第4回 - 運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座

腰痛対策 最前線
第1回で紹介しましたが、腰痛の
多 く は、 現 在 の 世 界 標 準 の 分 類 上、
真の原因が特定しきれない「非特異
的腰痛」に含まれます。病因を的確
に突き詰めることが難しいため、治
療や予防対策が確立しきれない現状
が続いています。
うなっていません。腰痛に対する「今
までのあなたの常識やイメージ」を
リセットし、新たな視点に立った対
策を考える時代に入ったのです。
世界標準の捉え方
非特異的腰痛は「青信号」
第 2・3 回 で 紹 介 し ま し た。 し か し
実際には、特異的腰痛以外の原因を
特定しきれない非特異的腰痛が8~
9割を占め、皆さんが日常遭遇しや
すい腰痛もこれです。
非 特 異 的 腰 痛 は、「 原 因 が わ か ら
ない腰痛」と考えるよりも「心配す
週労働時間が60時間以上
家族が腰痛で支障をきたした既往
抑うつ 身体化徴候
(人間関係のストレスが強い)
図 1 支障度の高い腰痛の危険因子
Matsudaira K, et al. PLoS One 9, 2014 / Matsudaira K, et al. Spine 37, 2012
/ Matsudaira K, et al. Occup Environ Med 68, 2011 および英文誌投稿予定
の未発表の解析結果を含む
対策”について解説していきます。
れぞれの不具合の“簡単見極め術と
次回以降は、腰自体と脳機能、そ
が重要と言えます。
う観点からも、職場のストレス対策
げ作業時の“ぎっくり腰”予防とい
症するリスクが高まるため、持ち上
まり腰自体の不具合による腰痛が発
の負担が高まります(図23)。つ
勢バランスが微妙に乱れて椎間板へ
持ち上げ作業をすると、作業時の姿
す。精神的ストレスを抱えた状態で
は別のメカニズムが関与していま
もわかっており、脳機能の不具合と
くり腰”の発生リスクを高めること
一方、ストレスは、いわゆる“ぎっ
ではありません。
るタイプがあってもまったく不思議
ム、筋肉の血流不足が強まって起こ
よる脳機能の不具合を介したスパズ
肩こりにも心理社会的なストレスに
すものと言われていますが、腰痛や
脈がスパズム(血管の痙攣)を起こ
心臓神経症は、ストレスにより冠動
腰 痛 と し て 現 れ る こ と も あ り ま す。
する病名の代表格ですが、肩こりや
敏性腸症候群」などが身体化に関係
トレス性のめまい」「心臓神経症」「過
などの心理社会的問題、さらには痛
サポート不足、人間関係のストレス
(図21 )、 仕 事 へ の 不 満 や 周 囲 の
(椎間板内のズレなど)をもたらし
動作による負担が、腰自体の不具合
具体的には、不良姿勢や持ち上げ
ルが可能な状態を指します。
前段階(未病)の、自分でコントロー
い異常のことで、明確な病気になる
えたり説明したりすることができな
病院で標準的に行われる検査では捉
と は、 M R I や 血 液 検 査 と い っ た、
し ま し ょ う。 こ こ で 言 う「 不 具 合 」
不具合」によるものがある、と理解
社会的なストレスに伴う「脳機能の
係する「腰自体の不具合」と、心理
心 理社 会 的要 因
週労働時間が
60時間以上
仕事の低満足度
上司のサポート不足
職場の
人間関係の
ストレスが強い
(持ち上げ・前かがみ・捻り動作が頻繁)
人 間工学 的要 因
持ち上げ・前かがみ
動作が頻繁
慢 性 化
新規発生
20kg 以上の重量物取扱
and/or
介護作業に従事
25kg 以上の
持ち上げ動作
る病気がない、心配しなくてよい“青
信号”(安全な状態)の腰痛なのだ」
と捉えるようにしましょう。しかし、
ときに仕事に支障をきたすほどの難
治性の腰痛に移行してしまうことが
あります。難治化する要因は“黄信
号”(注意が必要な要因)と呼ばれ、
その多くは実は職場での問題を含む
心理社会的問題(ストレス)である
ことがわかっています。
これからの捉え方
「腰と脳機能の不具合」
非特異的腰痛の危険因子として
は、腰への負荷要因(人間工学的要
因)だけでなく、心理社会的要因も
重要です。図1は、私がこれまでに
行った疫学研究の知見をまとめたも
のです。
腰痛・
背中のはり
今、皆さんが頭に思い浮かぶ腰痛
椎間板ヘルニアや、危険な“赤信
号”の腰痛と言われる感染や癌の転
明確な原因が特定しきれないもの
あちこちの筋肉痛
手足の冷え・しびれ
対策とは何でしょうか? もし、そ
れ が 理 に か な っ た も の で あ っ た ら、
移といった原因が明確にできる特異
の、非特異的腰痛は姿勢や動作に関
肩こり
きっと世の中の腰痛は、確実に減っ
的 腰 痛 の 見 極 め 方 な ど に つ い て は、
くなる、言い換えれば対策を講じや
すくなります。
ストレスが腰痛を
引き起こすメカニズム
下痢・便秘・吐気を
含む胃腸の不調
てきたはずです。しかし、現実はそ
カニズムです。
両方の不具合は、しばしば共存し、
その共存する割合は同じ人が同じ日
であっても曝露される環境要因(身
体的負荷と精神的負荷の状況)に依
存します。このような理論で腰痛を
心理社会的ストレスが身体の機能
的 な 症 状 に 現 れ る こ と を「 身 体 化 」
息苦しさ・動悸
と言います(図3)。「緊張型頭痛」「ス
めまい・耳鳴り
みへの不安や恐怖といった精神的ス
浩
特任准教授 松平
頭痛
トレスが脳機能の不具合(中脳辺縁
運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座
捉えるようにすると“よくわからな
ど うき
うつ状態・睡眠障害
強い疲労感
系という部分でのドーパミンの分泌
東京大学 医学部附属病院 22 世紀医療センター
図 3 精神的ストレスをきっかけとして現れうる主な心身反応(うつ及び身体化)
異常など)を起こすことがあります
3 姿勢バランスの乱れ
第
い非特異的腰痛”の正体が見えやす
ウトライン無し
(図22)
。その脳機能の不具合の
持ち上げ、前かがみ、
捻り、不良姿勢 など
4回
周囲のサポート不足、
仕事への不満、
人間関係のストレス、
痛みへの強い不安
結果として、身体化とも呼ばれる自
メカニカルな腰へのストレス
1
腰自体の不具合
心理的なストレス
2
脳機能の不具合
律神経系失調症状、それに伴う筋肉
危険因子
原因(メカニズム)
26
2014.8
フォーラム
地方公務員 安全と健康
2014.8
フォーラム
27
地方公務員 安全と健康
新たな視点に立った
これからの
腰痛の捉え方
などの血流不足を生じる、というメ
図 2 非特異的腰痛の危険因子とメカニズムの関係(私案)
参考文献)松平浩ほか:『ホントの腰痛対策を知ってみませんか』公益財団法人労災保険情報センター 2013、図表は全て本参考文献より引用、一部改変