性を主張した意図が何であったのかである。
本論文序章 3 頁
・仏教福祉および仏教社会福祉は、
『仏教社会福祉辞典』
(法蔵館、2006 年)で、定義
づけはされている。
定義 仏教福祉は、仏教と福祉の関わり、または仏教慈善(事業)
、さらに仏教による福祉
(理念・事業・歴史・制度)を目指す包括的概念である。それに対し、仏教社会福
祉は、歴史と社会に規定された社会福祉問題に対応する民間社会福祉事業として、
仏教はどのように関わっているかを考えると同時に、仏教精神(理念・価値)を主
体的契機として、現実的・具体的なソーシャルワーク実践の可能性と固有性を追求
することである。
・しかし、実践と理論の乖離、そして仏教社会福祉の独自性の課題は残る。わたしは、
特に、社会福祉が学問的にあるいは専門的に確立されていくほどに、仏教社会福祉
のパワーが衰えていくのではないかと言う危機感をもっている。特に、宗教行為で
あったはずの社会実践が、社会福祉という尺で図られることへの危機感である。
■その目的の意図は・・・
①従来の「仏教福祉」の定義では、仏教者がなぜ福祉実践を行うのか、
時代背景と仏教
思想からは、十分に説明できていないと思われた(なにをに特化)
②従来の「社会福祉」の定義では、宗教行為であるべき仏教者の福祉実践を把握しきれな
いと思われた
=仏教は宗教だということを忘れてはいけない。仏教福祉実践をみるときに、「社会福祉」
の概念からはみ出すものを見捨ててはいけない。より広い仏教福祉の定義の必要性
③本論文では、思想から実践をみるのではなく、実践から仏教福祉思想をみてみようと考
えた。
=思想からでは、なぜ福祉実践行うかは分かりにくいため
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■(新)ソーシャルワーク専門職の世界定義(2014.1.ILSSW 理事会に提案されたもの)
ソーシャルワークは社会改革と開発、社会的団結そして人々のエンパワメントと解放を進
める実践的専門職であり学問である。社会正義、人権、集団に対する責任、多様性の尊重
はソーシャルワークの中心をなす原理である。ソーシャルワークは、ソーシャルワークの
理論と社会科学、人文科学およびその地に伝統的に固有の知識にささえられ、生活上の困
難と取組みまたウェルビーングを高めるために人々及び社会構造に働きかける。
この定義は国及び地域レベルでさらに敷衍さうるものとする。
・この新しい世界定義は、仏教者(特にアジア)の社会的実践を考えるうえで 2 つの
課題をもつ。
①ソーシャルワーカー=プロフェッショナルソーシャルワーカー(専門職)であると
定義されている⇒多くの仏教者の社会的実践は、ソーシャルワークではない。
②「その地に伝統的に固有の知識にささえられ」、「この定義は国及び地域レベルでさ
らに敷衍さうるものとする」という文章が追加されている⇒その国ごと、地域ごとに
そったソーシャルワークの定義を考えることができる(ただしこのグローバル定義を
基にそれに 反しない範囲で)。
■本論文においては、仏教者が宗教行為である社会的な実践に、あえて福祉の必要性を主
張した意図が何であったのかを検討するために、仏教福祉に関する研究論文・各実践団体
の刊行物・仏教系新聞の記事などを収集し、実践思想史研究を中心に、5 つの時期に分け分
析する。
本論文序章 5 頁(1 部改訂)
・思想から実践をみるだけではなく、実践から思想を考えるというスタンスをとる。
■本研究の限界点は……
①事例が浄土系・真宗系に偏っている。
②仏教思想、仏教文献に関してほとんど関心をはらっていない。
③近代仏教思想史と関連づける試みがない。
④各章ごとに焦点が異なる。各章間の関連が希薄。各章でなぜその事例を選択したのかの
根拠が薄い。
⑤研究関心の拡散。
■本研究の開始経緯と背景
先行研究に対する 3 つの批判
・仏教福祉史の連続性が分断されている。
・思想から実践を説明している。
・仏教福祉の宗教性を捨象している。
だから、仏教福祉とは何かが分かりにくい
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■本研究の意義
現在の社会不安のなかで、宗教の社会貢献に対する期待の声は大きい。古きに学べという
言葉があるが、仏教者の諸活動は、日本における社会事業のさきがけとの評価を受ける。
社会福祉のあり方が問われる現代において、仏教者の社会的な実践には、様々な制約があ
