ヒト人工3次元培養組織におけるがんの転移・浸潤の実験系の構築とその

平成26年度奨励研究
ヒト人工3次元培養組織におけるがんの転移・浸潤の実験系の構築とその展開
放射線技術科学科 助教 藤井義大
1.研究目的
これまでに放射線生物学で好んで使用されてきたコロニー法、染色体解析法、γH2AX などによる DNA 損
傷解析法などの vitro の実験系では一つ一つの細胞における現象に重心を置いてきた。この実験系によ
って様々な貴重な実験結果がもたらされてきた。しかし、最近の研究により、様々な刺激に対する生物
影響をもっと巨視的な視点で観察することの必要性が生じている。浸潤・転移の実験系においてもその
必要性は大きい。マウスなどの vivo の実験系(動物実験)もすばらしい研究成果が挙がっているが、
一個の生体だとあまりにも多くのファクターが入り混じっているので観察したい現象を的確に把握す
ることが非常に大変であるという難点がある。また、今回使用する人工組織はマウスではなくヒトであ
り、ヒトへの応用という観点からより有意義な研究結果を得ることができると期待している。前で述べ
たように、細胞培養系と動物実験はそれぞれ良し悪しがあるが、今回の人工3次元培養組織を用いるこ
とにより、これら二つの実験系の利点を含んだより良い実験系の構築が可能となる。この実験系を構築
し、がん細胞と組織との相互作用(特に浸潤・転移を中心に)を可視的に観察することを目的とした。
・これまでは組織レベルの実験では、マウスなどの動物を使用しなければならなかったが、この最新のヒト人工3
次元組織を使用すれば実際にヒトの組織を使用して実験を行うことができる。よって、より実際の人体に近いデ
ータを得ることが可能となる。
・最新のヒト人工3次元組織を使用することによって、従来の2次元での培養細胞系の実験では得ること ができ
なかった組織単位での生物影響をvitroの実験系で観察することが可能になる。このヒト人工3次元組織(ヒトの皮
膚組織)を用いて難治性がんと共培養することにより新しい浸潤・転移のメカニズム解明のための組織単位での
実験系の構築が可能である。
・最新のヒト人工3次元組織を、高度先進医療である重粒子線を含む放射線治療の研究に応用し、がん治療に
おいて非常に重要な要素である転移と浸潤に絡めた研究は未だ行われておらず、この研究により、新しい知見
を発信できると考えている。
2.研究方法
・人工3次元培養組織による実験系を用いた浸潤・転移を中心とした放射線治療の基礎研究
EpidertmFT と転移性メラノーマ(A375)の難治療がんにおける転移・浸潤モデル、放射線治療モデルを
作成し、それぞれの放射線への応答を調べる。ここでは、難治療がんに対して治療レベルの比較的高線
量の X 線および、近年、より治療効果の高いことで注目されている重粒子線(炭素線)を照射する。そ
の後、炭素線照射による浸潤・転移に対する効果を観察する。また、悪性腫瘍の中でも重要な要素であ
るがん幹細胞があるが、そのマーカーといわれている CD133 などの挙動を観察することにより、がん幹
細胞と浸潤・転移と放射線照射との間の関係性を知ることができる。同時に正常組織における反応も観
察する。
・研究全体を通じて、組織切片における組織染色と免疫染色を主に使用する。
EpiDermFT の組織断面:実際の組織と同様の構造が形成されている
(MatTek 社のホームページより)
3.研究結果
実験条件と結果
3D組織にメラノーマA375細胞を予め植え込んだモデルを使用し、X線と重粒子線(炭素線S
OBP中心)を照射してメラノーマの浸潤・転移を経過観察した。
A375のX線と炭素線でのせ生存率曲線を求め、曲線より同様の生存率を示す線量で比較検討し
た。条件は以下のようである。
・条件:X線
2.2、3.3、5Gy
:炭素線
1、2、3Gy
経過観察は照射 1、2、3週間後に行った。
A
B
C
A:照射0Gy(コントロール) 3週間後
浸潤、転移的浸潤(赤丸)ともに多数生じていることが観察できる。
B:X線5Gy 3週間
浸潤、転移的浸潤ともに、2週間後に比べると増加しているように思われる。生存した細胞が再度活動
し始めた結果であるのかもしれない。
C:炭素線3Gy 3週間後
2間後同様にX線と比較すると、浸潤も転移的浸潤も活発で数を多いように思われる。
コントロールと比較すると、全体的に抑えられているように見えるが大差はないように観
察できる。
4.考察(結論)
今回人工3次元培養組織を用いて浸潤の評価を行った。その結果、組織切片をHE染色で染めるこ
とにより浸潤と転移的浸潤の度合いを評価することができた。
実験前は、炭素線はX線よりも浸潤や転移的浸潤を抑制すると考えていたが、2,3 週間後において
は、X線よりもそれらの抑制効果が弱いように考えられる結果となった。今回はX線、炭素線ともに
最大線量のときのデータのみ示したが、その他の線量のときでも同様の傾向が見られた。その理由は
定かではないが、現在、組織免疫染色などにより、浸潤や転移に重要な分子について実験中である。
この研究を続け、この現象の理由を解明することで、今後の炭素線治療において非常に重要なことを
明らかに出来ると考えている。
今回使用した人工3次元培養細胞によって、浸潤、転移的浸潤やその関連分子の免疫染色を実行中
である。
人工3次元培養組織を培養し、浸潤・転移を引き起こし、観察することができた。
また、X線照射による浸潤・転移の度合いの違いを比較することもできた。以上よりこの人工3次
元培養組織を使用して浸潤・転移を評価する実験は行えると考えられる。
5.成果の発表(学会・論文等,予定を含む)
本実験は、実験系の構築が主目的であるために、今回の実験結果をそのまま学会発表や論文投稿に結び
付けるのは難しい。よって、今後この実験系を用いて、研究を遂行し、実験データをさらに収集・解析
して学会発表と論文投稿を行いたいと考えている。