特集2 肝胆膵がんの化学療法up-to-date 膵がん 静岡県立静岡がんセンター 岡村行泰 肝・胆・膵外科 医長 (おかむら ゆきやす)2000年名古屋大学医学 部卒業。同年,名古屋大学消化器外科(第2外 治療を考慮した膵がんの病態は, 科)入局。2006年静岡がんセンター。2008年 切除可能膵がん,切除不能膵がん, 2011年静岡がんセン 切除可能境界(borderline resectable) 名古屋大学消化器外科, ター。2013年より現職。日本肝胆膵外科学会高度技能専門医。 膵がんの3つに分けられる。 膵がん切除後の治療成績は, 術後に化学療法(術後補助化学療法) を行うことで,改善が期待できる。 膵がんの化学療法のレジメンは, 以前のゲムシタビン単独療法から 複数のレジメンが行われるようになり, 各レジメンの治療効果, 有害事象についての知識を持ち, 継続した治療を行うことが重要である。 膵がんの病態と 化学療法の位置づけ 治療という点から見ると,膵がんの病態 は,切除可能膵がん,切除不能膵がん,切 除可能境界(borderline resectable)膵が んの3つに分けられ,各病態によって治療 膵がんは,すべてのがんの中で最大の難 方針が異なる。 治がんである。日本膵臓学会が行ってきた ①切除可能膵がん 膵がん登録の結果によれば,この30年間で 画像上,遠隔転移,門脈および上腸間膜 膵がん症例全体の5年生存率は6.7%から 静脈(SMV)への高度な浸潤,腹腔動脈, 13.0%と約2倍に改善しているものの1), 肝動脈および上間膜動脈(SMA)への浸 この生存率はあらゆるがん腫の中でも最も 潤を認めない膵がんである。切除可能膵が 低く,20%を下回るのは膵がんのみである。 んに対しては,外科切除を先行して,術後 膵がんの治療では,外科切除が唯一根治 補助化学療法を行うのが標準治療である。 の期待できる治療であるが,2001 ~2007 ②切除不能膵がん 年の集計では,切除された膵がんの5年生 画像上,遠隔転移を認める遠隔転移例と, 存率は18.8%,生存期間中央値(MST)は 遠隔転移はないが,膵に近接する腹部大血 1) 約20カ月と依然として不良である 。 管に明らかな浸潤を認めるため切除不能と 外科的切除に関しては,治療成績向上の 判断する局所進行例の2つに分けられ,遠 ため,我が国では拡大郭清が行われたが, 隔転移例に対しては化学療法,局所進行例 複数の臨床試験で拡大郭清の有効性は否定 に対しては化学療法もしくは放射線化学療 された。近年の膵がんの治療成績の向上は, 法が行われる。 化学療法の進歩によるところが大きい。本 ③切除可能境界膵がん 稿では,膵がんの病態と治療方針を述べた 定義は一律ではないが,一般に全米を代 後,化学療法に使われる薬剤,レジメン, 表とするがんセンターで結成されたガイド 副作用とその対策などの最新動向について ライン策定組織(NCCN)が作成したガイ 述べる。 ドラインに基づいて判断を行っている。詳 細は,参考文献を参照 2) していただきた 消化器最新看護 Vol.19 No.6 47 膵がんの手術 膵がんは,動脈周囲の神経叢に浸潤する傾向 スで行われた臨床試験において遠隔転移を があるため,神経叢郭清が慣習的に行われてき 有する膵がん症例でゲムシタビン単独治療 た。しかし,神経叢を切除すると術後にひどい に対し,有意な生存期間の延長を示した3)。 下痢が出現するため,近年,がんがしっかり切 我が国でも安全性,有効性を確認する治験 除できれば神経叢は温存するという方法が見直 の実施後,2013年12月に非切除進行膵が されている。 んに対する保険適用が承認され,全身状態 が良好な遠隔転移を有する膵がん症例にお いが,①遠隔転移を認めない,②片側性の いては,一次治療となる可能性がある。 高度な,もしくは両側性のSMV /門脈への FOLFIRINOX療法は,ゲムシタビン単独 浸潤,③SMAや肝動脈に180度以下の範囲 療法に対し,奏功率,全生存期間の改善に で接している,などが条件となる。border おいて優れたレジメンだが,骨髄抑制をは line resectable膵がんに対しては,化学療 じめとする有害事象も強いため慎重な患者 法もしくは放射線化学療法を施行後,可能 選択と厳重な管理が必要となる。 であれば切除を行い,さらに可能であれば 投与スケジュールは図1に示すように, 術後補助化学療法を行うという治療方針 1コースが2週間のレジメンである。 が,現在,試験的に行われている。 ポイントを,次にまとめる。 切除不能膵がんに対する化学療法 2014年12月末現在,我が国で切除不能 確認し,治療を開始する。 