事業承継対策の切り札 自社株式の贈与税の納税猶予の仕組みと活用法

ファイナンシャル・ネットワーク平成 27 年1月号
事業承継対策の切り札
自社株式の贈与税の納税猶予の仕組みと活用法
あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
中小企業経営者の悩みの1つが会社の事業承継です。まず後継者を幼少の頃からしっかりと育
て上げ、企業経営者としての後継者教育を行うことが何よりも重要です。後継者育成に成功して
も高い評価額の自社株式を少ない税負担で次代に引き継ぎ、将来の相続の際に遺産分割でもめな
いようにするにはどうすればよいのでしょう。自社株式を後継者に贈与したときに係る贈与税が
猶予される制度は、先代経営者が役員から退任しなければならず給与の支給を受けることができ
なかったため非常に不評でした。この自社株式の贈与税の納税猶予が平成 27 年1月1日以後の
贈与から一層利用しやすくなりました。これを活用すると上手に事業承継を実現することが可能
です。今月はこれらについてまとめてみました。
1.事業承継の3つの悩み
中小企業経営者の事業承継に関する最大の課題は後継者育成です。経営理念の明確化、中期経
営計画の策定、PDCAサイクルによる短期経営計画の達成の積み重ねを通じて後継者育成をし
なければなりません。その点についてはここでは触れませんが、同時に長期にわたって事業承継
を実行していくための経営承継計画書を策定する必要があります。策定にあたっての悩みで共通
しているのが、①子が複数いて全体の財産のうち自社株式の価額の割合が大半である場合にもめ
ないようにする方法、②高額になる相続税の対策、③納税資金や財産分割に必要な資金の調達の
3つです。
2.民法の特例で争いを防ぐことが可能に
生前に自社株式を後継者に贈与してしまえば、死亡した時点では贈与を受けた後継者のものであ
り、相続財産ではなくなるので安心だと考えている方もあるようです。後継者以外の相続人がそれ
で納得して何の行動もとらなければ問題ありません。しかし、相続人のうち誰かが遺留分減殺請求
の手続きをとると、既に後継者のものになっている自社株式の相続開始時の評価額を特別受益とし
て相続財産に加算して法定相続分や遺留分を計算することとされています。政府は中小企業の事業
承継を支援するために、中小企業経営承継円滑化法を平成 20 年 10 月1日から施行しています。そ
の1つに民法の特例があります。自社株式を生前に一括して贈与することによって、遺留分権利者
全員の合意が必要ですが、一定の手続きをすると、①贈与株式等を遺留分算定基礎財産から除外で
きる、②贈与株式等の評価額をあらかじめ固定化できる、という制度の適用を受けることができま
す。この適用を受けることができれば会社の経営権の確保について解決することが可能です。この
制度は会社を引き継ぐ後継者以外の相続人の合意がなければ実現できませんが、先代経営者が元気
な間に手を打てば実現できる方も多いのではないでしょうか。
この手続きを受けるには、適用できるような条件整備を事前にしておき、かつ、贈与税の納税猶
予を受けることが不可欠です。必ず事前に私共にご相談ください。
図表1 中小企業事業承継円滑化法による事業承継支援制度
民法の特例
遺留分権利者全員の合意と一定の手続を経て次の2つの民法上の特例
①贈与株式等を遺留分算定基礎財産から除外できる
②贈与株式等の評価額を予め固定化できる
金融支援
経営の円滑な承継のための資金融資制度
①中小企業信用保険法の特例
②日本政策金融公庫法の特例
自社株式の
相続税・贈与税の
課税の特例
租税特別措置法
非上場株式等の相続税の納税猶予制度
非上場株式等の贈与税の納税猶予制度
3.自社株式の相続税・贈与税の納税猶予制度の全体像
代表権を持たなくなった先代経営者が後継者に自社株式を一括して贈与した場合、経済産業大臣
の認定を受けることによって、贈与税の全額について納税が猶予されます。贈与をした先代経営者
が亡くなると猶予を受けていた贈与税額は免除されます。贈与を受けた自社株式は本来相続財産で
はありませんが、相続税の課税対象とされます。相続税が課税される際の評価額は相続開始時点で
はなく、贈与時点の評価額とされ、自社株式の評価額の 80%に対応する相続税額について納税が猶
予されます。その後、猶予を受けている2代目経営者が代表権を返上して次の3代目後継者に自社
株式を一括贈与すると、猶予を受けていた相続税は免除となります。贈与を受けた3代目経営者に
贈与税が課税されますが、経済産業大臣の認定を受けることによって贈与税の納税猶予を受けるこ
とができます。
ここで大事なことは保有している自社株式を一括して贈与する必要があることです。また、贈与
を受ける人がすでに保有している議決権株式数と合計して発行済み議決権株式総数の3分の2に達
するまでしか納税猶予の適用を受けることができませんので注意する必要があります。
図表2 事業承継税制の全体像のイメージ
