阿弥陀仏の金の鎖(Golden Chain) - 正覚寺

正覚寺報平成 27 年 6 月第 4 号(りびんぐらいぶず6月第 4 号)−阿弥陀仏の金の鎖−
りびんぐらいぶず
平成27(2015)年6月第4号
阿弥陀仏の金の鎖(Golden Chain)
◆ご讃題
私は、世界に広がる阿弥陀仏の金の鎖の一つで明るく強く輝き続けます。
私は生きとし生けるものすべてに対して思いやり深く、弱いものすべてを護ります。
私は(阿弥陀仏から戴いた)清く美しい心を大切にし、清く美しい言葉を口に出し、清
く美しい行いに移します。
阿弥陀仏の金の鎖の一つ一つが明るく強く輝き続け、世界中のすべての人たちが大いな
る安らぎに満たされますように。
I am a link in Amida Buddha’s
golden chain of love that stretches around the world.
I will try to keep my link bright and strong.
I will try to kind and gentle to every living things and protect all who are weaker than
myself.I will try to think pure and beautiful thoughts, to say pure and beautiful words, and to
do pure and beautiful deeds.
May every link in Amida Buddha’s golden chain of love be bright and strong and may we
all attain perfect peace.
(Ref『阿弥陀仏の金の鎖』「北米開教区礼拝聖典 Shin Buddhist Service Book(1994)」
◆はじめに
五月下旬になると当院境内の一カ所に立葵の花が咲き始めます。
これは何処からともなく飛んできた種が当院ではこれ以外にはないという場所に根付
いて肥やしもやらないのに「あああの花だった」と思い返させてくれるように毎年すくす
くと成長し、つゆ前のひととき見事な赤い花を咲かし続けてくれます。
今年は、中庭にも花が咲き出しました。
「白かな、赤かな」と気をもませ、答えは赤紫でありました。これもまた何処とも無くや
ってきた種が定着したのです。
しかも、その名前を私たちは知りません。
阿弥陀様の深いお慈悲のお心は、凡夫に頂戴しきれるものではありません。
ふしぎなことのようですが、そういう私たちにも、花のけなげさだけはよく分かるので
ありました。
◆阿弥陀仏の金の鎖(Golden Chain)
さて、ご讃題の「阿弥陀仏の金の鎖(Golden Chain)」は、一体どこの言葉でしょう。
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実は、これは、浄土真宗の北米・ハワイ教団のご法座で営まれている言葉です。
初めてお聞きになった方は、驚かれたに違いありません。国が変われば、お慈悲の受け
止めようもこんなに変わるのであろうかと。
ずいぶん楽天的な受け止め方にみえますね。これは、善を行うカトリックの土壌で、い
きなりわが身の罪の深さ、泥の凡夫の受け止めようを表現したのでは、仏教は、厭世的と
誤解され拒絶されかねません(二種深信については、後書きで触れています)。
ですので、まずは、ポジティブな明るい基調で言葉が選ばれたと窺われます。
ただ、今回のご法座で「阿弥陀仏の金の鎖(Golden Chain)」をご紹介するに際しては、
違和感がないように、「心と口と行いの身口意の三業」に対して「阿弥陀仏から戴いた」
という言葉にお加わり戴きました。
私が「金の鎖」の一つだということは、阿弥陀仏からまことのお心を頂戴した他力の念
仏者であるということになるのであり、「身口意の三業」は、「如来様から賜る次第(本
願力廻向の賜物)」になるのでありました。
「生きとし生けるものすべてに対して思いやり深くありたい」というのは、現生十益の第
九「常行大悲(じょうぎょうだいひ)」を彷彿とさせます。
「常行大悲」というのは、常に他の人のために阿弥陀仏の大悲を行ずるという念仏者の社
会的活動を意味します。
◆浄土真宗の法義の公共性について
「阿弥陀仏の金の鎖(Golden Chain)」の出拠については、ご案内がありませんでしたが、おそ
らくは『往生論註』に出てくる羅網(らもう)(Ref「虚空功徳成就」七祖註釈版聖典 P67)によると窺
われます。
「羅網」とは、結び目一つ一つに宝珠を連ねた飾り網のことで、宝珠の一つが輝けば、輝きが
連鎖します。
浄土真宗では、お聴聞を通して阿弥陀様からまことのお心を頂戴してお救いに与っていくこ
とを大切にしてきました。
その他力の念仏者は自分一人が信心獲得してお終いではなしに、羅網の宝珠の一つ一つとし
て輝きを増しながら互いに輝きを連鎖し、その繋がりが世界中に広がり支え合って行くという
イメージです。
南北米では、まず、寺院や御門徒さんの公共性を謳い上げることでその活動が初めて認知さ
れ承認されます。その意味で南米開教区の各地の本願寺でも毎年地域の施設を慰問していらっ
しゃるのです。
寺院や御門徒さんたちの存在そのものがかけがえのないソーシャルキャピタル(社会的資
本)だという認識を育てていかねばならないというので二年前から宗門教学会議で採り上げら
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れています。
