トランスジェニック技術開発の経緯と現状

トランスジェニック技術開発の経緯と現状
木下政人(京都大学大学院農学研究科)
キーワード:遺伝子導入・発現制御・メダカ
著者連絡先:[email protected]
生物に新たに遺伝子を導入する技術、点突然変異を誘導
れるようになり、1980 年代後半にメダカ、ゼブラフィッ
する技術、2本鎖 RNA を誘導し標的遺伝子の機能を抑制
シュを用いた外来遺伝子の導入が報告された。その後、水
する技術(RNAi)、染色体の倍数性を変換する等の染色体
産的利用を念頭に、サケ、ニジマス、ティラピア、ナマズ、
操作、または、核移植など、遺伝子および染色体を人為的
アワビ、エビなど多くの魚介類で遺伝子導入が試みられて
に操作する技術は基礎科学のみならず応用科学の上でも
いる。
なくてはならないものとなっている。
(1) 基礎的研究
本講演では、魚介類における遺伝子導入技術(トランス
基礎的な研究は、飼育・採卵の容易さ、卵の透明性等
ジェニック技術)の経緯と課題について演者らのこれまで
の理由から主にメダカ、ゼブラフィッシュを用いて行
の成果を交えて概説する。
われている。その内容は、時間・空間的導入遺伝子の
発現制御法の開発、蛍光タンパク質などによる組織・
1.トランスジェニック技術とは?
トランスジェニック技術とは、生物に遺伝子(DNA)
や RNA などを導入する技術である。導入されるものはそ
細胞の標識など高度なトランスジェニック技術の開発
と、その成果を利用した基礎生物学的研究である。
(2) 応用的研究
の生物に本来存在するものであったり、或いは、本来その
応用研究として、食糧資源の増産を念頭に置いたもの
生物には存在しないものであったりする。前者の場合、す
が主流である。中でも 1994 年に報告された、成長ホ
でに存在する機能を亢進する(gain of function)ことが
ルモン遺伝子導入による成長促進サケ(ジャイアント
できる。後者の場合は、新規の機能を付与(addition of
サーモン)は特筆するべきものである。そのほかに、
function)する、または、特定の機能を阻害(loss of
不透過タンパク質遺伝子導入により冷水域での魚類
function)することができる。
の養殖を目指したもの、抗菌性ペプチド遺伝子導入に
遺伝子などを導入する方法としては、顕微鏡下で微小な
より耐病性を亢進させようとしたもの、遺伝子導入技
ガラス管を用い直接注入する顕微注入法(マイクロインジ
術により標識された始原生殖細胞の移植による簡易
ェクション法)が主流であるが、電気パルスにより細胞膜
的再生産の試み、肉質・脂質の改善の試みが行われて
に一時的に穴を開け遺伝子などを取り込ませる電気穿孔
いる。
法も用いられる。最近では、超音波を用い細胞膜に穴を開
けるソノポレーション法も開発されている。
(3) 課題
より緻密な基礎研究や遺伝子改変生物の安全性を論じ
るために、導入遺伝子の染色体上での位置・コピー数
2.魚介類での経緯と課題
を厳密に制御する方法や遺伝子破壊法の開発が必要で
1982 年に成長ホルモン遺伝子の導入により著しく成長
あると考えられる。また、遺伝子改変生物の環境に及
が促進された、いわゆるジャイアントマウスが報告され、
ぼす影響や、食品としての安全性を評価する方法の開
遺伝子導入技術の潜在能力を広く世間に印象づけた。この
発も必要である。
報告がきっかけとなり、魚介類への本技術の利用が試みら