るが再評価されるべきだと考える。
本論文序章 7 頁
各章の流れ
第 1 期 第一章 近代国家設立期における慈恵・慈善事業、感化救済事業の時期
↓
第 2 期 第二章・第三章 大正・昭和戦前期における近代社会事業の成立まで
↓
第 3 期 第四章 第二次世界大戦の時期
↓
第 4 期 第五章 戦後日本における社会福祉の出発と展開の時期
↓
第 5 期 第六章 現代の仏教教団について
・社会福祉史にそった 5 つの時期に分け分析する。
第一章
『新仏教』からみる宗教者の社会事業論
ⅰ内容
新仏教徒同志会(明治 32 年設立)の社会活動及び同会機関雑誌『新仏教』からみる宗教者
の社会事業論について述べることで、当時の宗教者の社会事業への意識を探る。
ⅱ考察
当時、宗教者の社会事業を推進する声が高まる一方で、宗教者の本来の役割という観点か
らそれらの活動に対する批判もみられた。
第二章
渡辺海旭(一)ドイツ留学―仏教福祉実践と研究の黎明期
ⅰ内容
渡辺海旭(明治 5 年~昭和 8 年)の生立ち、特にドイツ留学中について記述することで、
後の福祉実践へのきっかけを考察した。特にドイツ留学中のカトリックの慈善事業、自由
思想団、ドイツ社会民主党からの影響は注目する必要がある。
ⅱ考察
しかし、従来指摘されているように、渡辺が社会事業を行った動機が、ドイツ社会民主党
の社会改良的影響を受けたであろうことは、手持ちの資料からは見出せ得なかった。後に、
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渡辺が社会事業をきわめて国家的な事業として解したことも含めて今後の課題は多い。
第三章
渡辺海旭(二)浄土宗労働共済会の設立と事業
ⅰ内容
浄土宗労働共済会(明治 44 年 5 月事業開始)の機関誌『労働共済』からみる労働共済会の
設立と事業、およびその常任監督(※)である渡辺海旭の社会事業思想について述べた。
ⅱ考察
これまで渡辺個人の思想や実践を中心に労働共済会の研究が進められてきたが、実際の活
動は東京府慈善協会を初めとする政府主導の社会事業団体、浄土宗東京慈善団や仏教護国
団などとの動きとも連動している。今後の課題として、それらの団体との関係や「労働保
護組合」を計画していた宗派内の若い僧侶の活動などをみることも必要となってくる。こ
れらの相関を整理をすることで、社会事業史における労働共済会の位置、重要性がさらに
明確になると同時に、渡辺が時には場を荒立てても主張した、社会事業の根幹である大乗
仏教の精神が何であるかが浮彫になると考える。
※『仏教徒社会事業大観』
、1920 年、236 頁
第四章
柴田徳次郎と長谷川良信
道徳のよりどころと仏教
ⅰ内容
慈善事業から社会事業へ変遷以後、近代的な社会事業と教育を実践する一方で、仏教思想
(宗教)の重要性を主張した柴田徳次郎と長谷川良信について述べた。また、これまであ
まり触れられていない渡辺海旭と柴田との関係も今後の研究の取り掛かりとしてまとめて
いる。
ⅱ考察
日本は、欧米諸国から近代社会事業を移入した。彼らは、仏教的な慈悲や、慈善ではない
近代社会事業を学び、吸収し、日本的な土壌のなかでそれを解釈した。彼らの思想は、仏
教は社会事業と教育事業を支える重要な精神的基盤であるという点で共通する。
■本節においては、柴田徳次郎(1890‐1973)が仏教者である渡辺海旭に「思想問題」の
授業を依頼した経緯について述べた。資料は、青年大民団の機関紙『大民』を使用した。
これまでに、柴田と渡辺の関係を指摘した例はほとんどない。渡辺海旭研究では、「国士舘
完成長老懇談会記念写真」として、柴田、渡辺、徳富蘇峰、渋沢栄 1、野田卯太郎、頭山満
らとともに写された写真が現存しているが(資料 1)、どういう経緯で撮影されたのかは不
明であった。これまで指摘されたことのない、柴田と渡辺との接点を述べるだけでも価値
はあると思う。筆者は、柴田が、渡辺に道徳のよりどころとしての仏教(あるいは宗教一
般)を教えるよう依頼したのではないかと推測している。特に、大正 12 年(1923)に、大
民倶楽部が「佛教各宗派聯合海外布教団」の発会を図るなどは、仏教各宗の連携と大乗仏
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「宗教と社会貢献」研究会
教を土台にした社会問題への取組みという渡辺の思想の影響を受けているといってもよい。
