刑事訴訟法 伝聞法則とその例外

刑事訴訟法
伝聞法則とその例外
■伝聞法則
○伝聞証拠とは
反対尋問を経ていない供述証拠のこと。
⇒例:証人Xが公判廷で「Aは、『Bが放火したところを見た』と言っていた」と証言した
場合、この証言は伝聞証拠となる。
また、Xが殺人を目撃した場合、目撃状況を自ら記載した書面(供述書)または捜
査官等が聞き取って記録した書面(供述録取書)を公判廷に提出することがあるが、
これらの書面も伝聞証拠となる。
※供述証拠とは、言語またはこれに代わる動作によって表現された供述が証拠になるもの
を言う。例えば、証人の証言や供述調書など。
⇔ 非供述証拠:犯行に使用された凶器など
・伝聞証拠は、原則として証拠とすることができない
① 反対尋問により、見間違い、聞き間違い等をチェックすることができない
② 偽証罪(刑法 169 条)による縛りがない
③ 裁判所が供述時に供述者の態度状態を観察できない
■伝聞法則の例外
伝聞証拠といえども、全てを排除してしまうと、真実にたどり着くことが困難となる場合
が生じる。 ⇒321~328 条による例外を認めている。
○伝聞法則の例外を認める要件(321 条 1 項 2 号の場合)
「供述の再現不能」or「供述相反性+特信性」
・供述の再現不能:書面の供述者が死亡、精神もしくは身体の故障、所在不明、又は国外
にいるため公判準備もしくは公判期日において供述することができな
いこと
・相反性:供述者が公判準備もしくは公判期日において書面中の供述と異なる供述をした
こと
・特信性:書面の供述を信用すべき特別の情況が存在すること
問題
収賄事件の公判において、贈賄者 Y が現金授受の事実を認めたものの、その趣旨に関し
てあいまいな証言に終始したため、検察官 A は、検察官調書に記載された供述の内容が公
判廷における証言より詳細かつ明確である上、贈賄者 Y には、収賄者 X との特別な人間関
係から真実を供述できない事情があり、さらに記憶の低下によって公判廷の証言の方が信
用できないので、検察官調書の証拠能力を認めるべきだと主張した。検察官 A の主張は認
められるか。
○論点
1
321 条 1 項 2 号書面の相反性
2
321 条 1 項 2 号書面の特信性
1.検察官Aの主張が認められ、本件検察官調書に証拠能力が付与されるか。
2(1) 本件検察官調書が、刑訴法 320 条 1 項にいう公判廷における供述に代わる書面にあた
るとすると、原則として、証拠能力は認められない。そこで、本件検察官調書が伝聞
証拠にあたるかが問題となる。
(2) 供述証拠は、知覚、記憶、叙述の過程で誤りが介在する可能性があり、供述内容の真
実性を反対尋問によって吟味することが必要である。法 320 条 1 項の趣旨は、供述内
容の真実性を反対尋問によって吟味することのできない伝聞証拠の証拠能力を否定す
ることにある。
この趣旨に鑑みると、伝聞証拠にあたるのは、要証事実との関係において、供述内容
の真実性が問題となる場合、すなわち、知覚、記憶、叙述の過程の誤りを吟味しなけ
ればならない場合である。
(3) これを本件についてみると、立証趣旨から想定される要証事実は「現金授受の事実」
と考えられ、要証事実は検察官調書に記載された内容の真実性を前提とするものであ
る。
(4) よって、本件検察官調書は、刑訴法 320 条 1 項における供述に代わる書面にあたり、
原則的に、証拠能力は認められない。
3(1) もっとも、伝聞証拠にあたるとしても、反対尋問権を行使しなくとも供述の信用性に
関して十分な情況的保障がある場合には、例外的に法 321 条以下で証拠能力が認めら
れる。
(2) まず、
被告人の同意があれば、法 321 条乃至 325 条の規定にかかわらず、
法 326 条 1 項
により証拠能力が付与される。
(3)ア. 次に、被告人の同意がない場合、本件検察官調書は被告人以外の者の供述を録取
した書面(321 条 1 項柱書)に該当すると考えられる。そこで 321 条 1 項 2 号によ
り証拠能力が認められるかについて以下検討する。
イ. この点、321 条 1 項 2 号の要件は、①供述不能(同号前段)、または、②相反性
かつ相対的特信情況(同号後段)である。本件では、①供述不能は問題とならな
いので、同号後段の②の要件を満たすかどうかが問題となる。
ウ. 相反性について
相反性とは、相反供述または実質的不一致供述をいうが、供述が全部にわたって
相反するか、または実質的に異なったものである必要はなく、犯罪事実の一部に
つき要件を満たせば足りる。そして、実質的不一致供述には、前の供述の方が詳
細な場合も含まれると解する(最決昭 32.9.30)。
そうすると、本件では贈賄者があいまいな証言に終始したため、検察官が「検察
官調書に記載された供述の内容が公判廷における証言より詳細かつ明確である」
旨を主張したことからすれば、前の供述の方が詳細と認められるから、実質的不
一致供述といえ、相反性がある。
エ.相対的特信情況について
相対的特信情況とは、公判における供述との関係で、「前の供述を信用すべき特
別の情況」が存在することをいうが、原則として特信性は外部的事情によって判
断されるべきである。しかし、副次的にこれを推認する資料として調書の供述内
容も考慮することができると解する(最判昭 30.1.11)。
そうすると、本件では、検察官が「贈賄者には収賄者との特別な人間関係から真
実を供述できない事情があり、更に記憶の低下によって公判廷の証言の方が信用
できない」旨主張しており、前の供述を信用すべき外部的事情が存在し、供述内
容としても、前の供述の方が信用できると認められるから、相対的特信情況が存
在する。
4.以上により、本件検察官調書は 321 条 1 項 2 号後段により証拠能力が認められる。
以上