木下頌子 - 日本科学哲学会

人工物種名の指示と人工物の実在性
木下頌子(慶應義塾大学・日本学術振興会)
鉛筆やドライバーのような人工物は、人々が何らかの意図に基づいて創りだした対象である。
こうした人工物が属する種(人工物種 artefact kind)は、とりわけその存在論的身分に関して
しばしば自然種(natural kind)と対比されてきた。一般に、水や金を典型例とする自然種は、
われわれの言語的、認識的活動とは独立の実在的な本質によってまとまりをなす。これに対し
て、人工物種は、あくまでもわれわれの関心に基づいた名目的本質を共有するまとまりにすぎ
ないように思われる。そしてこのことは、人工物そのものの実在性が疑問視される根拠となっ
てきた。
さらに、こうした自然種と人工物種の存在論的特徴の違いは、これらの種を指示するために
用いられる種名の意味論の違いにも反映されると考えられている。すなわち、一方で、「鉛筆」
のような人工種名には、指示の記述説的立場が正しいという考えが根強い。つまり、
「鉛筆」と
いう種名には、われわれが鉛筆についてとり決めた定義的特徴を表す記述が結びつけられ、ま
さにそれに当てはまるものとして鉛筆種を指示すると理解されている。他方、
「水」や「金」の
ような自然種を指示する典型的な語には、S. クリプキや H. パトナムに由来する指示の因果説
が妥当するとされる。指示の因果説では、種名はわれわれが因果的接触をもつサンプルの実在
的な本質に依拠することで、当該の種を指示する。そしてたしかに自然種の場合には、われわ
れはかならずしも当該の種を特定できる記述を有しているわけではないため、指示の因果説が
成り立つことは説得的である。
人工物の実在性を擁護しようとする哲学者の一部は、人工物種と自然種との対比を切り崩す
ことを試み、大部分の人工物種もまた典型的な自然種と同様の存在論的身分をもつと主張する
(Elder 1989, Soavi 2009, 植原 2013)。彼らは、そうした試みの中で、種名の意味論的特徴に
注目し、大部分の人工物種名について実は指示の記述説が妥当するという前提は疑わしく、む
しろ人工物種名にも「水」や「金」と同様に指示の因果説が成り立つと論じる。そして彼らは、
われわれが現に人工物種名を用いて指示しているのは、まさに独立の世界の中にまとまりをな
す実在的な種だと言えると主張するのである。
本発表の目的は、こうした議論を、特に言語哲学の観点から批判的に評価することである。
特に、人工物種名について指示の因果説が成り立つと主張する三つの根拠――すなわち、(1)人
工物種名に明確な必要十分条件が結び付けられていないこと、(2) 人工物種名に結びつけられた
記述を知らずに人工物種を指示できること、(3) 多くの人工物種について自然的なまとまりを見
いだすことができること――を取り上げ、それが人工物種名について因果説が成り立つ根拠と
はならないと論じる。このことから明らかになるのは、われわれが用いる典型的な人工物種名
には記述説的な立場が正しく、それが指示する種は実在的なまとまりをもたないかもしれない
ということである。しかし、私は本発表の最後に、A. トマソンの議論を参照しつつ、このこと
は必ずしも、人工物に関する全面的な実在性の否定にはならないことを指摘する。
【主要参考文献】
Elder C. L. (1989), “Realism, Naturalism and Culturally Generated Kinds”, Philosophical
Quarterly, 39: 425–444.
Elder C. L. (2014), “Artefacts and Mind-Independence”, in Franssen M., P. Kroes , T. Reydon,
and P. Vermaas (Eds.), Artefact Kinds: Ontology and the Human-Made World, Springer,
27-43.
Soavi M. (2009), “Antirealism and Artefact Kinds”, Techne, 13:2, 93-107.
Thomasson A. (2007), “Artifacts and human concepts” in E. Margolis and S. Laurence (Eds.),
Creations of Mind, Oxford: Oxford University Press, 52–73.
植原亮(2011)、「人工物の実在性──規約主義批判と実在論の図式」
、『哲学』
、62、pp.31-46。
植原亮(2013)、 『実在論と知識の自然化──自然種の一般理論とその応用』
、勁草書房。