柴田は、芝中学校(1)で、渡辺の修身の授業を受けたことがあるともいわれている(2)
。
芝中学校で、渡辺の「修身」の授業を受けた柴田が、その人柄に感服し、関係がつながっ
たのではないかとも考えられる。そして、もう一人、柴田と渡辺の接点を考えるにあたっ
て重要な人物がいる。それは、渡辺の弟子であり、マハヤナ学園の設立者である長谷川良
信である。芝田と長谷川は、共に後に渡辺が校長を務めることになる芝中学校の学友であ
り、
「二人で社会国家を論じたり、酒を酌み交わしたりしていた」[長谷川、2005、22 ペー
ジ](3)という。しかし、同様に、これまで国士舘や柴田と長谷川のつながりを指摘するも
のはほぼない。
本論文第四章 54 頁
(資料 1) 国士舘完成長老懇談会記念写真大正一五年六月三日(渡辺海旭論集『壺月全集』下
巻)
(1) 浄土宗第一教校は、明治 39 年(1906)に「男子に須要なる高等普通教育を為すを以っ
て目的とす」として、宗門外の一般子弟の教育に門戸を開放。私立芝中学校となる。初代
校長に松濤賢定就任。明治 44 年(1911)、第三代校長に渡邊海旭就任。
(2) 国士舘中学校設置認可申請書大正 14 年
(1925)
3 月 30 日に添付された柴田の履歴には、
明治 40 年 4 月東京市芝区私立芝中学校第 3 学年へ入学、大正元年(1912)9 月 1 日早稲田
大学政治経済科(専門部)へ入学、大正 4 年(1915)7 月同校全科卒業とある。
(3)長谷川匡俊、
『シリーズ福祉に生きる 長谷川良信』
、大空社、2005 年
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第五章
戦後の仏教福祉研究
ⅰ内容
さまざまな議論を通して、仏教福祉が、社会福祉の一分野としての仏教社会福祉へとまと
められていくまでを述べた。
ⅱ考察
仏教社会福祉を社会福祉の一分野とすることは、現実的で具体的な社会サービスを行うた
めの前提であるが、仏教的特色のない仏教社会福祉論では、やはり、その役割を示すこと
はできないのではないかという課題が残る。
.
■本章においては、さまざまな議論を通して、仏教福祉が、社会福祉の一分野としての仏
.....
教社会福祉へとまとめられていくまでを述べた。
■仏教か、社会福祉か
いまあえて、仏教社会福祉は宗教か社会福祉かと問わなければい
けないだろう。『仏教社会福祉辞典』において、仏教社会福祉の今日的課題は、「民間社会
福祉の一翼を担い、大乗仏教の精神を基盤とする心のケアやターミナルケアにみられる自
発的・主体的な社会福祉実践活動の具現化である」と書かれている。しかし、すでに長崎
陽子が指摘するように、以下の課題が生じている。
1、社会科学を基調とする仏教社会福祉は、表面的には、社会科学が強調されると相対的に、
仏教思想と関連性がないようにみえる。
2、その結果、理論と実践の不一致が起こる。あるいは、まったく仏教思想と無関係に実践
が行われる場合もありうる。
そうした場合、仏教社会福祉の独自性や固有性はどこに見出せばいいのだろうか。長崎
は、人間・科学・宗教オープン・リサーチ・センター(龍谷大学)における仏教社会福祉
研究の第 1 の目的は、理論と実践の一致にあると述べている [長崎、2008、81 ページ](1)
。
続けて、
「たしかに、仏教思想は仏教社会福祉が社会福祉としてサービスを行うとき、表に
でることはない」[長崎、2008、81 ページ](2)と述べている。これらは、社会福祉を行う
ときに、仏教思想は(少なくとも表面上は)
、使わないということを意味している。
また、仏教思想を社会福祉を行う主体的契機とする場合にも、主体者を社会福祉実践に
結びつかせたものが、何らかの仏教思想と結びつくことで、例えば、人間関係が平等とな
るかどうかは、また別の検討が必要だと思われる。しかし、この点を理論化し、理論と実
践を一致させなければ仏教社会福祉の存在意義が問われることになりかねない。
船本淑恵による「浄土真宗本願寺派社会福祉施設実態調査報告(概要)」(3)によると、
本願寺派の社会福祉施設に仏教的特色を「含んでいる」と回答した施設は、18・3%であり、
「含んでいない」は 54・5%であった。船本は、「ただし、以前は含んでいたが、行政の指
導により仏教的特色を含まない定款に改正した施設や、改正中であるという記述もみられ
