円周率の無理性

円周率の無理性
概要
この文書は円周率 π が無理数であることの証明を目的としたものである.
もともとは某同人誌即売会で配布されていたものだが, その際に紙面の都合で掲載でき
なかった内容を盛り込んだものである.
前提知識としては高校で扱う程度の微積分を仮定する.
この文書の流れを以下に示す.
1. 補題を 3 つ示す. これらの補題の内容は普通, 高校では扱わないイメージがあるがとて
も簡単なことしか述べていない. しかし, これの 3 番目の補題は無理性の証明のトリック
によく使われる非常に大事な言明である.
2. 整数 p, q が π = p/q を満たすと仮定し,
f (x) =
という関数を考える. そして
∫
qn n
x (π − x)n
n!
π
f (x) sin x dx
0
という式を評価することによって, 矛盾を導くことによって π の無理性を証明する.
3. 最後にこのトリックが π 2 の無理性の証明にも用いることのできることを示す.
この文書に書いてある結果は広く知られたものであるが, 前提知識が高校数学のみで書
かれたものは珍しいと思う. 志ある高校生は鉛筆と紙を用意してこの文書の証明を追って
ほしい.
1 補題
まず, 補題を 3 つ示す.
1 つ目の補題は高校数学においてもなじみ深いものかもしれない. というか受験数学で
もよく使われてるので知らない人のほうが珍しいかもしれない.
補題 1
任意の実数 c > 0 に対して
lim
n→∞
cn
=0
n!
1
Proof
m を c よりも大きい整数のうち最小なものであるとする.
2m ≤ n とすると,
0<
cn
n!
m m
1
1
m
···
(n − m)! m m + 1
2m (2m + 1) (2m + 2) · · · n
(
)
1
1
m
<
∵ l = 1, 2, . . . , m について
<1
(n − m)! (2m + 1) (2m + 2) · · · n
m+l
→0
n → ∞ のとき
<
よって, はさみうちの原理より
lim
n→∞
cn
=0
n!
□
次の補題もある意味当たり前である.
補題 2
整数係数多項式 g (x) の j 階導関数 g (j) (x) のすべての係数は j! で割り切れる.
Proof
整数係数多項式 g (x) を
g (x) = an xn + an−1 xn−1 + · · · + a1 x + a0
とおく (ただし a0 , a1 , . . . , an は整数).
このとき
{
g (j) (x) =
∑n
k=j
0
ak k (k − 1) · · · (k − j + 1) xk−j
(n < j)
(j ≤ n)
となる.
n < j のとき, 0 が j! で割り切れることから, 補題の主張は満たされる.
j ≤ n のとき, j ≤ k について二項係数
k Cj
=
k (k − 1) · · · (k − j + 1)
j!
が整数であることから ak k (k − 1) · · · (k − j + 1) は j! で割り切れる.
ゆえにこの場合も補題の主張は満たされる.
さて, 次の補題が大事である. この補題が無理性の証明のトリックの種となっている.
2
□
補題 3
p, q を 0 でない整数とする.
次のような多項式
f (x) =
1 n
x (p − qx)n
n!
を考える.
このとき, 自然数 j に対して f (j) (0) , f (j) (p/q) は整数である.
Proof
f の対称性から
(
f (j) (x) = (−1)j f (j)
p
−x
q
)
であることに注意すると, f (j) (0) が整数であることを示せば十分である.
まず, 2n + 1 ≤ j のときは任意の x に対して f (j) (x) = 0 であるので f (j) (0) が整数
であることは明らか.
次に, 0 ≤ j < n のとき, f (j) (x) に定数項がないことから, f (j) (0) = 0 である.
最後に n ≤ j ≤ 2n のときについて示す.
xn (p − qx)n が整数係数多項式であることと補題 2 から (xn (p − qx)n )(j) の係数はす
べて j! で割り切れる.
n (j)
すると, n ≤ j であることから, (xn (p − qx) ) の係数はすべて n! で割り切れる.
(j)
ゆえに f (0) は何らかの整数である.
□
この補題が無理性の証明にどうかかわってくるかは実際に見てもらったほうが早い.
本題に入ろう.
2 π は無理数である
定理 2.1
π は無理数である. すなわち, π = p/q を満たす整数 p, q は存在しない.
Proof
背理法により示す.
整数 p, q が π = p/q を満たすとする.
次のような関数 f, F を考える.
qn n
x (π − x)n
n!
F (x) = f (x) − f (2) (x) + f (4) (x) − f (6) (x) + · · · + (−1)n f (2n) (x)
f (x) =
このとき, F (x) は多項式となることに注意する.
3
さて,
f (x) =
1 n
x (p − qx)n
n!
と書けることに注意すると, 補題 3 から任意の自然数 j について, f (j) (0) , f (j) (π) は整
数である.
以上のことと F (x) の定義から, F (0) , F (π) は整数である.
f (j) (0) , f (j) (π) , F (0) , F (π) が整数であることと
∫ π
f (x) sin x dx
0
を評価することによって矛盾を導く.
0 < x < π のとき,
0 < sin x
であり, また 0 < π − x < π から
0 < f (x) <
q n 2n
π
n!
