バーチャル迷路ゲームを用いた発達障害児・者の 空間認知能力の解明

年次活動報告書 2014
バーチャル迷路ゲームを用いた発達障害児・者の
空間認知能力の解明
産業技術総合研究所 健康工学研究部門
主任研究員
1.はじめに
発達障害児・者の病態を評価するための指標の一つと
して空間認知能力が有効であると考えられている。特に
地誌的失見当という症状は他の視空間認知障害と違い、
歩き回れる広い範囲で障害が露見することが特徴である。
この神経メカニズムは十分には明らかになっていないが、
認知的な現象としては、自分が辿った道順をまとめて、
その領域全体の俯瞰図(認知地図)を形成すること、離
れた2つの場所の位置関係を把握することの困難さ(道
順障害)と、熟知している家屋・街並がはじめて見るも
ののように感じ道に迷うという街並障害に分類される。
これら道順障害、街並障害の神経科学的機序はミクロ
レベルでは明らかにされつつあるものの、臨床の現場に
おいて発達障害児・者の空間認知能力に対する検証は、
ランドマークの再認、進行方向の再認、往復経路の再認、
認知地図の再生、認知地図上での判断といった机上にお
ける認知課題あるいは、実際の町中での移動特性を調べ
るものがほとんどであった。したがって環境条件の統制
が厳密になされていたとは言い難い。また近年、背景疾
患がない健常成人や児童における発達性地誌的失見当の
存在が指摘されるようになり、発達性読み書き障害、発
達性相貌失認などのように特異的な発達障害の一種とし
て考えられるようになっている。このような障害に対し
て小児用のアセスメントもこころみられているが、蓄積
されたデータは少なく、客観的データに基づいた検査法
および支援法の確立には至っていないのが現状である。
2.バーチャル迷路ゲームの開発と、発達障害児・者の空
間認知研究
このような背景から、本申請では産総研関西センター
に既設の VR システム(CAVE)を用い、複数の障害物
が配置された仮想空間の中で、指定されたゴールまで「実
際に歩いて」到達するゲームソフトウェアを開発した(図
1)
。実験参加者の頭部位置は非接触の光学式モーション
トラッキングシステムを用いて1KHz の精度で計測し、
ゴールまでの探索時間、移動距離を尺度として定量化し
た。
渡邊
洋
実験参加者の課題は、仮想空間に配置された複数の柱の
うち、
「宝物」が隠された柱をなるべく早く探し出すこと
図1
VR 空間内に構築したバーチャル迷路ゲーム
である。柱は内部が空洞になっており、実験開始当初、
参加者は探索的に一つ一つの柱に頭部を入れることで宝
物の有無を確かめる(柱はバーチャルオブジェクトであ
るから、この手続きが可能となる)
。宝物を発見すると
VR 空間は暗転し被験者は始点に戻る。そののち柱の位置
関係を保存したままマップ全体が鉛直軸周りにランダム
に回転して提示され、被験者はさきほどと同じ柱を探す
ことが指示される。すなわち、探索の過程で認知地図が
形成されることによって探索時間が短縮され、移動経路
の効率化が進むことを期待する課題である。さらに視知
覚識別能力および視知覚記憶に関するテスト、方向音痴
に関する主観申告テスト、PC を用いた迷路記憶テストな
どの下位テストも同時に実施しており、VR 実験との相関
について解析を行った。
これまでのところ、柱の本数(4 本、8 本)
、柱の配置
(2 種類)
、視点位置(マップを俯瞰可能にする視点、俯
瞰不可能にする視点)の条件を交絡させ、まず37 名の健
常大学生実験参加者を用いて標準データの収集を実施し
た。その結果、以下の3 点が明らかになっている(図2)
。
1)物体の配置および俯瞰の可否は課題の難易度を操作し
た(図 2 参照)
、2)探索効率化は、難易度が高いマップ
において顕著化した、3)視覚的識別能力と探索時間に相
以下、現時点までに達成された実験概要を説明する。
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年次活動報告書 2014
関がある可能性が示唆された。
図 3
図 2
俯瞰不可能(上)時、可能(下)時の探
健常小学生による図 2 と同様の実験デ
ータ。俯瞰不可能(上)時、可能(下)時の
索時間の推移(赤線は障害物数 8 本、青線は 4
探索時間の推移(赤線は障害物数 8 本、青線
本)
。健常大学生による実験データ。
は 4 本)。
な成果と考える。今後本システムを用いたさらなるデー
タの収集と、HMD を用いたコンパクトなシステム化に
よって本研究の成果を広く普及させていきたい。
また助成期間内に、12 名の健常小学生(図 3)および
のべ5名の発達障害児・者のデータも得ることができた。
興味深いことに健常小学生においても大学生と同様に試
行数の推移に従った学習効果が示されると同時に、難易
度の高い物体配置条件では、より長い探索時間が必要と
なる結果が得られた。メンタルマップの形成に対して発
達段階の影響が示される結果となっており、合理的であ
ると同時に貴重なデータと考えられる。一方で発達障害
児・者の実験では、難易度の調整が難しく、ノイジーな
反応が多かったが、この中で大学生クライエントの結果
を紹介する(図4)
。この実験では柱の数を2 本、4 本、8
本と変化させて行った。全般的に探索に要する時間は、
健常大学生よりも長く、また試行数の関数として探索時
間の推移も異なる様相が示された。この結果をメンタル
マップの形成の失敗と考えるべきか、特定のビューに対
する感受性の影響と考えるべきかは今後の課題である。
いずれにせよ、本女性によって開発した課題は、3D ゲ
ームの要素を入れることで、年齢や性別、あるいは罹患
の有無に関わらず、モチベーションを維持したまま積極
的に実験に携わることのできるものであったことは大き
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