社会に存在する以上は、末寺はいつでも機能するように体勢が整っていなければならず、活
動の効果性が問われることにもなります。お聴聞のご法座を後にし、お葬式だけをやっている
ようではいけないことがソーシャルキャピタルの次元から窺い知ることができます。
当院では、五月に降誕会を営みました。
ご本堂は、輝きで満ちていました。母親に抱かれた一歳にも満たない幼子が笑みを放ち、中学
生までの子供たちがご本堂に集まっていてそこに居ること自体が楽しさそのものであるとい
う雰囲気で満ちていました。
まさに羅網の輝きそのものです。
お聴聞のコミュニティが社会を強くするというので、主催はお聴聞の会の仏教壮年会の会員さ
んが手作りで作り上げてくれます
◆社会的活動次元のエピソードから
五月二十八日は、教区少年連盟の研修会で紙芝居の作り方と実演に遇わせて戴きました。
犬上南組の易行寺様というお寺の坊守様と仏教婦人会の皆さまの手作りの紙芝居のご経験
談と実演だったのです。
とつとつとご紹介になる坊守様からは、仏様のお給仕に携って人生を重ねると人はこんなに
も優しい雰囲気を醸すようになるものかと思わないではおれませんでした。
同院の仏教婦人会の皆さまには、手ずから水彩画の筆使い宜しく一枚一枚に絵筆を走らせて
お書き戴いたとか、既に十六部作も完成されておいででしたが、軌道に乗るまでは毎週集って
制作に当られたそうでありました。
その課程で、スジャータが苦行後のお釈迦様に乳粥を差し上げた逸話や親鸞聖人のご生涯の
逸話に絵画を通して親しませて戴くことによって「ああ、あの一節だ」とお聴聞に身が入るよ
うになったとお聞かせ戴きました。
それにしても皆さまの雰囲気の良かったと云ったらありませんでした。
丁度甲良町には、タイとの交流事業でタッサー二アさんという教員が滞在されており「タイ
もテーラバーダの仏教国であり、ジャータカ物語が伝わっているのでそのお話を提供しましょ
う」と協力して戴いて三作品を仕上げておいででありました。
ジャータカ(本生譚)というのは、お釈迦様が何度も生まれ変わる前生の間に積み上げてこられ
た良い行いの物語であります。
その中からタイ語で提供して戴いた「牛の黒」のお話を「おばあさんとクロ」という作品に
して実演して戴きました。
紙芝居の舞台は、前住職の手作りとお聞かせに与り、言いしれぬ時間の流れをうかがわせて
戴いたことでありました。合掌
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(後書き)1.
「阿弥陀仏の金の鎖」を採り上げるに当っては、丁度この程届いた『布教団通信』第三
十七号の徳永一道勧学寮頭の記念講演「浄土真宗の法義の公共性ということ」の訳文を参照致しま
した。英文は『世界に響くお念仏』から惹かせて戴きました。
2.「二種深信」について:Golden Chain では、その表現がいかにも楽天的であり、二種深信や
悪人正機のみ教えは、西欧の人には伝わらないのかというと決してそうではありません。
本文では、採り上げませんでしたが、浄土真宗では、他力の信心を二種に開いて頂戴します。
その一つは、自らは、救われようもない愚かな凡夫であると深く信じること、これは古来、「自
力が廃(すた)る」と、端的に表現されました(機の深信)。
今一つは、そういう愚かな凡夫をお救い下さる如来様の大願業力にお任せすること一つで浄土往
生間違いのない身となると深く信ずることを申します(法の深信)。
このように申しますと、浄土真宗では死んでから先のお話だという揶揄が入りそうですが、今生
では、信心獲得のそのとき、摂取不捨の利益に与るのであります。法の深信、機の深信は、決して
別物ではなく「法の働きの前には自力がすたる」と一枚で頂戴することが大切であると窺われます。
二種深信から「悪人正機(あくにんしょうき)」という教えが生まれましたが、徳永先生はいつもお
正信偈の一節「極重悪人唯称仏
我亦在彼摂取中」に至るとうつむいて肩を震わせて頂戴していら
したスイスのジャン・エラクル(Jean
Eracle、1930-2005)さんの逸話を惹いて、「悪人正
機」のご法義については、ヨーロッパの人たちの理解の方が、日本人よりも深いかもしれないと仰
せでありました(Ref2011 年 12 月 22 日開催の教学シンポジウム『世界に響くお念仏』P17)。
3.なぜ、紙芝居の研修を受講することになったのかと云えば、先の降誕会では、ロンドリーナの
若坊守の作品を毎月お聴聞の会でお世話戴いている布教使様の実演でご紹介戴き、子供さんたちに
慶んで戴いたからであり、若坊守からは、紙芝居の作品があったら紹介して欲しいとの要請を受け
ていたからに他ありません。今日では、スマートフォンが時代を風靡するようになりましたが、紙
芝居には、実にゆったりとした“間(ま)”があり、人生の真実について考えさせてくれる良さが満
ちあふれているようでありました。合掌。
◆平成二十七年度龍谷教学会議第五十一回大会 六月二日(火)・三日(水)八時四十五分より
◆滋賀組仏教婦人会第一回役員会
六月四日(木)十時より
◆仏教壮年会主催
六月七日(日)二十時より
お聴聞の会(ご法話会)
◆滋賀組第ⅩⅣ期連続研修会
六月十三日(土)十三時
◆仏教婦人会六月度例会
六月十六日(火)十九時半より
著作編集兼発行元(本願寺派 正覚寺内)〒520-0501 大津市北小松四五二番地
℡077-596-0166、FAX077-596-0196 住職 堅田 玄宥
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