たことを考えると、設立当初を含めると、仏教的特色を含んだ理念を掲げていた施設の割
8
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「宗教と社会貢献」研究会
合が高くなるのではないかと推測できる」[船本、2008、204 ページ](4)と述べているが、
半数以上の施設が仏教的特色を「含んでいない」と回答していることになる。このことは、
現在、日本で宗教団体が社会福祉実践を行うことは、困難であるという現状を表している
、、、、、、、、
ともいえるが、仏教的特色のない仏教社会福祉論では、やはり、その役割を示すことはで
きないだろう。仏教社会福祉を社会福祉の一分野とすることは、確かに、現実的で具体的
な社会サービスを行うための前提であるかもしれない。しかし、宗教行為としての仏教者
の社会的実践が、仏教社会福祉の定義に当てはまらないからといって、その実践を捨象し
てしまうことは、仏教福祉実践がもつ豊かさや複雑さを見過ごすことになりかねないので
はないだろうか。
本論文第四章 72 頁
(1) 長崎陽子、
「仏教社会福祉における仏教思想の必要性」、長上深雪編『龍谷大学人間・
科学・宗教オープンリサーチセンター研究叢書第 5 巻現代に生きる仏教社会福祉』、2008 年
(2) 長崎陽子、同、2008 年
(3) 船本淑恵、
「仏教系社会福祉施設の現状と仏教社会福祉実践の思想的基盤―浄土真宗本
願寺派社会福祉施設実態調査報告(概要)―」、長上深雪編『龍谷大学人間・科学・宗教オ
ープンリサーチセンター研究叢書第 5 巻 現代に生きる仏教社会福祉』、2008 年
(4) 船本淑恵、
「仏教系社会福祉施設の現状と仏教社会福祉実践の思想的基盤―浄土真宗本
願寺派社会福祉施設実態調査報告(概要)―」、長上深雪編『龍谷大学人間・科学・宗教オ
ープンリサーチセンター研究叢書第 5 巻 現代に生きる仏教社会福祉』、2008 年
第六章
現代の仏教教団―問われる社会的実践
ⅰ内容
社会福祉の一分野としての仏教社会福祉へと体系化した後、現代の仏教教団の社会的実践
がもつ課題について、2 つの事例を挙げて検討した。
事例 1 真宗大谷派のハンセン病問題への取組み
事例 2 東日本大震災における各仏教宗派の災害援助
ⅱ考察
現在では、
(渡辺や颯田本真尼の頃と比較して)社会的に宗教的な福祉実践(※)をするこ
とが難しくなっている。例えば、念仏や読経は、直接的な形では仏教社会福祉に含められ
ない。活動理念も設立理念も仏教思想では語られない。そして、宗教教団の活動であるこ
とを前面に打ち出すことは受け入れにくくなっている。
※発表者は、ある意味で念仏や読経なども宗教的な福祉実践であると考えている
9
2015 年 1 月 12 日(日)
「宗教と社会貢献」研究会
終章
■本論文で述べたこと
本論文では、明治後期から現在にかけて、信仰や思想から行われた仏教者の社会的実践が、
現在の社会福祉制度の中で、体系化され、「仏教社会福祉」として整理されてきた過程につ
いて述べた。それは、他面、仏教者が宗教行為である自らの社会的な実践に福祉の必要性
を主張した歴史であるともいえる。そのことは、とても素晴らしと思う。しかし、信仰と、
政教分離を前提とした日本の社会福祉制度のはざまで、とまどいを感じることはないだろ
うか。
本論文終章 87 頁
■残念ながら、本論文の目的が十分に達成できたとは言えない
本論文の目的を再度述べると……
・本論文の目的は、仏教福祉とは何かを明らかにすることである。
・そして、本論文で述べたいことは、仏教者が宗教行為である社会的な実践に、あえ
て福祉の必要性を主張した意図が何であったのかである。
■再度、本論文の目的を達成させるために・・・
本論文では、以下の 3 点を仏教福祉研究の課題として挙げた。
・資料の制約の改善、発掘
・戦前から現在までつながりある仏教福祉史年表の作成
・学問領域を超えた、より広い仏教福祉の定義
■引き続き実践から仏教福祉を考察し、仏教思想との関連を探る研究を行う必要がある。
・ベトナムをはじめとする仏教と福祉実践のつながりが強い地域の調査など……。
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中村磐男(他)監修『標準社会福祉用語辞典』
(第 2 版)、株
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式会社秀和システム、2010