膵がんに使用できるレジメンは,生存期間 ・イリノテカンを安全に投与するため,治 延長効果順に示すと,FOLFIRINOX(5-FU 療開始前にUGT1A1遺伝子多型の結果 / ロ イ コ ボ リ ン[L-LV]/ イ リ ノ テ カ ン (UGT1A1*28 とUGT1A1* 6 ) を [CPT-11]/オキサリプラチン[L-OHP]) 療法,ゲムシタビン(GEM)+nab-パクリ 確認する。 ・投与1週間ごろより骨髄抑制が起こる可 タキセル療法,ゲムシタビン+エルロチニ 能性が高いため,必要に応じて感染予防, ブ療法,ゲムシタビン単独療法,もしくは G-CSF製剤の投与,感染が疑われる時 テガフール・ギメラシル・オテラシルカリ は適切な抗菌薬投与が必要となる。患者 ウム(S-1)単独療法である。どのレジメ に感染予防の指導を行う。 のperformance status(PS)を考慮し,選 ゲムシタビン+nab-パクリタキセル 併用療法 択する必要があり,それぞれのレジメンに 海外の遠隔転移を有する膵がんを対象と ついて概説する。 した臨床試験において,ゲムシタビン+ FOLFIRINOX療法 nab-パクリタキセルのMSTは,ゲムシタビ 大腸がんのFOLFOX療法とFOLFIRI療法 ン単独群のMST6.7カ月に対し,8.7カ月, を合わせたこのレジメンは,最近,フラン ハザード比0.72(P<0.001)と,優越性 ンを選択するかは,膵がんの進行度,患者 48 ・患者の全身状態がPS0-1であることを 消化器最新看護 Vol.19 No.6 図1 FOLFIRINOX療法 a.投与スケジュール:1コース2週(14日) 制吐剤静脈内点 滴 1日目 2日目 オキサリ プラチン 静脈内点滴 2時間 3日目 消化器系障害 5-FU 持続静注 46時間 ロイコボリン 静脈内点滴 2時間 b.副作用の傾向 11日間 休薬 食欲不振, 悪心 下痢 イリノテカン 静脈内点滴 90分 分 30 口内炎 脱毛 5-FU 急速静注 骨髄抑制 各薬剤の初回投与量 オキサリ 5-FU 5-FU イリノテカン ロイコボリン プラチン (急速静注)(持続静注) 85 mg/m2 180 mg/m2 200 mg/m2 400 mg/m2 末梢神 経障害 2,400 mg/m2 開始 ※治療を繰り返すと ※ 持続することもあります 1週間 2週間 3週間 図2 ゲムシタビン+エルロチニブ療法 a.投与スケジュール:1コース4週(28日) b.副作用の傾向 1日目 8日目 15日目 22日目 ゲムシタビン 静脈内点滴 30分 ゲムシタビン 静脈内点滴 30分 ゲムシタビン 静脈内点滴 30分 7日間 休薬 食欲不振,悪心 下痢 発熱 発疹,RASH エルロチニブ 1回/日,連日内服 骨髄抑制 各薬剤の初回投与量 ゲムシタビン エルロチニブ 1,000mg/m2 100mg/日 間質性 肺炎 開始 以降 1週間 2週間 3週間 が証明された4)。 あり,間質性肺炎などの重篤な有害事象も 日本人での安全性と有効性を確認する治 報告された5)。我が国でも,安全性と有効 験が進められ,2014年12月に非切除膵が 性を確認する試験が行われ,2011年7月, んに対する保険適用が承認された。 膵がんに対する保険適用が承認されている。 ゲムシタビン+エルロチニブ療法 投与スケジュールは図2に示すように, 2007年にゲムシタビン単独療法に比べ初 1コースが4週間のレジメンである。エル めて優越性を認めるレジメンとして報告され ロチニブの主な副作用は,食欲不振,下痢, た。しかし,ゲムシタビン単独のMST5.9カ月 発疹などである。間質性肺炎は我が国の治 に対し,ゲムシタビン+エルロチニブ療法 験では8.5%に認められており,重篤な有 は,生存期間を0.5カ月(2週)延長する 害事象となり得るため注意を要する。 のみで,その治療効果の優越性はわずかで ポイントを,次にまとめる。 消化器最新看護 Vol.19 No.6 49 図3 S-1単独療法 a.投与スケジュール:1コース6週(42日) 1日目 8日目 15日目 22日目 29日目 S-1 分2(朝・夕)28日間内服 b.副作用の傾向 36日目 食欲不振,悪心 14日間休薬 下痢 各薬剤の初回投与量 口内炎 S-1 体表面積 1.25m2未満 80mg/日 1.25m2以上1.50m2未満 100mg/日 1.50m2以上 120mg/日 骨髄抑制 開始 1週間 2週間 3週間 4週以降 ・既往として間質性肺炎や肺感染症がある 投与スケジュールは図2のエルロチニブ 患者,PSの低下がある患者では,薬剤 内服を除いたもので,1コースが4週間の 性間質性肺疾患のリスクファクターとな レジメンである。ゲムシタビンの主な副作 るため注意が必要となる。乾性咳嗽や発 用には骨髄抑制と悪心,食欲不振などの消 熱の症状をチェックしていく。 化器症状,倦怠感,皮疹,発熱などが認め ・皮膚症状としての発疹はほぼ必発であり, られやすいが,多くは一過性のものである。 