「ブラジル音楽」 音楽好きの友だちの間では、大型CD

「ブラジル音楽」
音楽好きの友だちの間では、大型CDショップでCDを探して回ることをクルージングといってい
ます。ぼくの場合、買いたいCDがあって店にいくわけではなく、何か、面白そうなCDはないかと
思って出かけることが多いので、やはり、これは、特別に目的地のないクルージングになります。欲
しいCDがあらかじめわかっているときは、店に直接出向いて買うより、ネットで探したほうが確実
に入手できます。
CDショップ・クルージングに、そのための羅針盤は必要ありません。まさに、気が赴くまま、で
す。面白そうなCDがたくさん見つかることもありますし、いくらうろうろしていても一向に籠のC
Dがふえないこともあります。ときには、出費金額を無意識のうちに暗算しないではいられなくなる
ほどの枚数になってしまうこともあります。このことには、こっちの体力や気力が大きく影響してい
るように思われます。神経を使う仕事を終えた後に立ち寄った時などは、勘も働かなければ、好奇心
の針の振れも鈍くなります。
釣りにたとえていえば、ここ数年、当りのいい漁場はブラジル音楽のCDが置かれている棚です。
クルージングして買うCDには、名前も知らなかった未知のアーティストのCDが少なくありません。
つまり、ききてとしてのこれまでの経験を支えにしての勘を頼りに、不見転で買うことになります。
家に帰ってからきいて、当然、しまった、なんで、こんなCDを買ってしまったんだと、空振りに終
わったことを知って、臍を噬むこともままあります。
ブラジル音楽のCDでは、不見転で買っても、空振りの確率が極端に低く、うれしいことに、驚異
的な高打率を記録することになります。つまり、ブラジル音楽のCDを買っているかぎり、臍を噬む
機会が極端に少なくなるということです。それが不思議で、その理由としてどんなことが考えられま
すかと、ブラジルに何度もいっていて、現地の事情にも通じているブラジル音楽のオーソリティに尋
ねてみたことがあります。
彼は、きっと、ブラジルの聴衆がいいんですよ、といいました。しばしば、いい聴衆がいいミュー
ジシャンを育てる、といわれますが、ブラジルには、そのようないい聴衆がいるということのようで
す。眉唾の話題や、作られた名声に惑わされて、音楽そのものをしっかり感じとれていないところで
は、商業主義の思惑に左右されたあげく、真に輝くべき音楽がないがしろにされがちです。
少し前に、ブラジルのヴォーカリスト、マリーザ・モンチが来日して、オーチャードホールで2回
のコンサートをおこないました。ぼくがきいた日の客席は満員で、最後は聴衆総立ちの盛り上がりよ
うでした。マリーザ・モンチの、日本の一般的な音楽ファンの間での知名度はかならずしも高いとは
いえないと思いますが、彼女は客席数2150のオーチャードホールでの2回のコンサートを満員に
したことになります。ブラジル音楽の、普段はかならずしも表面化していないかなりの数のファンが
現実にいることを、マリーザ・モンチのオーチャードホールでのコンサートが実証したことになるで
しょう。
ただ、どのような理由があってのことかわからないのですが、ブラジル音楽のCDで、日本盤でも
発売される盤となると、アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルト、カエターノ・ヴ
ェローゾといった、知名度の点できわだった存在のミュージシャンに限られがちです。カエターノ・
ヴェローゾの妹で、音楽的にはお兄さんを超えているといってもいいでしょう、ブラジル音楽のディ
ーヴァといわれたりもするマリア・ベターニアの、少なくともぼくの持っているCDはほとんどが輸
入盤です。
ヴィニシウス・ジ・モラエス、ボサノバの、数々の名曲の詩を書いているブラジルの詩人です。そ
のモラエスの詩によった作品をマリア・ベターニアのうたった、きけばただちにマリア・ベターニア
という音楽家の素晴らしさを実感させる感動的なアルバム「Que falta voce me faz」でさえ、日本盤
はでていません。余談ながら、このアルバムの第1曲でピアノをひいているのは、モーツァルトやシ
ューベルトの作品をひいた名盤を数多く残しているポルトガル出身のピアニスト、マリア・ジョアン・
ピレスです。
その甘い声や、しなやかな表現力の発揮された歌唱から、カエターノ・ヴェローゾの後継者といわ
れることの多いセルソ・フォンセカのアルバムは、数枚、日本盤でも出ています。日本盤で出しても
らえると、対訳がついているので、ポルトガル語のわからないぼくにはとても助かります。
ブラジル音楽は胸にしみる素敵な歌の宝庫です。音楽をきいて元気がもらいたいときにはサンバを、
静かに楽しみたいときにはボサノバをと、そのときの気分に応じて選択できる幅の広いのも、うれし
いところです。極上のブラジル音楽に伴奏してもらって過ごす夏は、きっと、いつもの年の夏とはひ
と味違ったものになります。夏にそなえて日傘を選ぶような気持で、CDショップのクルージングを
楽しまれてはいかがでしょう。
※ミセス