前島信次『インド学の曙』
、世界聖典刊行教会、1985
中村元監修『岩波仏教辞典(第 2 版)
』、岩波書店、2002
前田恵学「日本における近代仏教学」、愛知学園禅研究所
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11
2015 年 1 月 12 日(日)
「宗教と社会貢献」研究会
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上田千秋「仏教社会事業論の学問的性質―主として仏教
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小林大厳編著『壺月和尚の面影』
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1933
西光義敞「現代仏教社会事業の独自性について」、
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小風秀雅編『アジアの帝国主義』
、吉川弘文館、2004
仏教学研究』24(1)、1975、pp.426-429
若尾祐司、井上茂子編『近代ドイツの歴史―18 世紀から
清水海隆『考察 仏教福祉』、大東出版社、2003
現代まで』、ミネルヴァ書房、2005
水谷幸正『仏教・共生・福祉』、思文閣出版、1999、
柴田義松、斉藤利彦編『近現代教育史』
、字文社、2000
pp.136-187(第 7・8・9 章)
室田保夫編『人物でよむ近代日本社会福祉のあゆみ』、ミ
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ネルヴァ書房、2006
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鹿野政直「大正デモクラシーの思想と文化」、『岩波講座
水谷幸正「仏教社会福祉論の展望―「秦隆真先生
日本歴史 18 近代 5』、岩波書店、1975、pp.334-376
追悼
文集 仏教と社会福祉」を読んで―」、佛教大学佛教社会
山本佐門『ドイツ社会民主党日常活動史』、北海道大学図
事業研究所、
『佛教福祉』4、1977、pp.25-35
書刊行会、1995
真宗大谷派ハンセン病問題に関する懇談会編『いま、共
桜部建「ドクトル渡辺海旭―真に学を愛した『現代的仏
なる歩みを―ハンセン回復者との出会いの中で』、真宗大
者』―」
、
『仏教学セミナー』9、大谷大学仏教学会、1969、
谷派宗務所出版部、2003
pp.35-44
真宗大谷派ハンセン病に関する懇談会編『差別と人権に
佐々木毅『宗教と権力の政治』、講談社、2003
関する学習資料 ハンセン病と真宗』、真宗大谷派同和推
黒羽茂『世界史上よりみたる日露戦争』
、至文堂、1960
進本部、1998
高石史人『仏教福祉の視座』、永田文昌堂、2005
常光浩然
「近代日本仏教界の人間像―その 4―」、pp.60-65、
高石史人「仏教社会福祉再考―その現状と批判―」、『季
『世界仏教』
、15 巻 7 号、世界仏教協会、1960
刊仏教』51、2000、pp.111-118
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高石史人「渡辺海旭における国家と仏教」
、二葉憲香編、
水谷幸正先生古希記念会編、
『佛教福祉研究』
、京都思文
『国家と仏教 近世・近代編 日本仏教史研究 2』、永田
閣出版、1998、pp.33-46
文昌堂、1980、pp.123-156
上田千秋「佛教と社会事業に関する管見―長谷川良信「佛
高橋憲昭「仏教福祉考」、佛教大学佛教社会事業研究所、
教社会事業に関する管見」を足がかりにして―」、佛教大
『佛教福祉』5、1978、pp.152-154
学佛教社会事業研究所、
『佛教福祉』5、1978、pp.34-47
広井良典『持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」
上田千秋「仏教福祉学の体系化のために―福祉の概念整
の構想』、ちくま新書、2006
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、創元社、1968
と 社 会 事 業 と 教 育 と 長 谷 川 良 信 の 世 界 』、 1983 、
