季刊 企業と法創造

G C O E 通 信
端から私事で恐縮であるが,本通信を作成している現在,
私はちょっとした事情から生まれて初めて,長い病の床にあ
る。もう二カ月以上,東京の冬特有の冷たく澄んだ外気を,
背伸びを思い切りしながら,腹いっぱい吸い込んでいない。
病の種類も症状の激烈さも比べるべくもないが,かつて読ん
だ子規の随筆集が思い出される毎日である。
必ずしもこれが唯一の理由ではないものの,この通信文
も,「憲法と経済秩序」研究会 RA の山本真敬さんにご迷惑
をお掛けしながら,締め切りの本当にギリギリのところでお
渡しすることになってしまった。そればかりでなく,自分が
こうした状況にあるため,山本さんには紀要の編集作業全般
に渡り,多大なるご面倒をお掛けした。
ところで,ある種の非日常的な経験をすると,それまでに
見えていなかったことに気づくとか,モノの見え方が一変す
るといったことを,よく耳にする。今回たまたま私には,そ
のような世界観転回の契機があったことになるが,顧みて何
か劇的な変化があったかといえば,少なくとも今はまだない
ようである。
もっとも,病床のちっぽけな空間と二カ月という時間の衝
立を取り払えば,日本でこの一年間に起きたことは,間違い
なく世界観を根底から覆すような,その蓋然性の高い出来事
であった(世界に目を転じれば,中東諸国の民主主義「革命」
がなお進行中という状況もあるが,今は措く)。言うまでも
なく2011年3月11日の東日本大震災と,その後の福島原発事
故である。
でも,と思う。直接の被災地でもなく,また原発事故現場
から数百キロメートル離れた東京で暮らす「私」は,本当に
この未曾有の大災害と大「人災」によって,何かが変わった
のだろうか。もちろん日常生活のなかで激変した事柄は多々
ある。だが,世界観が変わったとまで言えるだろうか。そう
考えると,実は,変わったと思いたい,あるいは変えなけれ
ばならない,と思い込んでいるのではないか,という気がし
てくる。
こう述べると即座に,君には社会的感受性が大幅に欠けて
いるのではないか,だいたい,これほどの状況に直面しなが
ら,憲法研究者として知的に怠惰なのではないか,というお
叱りが飛んでくるに違いない。
後者については否定しない。既に多くの法律雑誌におい
て,震災と原発事故をめぐる憲法問題が論じられ,この紀要
にもまた,「憲法と経済秩序」の観点から,詳細な分析を試
みる論考が収められている。なるほど私は未だ,具体的で明
確な形をとるほどに,一連の出来事を把捉できていない。
それでも,と思う。前者にも係るが,たとえば「東京の冬
特有の冷たく澄んだ外気」は本当に「澄ん」でいるのだろう
か。肉眼では見えないが,相当量の放射性物質が混じってい
るのではないか。だとすると,私は無邪気に「腹いっぱい吸
い込んで」よいのだろうか。結局のところ,独特のセンサー
によって,知覚では実感しにくい何ものかを感受し,それを
概念として実体化したうえで,流通可能な言説へと仕立て上
げることが,
「専門家」の役目なのだろう。3月11日以前,同
じ nuclear という語が,weapon ならば「悪」
,power ならば
「善」なるものとされ,しかも power については,憲法(学)
の対象から外されていたことは,果たして感受性の欠如だっ
たのか,それとも概念化レベルの失敗だったのか。
ふと外を見ると雪が降っている。この雪にもセシウムが付
着しているのだろう。以上は痛みと鎮痛剤でうつらうつらし
ながら考えた由無し事,ご寛恕のほどお願い申し上げる。
(企画責任者・事務担当 法学学術院専任講師 金澤 孝)
前の特集号(「憲法と経済秩序Ⅱ」企業と法創造7巻5号
〔2011年〕)の刊行からはやくも1年が経とうとしています。
前号は,編集作業中に東日本大震災が発生し,編集作業にお
いても非常な困難があったことが思い出されます。幼い頃に
阪神大震災を経験している身としては,自分にも何かできる
ことが無いかを模索する日々であります。
本研究会も4年目を終了しました。本年度(2011年度)に
おいても,前年度と同じく,研究会メンバーの先生方にご報
告を頂きました。お忙しいところご報告を頂きました先生方
はもちろん,研究会にご参加くださいました先生方にも,心
から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
来年度はいよいよ当研究会も最終年度となります。来年度も
どうぞよろしくお願い申し上げます。
自分自身,「憲法と経済秩序」研究会に参加しいろいろな
先生方のご議論を伺う中で,とても良い勉強をすることがで
きていると思います。そのようにして勉強したことがらを,
次にどのように「生かす」かという点が,残された問題であ
ると思います。この研究会における勉強に限らず,勉強する
中でいろいろなものに触れ,問題の難しさに頭を抱える日々
ですが,少しずつ精進したいと存じます。
そのような貴重な研究会に引き続き携わる機会を与えて
くださいました中島徹先生(法務研究科・教授)や,研究会
に関係する事務にご協力いただきました金澤孝先生(法学学
術院・専任講師),常日頃の事務的サポートを頂いておりま
す「企業法制と法創造」事務所スタッフの皆様,そして,年
度末のお忙しい時期にご尽力いただきました株式会社商事
法務の藤本眞三様には,心から感謝を申し上げます。ありが
とうございました。
(
「憲法と経済秩序」研究会 RA 山本真敬)
季刊 企業と法創造
第 8 巻第 3 号(通巻第31号)
2012年 2 月29日発行
早稲田大学グローバル COE《企業法制と法創造》総合研究所
発行人 上 村 達 男
〒169-8050 東京都新宿区西早稲田1 - 6 - 1
TEL:03(3208)8408 FAX:03(5286)8222
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編集・制作 株式会社商事法務
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