ドル化経済における企業の資金調達行動: カンボジア大規模アンケート調査 奥田英信(一橋大学)・相場大樹(一橋大学) グローバル化の進展とともに、多くの新興市場経済で外国通貨が自国通貨に代わって 利用される「ドル化」が進んでいる。これらの諸国では、企業の資金調達に占める外貨 建資金の比率が上昇しており、企業や金融機関の通貨ミスマッチが拡大することへの懸 念が強まっている。これらの事情を背景として、東欧やラ米諸国では、企業による外貨 建て資金調達の決定要因について、多くの研究が表れている。 本研究では、カンボジア中央銀行と JICA 研究所が 2014 年から共同実施している大規 模アンケート調査で収集された企業データを用いて、ドル化したカンボジア経済におけ る企業の外貨建て資金調達行動の決定要因について実証研究を行った。本研究は、カン ボジアの企業金融活動を大規模ミクロデータを用いて行った初めての計量経済研究で あり、特にドル化経済における企業金融行動の研究としては先駆的な内容である。 本研究で主にわかった結果は次の通りである。第 1 に、ドル化したカンボジア経済で はドルによる収入の割合が大きい企業ほど資金調達手段の中で銀行借り入れを行って いることが明らかになった。第 2 に、為替リスクの認知度に応じて銀行借り入れの行動 には違いが見られた。特に、収入と支出の通貨の構成に乖離があり為替リスクに関する 経営リスクを抱えているとみられる企業は、自社の事業に為替リスクを抱えていると認 知している企業ほど銀行借り入れを避け、反対に為替リスクに関する認知がない企業で は積極的に銀行借り入れを行っていることが分かった。 これらの事実は次のような経済的な含意を持っている。第 1 の事実については、カン ボジアでは実質的にドル借入しか資金調達手段がない状況となっているため、企業のド ル建収入の比率が高くないと、現地通貨建ての資金需要があっても、銀行借入受けられ ず、成長機会を逃している可能性が示唆される。第 2 の事実については、カンボジアで はドル化に起因する特有のシステマティックリスクが存在することを示唆する結果で あり、ドル化経済ではドル化していない経済に比べ企業が為替リスクを持ちやすく、為 替リスクに起因する経営リスクの回避を企業に促す政策的な介入の必要性があること を示唆している。これらの事実は、高い経済成長を続けてはいるものの著しくドル化し たカンボジア経済にとって、これからの健全な成長を維持するためには何らかの政策対 応が必要なことを意味している。
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