孝橋正一「仏教と社会事業との関係に関する理論的研究」
、
pp.227-294
『龍谷大学仏教文化研究所紀要』12、1973、pp.43-53
上田千秋「仏教福祉の成立を求めて―社会福祉(学)の
孝橋正一「仏教社会事業の研究方法論」、田宮仁、長谷川
視点から仏教福祉を考える」、田宮仁、長谷川匡俊、宮城
匡俊、宮城洋一郎編『仏教と福祉』、渓水社、1994 年、
洋一郎編、『仏教と福祉』、渓水社、1994、pp.107-135
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12
2015 年 1 月 12 日(日)
「宗教と社会貢献」研究会
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吉田久一「渡辺海旭」
、
『月間福祉』51(5)、1968、pp.34-37、
おける社会科学的方法―」
、佛教大学佛教社会事業研究所、
43
『佛教福祉』4、1977、pp.4-24
吉田久一、長谷川匡俊『日本仏教福祉史入門』
、法蔵館、
孝橋正一「続・仏教社会事業の研究方法論―創価学会説、
2001
水谷幸正説批判―」
、
『佛教福祉』10、1983、pp.134-144
岸本英夫編『明治文化史
孝橋正一「現代日本の社会事業理論―その発展方向と方
宇佐美承『新宿中村屋 相馬黒光』、集英社、1997
法論分析」
、
『龍谷大学論集』400-401、1973、pp.716-729
安藤和彦「渡辺海旭の社会事業思想と実践」、『社会事業
硯川眞旬「所謂「仏教福祉」論の明確化とその課題」
、水
史研究』21、仏教事業史研究会、1993、pp.75-88
谷幸正先生古希記念会編、
『佛教福祉研究』、京都思文閣
ランジャナ・ムコパディヤーヤ『日本の社会参加型仏教
出版、1998、pp.47-59
法音寺と立正佼成会の社会活動と社会倫理』
東信堂、2005
金子民雄『西域 探検の世紀』、岩波新書、2002
ハ ン セ ン 病 と 真 宗 『 隔 離 か ら 解 放 へ 〔 増 補 版 〕』、
芹川博通『渡辺海旭研究―その思想と行動』
、大東出版社、
SHINSHUBOOKLET No1、東本願寺
1878
二村一夫「労働者階級の状態と労働運動」、
『岩波講座 日
芹川博通『シリーズ福祉に生きる 17 渡辺海旭』、大空
本歴史 18 近代 5』、岩波書店、1975、pp.94-140
社、1998
ドゥ・ヨング(平川彰訳)
『仏教研究の歴史』
、春秋社、
芹川博通「仏教福祉のあゆみ」、
『環境・福祉・経済倫理
1975
と仏教』、ミネルヴァ書房、2002
社会福祉士養成講座編集委員会編、『社会福祉原論』、中
芹川博通「仏教のセツルメント―渡辺海旭と浄土宗労働
央法規、1996
共済会―」、pp.195-212、池田英俊、芹川博通、長谷川匡
三好一成「浄土宗労働共済会の設立と事業の展開」、『長
俊編『日本仏教福祉概論―近代仏教を中心に―』、雄山閣
谷川仏教文化研究所年報』24、2000
出版、1999
『渡辺海旭遺文集
橋川正『日本仏教と社会事業』
(原著 1925 年)、復刻 1996
会、1933(1977 年改定発行。本稿で『壺月全集』という
年、「戦前期 社会事業基本文献集 29」、日本図書センタ
ときはすべてこれによる)
ー
『渡辺海旭、荻原雲来両先生記念会紀要』、海旭・雲来先
吉田久一『社会福祉と日本の宗教思想―仏教・儒教・キ
生記念会、1969
リスト教の福祉思想』、勁草書房、2003
『大乗淑徳学園 100 周年記念写真集』
、学校法人大乗淑徳
吉田久一、長谷川匡俊『日本仏教福祉思想史』
、法蔵館、
学園、1998
2001
『光を掲げた人々』
、光の友社、1954
吉田久一『著作集 6』、川島書店、1991
『ハンセン病と真宗』、真宗大谷派同和推進本部、1998
吉田久一『著作集 5』、川島書店、1991
「『労働共済』解説・総目次・索引」、不二出版、2005
吉田久一『著作集 4』、川島書店、1992
吉田久一『近現代仏教の歴史』、筑摩書房、1998
吉田久一「明治仏教と『防貧』的セツルメント―渡辺海
旭の『浄土宗労働共済会』を中心に」
、田宮仁、長谷川匡
俊、宮城洋一郎編、『仏教と福祉』、渓水社、 1994、
pp.349-365
13
第6巻
宗教編』
、洋々社、1954
壺月全集』上・下巻、壺月全集刊行