頭頸部癌の集学的治療

頭頸部癌
鈴木秀明
産業医科大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科
耳鼻咽喉科・頭頸部外科で扱う悪性腫瘍(癌)は、上顎癌、鼻腔癌、口腔癌(舌癌など)、上・
中・下咽頭癌、喉頭癌、唾液腺癌(耳下腺癌や顎下腺癌など)、甲状腺癌など多岐にわたります。
つまり鎖骨より上の、脳と眼を除いた全ての範囲の癌が対象となるわけです。中高年の男性に発生
する場合が多く、喫煙や多量の飲酒が危険因子となります。特に喉頭癌の発生率は喫煙によって 20
倍にも跳ね上がります。頭頸部癌の予防にはこうした危険因子、特に禁煙に関する啓蒙が必要です。
また頭頸部癌のもう1つの特徴は、所属リンパ節である頸部リンパ節転移が多いという点です。
癌の治療には、手術、放射線、抗癌剤があり、これらを単独あるいは組み合わせて用いることか
ら集学的治療と呼ばれています。このため小規模な病院では治療が困難であり、医療スタッフや設
備の揃った医学部付属の大学病院や大きな総合病院での治療が必要となります。一般の方々から見
た耳鼻咽喉科医のイメージは耳・鼻・のどを診る町のお医者さんですが、大きな病院の耳鼻咽喉科
医は、取り扱う範囲がずっと広く治療も大がかりとなり、頭頸部外科という名称を掲げる病院も増
えてきています。
頭頸部癌の発生部位は、呼吸する、食べる、話す、といったヒトの体のきわめて重要な機能を担
っているため、可能な限り臓器・機能温存が必要になります。早期の癌は放射線と抗癌剤だけで治
せることもありますが、進行癌では再建術を含めた手術が必要になることも多くなります。再建術
には、胸や肩の皮膚と筋肉、腕の皮膚、肋骨、腹部の筋肉、大腿の皮膚、小腸、足の骨など体のい
ろいろな部分が使われ、外科や形成外科の協力を得て行います。また、唾液腺癌と甲状腺癌は放射
線感受性があまり高くないので手術が第1選択治療となります。
次に、当教室にて行っている具体的な治療方針および内容について説明したいと思います。
まず舌癌が多くを占める口腔癌には、手術治療を第一選択としています。早期舌癌の場合、皮弁
等の形成手術が必要なく、また進行癌であれば、手術切除と好発転移部位である頸部のリンパ節を
同時に切除・摘出(頸部郭清術)おこない、必要時には切除により生じた欠損部の形成術を大胸筋
あるいは腹直筋にて行っています。この領域の癌に関しては、歯科・口腔外科医(歯科医師)でも
診断治療がなされているのが現状でありますが、進行癌では頸部の手術操作も必要となり、また全
身的な管理が必須となりますので、その点では医師であり頸部の治療にも長けた耳鼻咽喉科・頭頸
部外科医における治療をお勧めします。
咽頭癌は、解剖学的および腫瘍の特徴から上・中・下にわけて診断・治療が行われます。
上咽頭癌は放射線感受性が高く、解剖学的に手術操作が困難な部位であることから、放射線治療
が第一選択となります。しかし、早期から頸部リンパ節転移を生じていることが多いため、そうし
た場合には、頸部に対しては頸部郭清術を行っています。
中咽頭は、扁桃腺を含めた舌および喉頭(声帯のある臓器)に挟まれた範囲にあります。中咽頭
癌は放射線感受性が比較的高く、舌や喉頭といった嚥下や発声機能器官に近接した領域であること
から、これまで放射線治療が多く用いられてきました。しかし、現在のように形成的手技が向上し
てきてからは、手術治療により生じる機能障害が軽度に抑えられるようになっています。当科では、
早期癌で手術治療を想定した場合に、形成的な手術が必要と思われる症例には放射線治療。また進
行癌の場合には、放射線治療による完治率が低いため手術治療を中心に行っています。
下咽頭癌は、頭頸部癌あるいは他の臓器癌と比較しても治療効果が低い癌のひとつで、その発症