症状が悪化した場合は患者のQOLを大 ポイントを,次にまとめる。 きく損なうため,治療開始時よりスキン ・ゲムシタビンは60分以上かけて点滴を ケアを指導し,皮膚の状態を観察して適 行うと有害事象が増強するという報告が 切な治療を行っていく。 あり,30分で点滴する。 ・エルロチニブは内服薬のため,内服忘れ ・骨髄抑制は投与2~3週で約80%の患 がないように,内服カレンダーなどを使 者に認められるので,感染,貧血の症状, 用して自己管理ができるよう指導を行う。 予防方法を指導していく。 ゲムシタビン単独療法 S-1単独療法 膵がん化学療法の発展は,1997年に報 S-1は我が国の臨床試験で,遠隔転移を 告された切除不能膵がんに対するフルオロ 有する膵がん患者に対しゲムシタビンと遜 ウラシル(5-FU)とゲムシタビンの無作 色ない治療成績が得られたため,2006年 6) 50 色素沈着 為化比較試験に始まる 。この試験により に膵がんに対しても保険適用が承認された。 切除不能膵がんに対するゲムシタビンの疼 投与スケジュールは図3に示すように1 痛軽減,PS改善などの有効性が認められた コースが6週間のレジメンである。ゲムシ のみならず,生存期間の延長効果も確認さ タビンと比較すると骨髄抑制は一般に軽度 れ,我が国では,2001年に膵がんに対する であるが,一方で食欲不振,悪心,下痢, ゲムシタビン単独療法の保険適用が承認さ 口内炎などの消化器症状が認められやすい。 れ,以後,ゲムシタビンが長らく膵がんの ポイントを,次にまとめる。 標準治療薬として広く用いられてきた。 ・内服忘れがないように,内服カレンダー 消化器最新看護 Vol.19 No.6 などを使用して自己管理ができるよう指 化学療法におけるゲムシタビンとS-1の無 導を行っていく。 作為化比較試験(JASPAC01試験)の中間 ・直射日光により色素沈着を来しやすいの 解析結果によって,S-1がゲムシタビンに で,紫外線対策の指導を行っていく。 比べて,全生存を有意に延長すること(2 GS療法 年生存率:70% vs.53%)が発表された8)。 ゲムシタビンとS-1を併用するレジメン その結果,我が国の『膵癌診療ガイドライ である。我が国では,ゲムシタビン,S-1そ ン2013年版』では,術後補助化学療法に れぞれの治療成績を上回る効果を期待して 推奨されるレジメンとして,S-1単独療法 使用される実状もあるが,我が国と台湾で をグレードAとし,S-1に対して忍容性の 行われた非切除膵がんを対象とした臨床試 低い症例などではゲムシタビン単独療法を 験(GEST試験)では,ゲムシタビン単独 推奨(グレードB)している9)。 療法を上回る優越性は証明されなかった7)。 S-1単独療法,ゲムシタビン単独療法は, 投与スケジュールは,1コースが3週間, 補助療法においても,切除不能膵がんと同 1日目,8日目にゲムシタビンを1,000mg/ 様のレジメンで行われている。 m ,1日目から14日目までS-1を体表面積 膵がんの化学療法に使う薬剤 に応じて80 ~120mg/日を投与するレジメ ①ゲムシタビン(GEM,商品名ジェムザー 2 ンである。ゲムシタビン,S-1双方の有害 ル) 事象が生ずる可能性があり,注意を要する。 ゲ ム シ タ ビ ン は,DNAに 取 り 込 ま れ, borderline resectable 膵がんに対する化学療法 DNA鎖の伸長を停止することで腫瘍細胞 borderline resectable膵がんに使用して し,腫瘍を縮小する作用を持つ薬剤である。 いるレジメンは,先に述べたレジメンが中 ②フルオロウラシル(5-FU,商品名5-FU 心となっているが,術前化学療法の有効性 の自然細胞死(アポトーシス)を引き起こ など) そのものに明らかなエビデンスがないた 5-FUは,がん細胞の増殖に必要なDNA め,どのレジメンを選択するかは,各施設, 合成を阻害し,RNAの機能を傷害すること 治療を担当する医師の判断となる。現在, で,がん細胞の成長を抑えたり,腫瘍を縮 術前化学療法,術前化学放射線療法の有効 小したりする作用を持つ薬剤である。 性を証明する目的で,多くの臨床試験が行 われており,その結果が期待される。 切除後膵がんに対する 補助化学療法 JASPAC01試験 我が国で行われた切除後膵がんに対するゲム シタビンとS-1の無作為比較試験である。中間 術後補助療法のレジメンもゲムシタビン 解析の結果から,それまで標準治療であったゲ 単独療法が長らく標準治療であったが, ムシタビンを大幅に上回る治療成績が得られ, 2013年1月,我が国で行われた術後補助 2015年の完全解析の結果が待たれる。 ➡続きは本誌をご覧ください 消化器最新看護 Vol.19 No.6 51
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