であることに注意すると,
∫
π
0<
f (x) sin x dx
0
n
q π 2n
n!
2pn π n
=
n!
≤
∫
π
sin x dx
0
と評価できる.
他方,
( ′
)′
F (x) sin x − F (x) cos x
(
)
= F ′′ (x) + F (x) sin x
= f (x) sin x
であるから,
∫
π
f (x) sin x dx
0
[
]π
= F ′ (x) sin x − F (x) cos x 0
= F (π) + F (0)
となる.
4
上の評価と合わせると,
0 < F (π) + F (0) ≤
2pn π n
n!
となる.
ここで, F (π) + F (0) が整数であることに気をつけると,
1≤
2pn π n
n!
である.
ここで n → ∞ を考えれば, 補題 1 より
1≤0
■
となる. これは矛盾である.
3 π 2 も無理数である
上の証明を見ていると F (0) , F (π) が整数値となることが矛盾を導くときに効いてい
ることが見て取れる.
このことを鑑みるとうまく f, F を取ることによって π 以外の無理数の証明に使えない
かと考えるのは自然な発想である.
先の証明で F が f の偶数階の導関数たちによって定義されていたのは
( ′
)′
F (x) sin x − F (x) cos x
(
)
= F ′′ (x) + F (x) sin x
= f (x) sin x
という関係を使うことによって
∫
π
f (x) sin x dx
0
を具体的に計算するためであったことに注意しよう.
つまり sin x という関数が
d2
sin x = − sin x
dx2
という周期性を持っていたことが f, F の選び方のヒントである.
さぁ, 上手いこと f, F を選んで次を示そう.
定理 3.1
π 2 は無理数である.
5
Proof
やはり背理法により示す.
整数 p, q が π 2 = p/q を満たしているとする.
今回の上手い f, F は次である.
f (x) =
1 n
x (1 − x)n
n! (
)
F (x) = q n π 2n f (x) − π 2n−2 f (2) (x) + π 2n−4 f (4) (x) − π 2n−6 f (6) (x) + · · · + (−1)n f (2n) (x)
補題 3 から任意の自然数 j について, f (j) (0) , f (j) (1) は整数である.
また, F (x) の定義から, F (0) , F (1) は整数である.
f (j) (0) , f (j) (π) , F (0) , F (π) が整数であることと
∫
1
πpn f (x) sin πx dx
0
を評価することによって矛盾を導く. さっきと少しだけ式の形が違うことに注意.
0 < x < 1 のとき,
0 < sin πx
であり, また 0 < 1 − x < 1 から
0 < f (x) <
1
n!
であることに注意すると,
∫
1
πpn f (x) sin πx dx
0<
0
πpn
n!
2pn
=
n!
∫
1
≤
sin πx dx
0
と評価できる.
他方,
(
F ′ (x) sin πx − πF (x) cos πx
( ′′
)
= F (x) + π 2 F (x) sin πx
= q n π 2n+2 f (x) sin πx
= π 2 pn f (x) sin πx
6
)′
であるから,
∫
1
πpn f (x) sin πx dx
0
[
=
]1
1 ′
F (x) sin πx − F (x) cos x
π
0
= F (1) + F (0)
となる.
上の評価と合わせると,
0 < F (1) + F (0) ≤
2pn
n!
となる.
ここで, F (1) + F (0) が整数であることに気をつけると,
1≤
2pn
n!
である.
ここで n → ∞ を考えれば, 補題 1 より
1≤0
となる. これは矛盾である.
■
この結果は定理 2.1 よりも強力なことを言っている.
すなわち, 定理 3.1 から定理 2.1 を導くことができる. このことを示すことは読者の演
習問題とする.
おわりに
暗黒通信団が意外にも円周率が無理数であることの証明についての本を出していない
ことを知り, これは円周率様への感謝が足らないのではという危惧から執筆を決意した物
である.
円周率の超越性についてはまたの機会に示すことにする. この文書に誤りがあれば, そ
れをご指摘いただければ幸いである.
これで円周率様の怒りが沈められるとよいのだが......
最近どうも私の周りがおかしい. 自転車の車輪は上手く回らないし, 野球のボールは握
りにくく投げにくい. 自動掃除機もまるくなくなり, この前, 月を見たらまんまるではな
かった.
もしも私の身に何かあれば両親に伝えて欲しい. 愛していた, と......
S. C.
7
参考文献
Ivan Niven, “A simple proof that π is irrational” Bull. Amer. Math Soc. 53
(1947), 509
Martin Aiger, Güter M. Ziegler, “Proofs from THE BOOK”, Springer-Verlag
Berlin Heidelberg 1998, 2001
塩川宇賢『無理数と超越数』森北出版
円周率の無理性
2015 年 8 月 14 日 初版
著 者 S. C.
発行者 星野 香奈 (ほしのかな)
発行所 同人集合 暗黒通信団 (http://www.mikaka.org/~kana/)
〒277-8691 千葉県柏局私書箱 54 号 D 係
頒 価 0 円
∑
∞
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円周率なんて無理だ!
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⃝Copyright
2015 暗黒通信団
Printed in Japan
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