件数は近年増加傾向にあります。食道の入り口、喉頭の後ろの隠れるような場所に発生します。自
覚症状も早期には乏しく、咽の違和感程度です。その結果、早期に発見されることが少なく、ある
程度進行してから発見・診断されることが多いのも下咽頭癌の特徴です。また、頸部リンパ節転移
を来たし易く、治療後の再発・転移をおこしやすい癌です。早期癌であれば、放射線治療での完治
率も高いのですが、進行癌には手術治療が中心的な治療方法となり、この際には咽頭~喉頭~頸部
食道を切除し、お腹の空腸(腸管)を採取して咽の形成を行います。
喉頭癌は、声帯またはその上下の部位から発生した癌です。自覚症状として嗄声を来たすことが
多いため、比較的早期に発見されるケースが多いのが特徴です。早期癌であれば、放射線治療にて
完治するケースも多いのですが、進行癌であれば、下咽頭癌と同様、喉頭全摘(声を失う)が必要
となります。
当教室の特徴のひとつに、進行頭頸部癌患者さんに対して、手術治療前(主となる治療)に全身
の化学療法(抗癌剤 TPF による治療)を行っています。進行頭頸部癌の場合、治療後比較的早期
に頸部リンパ節転移や遠隔転移(肺や肝臓等へ)を来たすことがあり、さらに新しい別の癌(多重
癌)の発生する確率が高いと言われています。また、進行頭頸部癌の手術治療の際には、形成的な
手技を駆使してもなんらかの機能障害は避けられません。以上の理由から、主となる治療である手
術治療の前に全身に対しての抗癌剤投与を行い、頸部リンパ節転移を抑止し、さらには新しい癌の
リスクを抑える目的にて治療を行っています。また、この抗癌剤治療にて著効した場合には、機能
温存による完治を目指し、手術治療を回避して放射線治療を行っています。抗癌剤の内容にも特徴
があり、従来頭頸部癌には、シスプラチンと 5‐FU (PF)といった抗癌剤が長く用いられてきた
のですが、最近、海外の臨床結果から、従来の PF にタキソテールという抗癌剤を併用(TPF)す
ることで、よりいっそうの治療効果が得られることが解ってきました。当教室では、数年前からこ
の TPF の抗癌剤治療を用いて頭頸部癌治療にあたっています。
当教室での治療方針と内容に関してガイドライン的な説明をしましたが、頭頸部癌に限らず癌の
治療に画一した治療を当てはめることは難しいと考えています。患者さまの生活環境や基礎疾患等
を含めた体力的な要素、癌の発生部位や進行の程度、などなどを総合的に判断し、治療の選択肢と
それぞれのリスク等を説明したうえで患者さまの家族を含めて話し合い、個々の症例に対しての治
療方針を決めています。
最後に近年、セカンド・オピニオンの制度が定着してきたこともあり、他施設から当科にも依頼
があります。多くの患者様には、前医療機関と同様の結果で御期待に応えることが叶わなかったこ
とと感じておりますが、年に数件は治療困難と診断されたケースで訪れ、当科における加療にてレ
スキュー可能であった症例を経験しております。治療中または治療後でも、現在の病気でお悩みの
患者様には、セカンド・オピニオンをお勧めいたします。
以下に過去 3 年間の主な手術治療内容と症例数を示します。御参考にして頂ければ幸いです。
平成 21 年度~平成 23 年度
主な頭頸部手術の内容とその件数
手術名
平成 21 年度(件)
平成 22 年度(件)
平成 23 年度(件)
口腔・舌悪性腫瘍切除
11
18
13
喉頭マイクロ術 or
21
32
19
咽喉食摘術(喉頭全摘を含む)
18
9
6
顎下腺腫瘍摘出術
10
7
11
耳下腺腫瘍摘出術
25
45
31
頸部嚢胞摘出術
3
7
8
甲状腺腫瘍摘出術
13
16
9
喉頭全摘術
15
7
4
頸部郭清術
47
52
40
ビデオ・ラリンゴ術