事業承継税制の全体像のイメージ《生前贈与により株式の承継を行っていくケース》
経1
営代
者目
1代目の
経営者の死亡
一
括
贈
与
経産大臣認定
贈与税の課税
贈与税の納税猶予の適用
経2
営代
者目
相続税の納税猶予制度
と同様、雇用確保を含
む5年間の事業継続を
行い、その後も株式を
継続保有
経産大臣確認
相続開始の日から8月以内
①贈与税の猶予
②相続税
+
税額の免除
の課税
③相続税の納税猶予の適用
①贈与税の猶予税額を免除
②1代目から2代目に相続があっ
たものとみなして相続税を課税
③②で課税された相続税を納税猶
予(※)
5年間の事業継続は課されないが、株
式の継続保有等の要件を満たすこと
が必要。
経3
営 代 (※)生前贈与され相続時に相続財産に合算される株式は、相続前に既に
保有していた株式を含めて2/3に達するまでの部分に限り相続税の
者目
納税猶予は 80%に対応する税額の納税を猶予
◎後継者が「贈与税の納税猶予
の適用」を受けること。 等
相続税の
猶予税額の免除
一
括
贈
与
経産大臣認定
贈与税の課税
贈与税の納税猶予の適用
4.贈与税の納税猶予が安心して適用しやすくなった
認定を受けるためには事前に各地域の経済産業局で経営承継計画について確認を受けなければな
りませんでしたが、平成 25 年4月1日以後その確認が不要になり手続きが容易になりました。認定
を受けるためには様々な認定要件を満たす必要がありますが、平成 27 年1月1日以後の贈与・相続
からその適用要件が緩和されました。また、贈与時に常時雇用していた従業員数の 80%以上を5年
間維持しなければならないなどの事業継続要件を満たす必要がありますが、これも緩和され容易か
つ安心して適用を受けることができるようになりました。
5.役員として残って後継者を後見し、役員給与の受給も可能に
平成 26 年までの贈与では役員として残って後継者の経営を後見することができませんでしたが、
平成 27 年1月1日以後の自社株式の贈与から、先代経営者は代表権を返上するだけで役員として残
って経営権を行使することが可能となりました。金融機関や取引先などの対外的な信用面でも引き
続き役員として後見することができ、リーマンショックのような非常事態にも対処することが容易
になり安心です。しかも平成 26 年までの贈与では役員ではない相談役として残ることができても給
与の支給を受けることができなかったのですが、平成 27 年以後の贈与からは役員として残り、かつ、
給与の支給を受けることが可能となりました。
6.従業員確保要件が緩和され適用しやすくなった
自社株式の贈与税の納税猶予制度を利用しにくかったもう1つの理由が適用開始から5年間確保
しなければならない「事業継続要件」のうちの「従業員確保要件」です。適用を受けてから5年間
のいずれかの時点で従業員数が贈与日の従業員数の 80%未満になると、その時点で納税猶予が打ち
切りになり、猶予を受けている贈与税額と経過期間に応ずる利息を納付しなければなりませんでし
た。リーマンショックのような異常事態が生じた場合のリスクが非常に高かったのです。平成 27 年
以後の贈与からはその判定を毎年の従業員数の割合を5年で平均した数値とされました。一時的に
80%未満になっても5年平均で 80%以上を維持すればよいこととされましたのでリスクが低くなっ
たわけです。
このところ中小企業経営者の方から「自社株式を贈与しても贈与税がかからない制度が使いやす
くなったそうですが」という相談が増えている理由はこの2つにあるようです。
7.贈与税の納税猶予を受けるための要件と注意点
自社株式の納税猶予の適用を受けるためには次のような様々な要件を満たす必要があります。
1.先代経営者…①過去のいずれかの時点で代表者であったこと、②贈与時点で代表権を持って
いないこと、③先代経営者と同族関係者で発行済議決権株式総数の 50%超の株式を保有し
かつ同族内で筆頭株主であったこと
2.後継者…①贈与時点で代表者であること、②20 歳以上で役員就任から3年以上経過している
こと、③先代経営者と同族関係者で発行済議決権株式総数の 50%超の株式を保有しかつ同族
内で筆頭株主であること
3.一括贈与…先代経営者が保有している株式のうち、後継者がすでに保有している株式と合わ
せて発行済み議決権株式のうち3分の2に達するまでの株式を一括して贈与すること
贈与した時点の自社株式の評価額が先代経営者の死亡の際の相続税の課税価格に算入されて相続
税が計算されます。相続税についてもその時点で適用要件を満たせば相続税が猶予されますが、評
価額が下がっていても贈与時点の評価額で課税されます。評価額が上昇している場合には有利に働
きますが、下落していると不利になりますので留意する必要があります。
これら以外の適用要件や注意点も多くありますので、興味がある方は贈与をする前に必ず当事務
所にご相談ください。
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